メキシコ・シティへ
名護屋城に帰った隆景は直ぐに評定を開き、持ち帰った情報を披露して今後の方針を決めた。
「では、イスパニア国へ行く役は晴信殿にお願いしたい」
「承知した」
大西洋を渡るのは、独自に遣欧使節を送ってイスパニア王フェリペ2世と誼を通じていた、キリシタン大名である有馬晴信が選ばれた。
イエズス会士ヴァリニャーノと共に行って事情を説明し、帰国の為の協力を要請する目的である。
ヴァリニャーノの願いによってバチカンへも向かい、法皇にも謁見する事が決まる。
ベラクルスから出る船を待つ為、直ぐに町に向かう事となった。
「ここはイスパニア王に任命された、副王が統治している国だそうだ」
「副王とな? それはつまり偉いのか?」
隆景の説明に質問が寄せられる。
「副王とは名ばかりで、行政の長に過ぎないようだ」
「成る程」
「因みにその者の名は……何と言ったか……」
隆景の口がモゴモゴとした。
慣れない名前は覚えるのも一苦労である。
秀包が助け船を出す。
「ルイス・デ・ベラスコ」
「そう、その何とかベラスコだ」
「南蛮人の名前などどうでも良い」
興味のない者が殆どであった。
隆景はコホンと咳払いをし、話を進める。
「その者は気位が高いそうで、協力を願いに行くのならば、随員の数を最大でも1万に抑えて欲しいそうだ」
「ふむ」
その助言はアントニオからであった。
下手に数を多くすると脅していると受け取り、叶う願いも拒否されかねないとの事だった。
初めは交渉役だけの派遣を打診されたが、知らぬ土地に無防備なまま向かう事は出来ないと隆景が拒否し、ならば1千、いや5万などとなり、最終的に1万人で合意した。
「しかし、我々の話を信じるのか?」
それが一番の問題であろう。
自分達でさえ今でも信じられないのに、城の姿でも見なければ容易には話が通じそうにない。
「ベラクルスの町の長、アントニオ殿が付いて来てくれるそうだ。そのベラスコ殿に状況を説明するとの事だ」
「どうしてそこまで協力的なのか? 策略ではないのか?」
「1万人と言うのも、それならば勝てるという狙いでは?」
協力的過ぎるのも疑わしい。
「メキシコ・シティのイスパニア人は3万くらいだそうだ」
「それだけか?」
一同が拍子抜けする数であった。
それがこの国一番の都市であると言うなら、他はどれだけ人が少ないのかと思った。
「うーむ、そんな数でこの国を支配出来ているのか?」
「村の者達の暮らしを見たか? 碌な道具がなかったぞ!」
「素朴な生活を送っていた民なのだろうな」
「我が国に伝わった種子島も南蛮人が持って来た物だ。それを使えば寡兵でも十分に戦えたのやもしれぬ」
正確にはアステカ族に敵対していた諸部族を従え、戦いに勝ったのが実情である。
「我らでこの国を支配した方が早くないか?」
考えれば考える程にそう思えてくる。
見渡す限りの平野は魅力的であった。
しかし、である。
「南蛮人からこの国を奪うのは簡単だろうが、その後をどうする? 我らの領地は日の本だが、離れすぎているぞ?」
「それは言えている。年貢を持ってこいと言っても、我ら自身が帰るのに困っている状況だしな……」
「領地があっても領民がおらぬ! 言葉が分からぬ者など要らぬわ!」
方言はあっても単語すら通じないレベルではない日本に住んでいれば、通訳を介さねば会話も出来ない国など面倒に感じるだけだろう。
広大な大地は喉から手が出る程に欲しいが、支配出来なければ意味がない。
国を奪った所で自分達が日本に帰れば、また直ぐに奪い返されるだけだ。
帰れないとなればこの地で生きていく覚悟も出来ようが、下手に帰る方法があるだけに厄介であった。
隆景が言う。
「この地を欲する気持ちは十分理解出来るが、帰る事が出来る以上、今は帰る事を優先すべきだろう。その協力を仰ぐのであるから、取り合えずは向こうの言い分を聞くべきだ。仮に我らを滅ぼす企みであったとしても、1万が全滅したとて残りで報復すれば良いだけだろう?」
「確かに。そしてそうなれば、真っ先に滅ぼされるのはベラクルスの町」
「そういう事だ。町を預かる者として我らが帰ると言っている限り、敢えて我らの機嫌を損ねる道は選ぶまい」
名護屋城はベラクルスから見える位置にある。
別の場所から援軍を呼んだとて、到着する頃には町が無くなっているだろう。
「そもそも、この副王領にイスパニアの者はそう多くないと聞く。元々住んでいたアステカの者達は、城の周りを見れば分かるが病気で大幅に減っているようだ。仮にイスパニアがアステカを使って我らを攻めても、脅威とはなり得ぬだろう」
「成る程。これだけの平野に人がいない状況を考えれば、他の地域も推して知るべしだな」
稲作の盛んな日本では、低地の平野部はことごとくが開発されていた。
開発が進めば人も集まり、人口密集地となっていく。
これだけの平野に人が住んでいないのは、単純に人の数そのものが少ないのだろうと思われた。
そんな判断を秀包が訂正する。
「メキシコ・シティをここと比較しない方が良いと思うよ」
「どういう意味か?」
直ぐに質問が返った。
「日の本だと米を栽培するから低地に人が集まるけど、この国だとトウモロコシだから低地に住む理由が薄いんじゃない?」
「成る程……」
「高地だと涼しいしね」
「避暑地という訳か」
先入観は判断を誤る。
「それは行ってみれば分かる事だ。今はそれよりも誰が行くかを決めるべきだろう」
脱線しがちな話を隆景が戻した。
「向こうの策である事も考慮すると、戦に慣れた者が向かうべきではありませんか?」
「そうは言ってもベラクルスと違い、隆景殿が直接向かうのは不味いのでは?」
「通訳の伴天連は、秀包殿が同行せねばやらぬと申しておるそうですな」
その事は多くの者が知っている話だった。
秀包の部隊は1500である。
「となると宗茂殿も?」
「当然でござる!」
宗茂が断言した。
併せて4000となった。
「であれば、いっそ残りは2千ずつ出せば良いのでは?」
「それなら俺が行く!」
清正であった。
「ならば」
義弘が手を挙げる。
これで8000である。
「最後は俺だ」
残りは黒田長政となった。
交渉役は毛利家の外交官たる安国寺恵瓊が務める事に決まる。
「同時に港町であるアカプルコにも向かい、町の様子を調べて来る役が必要であろうな」
「賛成だ」
日本に帰るのに一番近い町はアカプルコとなる。
「船の扱いに長けた水軍の中からだな」
「では某が参ろう」
船大将の九鬼嘉隆(50)が申し出た。
しかし隆景は難色を示す。
「嘉隆殿はベラクルスの港を偵察して頂きたいのだが……」
「相分かった」
こちらの船団の管理もある。
「嘉明殿頼めるか?」
「受けた」
加藤嘉明(29)に白羽の矢が立った。
「話が通じないと思うのだが、どうすれば?」
「日の本の言葉が分かる伴天連がもう一人いるので、その者に行ってもらう」
「それは助かる」
イエズス会士の神父ペドロである。
「準備が出来次第ここを発って欲しい」
善は急げという事で、大急ぎで出立の用意が始められた。
「それはそうと、開墾の道具が足りないとの苦情が上がっているのだが」
耕作予定地の測量を続けていた官兵衛が述べた。
開墾作業に従事出来る数は多いのだが、必要な道具が圧倒的に足りない。
鍛冶屋の数が少な過ぎるのだ。
「かと言って鍛冶屋を増やせば、直ぐに鉄不足に陥るだろう」
木炭は薪があれば作れるが、砂鉄がなければ鉄は作れない。
どうしたものかと悩む中、秀包が言う。
「種子島を農具に変えればいいんじゃ?」
銃身は鉄の塊である。
「国へ帰るのに必要ないでしょ?」
朝鮮半島での戦闘を圧倒する為に用意した、過剰とも言える火縄銃であったが、帰国を目指すのならば使う事もないだろう。
寧ろ荷物とも言えた。
「まずは食べる物を優先しないと」
それが最優先ではある。
「まずは1万挺分を農具にしてみればいいんじゃない?」
鉄砲一つでどれだけの農具が出来るのかは分からない。
様子を見て追加するなりすれば良いだろう。
「まさか戦への備えがここで活きるとはな」
隆景が感慨深げに述べた。
当初はそれに必要な硝石を確保出来ないので反対していたが、見せかけでも十分な脅威になるとして秀吉によって押し切られたのだった。
それに、刀狩りで集めた刀が農具や釘に替わったのと同じで、鉄砲狩りよろしく集めた鉄砲が、その形を変える時期を早めただけと言える。
備えあれば患いなしなのかもしれない。
併せてアントニオに連絡を取って色々と都合をつけてもらう。
イスパニアへ向かう便を整え、アカプルコへの案内と取次を頼み、後はメキシコ・シティへ向かうだけとなった。
アントニオ自ら馬に乗り、街道を進む。
流石に整備されており、難儀する事もなく行軍が続いた。
予め早馬で報せていたようで、通過する町に大きな混乱はなく、水や宿営地の確保も恙なく済んだ。
途中で嘉明と別れ、彼はアカプルコへと続く道に消えた。
※メキシコ・シティへのルート
メキシコ・シティは英語ですね・・・
ヌエバ・エスパーニャなど混合しており、申し訳ありません。




