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【電子書籍化】あの猫を幸せにできる人になりたい  作者: 霧島まるは
二年生編

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動物園2

「推し動物、投票用紙?」

「あー、いまはこんなことやってるんですね」

 動物園に入場する時にもらった用紙を見て、倉内楓は首をひねっている。

 花は、うんうんと頷きながら紙をバッグのポケットにしまった。帰りに投票しようと思いながら。

「こういうの、多いの?」

「私が前に来た時は、鳴き声ビンゴでした。何となく動物を見て回るんじゃなくて、より興味を持ってもらうための工夫ですね」

 この動物園は、みんな動物に名前がつけてある。各檻の前に、写真つきで名前が書いてあるので、それぞれの個性を楽しむことができる。

 檻の向こうの彼らは、一般に動物名で呼ばれることが多いが、それぞれに命と心があるということを、見に来た人に伝えたい──そういう運営方針がこの動物園にはある。

「推し、動物かあ」

 理解した倉内が、ふふっと笑みを浮かべる。

「楓先輩は好きな動物いますか?」

「虎、とか、格好いいよね。花さんは?」

「ここにもベンガルトラがいますよ。強そうですよね。私はキリンが好きです。模様を見比べるのが好きなんです」

「キリンの模様?」

「子供の頃から、キリンの模様を見比べたりするのが好きでした。大きい柄や小さい柄、縁取りが太い、細い。四角っぽいの丸っぽいの。結構みんな違うんですよ」

「……考えたこと、なかったな」

「こっちの順路に、すぐ虎がいますよ。行きませんか?」

「キリンは反対方向だから、そっちから行こうか?」

「虎すぐそこなので、虎を見てからキリンに行っても近いです。大丈夫です」

 遠慮する倉内の背中を押して、虎の方へ歩を進める。ベンガルトラの名前はソラとリナと書いてある。少し高くなっている岩の上に、二頭仲良く寝そべっていた。

「大きいね……」

 ごくりと、倉内が唾を飲み込む。同じネコ科でも、家猫とは大違いだ。足の太さ、重量感のある身体。あくびをした時に見える牙の大きさ。どれをとっても、フルールと同じネコ科という言葉だけでは片付けられない違いがある。

「触れ合える大きさじゃないですよね」

「うん……絶対家では飼えない」

 至極真面目な顔でそんなことを言い出すので、花は倉内家のリビングに、虎が寝そべっている姿を想像してしまった。虎の上でフルールが寝そべっているおまけつきだ。

「家で飼えないネコ科は多いですよね」

 笑ってしまいそうになる顔に、きゅっと力を入れて耐える。

「そうだよね、ヒョウもチーターも、ジャガーもピューマもカラカルも、マヌルネコも……」

 倉内楓はネコ科に詳しい──今日の花の発見のひとつである。

 大きさで飼えない猫もいれば、禁止されていて飼えない猫もいる。倉内も本当に飼いたいわけではないのだろうが、心惹かれる生き物と生活したいという気持ちは、誰の心にもあるものだろう。実際に飼う苦労はさておき。

 二頭の虎が、互いの毛づくろいを始める。

「仲良しですね」

「うん、仲良し、だね」

 どんなに強く大きくても、猫の魂を感じさせるその姿を、しばらく二人で眺めていた。


「キリンの親子……模様があんまり似てない、ような?」

「名前で見てみようか……子供がレンガくん。おかあさんは、クッキー。ええと、多分模様的に向こうにいるキリン、じゃないかな?」

「本当ですね。レンガくんが一緒にいるのは、違うメスのショコラっぽいですね……お母さんより、他のメスが好きなんでしょうか」

「えーっと、まあ、そういうことも、ある、のかな?」

 久しぶりの動物園のキリン。前に見たことがある子もいたが、スマホを持ってから動物園に来たのはこれが初めてなので、すべてのキリンを写真に収めた。


「ゾウは、どうして、鼻を伸ばそうと、思ったんだろう」

 柵ごしにアジアゾウを眺めながら、ぼそりと倉内は呟いた。ゾウは二頭。どちらもメスで、名前はミドリとモモ。

「ゾウの鼻って、手と同じことしてますね……人間にも鼻はありますけど、どう頑張ってもあんなに自由に動かないのに不思議ですよね」

 花は自分の鼻を指先で触って右に左に動かしてみたが、その動きを手のサポートなしにできるようになるとは思えなかった。

「届かないところに、どうしても……ほしい物が、あったのかな」

「そうかもしれません。キリンは首を伸ばしましたけど、ゾウは鼻を伸ばしたんですね」

 何かを手に入れたいと思った時に、そこにたどりつく方法はひとつではない。動物はそれを命がけで獲得して生き延びてきた。

「その理屈で言えば、いまより長い腕の人間も、いつかできる可能性があるということなのかな」

「生存競争が激しくて、手が長い人間の方が有利になって、そっちだけ生き残っていったら、そうなるかもしれません」

 背が高い人間の間に生まれた子どもが、背が高くなる確率が高いように、同じ特性を持つ人間同士を代々重ねていけば、腕でも足でも鼻でも目でも強化できるだろう。

「それは……ちょっと、危ないから、手は伸びなくても、いいかな」

「そうですね。それに、もういますし」

「え?」

「テナガザルです……まだ先ですけど、猿コーナーにいますよ?」

「ああ……そういえば、いたね。人間より先に、手が伸びた先輩が」

 倉内楓が、ふふふっと笑った。


「温室の中に鳥が放されているのかな?」

「そうです、楽しいところですよ」

「うん、行こう」

 鳥が外に逃げ出さないように、三重になっている扉を抜けて中に入ると、ジャングルに迷い込んだような錯覚を覚える。高い温度と湿度、濃い緑の植物。いくつも重なる、鳥たちの鳴き声。

 実際は人の手が入った温室で、何の危険もないというのに、人間のテリトリーではない場所、という感覚が花の肌を撫で続ける。初めて来た時は、少し怖かったことを花は覚えていた。鳥がその気になれば、襲ってくるのではないか、と。

 けれど、ここの鳥は人間を襲う必要もなく、好きに飛び回っていることを理解すると、ちょっとした冒険気分を味わえる。

「はい、どうぞ」

「え?」

 花は、にこにこしながらバッグから小さなプラスチック製の双眼鏡を取り出して、倉内に渡した。ちゃんと二つ持ってきている。花の分と母の分だ。父も双眼鏡を持ってはいるが、それはもう高性能な品なので、気楽な動物園のお楽しみに借りるには重すぎた。精神的にも、物理的にも。

「見て回るだけでも楽しいですけど、これを使うとちょっとだけ、楽しさが増えるんです」

 温室の中なので、それほど鳥との距離はない。しかし一定以上近づくと、やはり逃げられる。そこでこの双眼鏡である。倍率が低くても、近距離のおかげで鳥を観察しやすい。木の上の鳥や、葉っぱの間の鳥など、臨場感溢れる姿を双眼鏡で楽しめる。

 倉内と二人、順路の脇に寄ってから双眼鏡で鳥を探す。鮮やかな色彩のオウム、インコ、ヨウム、キンケイ、エボシドリ。

 こちらを気にする様子もなく自由に振る舞う鳥たちを、花は心ゆくまで堪能した。ふと双眼鏡から目を離して倉内を見ると、彼はまだ観察を続けていて、その口元が緩んだり開いたり閉じたり、感情に合わせて動きを変えているのが分かった。

「すごいね、花さん……同じ鳥のはずなのに、一羽一羽、すごくよく分かる。遠目で見るのとは、全然違うね」

 双眼鏡を外し、興奮冷めやらぬ様子の倉内は頬を上気させ、心から楽しそうに感想を口にした。

 そうでしょうそうでしょう、と花は頷いた。

 そんな二人の真上を、大きなオウムが低空スレスレに飛んでいく。その派手な青い羽根が落ち、ひらりはらりと二人の近くに揺れ落ちようとする。

 花は思わず手を伸ばそうとしたが倉内の方に逃げられ、倉内が手を伸ばそうとすると、花の方に逃げられ、もう一度花が手を伸ばしたらもう一度逃げられ、ようやく倉内がキャッチした。

「おお、やりましたね」

「あ、うん。花さん、どうぞ」

「羽はいっぱい持っているので、楓先輩どうぞー」

「そう、なの?」

「綺麗な羽なので、アクセサリーとかにも加工できますね。お母さんへのお土産にどうですか?」

「えっと……じゃあ、もらうね……ありがとう」

 少し考え込んだ後、彼はそれを崩れないようにティッシュに包んでから、バッグにしまい込んだ。

 動物園の小さな思い出をひとつ、お持ち帰り。花は小さなジャングルの中で、そんな倉内の横顔を見つめていた。



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