気が合いすぎる
「そ、そうかもしれないな」
王太子殿下は、わたしの肩のストールに手をかけようとされ……。
「はっ、す、すまない」
「申し訳ございません」
わたしの手に触れてしまった。
同時にパッと体を離してしまった。
月と星明り、それから東屋に設置しているランプのほのかな灯りの中でも、王太子殿下は光り輝いている。
ま、まぶしすぎる。
出会ってまだ一週間ほどだけど、この美形にはまだ慣れることが出来ないでいる。
「あ、トイレ」
「わたしも」
「わたしもだ」
随行員の人たちがいっせいに立ち上がった。
「エドモンド、おまえもトイレだよな?」
「はい?」
「馬で駆けつづけたんだろう?いまのあたたかい葡萄酒で、トイレに行きたくなっているよな?」
「え?あ、そ、そうでした。ずっとトイレをガマンしていたのです」
「というわけで、わたしたちは四人でトイレに行ってまいります。それから、直接部屋へ戻ります。ヤヨイ、おやすみなさい。良い夜を」
アルノーという名の随行員が言い、さっさと宮殿の方に行ってしまった。
「ヤヨイ、それを貸して。たしかに、肩が冷えるかもしれない」
彼らは去ってしまった。
王太子殿下がそう言いながらストールの端を握り自分の肩にまわし、わたしにくっついてきた。
二人で一枚のストールに……。
きゃーっ、ど、どうしよう。
突然の出来事に、動揺と混乱に襲われてしまっている。
こんなこと、パーティー中にどんな事故が起こっても一度もなかった。
ど、どうしてこんなことに?
王太子殿下は、気にならないのかしら?
ドキドキが止まらない。ドキドキに加え、胸がいっぱいになっている。
いままで感じたこともないような気持に、どうしていいのかわからないでいる。
せめて王太子殿下が何か言ってくれたら、それについてかんがえたり答えることで気がまぎれるかもしれない。
だけど、彼もうつむいてだまったままでいる。
間がもたない。いまにも心臓がどうにかなってしまいそうだわ。
「ヤヨイ」
「殿下」
口を開いたのは同時だった。
「きみからどうぞ」
「殿下からお話しください」
また同時だった。
「わたしは後ででいい」
「わたしは後でいいのです」
また同時?
「気が合うね」
「気が合いますよね」
またまた同時?
そしてついに、笑ってしまった。
それもまた同時である。
ひとしきり笑って落ち着いてから、あらためて彼の話をきくことにした。
「明日、朝一番にそちらの官僚たちとの最後の詰めを行うことを申し出るつもりなんだ。うまくいけば、明日中には終わる。そうすれば、明後日には帰国できるだろう」
「ええっ?明後日、ですか?」
明後日……。
あまりにもはやい別れである。
こんな機会はもう二度とないかもしれない。
もう二度とこんな機会は巡ってこないだろう。
彼は、隣国の王太子。わたしは、爵位も仕事もなくしてしまったただの女。