第三十五話 第二王子は拾われる
その数日後、俺はカーティスによって魔力循環を止める首枷を嵌められた末、魔界との国境である森の中に置き去りにされた。
カーティスへの憎しみとエラへの思慕を抱え続けて、ついに意識を手放した俺は──
「うっ……ここ、は」
見知らぬ天井の下で、目を覚ました。思わず首に手を伸ばしたが、そこにあったはずの鉄の輪は取り除かれた後のようだった。驚き、そして安堵する。
それもつかの間、周囲の調度品は風変わりなものばかりで、背筋を冷たい汗が伝った。
「ああ、起きたか」
前触れもなくかけられた言葉に肩をはねさせ、慌てて声のした方へと体を向ける。
己の寝かされているベッドの真横に、一人の男性が立っているのが視界に入った。癖のある赤毛の美丈夫だ。言いようのない、不気味な魔力の気配がする。
すぐ隣にいたというのに、気配も何も感じさせなかったその存在は、果たして何者なのだろうか。
男がこちらに顔を向けて、視線がかち合った。無意識に、息を吞む。
その瞳は、俺と同じ色をしていた。
呆然とした俺の様子を見て、男は口角をほんの少し上げて言う。
「そう怯えるな、というのは無理な話か。まあよい。我の名はギディオン、魔王だ」
「魔王……そうか」
瞠目したものの、すぐに平静を取り戻した俺に、魔王は笑みを深めてみせた。
「ほう、随分と落ち着いている」
「十分驚いている。だが、それをお前に見せても何にもならない。それよりも、さっさと本題に入ってくれないか。魔王のお前が、なぜ人間の俺を助けた」
助けられたこと自体は、感謝している。あの男──カーティスがエラを支配するのを、阻止するチャンスを得ることができたのだから。
しかし、何の見返りもない善意のみに基づいて、俺を助けたわけでは決してないだろう。魔族のことを、本にあるような悪しき存在であるとは考えていなくとも、得体の知れない相手であることは確かだ。
俺に何かさせたいことがあるのか、はたまた俺を使ってしたいことがあるのか。
兎にも角にも、相手の目的を把握しないことには下手に動けない。
俺の問いに、魔王は一つ頷いて、口を開いた。
「結論から言おう。我はお前に、魔王の位を継がせたいと考えている」
発せられた、どの予想とも異なる要求に、二の句が継げずにいる俺に、魔王は経緯を説明し始める。
「我はひどく永い間、魔界を治めてきた。しかし魔族の寿命も永遠ではない。死の足音が聞こえ始めてから、数十年の時が経ったが、未だ魔族には我が死ぬまでに我を超える可能性を持つ者は見出せぬ」
「俺に、それがあるとでも言うのか。百年も生きることの叶わない人間に?」
卑下を孕んだ俺の疑念に、魔王はスッと目を細めて言った。
「ああ、そうだとも。教えてやろう──お前には、闇魔法の適性がある」




