10 従者というかペット
ダンジョン前の停留所に着くと、殿下の誕生パーティーの影響でダンジョン周辺の町はガラガラだった。ダンジョンは24時間営業だから、この辺の町のお店は夜遅くまで営業していてもおかしくはないのだけれど。
ダンジョンのエントランスにおいても同じことが言えた。ほとんどのお店や事務所の照明はやや明るさが落とされていた。受付だけがやけに明るいのですぐ分かる。
アルバンと共に受付まで行くと、猫人のお姉さんが(猫背からするとむしろ姿勢が悪い体勢になるのだろうけど)背筋をピンと伸ばして出迎えてくれた。
「予約を取られていたアリス様とアルバン様、ですね。」
「はい。」
「お待ちしておりました、ではすぐご案内いたします。」
お姉さんがカウンターから出てきて、準備室の入り口を開けた。
「どうぞ、お好きな武器をお取りください。」
「え、武器て」
「お嬢様はこれで貴婦人らしくお顔を隠していてくださいませ。」
アルバンが懐から羽のふさのついた扇をくれた…開く。バラとダイヤの図柄…この配置、レイチェルブランド。ヲイ。
「素敵な扇ですね!」
お姉さんが褒めてくれる。
「ありがとうございます。」
私は扇を閉じた。
「なるほど、確かにお散歩なので戦う必要なんてないですもんね…ってアルバン?なぜ剣を持っているのですか。」
「はい、お嬢様は戦う必要などございませんので。」
「…アルバン、聞いてた話と違うのだけれど。」
え、キャストの方々とご飯を食べるだけだよね?何で普通のダイブと同じ装備なの?
「あの…お客様、確認させていただきますが。」
「はい。」
受付のお姉さんに聞いた方が1番良いな、うん。
「ダンジョンを半日貸し切り、という事で、ダイブゾーンの攻略を終えた後にキャストとのディナーをなさるという内容でご予約いただいておりますが…よろしいでしょうか。」
「なるほど、一度攻略しないといけないのですね。」
「左様でございます。」
「アルバン、私はこの衣装で攻略するのですね?」
ダンジョンダイブはアバターという仮想体を使う。基本は今着ている物も含めて仮想体を作り出すのだけれど、ダンジョンで衣装をレンタルする事も出来る。そのレンタル衣装はサイズが基本的に合わない事が多いから着たくないのだけれど。
「ですから、お嬢様は戦う必要などございませんので。私にエスコートされてくださいませ、それがご褒美でしょう?」
「もう…勝手ですねぇ。」
でも良いか、仮想体だから生身が傷付く事は無い。
「…お嬢様ってつくづく人に甘いですよね。」
「あっじゃあ怒りますよ?」
アルバンには、私の感情的なあれこれも冷静な説教のどちらも通じた事無いけどね。馬の耳に念仏とかいうけど、馬よりアルバンの方が話を聞かないに決まっている。
「険悪な雰囲気になると受付の方やキャストの方々はどう思われるでしょうねぇ?」
受付のお姉さんは「やばい」という顔をしているが、この場合の彼においてはまだ返答してくれるだけマシなのだ。
アルバンが完全にナメ腐っている時は無視というかスルーを貫く。こちらが感情的になっている時とかまさにそういう態度をとるので本当にイライラしてしまうが、何せこの男はフォローも上手いので怒りが落ち着いた頃にさっとテーブルの花を替えたり肩をもんだりするので何とも言えない。
「…だから今回は怒らないんですよ。」
お姉さんに悪いし。
「えっと…よろしいでしょうか?」
「はい、お世話になります。」
会釈すると、お姉さんはホッとしたような顔をしてもっと深く頭を下げた。
「はい、こちらこそ!では、ダイブゾーンへご案内いたします。」
お姉さんに付いて行くと、仮想体ポッドの部屋があった。
「ここはポッド式なんですね。」
「はい、うちは古いダンジョンですので…」
運営が公式に認められているダンジョン、つまり仮想体がダイブに使えるダンジョンは2つのタイプに分けられる。
一つはここのように、仮想体ポッドという乗り物に入って体をスキャンし、仮想体を作るタイプ。
もう一つは高密度の魔力の壁をすり抜ける事でスキャンをして仮想体を作るカーテン式と言われるタイプ。
後者が進んでいる技術が使われており、受付のお姉さんの言うように古いダンジョンには基本的に導入されていない。
ポッド式なら初期コストは安く済むが、維持費がかなりかかるしスキャニングに使う魔力のロスも多い上に仮想体を作成する時間もかかるので、ほとんどの歴史長きダンジョンはカーテン式を導入したがっている。
でもカーテン式は初期コストがばか高いので、手を出せない場所が多い。ここぐらいになるとお金もたくさんあるだろうけど、やはり手が届かない場所なのだろう。
別々のポッドに入り、仮想体を作る。
「お疲れ様でした。」
作成が終わると私は近くのソファに座った。
私はそうでもないけど、アルバンって結構かかっちゃうんだよね。スペックが多い対象ほど時間がかかるっていうから、それだけアルバンが優秀なんだって事なのだけれど。
「あの、すみません。座って待っていた方が良いですよ。」
受付のお姉さんに声を掛ける。
「えっ?」
「アルバンは毎度これに時間がかかるので。」
「そ、そうなんですね!それだけすごいって事じゃないですか…」
受付のお姉さんが私の隣に腰を下ろした。
「…。」
「…。」
気まずい。
「…あの、アリス様は…職業は何をされていらっしゃるんですか?」
「職業…」
貴族です、って言ったら何か嫌がられそうだな。でもアルバンが予約の時に色々とお金積んでるって言ってたし、バレてるかも。
「…何に見えます?」
様子見だ。受付嬢をしているのだから酷い事は言ってこないだろう。
「うーん…魔導師?」
なるほど、確かにドレス着た戦闘職なんていませんよね。魔法使いだったら荷物も多いだろうし…だったら術式を組むだけで良い魔導師だよね。頭の良い魔法使いが魔導師になる資格を持つから、遠回しに「頭良く見えます」って言ってるようなものだし、ベタだろう。
「じゃあ、魔導師の姫、でございますね。」
「アルバン、終わったんですね。」
いつの間にかポッドから出てきていたようだ。
「ええ、ポッドの手入れがよくされているようで。ダンジョンも来ないうちにここまで早く作成が行われるようになったんですね。」
「はい、ポッドは部品だけなら最新の物を使用しておりますので。」
なるほど、カーテン式を導入する事は出来なくてもせめて客の要望に応えようと部品の改良はしてきているのか。
「では、奥の扉からどうぞお入りください。」
「はい、お世話になります。」
お姉さんにもう一度お礼を言って、私達は奥の扉から入った。
次は仮想体に自分の精神を飛ばす工程だ。自分の仮想体が寝ているベッドの隣に寝そべって、脇にある魔石に手を乗せる。これでいつでも意識を仮想体と自分の肉体とを行き来できるのだ。
ふっ、と意識が浮いて、次には仮想体を動かしていた。
「…。」
アルバンはなぜかこの工程だけスムーズにいく。さっきの工程で長くかかる人はこの工程も長くかかるらしいんだけど。
「お嬢様、参りましょうか。」
仮想体の彼が、自分のいた肉体の横から剣を取り上げる。
「はい。」
私も扇を持った。
「魔導師の姫、ですって。」
「アルバンがいらない要素を付け足したんでしょう?」
「私の中ではお嬢様は姫に違いないのですが。」
「姫になりそこなった女ですよ、私は。」
自嘲すると、彼は剣を見せた。
「私という騎士がありながら姫ではない、と?」
「それならば私は姫と言っても良いかもしれませんね。アルバンがいてくれるなら私は姫で居続けられます。」
「あははっ、ずっと私の姫でいてくださいませね、お嬢様。」
それは出来ないかもしれない。
アルバンは私に仕え続けるって言ってくれているけれど、さすがにこれからは彼だけの意思でどうにかなる問題ではなくなってくるだろう。
いつ、アルバンがベッティの騎士に、ベッティが姫になってもおかしくない状況だ。その時は寂しいけれど、今を楽しんでおけば、その時には過去となってしまった今を思い出せるだろう。
殿下よりずっと付き合いが長いとは言えアルバンには入れ込んでいないだけ…きっと別れも傷付かないだろう。元々壊せない壁が存在している仲なのだから。
「あっ、お嬢様。」
「何ですか?」
「訂正します、私はお嬢様の従者でした。騎士ではありませんでした。」
アルバンは剣をしまった。
「今更ですよ。」
そもそも従者って、主人の行動を監視するお目付け役ですよね?なぜ私がアルバンのやらかしをフォローして回ってるんでしょうか。
「だからね、躾のなっていない野良にはお嬢様に近づく権利を与えてはいけないのです。」
そう言うなりアルバンがダンジョンの第1層へ続く扉を開け放って、それと同時に風刃が前方一帯へ飛んだ。
ざくっ、パキッ、という音と共に光の柱がいくつも立った。キャストがもう10人ぐらい倒されたという事になる。
「ねぇアルバン、予約の時に内部の構造全部教えてもらったんですか?」
「いいえ。風刃は挨拶代わりにかましただけです。」
「必要の無い破壊行為は良くないですよ、特に私達は演出を必要とする冒険者ではないのですから。」
ほら早速、従者と主の立ち位置が変わっているもの。アルバンってこういう所が従者というよりはペットみたいだなと思う。
ちなみに私より年上らしいけど、年齢は分からない。「永遠の19歳です」とはぐらかすんだよな。
普通は年上の使用人って何かしら主人を年上の寛容さで包み込んでくれるしお兄さんお姉さん風に振る舞うけど、私から見たアルバンは「私がいなきゃ」とつい世話を焼きたくなってしまうタイプだ。
「お嬢様、ご覧ください!」
「はい?」
アルバンが嬉々として前方の道を指す。そこにはぽっかりと隠された落とし穴「だったもの」があった。もう入口が吹き飛び、他の落とし穴の入り口は壊され、「これに落ちたらヤラセ確定だお☆」というようにだらしなく穴が広がっていた。
「…あのねアルバン、こういう事があるから風刃の火力には気を付けましょうね。」
キャストのモチベーションダダ下がりでしょ。
「大丈夫でございます、第1層のフロアボスは優しい性格だったので笑って許してくれますよ。」
「…。」
懐柔したとか言ってたよね?
「どうせその優しさって、あの受付のお姉さんと同様に」
「いいえ、あの受付は予約の時にシフト入ってませんでしたね。」
良かった~!じゃあ、あのお姉さんは素で心がとてつもなく広い人に違いない。猫人らしいつり目にアイラインが太くて黒々と引かれていて顔がきつい印象だったけど、性格は穏やかなんだな。
気付かない内に評価をたくさんつけていただいてました!
最初に付けてくださった方含め、ありがとうございます!




