2 エミリア、ざまぁする。
神様っぽい何かとの会話を思い出した私は、前世の記憶を完全に取り戻していた。
……そうだった。なら、授かったあの時間を巻き戻す力が発動したってことか。
確かに私、マリリスさんの本性を知って相当なエネルギーを発した気がする……。
……だけど、以前の私、本当にぼんやり生きていたよね……。
経験や記憶が人格を形作るって聞いたことがあるけど、まさにその通りだと思う。今の私は、大切に育てられた令嬢に定食屋の娘が合わさった状態だ。
今なら以前は見えなかったものがはっきりと見える。オリバー様が私と一緒にいる時でも他の女性をチラチラ見ていたこととか、マリリスさんが私にやたらとお世辞を言ってきていたこととか。
まったく……、令嬢エミリア、ぼんやりしすぎでしょ……。
セレーナだって何度も気をつけるように言ってくれていたのに。と視線を向けると、昼食の席にて彼女はまた心配そうに私の顔を見つめていた。
「……エミリア、本当に大丈夫か? さっきから様子がかなり変だぞ」
「ごめんごめん、いつものぼんやりだから気にしないで」
……しまった、これまでと喋り方が違うから余計に不審に思われてる。
でも、セレーナってすごくいい子だよね。いくら幼なじみといっても、手のかかる私の世話をここまで焼いてくれるなんて。
はっ! もしや彼女が真の親友というやつなのでは! オリバー様とかマリリスさんとかろくでもない人もいるけど、私にはちゃんと真の親友がいた!
目をうるませる私を見て、セレーナはさらに心配になったようだ。
「お、おい、エミリア! 今日のお前はいったいどうなっているんだ!」
「……何でもないよ、喋り方もちょっとイメチェンしただけなの。さあ、ランチにしよう。あ、セレーナ、私のご飯も食べていいよ。真の親友だし」
これって私が憧れていた友達との女子高生ランチに近いかも。しかも、ただの友達じゃなく私のことを想ってくれる大親友。これまで何度も経験してるはずなのにめちゃくちゃ楽しい!
とセレーナとお喋りしつつランチをしていておかしな事実に気付く。
……あれ、ご飯が全然足りない。今までこの量で充分だったのに、なんで? ていうか、よく今までこの量で充分だったな、私。
必然的にセレーナが食べているサンドイッチに視線が向かった。
「……セレーナ、少しご飯分けてもらっても、いいかな?」
「……お前、もう本当に別人だぞ。食べていいよ。それより今日は夜会の日だったな。エミリアはやっぱりオリバーと一緒に行くんだろ?」
そうだ、時間が戻ったから問題の夜会はこれからなんだよね。うーん、どうしようかな。結局、私にとっては前のあの形がベストだったし。
だって、オリバー様と結婚したら私の人生は詰む。
「夜会だけど、セレーナ一緒に行かない?」
「え、オリバーはいいのか?」
「いいのいいの」
こうして私は、本日の夜会では婚約者とは現地で落ち合う段取りをつけた。
セレーナは普段なら夜会になんてまず出ないけど、私のために出席してくれることに。やっぱり間違いない、彼女は私の真の親友だ。
そして、いよいよ二人で夜会の会場へ。
ちなみに服装は、私はいつも通りドレス姿で、セレーナはなんと騎士団の正装でやって来た。
会場に入るなり令嬢方の視線はセレーナに釘付けに。はっきり言って、どの男性よりも格段にかっこいい。
ちょっと皆さん、彼女は私の親友だからね。
そう周囲を威嚇しつつケーキを頬張っていると、突然マリリスさんが倒れこんだ。
このシーンを見るのが二度目で、彼女の本性も知っている私にはすごくわざとらしく見えた。
とりあえず、一応驚いたふりはしておこう。
「まあ大変、マリリスさん大丈夫ですか。これはいけません、オリバー様、彼女を介抱してあげてくださいませんか?」
「え、ああ、分かった」
かなり棒読みになってしまったけど、マリリスさんは私の婚約者の手を借りて起き上がる。
…………。これでよし。
やり直しのチャンスを得た私が選んだ道は、前回と同じ、だった。オリバー様はマリリスさんに引き取ってもらうことにした。
お茶を飲みつつ一息ついていると、セレーナが令嬢方に囲まれているのが見えた。
こっちは全然よろしくない!
私は令嬢方の包囲を突破してセレーナを引っ張り出す。壁際まで避難すると、幼なじみの彼女も安堵のため息を吐いた。
「夜会はやっぱり苦手だ……。エミリアに誘われてももう二度と出ないから」
「……ここまでモテるとは思わなかったよ。じゃあもう帰ろう」
と部屋の出口に向かうと、別室に移動しようとしていたオリバー様とマリリスさんにバッタリ遭遇。
マリリスさんはオリバー様に寄りかかりながら私の方をちらりと見る。その口元には微かに笑みが。
こ、この女……! 本性はまだ隠してなきゃ駄目でしょ! ちょっと漏れ出てるぞ!
やけに腹が立った私は咄嗟にセレーナの手を取って腕を絡ませる。次いで、貴族教育で培った上品さを醸し出し、こちらも微笑んでマリリスさんに返してやった。
「マリリスさん、早くよくなってくださいね。私のことはご心配なく。友人と楽しく過ごしますので」
正直、このぼんやりエミリアは顔だけは結構な美人だ。以前はぼんやりしすぎていてこの容姿の活用法に気付かなかったけど、貴族オーラを纏って堂々とすればかなりの威厳や凛々しさが出ると今なら分かる。
そして、パートナーはオリバー様より遥かにかっこいい男装女子。
「さぁセレーナ、行きましょうか」
セレーナもシャキッとして! と小声で囁くと彼女も背筋を伸ばす。
この瞬間、私達を包む空気が周囲とは別格のものに変わったのが分かった。場の全員がうっとりした表情で私達二人を見つめているのが伝わってくる。
言うのは申し訳ないけど、オリバー様とマリリスさんのカップルがものすごく霞んで見える。もう霞みすぎて見えないくらいだ。
よし、不快感が大分和らいだよ。帰ろう。
私は去り際にもう一度、呆然とする二人に微笑みを送った。
「それでは、ごきげんよう」
ろくでもない婚約者と親友め、はっきりとさせておいてあげる。私があんた達を捨てたんだよ。
憧れの眼差しを向けてくる紳士淑女に見送られ、私とセレーナは夜会の会場を後に……、しようとしたその時、回りこんだオリバー様が私達の前に立ち塞がった。
「ま、待ってくれ、エミリア! もう少し僕と一緒に過ごそう!」
「…………、はい? いえ、マリリスさんはどうするのですか?」
「彼女のことは従者達に任せるから心配ない!」
彼の背後に視線をやると、マリリスさんは一人、床にぐったりと寝かされていた。
いや、ひどいな! 急に放り出されてあの子、まだ演技を続けるべきか葛藤しているのがありありと伝わってくるんだけど……。
……オリバー様、ここに来て私のことが惜しくなったな。
冗談じゃない、惚れ直されてたまるか。改めて確信した。こいつは結婚したら絶対に浮気する! 放置されているマリリスさんは未来の私だ!
私の心情を察したようでセレーナが前に出た。オリバー様の足をひっかけてバランスを崩させる。それから彼の服を掴んでグイーッと引っ張り、マリリスさんの目の前に四つん這いで転倒させた。
「いけませんよ、オリバー様。一度助けると誓ったご婦人を放り出しては」
セレーナやりすぎ! 相手は一応公爵家の跡取り! でもよくやった!
私は床にいる婚約者と親友に目をやって、再び先ほどと同じ言葉を放った。
「それでは、ごきげんよう」
あ、さっきより一段とすっきりした。
浮気確実男と腹黒女、あんた達はお似合いのカップルだよ。これは絶縁を告げる別れの言葉だ。私のこれまでの人生を返せと言いたいけど、ここで踏み留まれただけよしとする。じゃあね!




