パーティーにて
第一王子の立太子の発表があり、そのパーティーが行われた。
隣国から国交の話し合いで幾人かの貴人がいらっしゃっていて、わが国の官僚も含めて王宮内のメイドたちは総出でその対応に追われている。
しかも、第一王子のわがままと思いつきで行われたパーティー。ほとんど混乱状態である。
わたしは、そのメイドたちを取りまとめる王宮内の総メイド長である。
亡き母に代わり、三年前からやらせていただいている。が、一番若いメイドとあまりかわらない年齢だからか、率直に言えばメイドたちからなめられている。
彼女たちは、わたしが第一王子の婚約者候補の筆頭であることが、余計に気に入らないらしい。
メイドたちも派閥がある。それぞれ、王族や貴族や官僚に気に入られようと必死である。
うまくいけば、玉の輿に乗ることが出来る場合がある。
それはともかく、デジール伯爵家が代々総メイド長を務めているため、わたしも継がなければならない。だから、メイドたちにどう思われようが、デジール伯爵家を守るためにがんばらなければならない。
だけど、このパーティーで事件が起こってしまった。
しかも、わたしの人生をそっくり変えてしまうほどの事件が……。
パーティーがはじまって間もなく、隣国の王太子の姿が見えないことに気がついた。
隣国の王太子は、現在行われている国交交渉の最終段階の打ち合わせでお見えになっている。
なんでも、彼は王太子になる前からずいぶんとやり手の外交官として活躍しているらしい。それは王太子になった現在でもおなじことで、重要であったり難航している交渉などは、自ら足を運んで解決に全力を注ぐらしい。
でも、その美しい外見のわりには、社交の場にはめったに姿を現さないとか。
とはいえ、一応立太子の発表のパーティーである。いくら好きではなくってもチラッとでも顔を出すはずよね。
そんなことを思いながら、王太子一行の控え部屋に行ってみた。
控え部屋の扉の前に立ち、ノックしようかと迷っていると、唐突にそれが開いた。
扉の向こうに、見たこともないような美しい男性が立っている。
隣国の王太子殿下だと直感した。
「きみは……」
わたしも戸惑っているけれど、彼も戸惑っている。
「失礼いたしました。レイモン・デュルフェ王太子殿下でございますね。わたくしは、ヤヨイ・デジールと申します。王宮の総メイド長を務めさせていただいております。王太子殿下にご挨拶申し上げます」
ドレスの裾を上げ、挨拶をする。視線をわずかに下げて。
心の中で、王太子殿下じゃなかったらどうしようと思いつつ。
「こちらこそ、失礼しました。レイモン・デュルフェです」
彼は、自然な動作でわたしの手を取るとそこに口づけをした。
そのとき、彼の手が熱いことに気がついた。
体温よりわずかにうわまわっている。
熱が出ているにちがいない。
控えの間では、随行員たちが心配げな表情でこちらを見ている。
「殿下、何か不都合でもございますでしょうか?お見えになりませんので、気になりまして」
「それが……。疲れからかこの寒さからか、風邪をひいてしまったようでね。寒気もする。このまま部屋に失礼させていただくか、少しだけ顔を出すかで話をしていたんだ。心配してくれてありがとう。せっかくのパーティーだから、挨拶だけして部屋にひきとることにするよ」
王太子殿下ともなると、体調が不良でも無理をしなければならないのね。
「その方がよいかと存じます。殿下、大広間へあたたかいお飲み物をお持ちいたします」
「そうしてくれるとありがたい」
もう一度お辞儀をし、彼の前を辞した。
あまりにも美形すぎて、まともに顔を見ることが出来なかった。
そして、その事件は王太子殿下の飲み物を作って大広間に持って行った直後に起こった。
「王太子殿下。お口に合うといいのですが」
「これは?ああ、あたたかい」
カップを手渡すと、彼はそれを両手で包み込んだ。
大広間の端に設置してあるテーブル席で、三人の随行員の方たちと座っていた。
「葡萄酒にシナモンとジンジャーとお砂糖、それから柑橘類のエキスを入れてあたためたものです。すごくあたたまるのですよ。風邪のひきはじめには、もってこいです」
彼はわたしが説明している間に、一口二口と口に含んだ。
「ああ、あたたかくて飲みやすい」
彼は、やわらかい笑みとともに言ってくれた。
三人の随行員の方たちも、目礼で感謝を伝えてくれた。