第十九話 隻眼の狙撃手
仲が良い相棒との携帯電話でのやり取りを終え、いざ準備を始めた直後、左目がある位置に眼帯を掛ける男の前にあるモニターに、自分の代わりが映る。
『パイロット名:ミラー 階級:中尉』
それが映ると共に、
『お久しぶりです。本日もよろしくお願いします』
との音声が聞こえる。
「最近、ご無沙汰だったからねぇ。今日もよろしくよ、オペ子ちゃん」
そう言いながら、切り替わる画面を見る。
『出撃形式を選んでください』
と流れる声と共に二つの文字が出て来た。
一つは『通常出撃』。
その下には『バースト出撃』。
『バースト出撃』は、全くと言っていいほど縁が遠いので、
『通常出撃』を選んでおく。
そして、現れるのは、日本地図。
四国辺りが点灯し、現れるのは相棒のアバターだ。
『よろしく』
『パイロット名:0G 階級:大尉』
「よろしくだな、『ヌル』ちゃん」
そう呟くが、この呟きは相手には全く届くことはない。
それから何人かのアバターが表示され、自身のアバターが現れる。
『よろしく』
『パイロット名:ミラー 階級:中尉』
また、二名ほどの簡易的な紹介が終わると、戦場が表示される。
『鉱山都市』。
さらに画面が変わり、六人がミーティングしている様に立っている姿が映る。
「さてさて。おいちゃんはもう決まってるし、ヌルちゃんも決まってるだろうけど……。
他の連中はどうするか分からないから、様子見してましょうかね」
選べる機体は、
『格闘型』、
『近距離型』、
『射撃型』、
『狙撃型』、
『遠距離型』、
この五種類から選べる。
早速何人かが、『遠距離型』以外のモノを選択したことに、
男は舌打ちする。
「おいおい、普通はみんなが何選ぶのか待つのだろう?
そんなあっという間に選んじまったら、困っちまうって」
やれやれ、と肩を竦めていると、一人が『遠距離型』を、
一人が『格闘型』を選択した。
最後に残った自身は得手としている『射撃型』を選択する。
また画面が切り替わると、今度は機体名が映った。
『撃影ミラージュ』。
「よろしくねぇ、『撃影』ちゃん。今日もよろしく頼むぜい」
本来、『射撃型』としている『撃影』なのだが、
装備を変えることで『狙撃型』にもなるという特性を持っている。
その特性を活かし、『射撃型』でありながら、『狙撃型』の遠距離での射撃ができる様に改良した……という設定がこの機体、
『撃影ミラージュ』なのである。
ただ、改良を加えたという設定の通り、機体に掛かるコストは、
『撃影』本来のコストよりも割高になっている上、
『射撃型』の武器と『狙撃型』の武器の切り替えが面倒くさいという理由で、それなりの腕を持つプレイヤーからは嫌われていた。
とは言え、
「今日も『ヌル』ちゃんの相手をしてくるヤツを片っ端から撃ち抜いてやるぜ、へっへっへっ」
男としてはただ相棒の相手をしてくるモノを片っ端から撃ち抜ければ、
それだけでよかった。
全員の機体選択が終わり、
簡易的に表示されたステージが表示される。
「鉱山都市かぁ……。
遠距離型が攻めやすい位置が左のピラミッドもどきだから……、
ヌルが行くとしたら、下部分……。
ってなると、『ダガー付き』の奴がヌルを狙いに来るだろうから、左には一機だけ……。
右側が敵の遠距離型と付き人連中が来るとして……、だいたい三機か、四機……。
拠点防衛を『ダガー付き』単独にさせるのはまずないから、狙撃型が拠点付近に来るはず……」
とすると、だ。
「おいちゃんは『ヌル』ちゃんの援護をしながら、狙撃型を潰すいつもの作業になりますよ、っと」
そんなことを呟いていると、予想通りに表示される画面に動きがあった。
『1』と書かれているカーソルが左の建物が描かれている下側に、
『2』と書かれているカーソルが左の建物付近に、
自分を除いた三人が右側にいる。
……ハハハ。そうなると、中央で狙撃しながら両側掩護ですかねぇ……。
いつも通りで泣けてくらぁ、と心の中でぼやきつつも、
男は自身のカーソルを中央に大きく描かれた橋の上にカーソルを置きながら、
「こちら、三番機。『射撃型』、『狙撃型』。中央ルート、上エリア。拠点を叩く、拠点防衛、援護する、様子を見る、よろしく」
『こちら、三番機。「射撃型」、「狙撃型」。中央ルート、上エリア。拠点を叩く、拠点防衛、援護する、様子を見る、よろしく』
伝える。
こちらの言いたいことはおおよそながら、伝わったであろうと、男は思う。
実際に伝わったかどうかは全く不明ではあるが……。
画面上に出ていたカウントが0になると、またもや画面が切り替わる。
青の陣営と、赤の陣営。
それぞれの陣営にいるメンバーリストだ。
その中に、
『†ハルカ†』、
と書かれた文字を見つける。
「間に合ったかよ……。えぇ、『ダガー付き』さんよぉ……」
仲は良いが、男にとっては紛れもなく、
いや、
間違いなく、
敵である。
まぁ、だからと言って敵視しては、
仲が良い相棒に変な対応をされてしまうので、
心の中に留めておくのだが……。
それから、画面が切り替わって、空に放り出されたかと思いきや、
いつの間にか何処かさびれた印象を持つビル群がそびえる場所に立っていた。
「さぁ~て。ちょちょいと狙撃ポイント確保しますかね」
軽く、左のフットペダルを数回踏む。
すると、機体が上昇した……、ように画面が動いた。
その画面を見ながら、何か所か崩れかけたアスファルトの橋の上に、
機体の足を乗せる。
そうしていれば、
『こちら、一番機、格闘型。「遠距離型」、左ルート、先行する、囮になる。敵拠点、制圧、よろしく』
という音声が耳に届き、
正面上にある小さいモニターには音声が伝えたであろう文字が流れる。
その音声に対し、
『一番機、囮になる、了解。敵拠点、ここは任せろ』
返事が聞こえる。
その意味を考えるとすれば、
……左ルートで先行するから着いたら囮になりますよ。あっ、自分は拠点制圧は出来ないんで制圧はよろしくしますね、だよな? んで、タンクは囮になるのは了解した。敵拠点は任せろってか。
多分そうだよな、と推察する。
となると、自分も何か伝えた方がいいだろうか……、
しかし、ブリーフィング時に自分の基本方針は伝えて行動してるからなぁ……。
と考えている内に、いつの間にか到達したのか、
『格闘型。下エリア、制圧、よろしく。こちら、「遠距離型」、上エリア。敵拠点、制圧、ここは任せろ』
『下エリア、了解。「遠距離型」、上エリア、敵拠点、制圧、よろしく』
『了解』
というやり取りが聞こえる。
刹那。
左側の方から、砲音が木霊する。
敵拠点への砲撃が開始されたのだ。
「さぁ~て、と。狙撃地点に到達しましたよっと。
狙うべきクソッたれはどこぞにいますかねぇ~」
大橋の先端部、
そこに着くと、男は、
右手のグリップ、
親指にあたる部分を操作する。
そうして見れば、モニター画面がスコープ画面に切り替わった。
そこには、左側から飛んできた砲撃を避けられずに直撃した敵の拠点があり、
恐らくは拠点の耐久値であろうバーが無くなると、爆炎が上がる。
『敵拠点、撃破!』
『こちら、「遠距離型」。「セカンドアタック」、援護頼む』
……2回目の攻撃をするんで、援護してくれよってか。まぁ、当然だわな。
そう思っていた時、
正面、僅かな隙間から敵の狙撃型が映り込む。
だが、向いている方向はこちらではなく、
左側だ。
……あ~ん? 何処狙ってやがるんだ、こいつ?
狙撃型の基本は、隙が多い遠距離型が基本だ。
いちいち、機動力と戦闘力が高い格闘型や近距離型は狙う必要がない。
その2種類以外で狙うなら、狙撃型より射程が短く、火力が高い射撃型……、
あるいは同じ狙撃型となる。
つまり、狙うべきは遠距離型か、
今、自分が使っている射撃型もしくは狙撃型となる。
しかし、ライフルを構える方向には何もいないはず……。
そう思った直後、
敵の狙撃型のライフルから光が走った。
だが、自分や遠距離型にはダメージはない。
となると、
……外したのか……?
ま、一発撃っておいて移動も何もしないんじゃ撃たれても仕方ないわな、と思いながら狙いを定めていると、
『遠距離型、敵スナイパー、警戒せよ! すまない、こちら、瀕死だ!』
通信が入る。
「はぁ!? ここで『ヌル』のヤツを狙うとかクソかよ!! この野郎、ふざけやがって……!!」
男は怒りを露わにする。
しかし、
『こちら、遠距離型。一番機、敵スナイパー、了解。三番機、狙撃型、敵スナイパー、よろしく』
タンクからの指示が入る。
「……まぁ、おいちゃんは射撃型で狙撃型だからな。頼むのは当然だわな」
了解、了解。
「こちら、三番機、『射撃型』、『狙撃型』。敵スナイパー、了解。ここは任せろ」
『こちら、三番機、「射撃型」、『狙撃型』。敵スナイパー、了解。ここは任せろ』
と伝えながらも、
男はふと思う。
……そういや、さっきヌルのヤツ、瀕死だって言ってなかったっけか……?
自身の左側をちらりと見る。
そうして見れば、
予想通り、
一番機の耐久値は残り少ない。
……あいつのことだから、今頃は『ダガー付き』とやり合ってる……、ってなると……!!
一度、狙撃態勢になっていたのを解除して、
機体を左側に向かせる。
すると、
……やっぱりか……っ!!!
ちょうど、『ダガー付き』が操る『サラマンダー改』の攻撃を受けたところだった。
続く二撃目が入る僅かなタイミングで、
「そら、一発だ!!」
男は『サラマンダー改』を標準に入れ、トリガーを引いた。
銃口から伸びた光線が機体に突き刺さる。
弾丸は一発、
けれど一瞬ではなく、
数秒間照射される。
撃破には僅かには足りないが、
……これで、ヌルのヤツとは互角で戦えるってな!!
ほんの僅かな差があっても、悔やむ彼女にとっては、
これ位の損傷の大きさは喜ぶものだ。……いや、普通は喜びはしないのだが。
それを間近で見ていたであろう彼から、
『三番機、すまない、助かった、恩に着る』
という通信が入る。
そう言われると、男としては喜ばしいものだが、
……ま、気にされても困るしな。
「気にするな」
『気にするな』
伝えておく。
このくらいは別に日常茶飯事であるから、
気にされても、会った時に軽く一杯付き合うくらいで都合がよい。
……そんじゃま、とっと敵スナイパーを潰しますかね。
彼は彼女の相手であり、
彼女もまた、彼の相手である。
であるなら、そちらはそちらで任せることにして、
「狙撃型同士、やり合うとしますかね」
機体を動かして、位置をずらしておく。
スナイパー戦の基本として、
一度攻撃で使った場所は使えない。
その位置から移動しておかなければ、
その位置に向かって来られるのが基本だからだ。
故に、
ほんの僅かであっても同じ位置にいない方が良い。
それがスナイパー戦の基本だ。
なら、タンクはどうするべきかといえば、
状況にもよるが、
基本的に同じ位置での攻撃で良い。
位置をずらせばずらした分だけ、
タンクを守る護衛機の位置をずらさなければならないからだ。
であるなら、ずらさない方が良いと言える。
なお、これは基本的な戦術で言うのなら、という前提での話だ。
敵が全機で拠点防衛をする、俗に言われる『フルアンチ』の場合、
撃破される度に攻撃地点をずらすか、
最後まで同じ位置で攻撃をするか、
あるいは他の方法で攻めるか。
そのどちらかだ。
なので、
たとえ射撃型であったとしても、
狙撃型としての戦い方が出来る以上は、
その戦い方で問題ないはずだ。
と思いつつ、
立ち位置をずらして、
照準されるであろう位置から見えなくしてから、
先程、敵スナイパーがいた方へモニターを切り替えて見てみれば、
……はっ?
先程と全く位置が変わっていない敵の狙撃型がそこにいた。
「おいおい……」
おいおい、
「位置を変えるってのは狙撃型の基本だろうに」
……こいつ、新人か……?
新人狩りは基本的にやりたくはないが、
しかし、相棒にダメージを与えた以上、
新人であっても、
自身にとっては、
敵だ。
何も警戒していない敵機を照準に入れ、
男は、
グリップの引き金を引いた。
命中。
数秒間、中断されることなく放たれるビームは、
敵機の耐久値を容赦することなく、
削り取った。
爆発。
「ハッ。狙撃型を語るんなら、ちゃんと調べろってな」
……くだらねぇな。
「敵スナイパー、撃破!」
『敵スナイパー、撃破!』
自身の声に、
自身の代わりが応える。
男が見ていた方向とは別方で、
爆発音が聞こえる。
……ヌルのヤツと『ダガー付き』は仲がよろしいことって。
やれやれ、と内心、肩を竦めながら、
男は次はどうするかと思考していた。
それから、しばし後。
恐らく、彼女からの連絡を受けているであろう彼との連絡が終わる頃合いを脳内でシュミレートしつつ、男はモニターに視線を向ける。
拠点防衛に着いた三機が敵の遠距離型を狙い追い掛けるが、
護衛に着いた三機がそれを防ぐ。
攻撃を受けながら拠点との距離を窺い、
砲撃のチャンスを狙うが、
突如として斜めから細長いビームの線が敵の遠距離型に突き刺さる。
時間にして数秒間、
ほんの僅かな時間だったが、
狙撃に耐え切れず、
爆発を起こした。
拠点防衛の手伝いでもしてやろうかと思って、
位置を変えて目標を探そうとした時に、
運よく、
本当にたまたまという見事なタイミングで敵の遠距離型を見つけたんで、
狙い撃ちにしただけの話だ。
その後、
遠距離型の援護に来ていた一機がこちらに来たので、やり合う羽目になったわけだが……。
……狙撃型は三流だわ、遠距離型も三流じゃ、護衛はきついよなぁ……。
拠点防衛に『ダガー付き』一人のみという時点で、どうなのかとは思ってしまう。
が、
彼女としては、彼との一騎打ちを好む嫌いがある以上、
どうせインターミッションの段階で、
『拠点防衛、ここは任せろ、ここは任せろ』
と単機ごり押しでもしたに違いないだろう。
……ま、その気持ちは分からなくもないがねぇ……。
難儀だねぇ、と思っていると、
妙な匂いが鼻についた。
「おっと。ちょいと危ないかね?」
まず二、三歩後ろに下がって、
回れ右をしてその場を離れることにする。
直後、
「ふざけんな、てめぇ!!」
「お、おいっ!!」
数秒前に自分が立っていた場所に誰かが誰かを叩きつける様な音がした。
……ま、危ないのが事前に分かるってのは有難いけどねぇ。
こいつはいらんよな、と男は思う。
危険が迫っている時に、事前に危険を知らせてくる、
俗に言うと、
『虫が知らせる』に近いものだ。
男の場合は、匂いで教えてくれるわけだが、
その匂いでどんな危険が迫っているのか、
それを察することは難しい。
ただ、危険が迫っているのが分かるしか分からない。
それを有難いと喜ぶべきか、
困ったと嘆くべきか。
まぁ、これのおかげで事前に敵機が迫っているのが分かるおかげで、
迎撃をするのが楽で助かるので、有難いと喜ぶべきなのだろう。
……どうなんだろうねぇ……。
そんなことを考えて、
ふと手元の携帯電話、
まだガラケーなどという相棒が持っていないスマートフォンに視線を落とし、
時間を確認する。
……もうそろそろかね?
そう思って、
電話を掛ける。
コール音。
何回かコールする音が鳴ると、
ガチャリと電話を拾った音が聞こえた。
声。
『よぅ、「ミラー」。お疲れさん』
相棒の反応だ。
応える。
「ほいよ、『ヌル』ちゃん。おめぇもお疲れさんだ」
『何言ってやがる。あんなやりにくい機体で、二戦とも上手いことやってるヤツが』
「俺から言わせてもらえば、『撃雷』の方がやりにくいっての」
歩き出す。
『今回は、二戦とも地上じゃなかったからな。「ダガー付き」のヤツ、あんま本気出せなかったんじゃないのか?』
「だろうねぇ……。個人的にはどんな状況でも戦えるようにするのがベストだと思うがね」
『そりゃな』
「へへへ……。ま、おいちゃんとしては、おめぇと戦えるってだけで満足なわけだが」
『そう言えば、「ダガー付き」で思い出したが、あいつ今度の土日とか久々の試合とかって言ってなかったか?』
「あ~、言ってたような気がするねぇ。応援でも行くかい?」
『そりゃな。……なんて言ったってアイツにとっちゃ久々に参加しての試合なわけだし。
久々に参加できる思い出の試合を観に行かなくてどうするよ?』
「そりゃ、そうだ」
……おいちゃんとしては、あんまりお前を行かせたくはないんだがね。
行くと決めている者を行かせないようにするのではなく、
逆に一緒に行くようにすればその分楽しめたり、
その楽しさを共有することが出来る。
話を聞くだけではなく、だ。
「……ってぇなると、今度は何時くらいになるかね?」
『あぁ~、あいつが試合だからな……。
あんまり無理させねぇ方がいいか?』
「いや、俺は知らねぇけど」
『そうだわな。お前に訊いても分からんわな。ハッハッハッ、わりぃわりぃ。』
「大丈夫だ。気にすんなや、ヌルさんや。」
気が付いてみたら、いつの間にか道路を歩いていた。
今日は車で来たのはいいが、
珍しく駐車場が一杯で駐車が出来ず、
少し遠目の場所に車を止めていたのだった。
……ま、歩く分には構わねぇか。
相棒も運動しているのだ。
であれば、自分も運動せねばならないだろう。
信号機の前で足を止める。
「そんじゃ、また今度な」
『おぅ。次もよろしく』
「へっへっへっ。こちらこそだぜ、『ヌル』さんよ」
電話が切れる。
こういったやり取りは何度も行っている。
それに、
彼もそうだが、自身もあまり器用な方ではない。
……そいつぁ、お互い様だってな。
器用なりのやり方はあるかもしれない。
しかし、器用なりのやり方は知らないし、
やろうとは思わない。
困ったものだと結論付け、
信号を見る。
と、
……匂うな。
焦げ臭いガソリン臭が鼻に付いた。
匂うということは、これは自分への危険が迫っていることを表す。
しかし、今の時間帯、車はさほど多いわけではないし、
さほど車通りも悪いわけではない。
としたら、何かしらの匂いが届いたという可能性も無きにしも非ずというわけだが、
……とりあえず、離れとくか。
匂うということは何かしらの危険があるということだ。
だとすれば、ないから大丈夫だと高を括っているわけにはいかないわけで、
取り敢えず、数歩分後ろに下がっておく。
刹那、
何故か光が自身に向かってくることに男は気が付いた。
避けることは出来るかもしれない。
しかし、
それが大きさのある車となれば話が別だ。
どれだけ歩いたところで、
相対的な速さが、そもそも違うのだ。
避けようとしたところで意味などはない。
となれば、
……まだまだヌルの野郎と遊びたかったねぇ……。
男は、
田辺鏡也は、ぼんやりとそう思う事しか出来なかった。
それから、数分後。
田辺鏡也は、
『ミラー』と呼び、呼ばれた男は、
この世を去った。