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悪役(の僕)なら法に触れない限り怠慢は働きません故(黒笑)  作者: 旧プランクトン改めベントス
パンケーキ~層を重ねる度に増える贖罪(食材)~
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8 主に甘美な時間を、裏切りに搾取を

 「お嬢様、風呂上がりの一杯とかいうお飲み物と軽食はいかがですか。」

 「ソーダが飲みたいです。軽食はいりません。」

 「良いですねぇ、かしこまりました。」


 椅子に座ってしばらくすると、アルバンが冷えたソーダを持ってきてくれた。皇太子妃候補だった時はゲップが出るとかお腹が膨れるとかの理由で飲めなかったけど、数年ぶりのこの感触は相変わらず素敵だった。


 「…ぷは。」

 どうしよう、美味しい。もうグダる。


 「ねえ、アルバン。」

 「はい。」


 「何か私だけダラダラしてごめんなさい。」

 申し訳なくなってくる。


 「いえ、謝る事はございませんよ。」

 「でもアルバンはピッシーとしているじゃないですか。」


 「私は現在、従者としてあり得ない程の怠慢を働いております。普通ならば淑女教育に、言動の監視に、執務の補佐に…その他様々な仕事を放り投げ、お嬢様をどろっどろに甘やかす事に専念しております。」


 それはそれで大変なんじゃないでしょうか。


 「甘やかすと言えば。アルバン、このソーダとかあの下着とかはどのタイミングで入手したんですか?」

 「お嬢様がお休みの間、食材やソーダは使用人に買いに行かせました。下着は私が買いに行きました。」


 「へえ~…下着はアルバンの趣味?」

 「よく分かりましたね、さすがお嬢様。」


 っぽいな~とは思ってた。


 「ああ、もし付け方が分からないのでしたら私が着付けて差し上げますのでお声かけを。」

 「結構です。」


 着る事は無い。


 「男性物は?」

 「もう男など信じないと、男装をなさりたい時もあるのではないかと思いまして。」

 「一理ありますね。」


 良いかも。今度試してみよう。


 「…少し体が冷えます。パジャマを。」

 「はい。」


 アルバンが肩にパジャマを掛けてくれた。前閉めるのはダルイから袖を通したままにしておく。


 「あ~ダメですねぇ、どんどんぐ~たらしていく自分がいます。」


 「ふふ、誰も咎めませんのでお昼寝されては?」

 「だっ、ダメです!そういう誘惑には乗りませんからね!」


 「あははっ、夜型生活は楽しいものだと伺っておりますよ?」

 「もう!」


 アルバンはカーテンをそっと閉めた。


 「ちょっと、本格的にお昼寝をさせようとして」

 「お嬢様、この城には門限がございません。どうぞここ最近の私めにご褒美をくださいませ。」


 「ご褒美?」

 報酬とかの経済的な事はお父様やロードに聞かないと…。


 「お嬢様、私と夜遊びをいたしましょう。」

 「…はい?」


 「夜遊びとは、夜間に遊びへ出歩くことでございます。」

 「何、その不健全な行事。」


 アルバンはおかしそうに笑った。


 「わっ、私は行きませんからねっ!そういうのはパリピが行くんですよ!アルバンだけで楽しんできてください、私は見て見ぬふりをしておきます!」


 「お嬢様、何をお考えで?」


 「その…夜遊びって、パリピが露出多めの服装でウェーイって踊ったりお酒飲んだり、初対面の異性と一夜の関係になったりする事ですよね。私はアルバンが朝帰りをしようと、きつい香水の匂いをさせてこようと、見て見ぬふりをしておきますので勝手にしててください!共犯にはなりたくないです。」


 「お嬢様のその思考がまさに不健全だと思うのですが。」

 それを提案するアルバンもたいがいですよ。


 「コホン、私はそのような場所にお嬢様を連れて行くわけではありませんよ。」

 「じゃあ、どこへ行くんですか?」

 「ダンジョンです。」


 なぜに。


 「…ダンジョンは懐かしいですけど、パリピ感が無いですよ?」

 「まずパリピと夜遊びを結びつけないでください。」


 「ハイ。それで、いきなりダンジョン攻略だなんてどうしたんですか。」

 「ダンジョンの攻略、ではありません。貸し切りです。」


 はい?


 「どう違うのですか?ダンジョンって攻略する時は予約制で貸し切りですよね。」


 「お嬢様、本日はあのアホ王子の誕生パーティーという事で、ここ数日間は王都から少し離れた場所のダンジョンで閑古鳥がけたたましく鳴いております。だから、この期間ならダンジョンを半日単位で貸し切ってキャスト全員から手厚い接待を受ける事も金さえ積めばやってくれる事もあるのです。」


 「どういう…事ですか?」

 「お嬢様、ダンジョン飯をダンジョン内部でキャストと共にいただきましょう!」


 ごめん、理解できない。


 「えっあの、わざわざそういう事しなくてもダンジョンコラボの食事ってダンジョンに併設されているカフェで食べられますよ。」


 実際に貴族でダンジョン飯を食べた事がある方って、カフェだけに行っているんだと思います。カフェで、スポンサーをしている冒険者の攻略を眺めながら優雅に召し上がるのが趣味の人って多いですから。


 「お嬢様!それは雰囲気ぶち壊しでございます。普段は戦場であるべき場所で、敵であるべきキャストと共に同じものを食べる!これこそがお嬢様のような選ばれし人間に許される一流の遊びなのでございます。」


 「別に一流じゃなくて良いです、私は王子から婚約破棄された身なので。」


 その時点でロイヤルファミリーではないので、ただの令嬢ですよ。アルバンが騒いだところですぐ修道院にぶちこまれます。


 「アホからの解放記念です。」

 「とうとう悪口を隠さなくなりましたね。」

 「事実ですから悪口ではありません。」


 事実が人を傷つける事もあるんですよね、アルバン。


 「それはそうと、お嬢様…私、もう2人で予約してしまいました。」

 「あっ…」


 それじゃあ、キャンセルも出来るかもしれないけれどそうするとキャストの人達が可哀想だ。心が痛む…。


 「分かりました、お付き合いします。」

 アルバンは勝ち誇ったようにふふんと笑った。彼は私の弱みをよく知っている。


 「というわけでお嬢様、お昼寝をする由緒正しき口実が出来ましたので、どうぞ遠慮なさらず、堂々とお昼寝なさってください!」


 「夜遊びが()()()()()口実かどうかについては微妙ですが…」


 「お嬢様、もちろんお腹を空かせるためにダンジョン内をお散歩いたしますので睡眠をとらなければ辛いですよ。」

 まるで遠足のような気軽さ。


 「もうその時点でダンジョンがダンジョンでなくなってますよね?!」

 雰囲気ぶち壊しとは、どの口が言ったんだろうか。


 「よろしいですか?いくらダンジョンとは言え、キャストがお嬢様に牙をむくなどあり得ません。」

 「いやいや、入ってきた者に襲い掛かるのがダンジョンですよね?」


 「いいえ、それは入る者が冒険者だからです。お嬢様に歯向かうのはよっぽどのアホだけですよ。この世に2匹その存在が確認されておりますが、あれは激レアな存在ですので。」

 珍獣扱い。


 「…アルバン、1人は第二王子でもう1人はあなたの主の妹ですよ?」

 「でもお嬢様に歯向かうとあれば、敬意を払う必要はありません。減給されぬよう雇用者である旦那様と奥様の前でのみ猫を被れば良い話です。」


 いよいよナメプ。

 まあ、アルバンはこういう現金な所も含めて彼なんだけれども。


 だからこそ私は彼が私に仕え続けるという意思を示している事が不思議でたまらない。アルバンは私に社交辞令を言うような人間じゃないし、気遣うにしても明らかな嘘はつかない。


 「お嬢様。」

 「はい。」


 「途中の道に見事な庭園があるのです。帰りにそちらで花を見て行かれる事も可能です。」

 「…お花!」

 花は好きだ。


 皇太子妃教育の際には社交に必要なだけの知識を埋め込まれ、息をつく暇も無かった。だからもし時間が取れたらゆっくり花を眺めようというひそかな夢を抱いてモチベーションを上げていた。


 王宮の中庭には四季を通じて花々が美しく咲き誇っていた。もったいない事に殿下はお花にあまり興味を持たれていないみたいで、スタスタとすぐ歩かれて行ってしまうのだ。もちろん第二王子を放っておくわけにもいかず、付いて行かねばならないので、殿下とのデートではお城の庭を散歩する時はゆっくり花一つ一つを眺める事は出来なかった。


 「アルバンは…覚えてくれていたんですね。」

 「私をあのアホと一緒になさらないでくださいませ。」


 「あははっ、そういう意味じゃないですよ。アルバンは…優しいのですね。」

 「私が常に優しさを持ち得る方はお嬢様だけでございます。」


 またそんな事を言って。


 「…私、お昼寝しますので、アルバンも気にせず休める時は休んでくださいね。」

 「ありがたきお言葉でございます、お嬢様。」


 ベッドに潜り込むと、アルバンが布団を掛け直してくれた。


 「お休みなさいませ。」

 「お休みなさい。」


 アルバンが部屋を出て行った。


 やばい、食後の眠気に加えてお風呂上がりで体ぽかぽかだし、ベッド上ではすぐ寝るというルーティーンが染みついてるから寝落ちしそう。


 「ふふ、アルバンが甘やかすよぅ…」


 主の部屋を出た男は、別館の階段の裏へ回っていた。


 掃除棚の後ろには隠し扉があり、男は何通りもある鍵から迷いなく1つのさびた鍵を穴に当てて扉を開けた。その先には階段が続いている。


 男が指を鳴らすと、ぼうっと青白く壁が数歩間隔で照らされた。階段を降りた所にはドアがあり、男はそのドアの南京錠を開けた。


 バタン、とドアが閉まる。


 「ヒイッ…!」


 ドアの音で男と同じ空間にいる者達が声を上げた。


 男は青白い光を頼りに机の上の燭台に火を灯していく。そして見えてきたのは、その部屋の壁に打ち付けられた板に腰かけ、その胴体をU字型の金属で壁に固定された人間だった。


 「…妹様と楽しんでいた事については特に問題は無いが、お嬢様に反抗した事については赦しがたい、それは分かるね?」


 「すっ、すみません!」

 「すみません、で済む事じゃあないんだよねぇ?」


 男は厳しい言葉と対照的に薄い唇の両端を釣り上げた。


 「私・アルバンは、執事のロードから『殺さない程度に』なら、君達を虐待する承認を受けているんだ。死ななければ良いんだよね?つまり、死んだとしても生き返ればセーフだ。」

 「…ひっ!」


 「あっ、アルバンさん、落ち着いてください!俺が間違ってました!」

 「間違っていた、というのは私がお嬢様に仕えていた事かな?」


 「いいえっ、お嬢様にそのような事を考えてしまった事、です!」


 男は不機嫌そうに眉をひそめた。拘束されている男達は涙目だ。


 「そのような事、ってなあに?」

 「その…妹様の指示通りに、お嬢様を襲おうという事です!」


 「ふーん…間違ったっていうのは、君達が別館前で話してたように

『あんな色気のない女、婚約破棄されて当然だ』

『抱いてやるだけでもありがたく思えよ』

『妹様の指示でなければ頼まれても抱けない』

…そんなお嬢様をレイプしようとする自分たちの君子っぷりに陶酔していた事、かな?」


 「違います、違います!!」


 男は舌打ちした。


 「そうだよねぇ?所詮卑しい身分の使用人なのに、伯爵家令嬢の妹様の言う事を聞くだけで『また相手してあげる』というご褒美が待ってたんだもの、その判断は君達の中じゃ間違ってないもんね。」


 「っ、もしかしてアルバンさんも」

 「殺すぞ。」


 1人が希望を見出して口を開いたとたん、男はその場の空気を凍らせた。


 「君達の価値観で私は女を見ていない。君達のような冴えない男と違い、私は相手を選べる。なぜなら優秀で容姿端麗だからね。」


 「妹様以上の女性を?!」


 「当然だよ?あんな金を一方的に消費しまくるニートとか無理だわ。えっ逆に君達はあんなんで良いの?引くわ~…」


 「さすがにそれは不敬じゃ…」

 こわごわと拘束されている者が言うと、男は鼻で笑った。


 「君達が告発した所で、誰も君達を信じない。旦那様も奥様もロードも皆…私を信じる。妹様はもうとっくの昔に君達とヤる話なんて忘れていらっしゃるだろうからお咎めも無いし、言わない方が君達にとっても得だろうね。私の拷問だけで済むんだから、さ?」


 「ひいっ…!」

 男は首をこくん、と傾げて1人に近づいた。


 「く、来るなぁっ、ぎゃあああぁっ!」


 部屋に低音から高音に駆け上がるような叫び声が響いた後、男の手には無理やりねじ取られた人間の男性の腕があった。


 「はあっ、はあっ…!」


 男は血がしたたる腕の指の位置を変えて、人指し指を突き立てたようなポーズにし、もう片方の手に燭台を持って、腕を引きちぎられた人間の方を向いて微笑んだ。


 「点火~っ!」

 そのまま男は引きちぎった腕の人差し指の爪に炎を近づけて点けた。


 「ぎゃあ~あああっ!」


 「空間共有の魔法をかけているから、痛覚はそのままいくんだもんねぇ?熱い?ねえねえ熱い?」

 男が吠える人間に高笑いを浴びせながら別の空いている燭台に腕をずぶりと突き刺した。


 「ぎぃやぁぁっ!」

 一声吠えた後、その人間は白目をむいて気絶した。


 (数刻後)


 机には4本の燭台が置かれている。

 すっかりちびた1本のロウソクはこうこうと燃え、それを囲むように異なる3本の人差し指がすすを上げている。


 「死体から作るのは栄光の手…じゃあ、生きながら外した腕で作るのは?」

 答えは返ってこない。


 「…フッ、無学な人間共め。所詮卑しい民はあの女の使い捨ての駒で十分だね。」

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