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第十七話 戦闘準備

『この……ッ!!!!』

「フハハハハハハ!!!! その程度で儂に当てる気か!!!!!」

 当たるか……ッ、

「当たってやるものか……ッ!!!!」

 何度目になるか分からないレイジの突きを、

 笑いながら避けると同時に懐に一発、

 テュールは拳を当て、

 レイジの身体を弾き飛ばす。

「これで……、」

 えっと、

「何度目じゃったかのぅ……」

 のぅ、

「レイジや」

 問われたレイジは、

 しかし、すぐには答えられずに、

 答えるまでの間、僅かな間を置いて、

 身体を起こし立ち上がると、

 先程いた位置にまで歩を進めてから、

『少なくても、自分は十から先は数えてないですよ、()()

 と彼女に言った。

「成る程のぅ」

 とすると、

()()()()()、十より多い、と」

 あぁ、

()()()()()()()()()?」

『……って、思いますけどね』

「しかし、

 そうまでしてやろうという意気込みは分からぬもないが……、」

 じゃが、

「そうまでして()()を使おうとは、」

 如何(いかん)せん、

「難しくはないかの?」

 そう言いながら、

 テュールは、

 ()()()()()()に取り付かれているモノを指差す。

『いやいや、何言ってんすか、()()

 いいですか?、

『物を作るってことにゃ、試行錯誤、』

 つまり、

『ビルド・アンド・エラーってもんは付き物ですよ?』

 ってなると、

『何十、何百ってやらないと意味なんてないですよ』

()()()()()()かの?」

()()()()()()です』

「あい分かった」

 そう言いながらも、

 彼女は嫌な顔をすることなく、

 レイジの正面に立つと、

「では、続きといこうかの?」

 構えた。




『……って、』

 まぁ、

『自分で言っててなんですが、あの、』

 ()()

『いくら何でもこれ、きつくないですか?』

「とは言われてものぅ……」

 流石に、

「手を抜くわけにはいくまいよ?」

『いや、そうなんですけど……』

 でも、

『地面に埋められると困るんですが……』

 と言うレイジの身体は、

 半ば地面に埋められた状態になっていた。

 そんな彼に対して、

 テュールは先程と同じく無傷で立っている。

「困ると言われど、フェンリルのヤツは儂よりも荒いぞ?」

 となると、

「これ位のことは慣れんと先が上手くいかん故な」

『慣れ、ですか』

「あぁ。慣れれば、それを使うのも楽になろう」

 で、

「今更じゃが、それは何かの?」

 あぁ、

「儂の目立てじゃと、(たて)(よう)に見えるんじゃが」

『盾の様……、』

 ……ってか、

『……盾なんですけど』

 盾というレイジに、

 しかし、

 テュールは怪しむ様に眉を顰めた。

「いやいや、レイジよ」

 いくら何でも、

「そんな、なり様の盾は見たことはないぞ」

『そりゃ、そうでしょうよ』

 なんせ、

『盾にとっつき、』

 いや、

『「パイルバンカー」を盾に付けてとっつかせようなんて、

 ()()じゃ、考えられないみたいですし』

 ……そう言えば、()()殿()も何言ってんだコイツみたいな顔してたなぁ。

 新装備をどうしようかと言われた時、

 盾がなかったから盾にしようと決めたのはいいものの、

 それじゃどんな盾にしようかとなった時に、

『撃雷』の身体になったのだから『撃雷』の盾にしようと、

『スパイク・シールド』を提案してみれば、


「いや、レイジ。

 それ、盾の必要ってあるのかな?」


 と言われてしまったわけだが……。

 レイジとしては、

 ……防御は出来るわ、攻撃も出来るわでこれ以外に最高の盾ってないんだよなぁ……。

 としか思えなかった。

 故に、

 ほぼごり押しで作ってもらったわけだが。

 しかし、

 作ってもらったのはいいが、

 ここで問題が一つ起こる。

 それは、

『……とりあえず、()()

 あの、

『避けるのはいいとして、普通に魔力這わしてぶん殴るの、やめません?

 それされると、俺、近づけないんですけど』

 半分埋まった状態から、

 身体を抜いて立ち上がりながら、

 そう不満を口にしたレイジに、

 テュールはただ、

「儂の戦いやすい様に戦えと申したのは主じゃろうが」

 それとも、

「主は、フェンリルとは戦わず、

 儂と奴が戦っているのをただ見て終わると言うのかえ?」

 と言う。

『……いや、そうは言ってませんけど』

 でも、

『このままの状態だと、試し打ちが出来ないままで終わるんですが』

 そこでようやく彼女もレイジの不満が分かったのか、

 渋々といった表情で頷き、

「あい分かった」

 しかし、

「試し打ちに手を抜いてしまっては今までのは水の泡、」

 そう、

「今までのも全部、無意味となるが……」

 主は、

「それでも良いのかのぅ?」

 うん?、と、

 レイジに問い掛けてくる彼女の表情に、

 レイジはついため息を吐きたくなる。

 かつて、

 そう、かつて。

 かつて自分の師だった()()の指導を受けていた時、

 もう無理だと、

 もう諦めようとしていた時、

 その時の彼女も、

 今、目の前にいる師と同じ表情をして、

 訊いてきたのだ。


「松田。

 お前が無理だと諦めるのは別に構わん。

 だが、今、諦めて逃げたところで、いつか近いうちに、

 それはお前に立ち塞がるぞ。

 その時に、諦めたくないものがあったら、お前はもう一度、諦めるのか?

 それとも、その時は諦めたくないのか?

 お前はどうするんだ、松田?」


 そう言われて、諦めたくないです、と答えれば、

 だったらやるしかあるまい?、と言われて夜遅くまで、

 投げられるか、寝技を極められるか、

 関節を極めるか、締め技で墜ちるか、

 そのどちらかを徹底的に選ばされたわけだが。

 しかし、

 あの時に諦めず、受け続けたからこそ、

 今は彼女ほどの無茶を振られ様とも平然と受けられた。

 まぁ、

 彼女が例外で、

 その例外の下で鍛えられたレイジもまた例外で、

 当の本人だけが今になって、それを自覚していなかった。

 故に、

 レイジは答える。

『分かりました』

 そしたら、


()()()()()に手抜き無しの()()()()()()()


「無論よ」

 そうでなくては、

「フェンリルとは戦えんからの」

 口元を歪めて笑うテュールは、

 しかし、

 動くわけがないその一瞬の隙を突く様に、

 途端に姿を消してみせた。

 だが、

 レイジはその動きを予測していた。

 何故なら、

 ……その動きは見飽きた、ってな!!!!

 もう何度も見ていたからだ。

 瞬間的な動作で、

 対処を取るのは難しくはある。

 それでも、

 ある程度の予測は立てられる。

 ……()()の立っていた位置はあそこ。

 そして、

 ……風の向きは右。

 ってなると、

 ……左か!!!!

 レイジの左側、

 つまりは、盾をつけている方、

 そちらから打撃を打つと予測が出来る。

 ならば、

 左側の攻撃に耐えればいい。

 そう予測してレイジは左側に盾を構える。

 刹那、


「ほぅ……っ!!!!

 見切りおったか!!!!」


 盾に音と衝撃がぶつかった。

 ……クソッ!!! なんて馬鹿力だよ!!!!!

 人よりも重いはずの鉄人形とは言え、

 レイジは、自身が後ろに押されるのを悟った。

 しかし、

 止まっていれば先程と同様に埋められるのは確実。

 ならば、と、

 左腕の構えを解いて、

 突き出す様に腕の向きを変えると、

 ……穿ち(パイル)ッ、

 テュールに向け、

 ……貫く(バンク)ッ!!!!

 振り抜いた。

 その動作に連動して、

 盾の、

 その先端部が僅かながら伸びる。

 しかし、

 伸びたと言えど、

 ほんのごく僅かでしかない。

 故に、

 避けるのは容易だ。

 それを表す様に、

 テュールは身体を左に反らしながら、

 左足を地に沿わせながら前へ、

 ただ前へと進み行く。

 そうして進んで行けば、

 残された右腕に先端部、

 パイルが腕を貫き穿つかと思えばそうではなく、

 大きく腕を後ろに引きながら円を描く様に回す。

 とすれば、

 先端部は行き場を失い、

 ただ虚空(こくう)穿(うが)つのみ。

 ……クソッ!!!

 そうは問屋(とんや)(おろ)すわけないか!!!!、と、

 レイジは口を強く結びたくなる気持ちを抑えながら、

 現状の打開策を練る。

 テュールはこちらに半身を向け進み、

 それに対して自分も同じく半身を前に向けている。

 唯一の違いは、

 彼女は前に進んでいるが、

 自分はただただ止まっているということだ。

 だったら、

 ……(むか)()つッ!!!

 迎撃することが可能と言えるだろう。

 そう考えれば、

 自分に出来ることは一つのみ。

 左腕は伸び切っているので一度戻さねばならず論外、

 となれば、

 残っている右腕での迎撃のみだ。

 右腕だけでの迎撃は難しくもある。

 だが、

 ……俺にとっちゃ、慣れたもんだってな!!!!

 レイジにとって、この状況は慣れ親しんだものであった。

 かつての師である()()に片腕だけという状況でも(たたかえ)る様にと、

 片腕が使えない状態で相手をするという、

 勝てる見込みが全くない状況での練習を、

 それはもう血が滲む程、やってきたのだ。

 それなのに、

 今、ここで簡単に突破されては、

 あの地獄と呼べるまでの日々など意味がなかったことになりかねない。

 ここは意地でもやらねばならぬだろう。

 そうと決まればあとは容易いことで、

 レイジは左半身を強引に、

 後ろに下げながら、

 右腕を相手の半身に向けて穿つ。

 それは予想できぬことではないと思ったのだろう、

 テュールは向かうこちらの右腕を掴もうと己の左腕を伸ばして来る。

 だが、

 それはレイジの予想通りであった。

 何故なら、

 レイジは伸ばされた左腕を避ける様に、

 相手の内側、

 つまりは、

 己の左腕の、

 その内側に沿わせるように軌道をずらしてから、

 大きく弧を描く様に己の外側、

 相手の内側を這う様に腕を回した。

 そうして弧を描いてみれば、

 腕は相手の腰、

 テュールの腰部を掴める位置に腕がある。

 とくれば、

 己がすべきことはただ一つだけ。

 ……その腰、貰ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 テュールの腰を掴むだけだ。

 掴むと言ってもしっかりと掴むのではなく、

 柔らかく、

 しかし離すことなく、

 そう掴むだけだ。

 そうして掴んでみれば、

 レイジは己の右足を左側へ、

 そして、

 その頃には力が戻った左腕を後ろに引きながら、

 下へ下げる。

 そうしてみれば、

 不思議なことに回っていなかった腰が回っており、

 上体は腰の動きに引かれ半分だけ後ろに回り、

 残された右腕も上体に引かれつつあった。

 あとは簡単なことで、

 右足を外側に伸ばして、

 相手の足を引っ掛ければ、

 ……『(はら)(ごし)』の出来上がり、ってな!!!!

 ごくごく一般的な投げ技の一つ、

『払い腰』の型が出来上がる。

 しかし、

 その動きにテュールが何も警戒していないはずもなく、

 彼女はレイジに投げられない様に身体を強張らせた。

 流石にそうなることはレイジも予想は、

 ……分かり切ってますよ、()()!!!!!

 出来ていた。

 投げ技が防がれる、

 その場合はどうするか。

 簡単だ。


 力が掛かる向きを変えればいい。


 外側に掛けるのであればその向きを内側に、

 そう、

 外側ではなく、

 内側から掛ければいい。

 とは言え、

『小内刈』は以前、彼女との戦いの際に使用したので警戒されるのは当然で、

 そうなると、別口から掛けるしかなくなる。

 と言っても、

 レイジには簡単なことだ。

『小内刈』が無理ならば、

 違う技、

 そう、


『大内刈』にすればいい。


 基本的に『大内刈』も『小内刈』もあまり変化はない。

 変化を取り上げるならば、


 相手の腰に肩を当てるか、


 相手の胴に胴を当てるか、


 ただそれだけの違いでしかない。

 それを証明するように、

 レイジはテュールの両腕を掴み、

 両腕を外側に広げた。

 あとは簡単で、

 彼女の上体、

 つまりは胴に己の胴を当て、


 相手の内側から足を刈ればいい。


 そうして刈ってみれば、

 誰にも分かる通り、

 止まったものに掛かる慣性を止めることは誰にも出来るはずもなく、

 レイジとテュールの二人は、

 ただ後ろに倒れるだけだった。





「かっかっかっか!!!!」

 しかし、

「主も主もよぅ……」

 まさか、

「一度のみならず、二度も主に取られるとは……、」

 いやはや、

「いくら神と言えど、儂には流石に分からなんだ」

 ハッハッハッ、と豪快に笑う彼女に、

 レイジは反論を試みる様に呟く。

『いや、流石に何でもかんでも分かるってのはおらんでしょうよ』

「うん? いやいや、普通はそう思うじゃろ?」

 じゃがな?、

「事はそうも(やす)うはのうて、」

 これが、

(はな)から全てが()えておるとなれば、」

 レイジよ、

「主ならばどうする?」

『……えっ? なんすか、それ?』

 ……視える? 普通に見るとかじゃなくて視える?

 果たしてそれは意識しなければ見えないのか、

 それとも意識せずとも見えるのか、

 個人的は非常に気になってしまうレイジだったが、


 それはともかく。


『まぁ、一応は使えるってことが分かったんでいいですかね』

「構わんのか?」

『……()()相手には使えませんでしたけど』

 ま、

『人外の、』

 それも、

『大型相手だったら、どうにか出来ると思いますけど』

「とは言うても、フェンリル相手には難しいの」

『何でです?』

 無理だと口にする彼女の言葉の、

 その意味を分かりかね、

 レイジは問いかける。

 その問いに口元を半ば歪め、答える。

「あやつとて儂と同じく素早い故な」

 いくら、

「主が容赦はせんと思うておっても、

 捉えられても捉えられんでは、

 そもそもの話が立たんと思うての」

 なに、

「たったそれだけの話故な」

 別に、

「主が気に掛ける程もない。

 あやつは儂が捉える」

 故に、

「気に掛ける必要はないぞ、レイジや」

 励ますつもりで言ったのだろう彼女の言葉は、

 しかし、

 レイジには単に、

 お前には出来るわけもないから俺に任せろ、と。

 そう言われている様な気がした。

 そう言われれば言われたで、

 反発してしまうのが人間というモノだ。

 その為、

『……そうは言ってもですね、()()

 現に、

()()はフェンリルから避けられてるじゃないですか』

 そうすると、

『いくら無理でも、

 多少はあいつを引き付けとかないといくら師匠でも、

 難しいんじゃないですかね?』

 嫌味にしか聞こえないレイジの言葉に、

 テュールは一瞬、眉を顰めたが、

 すぐに緩むと、

 ため息交じりに言った。

「そうさな。

 あやつを逃がしたのは儂の落ち度」

 なれば、

「主に気張ってもらわんと次はないと、

 そう考えた方が良いか」

 うむ、

「よく言うてくれたの、レイジや」

 ははは、と笑いながら言った彼女に、

 レイジは己の過ちを悟った。

 別に彼女はこちらを引き離すつもりで今まで接してくれたわけではなく、

 こちらを気遣って今まで接してくれていた。

 それを無理だと言われ、

 むきになって反発するのは己のすべきことではない。

 多少、距離を覚えられても、

 こちらはこちらの出来ることを全力で、

 そう、

 ただ全力で取り組めばいいだけのことだ。

 そうだ、

 それを忘れていた。

 その事にようやく気が付いたレイジは、

 彼女に謝罪する。

『すみません、()()

 少し、

『少しムキになりました。

 ……すみません』

 ただ、

()()だけにはさせませんので、

 出来れば自分も使ってくれると有難いです』

「うん……?」

 まぁ、

「なんじゃ、」

 別に、

「儂は気にせんがの?」

 ま、

「そう言うのであれば頼らせてもらおうか」

 頬を緩めて彼女は、

 改めてそう言うと、

 レイジに片手を差し出す。

「よろしく頼むぞ、レイジや」

 そう言った彼女に対して、

『えぇ、』

 こちらこそ、

()()()()です、()()

 レイジも差し出して、


 互いの手を握り返した。





 とりあえず解散ということで、その場はひとまず、

 それで収まった。

 その為に、

 レイジは戻ってきたわけだが……。

 こちらに背を向け、

 何処かを見ているミハエルの背に、

 ……()()殿()は、なに見てんだ?

 レイジは疑問に思い、

 ミハエルの背から、

 覗き込む。

 そうしてみれば、

 黒い大型の鍵盤と戦っている白い髪を後ろで結った少女、

 ヒュンフの姿が映った。

 よくよく目を凝らせば、

 鍵盤一つ一つに音符が書かれているのが見える。

 が、

 少女には音符が書いてあっても読みのは難しく、

「……~、……~、」

 恐らくこんな音だろうと思っているのだろう、

 鼻歌気味に音を奏でる姿には、

 愛おしさを覚える。

 しかし、

 レイジとしては、

 注目するのはそんなことでは全くなく。

 ……()()()で聞いたな、これ……。

 少女が鼻で奏でる音、

 それが、自分がかつて聞いた覚えがあることに、

 妙を覚えていた。

 音を確認している為に遅いのは、

 まぁ、仕方がないこととして、だ。

 それよりも、

 遅くはあるが一つも狂わずに、

 正確に突いている様に、

 レイジには思えてならない。

 正確に突きながら、

 けれどもテンポとしては遅い。

 いや、

 遅い曲自体はある。

 そして、

 遅いということは、

 徐々に早くなったりと変化が付いていくのが常だ。

 最初が遅く、

 徐々にテンポが上がっていく。

 その様な音楽は、

 その多くが……。

 ……あぁ、分かった。()()()()か。

 操作に集中力を使う航空戦が多いゲーム、

 例えば、

『シューティングゲーム』等に多く見られる。

 無論、

 レイジはそういったゲームもプレイ済みで、

 あれは確か……、

 ……『エアコン』の五作目……、だったかな?

『エアコン』。

 正式名称は、

『エース・アサルト・コンバット』。

 エースは戦闘機乗りでの撃墜王を指す言葉で、

 アサルトは戦いを意味する。

 であれば、

 別に『エース・アサルト・コンバット』ではなくて、

『アサルト・エース・コンバット』でもいいのでは?、と。

 そう議論されたのは懐かしく思ってしまう程に昔のことで、

 結局のところ、どちらでも問題ないだろうという結論で、

『エース・アサルト・コンバット』に落ち着いたというこれまた比較的どうでもいい話がある。

 しかし、

 いくらなんでも『エース・アサルト・コンバット』という呼び名は長すぎるという、

 それだけの理由で略称を募集した結果、

 憶えやすいからというただそれだけの理由で、

 涼しい空気も暖かい空気も送れる天下の宝刀、

 家電の一つである『エアコン』に決まったという話が世に出たのは、

 レイジが知る限りは新しい話だった。

 その五作目、

 プレイヤーを操作に集中させようという理由で、

 全シリーズにおいて主人公は無言という設定になっているのだが、

 確か、シリーズで初めて味方に援護、支援要請が行えるシステムになっていたような……、

 ……いや、それは六作品目か。

 それに六作品目は僚機はいるものの、

 基本的に相方と行動を共にする作品だ。

 五作目はそれよりも多い、

 分隊規模、

 いや、

 小隊規模の、

 四機一個小隊だったはずだ。

 今、ヒュンフが練習していて、

 鼻歌で鳴らしているのはその作品の代表歌、

 あれは確か……、


 ……『()()()()()()()()()()』、か。


 シリーズには珍しくオーケスラの様に、

 音声が付いていた。

 あのステージは、

 レイジの記憶に強く残っている。

 歌の始まりは確か、

『ラ、』

 続く音に繋げるためにア、と伸ばしながら、

『リ、』

 と言葉を紡ぐ。

 しかし、これにはイ、と伸ばしはせずに、

『ア』

 と終わらせる。

 続く音は、

『ムント、ウィザ、』

 と続く。

『ラーズグリーズ』

 ラーズグリーズ、

 それは何を意味するのか、

 気になって調べたことがあった。

 ヴァルキリーやワルキューレなどいうモノが出てきたが、

 それらが示す存在はただ一つ。


 戦乙女、という存在だ。


 作中にも戦乙女、

 その存在を描いた絵が出てきたりはしたが、

 何故それが出てくるのか、

 調べる以前のレイジには理解が出来なかったが、

 それを調べた時のレイジには理解が出来る。

『ラーズグリーズ』。

 その名が示すのは存在だけではない。

 名を示す意味も無論ある。

 その意味は……、

 とレイジが考える前に、声が掛かる。

「あれ、レイジ? いつ帰って来ていたんだい?」

 今更ながらに気が付いた様子で、

 振り向きながら問いかけるミハエルに、

『ついさっきさ』

 レイジは答える。

『にしても、驚きだな』

 えぇ、ヒュンフ?、

『その曲、何処で知ったんだよ?』

「どこで……、と言いますと?」

『……はっ?』

 いやいや、

『ありゃ、「エアコン」の5だろ?』

 いやぁ、

『「ラーズグリーズ」とはかなりコアだな、たぁ思ったが……、』

 そこまで言ってからレイジは気が付く。

 こちらを見るミハエルとヒュンフの二人が表情を固めているということに。

 ……えっと、これ、もしかしてアレか?

『一応、訊いとくんだが……』

 なぁ、

『「ラーズグリーズ」とかは別に関係感じだったりする?』

 と、訊いてみれば、

 頷く動きが二つ見えた。

 ……オゥ……、レイジィ……。

『ってことは、アレか……ッ!?』

 俺は、

『ただ似てるってだけで歌っちまったってことか……ッッ!!!!!』

 クソ、

『おのれ、「ラーズグリーズ」……ッッ!!!!』

 お前の、

『お前の名は、そうじゃないだろうに……ッッ!!!!』

 クソ……ッッ!!!!、と、

 レイジは恥ずかしさと共に怒りを覚える。

 というレイジに対し、

「でも、『ラーズグリーズ』なんてよく知ってるね」

 珍しいねとミハエルは言外で呟く。

 それに対して、

『珍しい……、って別に珍しくはないだろ?』

 それに、

『「ラーズグリーズ」と言えば、戦乙女の一人で有名なわけだし』

「へぇ~? そっちの方でも戦乙女の名前はあるんだ?」

『そりゃ、「ルーン文字」があるんだし、』

 無論、

『戦乙女の存在もある』

 だから、

『こうして、俺が言ってるわけだ』

 肩を竦めながら、そう言ったレイジに対し、

 やれやれといった具合に、ミハエルは苦笑し、

 ヒュンフは尊敬の眼差しで見ていた。


()()()()()()()』。

 その名は数ある神話、

 神々を書き示した物語、

 その中でも世界の始まりといずれ訪れるであろう終わり、

 それを書き示した神話、

『北欧神話』、

 その中で書き示された半神、

 戦乙女という存在の一人に、

 その名がある。

 戦乙女、それぞれの名前には、

 それぞれに適した、

 その存在を定義づける意味がある。

 例えば、

 戦乙女の一人、『ブリュンヒルドル』で言えば、

【輝く戦い】といったものであり。

 また、別の戦乙女の名で上げると、

『ゲイラドリヴル』であれば、

 彼女の、その名の意味は、

【槍を投げる者】。

 と言ったように、戦乙女一人一人の、その名には異なる意味が、

 存在が与えられている。


 では、『ラーズグリーズ』の名は何を意味するのか?


 それは……。



『……確か、【()()()()()()】……、だったかな?』


()()()……?」

『あん? いや、大したことじゃねぇよ』

 あぁ、

『大したことじゃないとも』

 気に掛ける様に訊いてきたヒュンフに対し、

 レイジは軽く手を振りながら否定する。

『しかし、こんな時間に練習とは』

 なんだ、

『練習熱心じゃないか』

 なぁ、

『ヒュンフよ?』

「それは、真剣にもなりますよ」

 だって、

「……ここには()()()もいるんですから」

 照れ臭い様に小声で言う彼女の言葉、

 果たして聞きにくい様にもう一度言ってくれと言うべきか、

 それとも聞かなかったことにして聞き流すべきか、

 レイジはどうすべきか一瞬悩んで、

 ……俺には漫画とかの主人公みたいにゃ、出来んわな。

 これも男としての役目か、と腹をくくることにして、

()()()()()

 そう返した。

 返されたヒュンフは、

「えっ?」

 と一瞬、呆けるが、

 何故か顔を赤くすると、

 両手を前に出して手を勢いよく振り始めた。

「ち、違います!!! い、いえ、違くもないんですが!!!!

 ……いえ、やっぱり違います、そうじゃないんです!!!!」

 と言い始めるヒュンフの様子を見ながら、

 レイジはぼんやりと呟く。

『……まぁ、なんだ』

 そんなことより、

『弾く曲って言うか、』

 なんだ、

『弾くのは決まったのか?』

「ち、違うんです!!!!」

 ……へっ?、

「曲……、ですか?」

 先程までの云々だと思ったのだろう、

 一回違うと言ってから、

 違和を覚えたのか、

 ヒュンフは冷静に聞き返す。

『あぁ』

 ほら、

『さっき、鼻歌みたいなの歌ってたろ?』

 だから、

『てっきり俺は、決まってるもんだと思ったもんだが』

 なんだ、

『そうじゃないのか?』

「はい、()()()

 実のところ、

「曲の想像は出来るのですが、」

 これが、

「どういう風になるのか、それが分からなくて」

『……んで苦労してる、と』

「はい、()()()

『成る程な』

 ……ヒュンフも苦労してるんだなぁ。

 と思っていても、

 ……俺にゃ音符なんざ全く読めんわけだが。

 小学生に初めて手にした音楽の教科書を見た当時から、

 書かれている音符がどういう意味をしているのか、

 それが分からずに、

 ただただなにか楽しそう、としか、

 呆然とそうしか思えずに、

 授業中であろうとも、

 同級生に助けを求めたのは遠い記憶だ。

 そうしたこともあり肉親や、

『ミラー』や『ダガー付き』といった戦友から、

 ギターを勧められてもやる気には全くなれずにいたのは、

 記憶に新しいことで。


 まぁ、()()()()()()()


『それだったら、さっきのでもやってみるか?』

「……さっきの?」

『ほら、さっき俺がやっちまったヤツ』

 アレだ、

『「ラーズグリーズ」なんかよく知ってるな、って言っただろ?』

「えぇ。そう言えば、言ってましたね」

 それが、

「それが如何しましたか、()()()?」

『いや、だから』

 それを、


『それをやればいいんじゃないか、って言ってんだが』


「……成る程!!! それは名案ですね!!!!」

 と言ってから、数秒間動きを固めると、

 ヒュンフは唐突に先程と同じく振り始める。

「ま、待ってください!!!」

 そんなの、

「そんなの、私出来ませんよ、()()()!!!」

『でも、曲がないんだろ?』

「……えっ? い、いえっ、それはそうなんですがっ!!!」

『一応、曲自体は俺が知ってるから』

 ま、

『うろ覚えだけど』

 そこは、

『どうにかなる、としてだ』

「い、今、うろ覚えって……ッ!!!!!」

 そんな、

「それで信じられるわけないじゃないですか……ッ!!!!」

 いえ、

()()()が信じられないと言っているわけではなくてですね……ッ!!!!」

『だったら、大丈夫だ』

「大丈夫なわけ……ッ!!!!」

 興奮するヒュンフを落ち着かせるように、

 レイジは彼女の頭、

 その上に優しく、

 静かに手を置いてゆっくりと語る。

『大丈夫だ、ヒュンフ』

 大丈夫だ、

『お前はお前を信じればいい。

 そうでないなら、お前が信じる俺を信じろ』

 大丈夫だ、

『大丈夫だ、ヒュンフ』

 ハハハ、とレイジは笑うと、

 ヒュンフの頭を優しく撫でたのだった。


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