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【電子書籍化】あの猫を幸せにできる人になりたい  作者: 霧島まるは
二年生編

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動物園1

「楓先輩、空いている日があれば、動物園に行きませんか?」

 花の手には、動物園の招待券。

「動物園?」

「はい、お父さんが前に仕事で担当していた動物園なんです」

 その伝手で手に入れたチケットだ。獣医と一言で言っても、診る動物は犬猫もあれば、牛馬などの家畜、動物園、水族館などの日本生まれではない動物まで多岐に渡る。

 獣医を目指す倉内にとっても、動物園は楽しい外出になるのではないか。そして花自身も、自分の将来について考えるひとつの材料にしたいと考えていた。

「来週の日曜日、なら行けると、思う」

 倉内は三年になって、親戚の大学生に家庭教師を頼んでいる。夏休みは夏期講習に通う予定とも聞かされていた。

 忙しい受験生の生活が始まっても、普段の学生生活はあまり変わらない。元々学年が違っていることと、途中まで一緒に帰宅することには支障がないおかげだろう。

 けれど気軽に休日に遊びに誘うのも、難しくなっていく。だから花は「空いている日があれば」という前置きを学んだ。

 動物園の招待券を前に、受験生の倉内を誘っていいのかと花が迷っていた時に、彼女の母にその前置きをしてから聞くようにと言われたのだ。

 もしも彼が動物園に興味がなかったり、忙しかったり、休日を別のことに使いたいという気持ちがあったりすれば、「空いている日はない」に類似する言葉で答えるだけでいい。その断られ方なら、花も残念だけどしょうがない、とあきらめられるだろう、と。

 そんな誘いを、倉内楓は断らなかった。表情を覗き見ると、誘われたことを喜んでいるように見える。動物園はお気に召したようだと、花もにこにこと笑って返した。


 九州南部が梅雨入りしたという朝のニュースを聞いてから、花は家を出た。

 日曜日の外は晴れ。キャスケットの帽子とシャツとキュロット。足下はいっぱい歩けるスニーカー。バッグには弁当と水筒。事前に話し合って、弁当はそれぞれ用意しようということになっていた。

 そして今日は、駅前のバスターミナルで待ち合わせだ。送り迎えをしてくれることの多い倉内に、受験の間はそれを減らすように花がお願いしたのである。その時間を、彼自身のために使ってほしい、と。

 最初はそれに抵抗していた倉内だったが、「代わり息抜きをしたい時に遊んでください」と花が言うと、しぶしぶ受け入れてくれた。

 そういうわけで、今日は待ち合わせとなった。といっても、家を出る前にお互いにメッセージでやりとりをしているので、何も問題が起きるはずがない。もし何かトラブルが起きたとしても、余程の事がない限りは連絡を取り合える。

 花は何の問題もないと、バスターミナルへと向かった。自信満々に。


「Do you need any help?」

「日本人です。困って、いません」

「あ、そうなんですね。おひとりですか?」

「待ち合わせ、です」

「そうなんですかー。お兄さん、カッコイイですよね、言われません? モデルとか興味ありません?」

「……」

 無事、約束の時間少し前にバスターミナルに到着した花が見たものは──プロポーション抜群の美人に話かけられ続けている倉内楓の姿だった。

 今日の倉内は、紺のキャップと五分袖のシャツ。大胆な図柄で大きな猫と赤い花が描かれている。本人ではなく、倉内母が選んだのではないかと思うデザイン。あの大胆さにまったく何も負けていないのが、倉内のすごいところだ。

 その横に立つ美女とのツーショットは、一瞬ここがバスターミナルだと忘れてしまう鮮やかさがあった。しかし、彼はいま困っているのだろうなということは、花にも分かった。

 近づきながら花が小さく手を振ると、倉内はすぐに気づいてくれた。

 片手で美女を止めるような動きをして、これ以上の会話の断りを表現し、彼は花の方へと足を踏み出す。

「お待たせしました」

「僕も、いま来たところ、だよ」

 にこーっと笑うと、倉内も表情を一気に緩める。その安心した表情に、ますます花は嬉しくなってにこにこした。

「今日の服、大きい柄でいいですね。見ていて明るい気持ちになります」

「え……そう? そうかあ……あっ、花さんも、可愛い、ね」

 花は素敵な服を褒めたつもりだったのだが、倉内は微妙に歯切れが悪い。けれど途中ではっと気づいたように、花の姿を褒めた。さすがは紳士だ。お返しを忘れることなどない。

「ありがとうございます? これ、お母さんにもらった、お気に入りの帽子なんです」

「そうなんだ……うちも、これ、母さんが……」

 ぴろっと、倉内が自分の大胆シャツを引っ張って、ちょっと困った表情を浮かべた。母とのコミュニケーションの違いが、両家でくっきりと出てはいるが、どちらも悪い関係ではない。

 外での待ち合わせという普段とは違う合流方法は、出会ってからの会話が弾むものなのだなと、花は強く感じた。プレゼントのふたを開けて見るような楽しみが、そこにはある。

 それらに後押しされて、普段よりももっと会話が饒舌になっている気がした。会話がひと段落した時にふと周囲を見回すと、もう美女はどこにもいなくなっていた。


 二人掛けの椅子に並んで座ったバスの中での倉内との会話は、とても面白かった。

 ゆっくりと言葉を意識しながら話す彼は、何が面白いのか不思議そうにしていたが、特に倉内母が勧めた服の話は絶品だったのだ。

 倉内の話から、花が想像を交えて作り上げた彼の家族の会話は、こういうもの。

「せっかく、どんなド派手な服を着ても服に負けないのに、無地ばっかりどうして着るの? これがいいわ。これを着ていきなさい。服が明るいと、表情も明るくなるよの。ホラこれ、猫ついてるわよ、楓、猫好きでしょ? 猫ならいいでしょ?」

「お母さん、猫なら、何でもいいわけでは……ないよ? ちょっと、雑じゃない?」

「絶対似合うから。母さんを信じて! 母さん、楓にそんなにわがまま言ったことないわよね? たまのお願いくらい聞いてくれてもいいじゃない」

「母さん、それ、普通は子供が親に言うやつ、だよ」

「楓、服というものはね、自分を明るくする力もあり、一緒にいる人を明るくする力もあるのよ?」

「いい話みたいにして、僕に服を、押し付けてくるの、やめて」

「じゃあ賭けましょう? この服について、花さんが前向きなことを言って褒めてくれたら私の勝ち、ということで」

「父さん、助けて。母さんが、壊れた」

「楓……父さんは母さんの味方だよ?」

「僕の味方は?」

「自分の味方は、自分で作るものだよ、楓」

 そして、倉内楓は父親に肩をぽんと叩かれたという。確実な自分の味方──そして彼はフルールを抱き上げて、「僕の味方はフルールだよ」と言ったところで、フルールが腕からするりと逃げ去ってしまった──そこまで聞いて、どうして花が笑わずにいられると思ったのだろうか。

 花は口元を手で押さえながら、肩を小刻みに震わせる。

 前の席に座っている見知らぬ女性の肩も一緒に震えていたことについては、花は見て見ぬふりをするのだった。



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