3 エミリア、決別する。
夜会の会場を後にした私とセレーナはそのまま馬車に乗りこむ。
おっと、もう貴族オーラはいらないね。解除解除。
「さてセレーナ、うちでお茶でも飲んでいってよ」
「……エミリア、途端に威厳や凛々しさが消えたぞ。オリバーはあれでよかったのか?」
「うん。明日には私、ようやく解放されるんだから」
私の言葉にセレーナは少し驚いた顔になったが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「ついに気付いたか」
「今までずっとありがとうね。いやー、明日が待ち遠しいよ」
――――。
二度目のその日を、私は前回とは違って晴れ晴れした気持ちで迎えた。
学園にて、以前と同じ時刻にオリバー様から呼び出しを受ける。彼は何かに酔ったように「時間は戻らない」と話しはじめ、私に婚約破棄を告げてくるはずだった。
ところが……。
「昨日のキミはとても素敵に見えた。どうかすぐにでも僕と結婚してほしい」
などと言ってきた……。
「……ちょ、ちょっと待ってください。なぜそうなるのですか。昨日あの後、マリリスさんから何か言われませんでした?」
「言われたよ。僕と彼女は運命で結ばれている、と」
「それでオリバー様は何とお答えに? お断りになったのですか?」
「いや、あの時のマリリスはとても可愛く見えたから承諾した」
……何だ、この男。
こんな人間が私の婚約者だったかと思うと寒気がする……。いけない、このまま彼を前にしているとうっかりグーで殴ってしまいそうだ。さっさと退散しよう。
「でしたら、私との婚約は破棄なさったということでしょう」
「だけど、もしキミが結婚してくれるなら」
「しません。では、私との婚約は破棄ですね。運命の人とお幸せに」
私の即座の返答にオリバー様はきょとんとした表情に。震える拳を抑えこんで先に部屋を退出し、そのまま学園も後にした。
馬車の前では、セレーナが今回は落ち着いた様子で待っていた。
「婚約破棄おめでとう、と言うべきかな。何かちょっと荒ぶってないか?」
「これが最後だから大丈夫……。それより、二人でお祝いのパーティーをしよう」
気分を変えてセレーナと馬車に乗りこみ、今日は揃って学園を早退。お喋りしながら高鳴る気持ちで窓の外を流れる町の景色を眺めた。
すると自宅屋敷前に、そんな楽しい気持ちに水を差す人物が。マリリスさんがいかにも申し訳なさそうな顔を作って立っている。
私は下車せずに窓だけを開けた。
「マリリスさん、お詫びなら結構ですよ。昨日ご心配なくと言ったでしょう。あと、市場で買った安物のハンカチも結構です。ああ、あれはお母さんの形見という設定でしたっけ」
マリリスさんは誰かさんと同様にきょとんとした表情になった後に途端に青ざめる。彼女をおいて、馬車は屋敷の門をくぐっていった。
ろくでもない婚約者と親友との縁がまとめて切れた私はその夜、パジャマパーティーで弾けに弾けた。周囲の人達も、私の性格が突然変わったのは婚約者に裏切られたショックから、といいように解釈してくれたようだ。しかも、どうやら同情からしばらく私の自由にさせてくれるみたい。
実は、前世の記憶を得てからやってみたいことがあった。それは、この世界を旅して回ること。
数日間計画を練った後に、当主である父に許可をもらいにいった。
私を溺愛している父(この人のせいでエミリアがぼんやりした令嬢に育ったと言っても過言ではない)は当然のように反対してきたが、セレーナが一緒に行くと言うと渋々折れてくれた。聞けばなんと彼女は騎士団でも一、二を争う腕前で、魔獣の討伐隊にも何度も参加しているらしい。
父の執務室を出ると、実力を隠していた幼なじみを横目に見る。
「そんなに強かったなんて……」
「別にわざわざ言うことでもないだろ。実は私も王国の外に興味があったんだ。エミリアの警護ってことなら私の家も許してくれるだろうし、ちょうどよかったよ」
「そっか、しっかり守ってね。だけど、魔獣ってそんなに危険なの?」
「知らずに旅に出るとか言ってたのか……。まあドラゴンでも出ない限りは大丈夫だよ、あれは一頭で一国を滅ぼすからな」
えー、私、ドラゴンに転生すればよかったかな。もしかして千載一遇のチャンスを逃した? ドラゴンだったら面倒な人間関係も全て焼き払えたのに。
『だから、私はおすすめしました。あなたの適性は人外です』
……ん? 今、何かすごく失礼な声が聞こえたような?
首を傾げていると廊下の先を歩いていたセレーナがくるりと振り返った。
「そういえば、噂じゃオリバーとマリリスはもう来月にも式を挙げるらしいぞ。ずいぶんせっかちだよな」
……それ、きっとマリリスさんが急かしたんだ。私とこの侯爵家が婚約者の座を奪い返しに来る前にさっさと結婚してしまおうと。
そんなことしないし、学園の卒業まであと一年以上あるから、マリリスさんならオリバー様の女好きな性格が不治の病と見抜いて逃げることもできたはずなのに。
まあ、彼女が選んだ道だし、仕方ないか。
マリリスさんはおそらく、相手が貴族だろうが何だろうが自分は上手く立ち回れる、と思っているに違いない。
でも、貴族社会はそんなに甘いものじゃない。貴族としての経験が十六年ある私はその怖さをよく知っている。私ならもしかしたら侯爵家の力で助けてもらえたかもしれないけど、マリリスさんの実家は男爵家。厳しいだろうなー……。
とりあえず、今の私にできるのは、マリリスさんが本当にオリバー様の運命の女性であることを祈るくらいだ。
それから程なく、私は二人の結婚式を見ることなくセレーナと旅に出た。
――――。
オリバー様とマリリスさんに関して、少し後日談を話しておこうかな。
およそ一年後に帰国した時、オリバー様の公爵家は私が危惧した通りの状態に。次期当主であるオリバー様はその若さも手伝ってあちこちの女性に手を出し、外聞を気にする公爵家は取り繕うのに必死になっていた。
そんな中で、正妻であるマリリスさんが最も気の毒と言えるだろう。離縁も許されず、外で余計なことを話さないように屋敷内の一室にほぼ軟禁状態。家同士の力の差が大きいとこういうこともまかり通るので本当に怖い。
彼女は閉じこめられたまま一生を終える運命にあった。
マリリスさんは心の底から思っていたかもしれない。
時間を戻せるものなら戻したい、と。
ふっ、ざまぁ。とちょっと思ったものの、まあ私の身代わりになった風でもあるので(彼女が自ら全力で飛びこんだわけだけど)救出することにした。さすがに可哀想だったからね。
もちろん、この時点においてもろくでもないオリバー様には少し、いや、かなり(物理的に)痛い目を見てもらうことにした。そして、女性にとって害悪でしかないこの男にはさらなる制裁が必要だった。公爵家に、家を(物理的に)潰されるか、彼を追放するかの選択を迫り、ようやく好き勝手していた地位を剥奪。もはや貴族でもなくなったので、誰にも見向きもされないだろう。
放り出されたオリバー様を見て、私とマリリスさんは思わず揃って「ふっ、ざまぁ」と言ってしまった。
なお、救出も制裁もちょろいものだった。すでにこの時の私は選び損ねたドラゴンよりも強……、と、そこに至る話はこれからゆっくりと話していこうかな。




