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さて、あたしの蛇のことだった。
ちなみにあたしが孵化させたのは、眼もさめるような鮮やかなコバルトブルーの色をした蛇だった。
孵ったことをしらせる孵化器のブザーが鳴り、あたしはふだん起きたことのない早朝だったけど、ベッドから跳び起きた。
いちはやく刷り込みをしなきゃいけなかったしね。
アオ、と呼んでいたけれど、ほんとの名前を「プシコパニキア」っていうの。
こんな奇妙な名前、あたしがつけるわけがない。それって昔の西洋のお坊さんが書いた本のタイトルらしくて、なんでも「魂の完全な夜」って意味らしい。プシコパニキアだと長ったらしい感じがするから、ちぢめてプシコにした。プシコはお父さんが付けてくれた名前なんだよね。
で、――その意味するところなんだけど、
人の魂はたとえ死んでも起きている、
ということなんだそうだ(どゆこと?)。お父さんが何を意図してこんな名前をくれたのかは、あたし的には絶体絶命的に意味わかんない、っていうか、最初っから興味ないしね。
プシコなんかより、もっと可愛らしい名前をつけたかったんだけど、しかたがない。他でもないお父さんの頼みなんだし、魂がきれいじゃなきゃ手に入らない卵をプレゼントしてくれんだから無下にすることなんてできっこないでしょ。
だからお父さんのいるまえではプシコって呼ぶことにして、外にいるときはアオって呼ぶことにした。
でもね、じつはアオって呼んでた期間はいやになるほど短かったよ。
プシコ、えっと、あたし的にはアオなんだけど、アオは、あやかなちゃんのクサ以上に変わっている、というか、かなり独特の蛇だった。直感とでもいうのかな。さわったらすぐにわかってしまう。だって、その瞬間、刷り込みが起こってあたしはアオのお母さんになったんだし。
アオの色、それはコバルトブルー。
とても濃厚な青で、空にむかってくるくる螺旋にまわりながら墜落してしまいそうな恐怖さえ感じさせる、深いふかい色でもあって。
そして。
どこまで歩いていっても辿り着けない際限のない感じ、があった。そうしてアオが何より怖ろしい、と感覚させられるのは、彼女という存在が蛇なのに、――そう、言葉をいっさい喋ろうとしないのに、深いところから「ただしさ」を送り届けてくれる、そんな蛇だったからだ。とするなら、アオの前でただしくなければシンプルに怖れるしかない、ということになる。
いつものあたしだったら、アオを学校には持っていかなかっただろう。あたしにだって危険を事前に察知するだけの分別っていうか、サバイバルを生き延びてきた一族の血がみゃくみゃくと流れているわけで、アオを学校に持っていくことのリスクは、それとはなしに認識できていたはずなのだ。
だけど、あたしは愚かにも舞い上がっていた。
さすがに生まれたばかりのアオは小さかったから、すぐに学校に持って行くのは憚られた。だいたい半月くらい成長するのを待っていたかと思う。
そしてやっと小学校にアオを連れてゆく日が訪れた。
とにかく、アオのこと、自慢したかったんだ、あたし。クラスメイトの仲良しの子にも内緒だった。何事もサプライズがかんじんだ。誰よりもあやかなちゃんを驚かせたかった。その日、腕にアオをまきつけ、鞄を背中に背負い、あたしは学校にむかった。