すべてを失った
「グラスをまともに運ぶことすらできないのなら、問題外だな」
存在を忘れていたけど、このタイミングで第一王子が口を開いた。
なるほど、彼もグルなわけね。
彼女にそそのかされたのかしら?それとも、退屈しのぎ?このパーティーに花を添えるため?
おそらく、そのすべてね。
「だれが第一候補に決めたかは知らないが、ぼくも下働きを正妃にするなんてごめんだからね。まあ、たしかに見た目は美しいが……」
その瞬間、テレズが彼に肘鉄を食らわした。
一瞬、王子の顔が苦痛でゆがんだ。
「それに、彼女からきみがぼくのことをとやかく言っているということも聞いているし、彼女自身のことをメイドたちにずいぶんと悪く言っているそうじゃないか。そんな性格の悪いレディを正妃にはできない。よって、メイド長。きみは婚約者候補からはずれてもらう」
「王太子殿下、ご英断ですわ」
彼は、わたしの身に覚えのないことをつらつらと並べ、結局は想像どおりの言葉を放って来た。
そして、テレズがしてやったりという笑みを浮かべた。
「王太子殿下、婚約者から除外もですが、メイド長として王宮に置いておくのもどうかと思いますわ」
「ああ、そうだな。まあ、クビが妥当かな。あとは、爵位剥奪?国外追放は、さすがにかわいそうだ。元メイド長、しばらく猶予をやろう。あたらしいメイド長が決まるまでね」
すでに、彼らに決められているわたしの運命。
どうせあたらしいメイド長は、この事件の加害者、つまりテレズに葡萄酒をぶっかけた張本人なのでしょう。
「元メイド長、さがれ」
「あっ「ドラゴンの泪」、ちゃんと弁償なさいよ、元メイド長、元婚約者候補さん」
深々と頭を下げてから背を向けた。
こんなまわりくどいことをしなくっても、テレズは侯爵家の力を使えば自分が第一候補になれたし、王子にいたっては、これまで一度たりとも婚約者候補として二人っきりで過ごしたことはなかった。あくまでもメイド長として接していただけである。
だいたい、彼はわたしの名前すら知らないんですもの。
わたしに恥をかかせたい。
たったこれだけのために、ずいぶんと手の込んだ演出をするものね。
悔しいという気持ちはあるけれども、どこかサバサバとしてもいる。
デジール家のことは残念でならないけれど、わたし自身はどこか遠い辺境の地の裕福な商人のところで、メイドとして雇ってもらってもいい。なんとかなる。
それよりも、問題は「ドラゴンの泪」よね。
弁償なんて出来るわけがない。
そんなことを考えながら、大広間を出て行った。
茶番劇が終了したという合図のように宮廷付きの楽団の演奏が再開され、そのしらべが背にあたった。