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料理教室と農業教室

 「ここの野菜を使った料理を披露したいと思います」

 「待ってました!」


 秀包の言葉に清正がやんやの声を上げた。

 事前にこの地の食べ物を紹介すると広めてある。

 材料は清正が持って帰った獲物、漁師が海で獲って来た魚、半野生状態で生えていた野菜や果物である。

 一握りの者しか賞味する事は出来ないが、料理の紹介としては十分だろう。 

ひとまず各武将達とそれぞれの家の料理役を呼んだ。

 

 講師役として無理を言って来てもらったアステカ人達は、好奇心に満ち満ちた目で自分達を見つめる集団を前に、一様に顔を引きつらせている。

 これまで見た事のない建造物には口をあんぐりと開けて驚いていたが、その周りにひしめく、恐ろしいくらいの数の人に脅えてしまっていた。

 城の中を案内して安心してもらったり、飴を舐めてもらって気を落ち着けてもらったり、呼んだ目的を丁寧に説明し、十分な謝礼を約束してどうにか料理を行ってもらうまでに漕ぎ着けた。


 「トウモロコシを粉にし、少しだけ石灰を入れた水で練り、薄く丸くして鍋で焼いていくよ」


 彼らが淡々と進めていく工程を、フロイスを通じて尋ね、皆に説明する。


 「焼きあがった物がこれで、彼らはトルティーヤと呼ぶよ。このトルティーヤで、炒めた野菜や調理したお肉を包んで食べるだけど、それがここらで伝統的に食べられてきたタコスだよ」


※トルティーヤを作る風景(パブリック・ドメイン)

挿絵(By みてみん)

[画像の説明:トルティーヤを作る母娘、エルサルバドル、1900年代。母親が磨石マノ石皿メタテでニシュタマルをすりつぶしてマサを作り、上の娘がトルティーヤを成形している。]


 餃子の皮にも見えるそれを手に取って見せる。


 「別に用意してあったモノがこれね」


 予め調理していた具材を並べた。 


 「肉や魚は焼いたり煮たりして細かくしているよ」


 食材は無駄にしない。

 鹿や猪の脳、舌、各部の肉、腸も全て使っている。

 彼らは部位毎に分けていた。

 各自の好きな物を選べるようにであるが、初めての者には難易度が高いかもしれない。


 「煮たり蒸したりしたカボチャ、炒めたインゲン豆、焼いた唐芋、生のままのアボカドもあるよ」


 野菜も並べる。 


 「味付けにはサルサを使うよ。トマトの細切れだったり、それに唐辛子を混ぜたモノだったり、僕の一存で醤油で味を調えたモノもあるから、自分の好きなサルサを見つけてね」


 調味料が多いと料理の幅が広がる。

 彼らに任せただけでなく、アレンジしたサルサも用意した。

 やはり日本人なので、醤油や味噌を使ったソースがあった方が良いだろう。 


 「汁のポソーレもあるよ」


 大鍋に炊いたスープも出した。


 「トウモロコシを粒のまま、肉や野菜と一緒に煮込んだモノだよ」


 とりあえずはそんな所だ。

 まずは手本を見せ、お勧めの組み合わせをいくつか提示してその中から選んでもらう。


 「美味いな!」

 「中々だ!」


 高評価な声がある反面、不評も聞かれた。


 「食べにくいぞ!」

 「中身がこぼれる!」

 「味が薄いのではないか?」

 

 それも仕方ない事であろうか。

 反省すべきは反省し、次に移る。 


 「健康を重視して果物を食べる工夫を説明するよ」


 その手始めはアボカドだ。


 「アボカドは収穫しても追熟しないと食べられないので注意してね。見た目だけだと熟しているのか良く分からないよ」


 日本で見たのは表面がゴツゴツとし、全体的に小ぶりで卵型のハス種であった。

 ここのアボカドは滑らかな表面をしていたり、瓢箪ひょうたん型であったり、ハス種の倍はあろうかという大きな物などバラエティーに富んでいる。

 流石に原産地だなと感心した。 


 「アボカドには大きな種があるからね。まず中にある種に沿わせて刃物を入れ、実を捻ると果実と種を分離出来るからパカッとやっちゃってね」


 実に刃物を入れて一周させ、捻って二つに分けた。

 片方には種が残っている。

 くっついている種を刃物で取り除く。


 「この種を絞れば油が採れるよ。食用だから揚げ物にも使えるね」


 油脂も大事な栄養源だ。 


 「まずはそのままで味見をしてみて」


 秀包に言われ、清正が早速食べてみる。

 怪訝そうな顔をして言う。


 「味がほとんどせんぞ?」

 「だよね」


 さもありなん。


 「そんな時にはこれ!」


 おもむろに小瓶を取り出した。


 「それは醤油か?」

 「そう、お醤油! アボカドの実に醤油を少々垂らし食べてみるとあら不思議!」


 秀包は清正の手のアボカドに醤油を垂らし、食べるように促す。


 「何だと?! まるで刺身ではないか!」


 清正だけでなく、食べた者皆が驚いた。

 秀包は丼にご飯をよそい、半分残っていたアボカドを皮から取り出す。


 「ご飯の上にアボカドを乗せ、お醤油を適量垂らせばアボカド丼の出来上がりだよ!」

 「おぉぉ! 美味い!」

 「唐辛子で辛味を付けてもいいよ!」

 「ピリリとした刺激が堪らんな!」


 アボカド丼は概ね好評であった。


 「食後のパイナップルをどうぞ!」


 満足気な皆にデザートを提供する。

 果実の上部から生えている葉っぱを切り取り、皮をむき、縦に4つに割って芯を除き、細かく切り分けた。

 輝く黄色が食欲をそそる。

 それと共に辺りにえもいわれぬ甘い香りが漂った。

 皆吸い寄せられるようにパイナップルへと群がり、一切れを箸で掴んで口に放り込む。

 途端に目を見開き、感嘆の声を上げた。 


 「何と甘酸っぱい!」

 「甘い香りが口の中に広がるな!」

 「これは素晴らしい!」


 こうして料理教室は幕を閉じた。




 「それでは今から野菜の栽培教室を始めたいと思いますです」


 秀包は城から離れた場所で農民達を前に立っていた。

 後ろには草木が高く茂った深い藪が広がっている。 

 言われた農民達は意味が分からず、互いの顔を見合わせヒソヒソと話し合う。


 「きょうしつ?」

 「一体何だべ?」


 そんな仲間達に、秀包とは顔見知りの村長が声を上げた。


 「秀包様、どういう意味でございますか?」


 そう言われて初めて気づいた。


 「簡単に説明すると野菜の育て方を教えるって事だよ」

 「だったら初めからそう言って下され!」

 「申し訳ないです、ハイ」


 正当過ぎる抗議に頭を掻き、謝った。

 他国とはいえ領主に謝られた経験のない者達は慌てる。

 暫く場はざわついた。

 気を取り直して講師を紹介する。


 「それではナリトリ先生に登場して頂きます。皆さん、盛大な拍手でお迎え下さい!」


 怪訝そうな顔をしていた農民達は秀包の真似をし、アステカ族の男を拍手で迎えた。

 早速教室が始まる。

 料理教室と同じようにフロイスが通訳し、アステカの農業のやり方が説明された。


 「生えている草木を刈り払い、良く乾燥させ、雨が降り始める季節の前に焼き払います」


 その説明に思い当たる者は多かった。


 「焼畑だべか?」

 「そう、焼畑だね」


 流石に専門家である。 


 「話には聞いた事があるべ」

 「山の方ではそうだと聞くなぁ」


 天水栽培の山間部では焼畑をしている事が多い。 

 

 「焼畑の効果は整地の手間を省ける事と病害虫を焼き殺す事、草木灰が肥料になる事だよ」


 大木の幹は焼け残るが、枝も葉もその場で片付ける事が出来る。

 何より除草の手間が省ける事が大きい。

 また、効果の高い農薬などない当時、病害虫の発生は作物に壊滅的な被害を与えかねない大問題であった。

 肥料に関しては、当時既に干したいわしにしんが出回っていたが、それはお金に余裕のある、都市部周りの豊かな農民だけが使える物だった。

 多くが飼っている牛の糞と、山の落ち葉やあぜの草を使って堆肥を作るか、人糞尿を使う農業である。

 山間部の農民は貧しい者ばかりであったので、燃やした草木が肥料分となるのは大変にありがたい事だった。

 

 「焼いた後に土は耕さないよ。突き棒で地面に穴を開け、種を蒔いて土を掛け、雨を待つよ」

 「それは労力が省けるべ」


 耕す作業は大変な重労働である。


 「対して短所だけど、焼畑を毎年のように繰り返すと土地が急速に痩せてしまうのが問題だね。だから数年は空けないといけなくなるよ」


 成長した草木が畑の肥やしに変わる。

 次も十分な収穫量を確保したければ、植生が回復する時間をおかねばならない。

 しかし、狭い土地に固定された平地の農民達にそれは難しかった。


 「そんな事は無理だべ」

 「だなぁ」


 そんな声を耳にし、秀包は自分の後ろを指し示して叫ぶ。


 「ご覧下さい、この広い土地を!」


 秀包の指さす先には、見渡す限りの平野が広がっている。


 「どこまで広がっているのか分からないこの平野であれば、焼畑も十分可能ではないでしょうか!」

 「それは確かにそうだなぁ」


 広さがあれば畑を休ませる事も出来そうだ。 


 「ですから目に入る土地全てを皆さんの手で開墾してもらいたい訳です!」


 そう力説した。

 しかし返ってきた応えは拍子抜けするモノだ。

 

 「それは無茶だべ!」

 「出来る訳がねぇ!」

 「あら?」


 肩透かしを食らって秀包はずっこけた。

 農民達が理由を述べる。


 「田んぼはどうすんだか?」

 「稲を守らねぇとなんねぇ!」

 「それはその通りでした……」


 大切な事を忘れていたようだ。

 しかし事態は深刻でもある。

 現状を伝えた。


 「確かに田んぼも大事だけど、今の僕達は30万人もいるんだよ? お米だけに拘っていたら確実に飢えてしまうよ!」

 「30万人?!」

 「それは本当だべか?!」


 農民達は耳を疑った。

 秀包は三成が調べた結果を話して聞かせる。

 聞く者皆が顔を青ざめた。


 「そりゃあ確かにてぇへんな事態だぁ!」

 「呑気にやってる場合じゃねぇな!」


 戦乱の絶えなかった当時、人々の意識の切り替えは早い。

 判断の遅れが戦に巻き込まれる事態を招いたり、いつまでもクヨクヨしていたら作付けの時季を失う。 

 俄かには信じられない天変地異に巻き込まれたとはいえ、生きる為に必要な事をせねばならないと感じた。

 そうであれば今回の催しの意図が理解出来る。


 「耕す必要のねぇ焼畑で、急いで作物を作らねぇとなんねぇって事だべ?」

 「話が早くて助かります」


 察しの良い者はどこにでもいるようだ。


 「トウモロコシって奴を作ればいいんだべ?」

 「そういう事です」


 陸稲おかぼという手もあるが、その種を持っている者がいない。


 「焼畑で畑を作るのはいいんだべが、それだけの畑に蒔く種はあるんだか?」 

 「そう言えば……」


 考えていただけで実行出来るのか確かめてはいない。

 急いでアステカ族のナリトリに尋ねた。 


 「え? 種は自分達が使う分だけだって?」


 彼から返ってきた答えは無情なモノだった。


 「トウモロコシはイスパニア人が持って行くの?」


 どうやら年貢に相当するモノらしい。


 「使って良い土地も決まっているって?! この辺りは彼らの物なの?!」 


 昔はイスパニア人から指示された作業をすれば良く、土地は自由に使えたが、最近は住んで良い場所も決められ、出来た収穫物を持っていかれるらしい。 

 時に住んでいた村から追い出される事もあり、年々遠くに追いやられているとの事だった。

 病気で滅びた村もいくつかあり、アステカ族はどんどんといなくなっているそうだ。

 

 「彼らの境遇も悲惨だけど、僕達もヤバイじゃん……」


 自分の考えの浅さを思い知った。


 「どうなさるんで?」


 顔見知りの村長が心配そうな顔で尋ねた。


 「ど、どうしよう?」


 寧ろ聞きたいくらいだ。

 そんな秀包らのやり取りを見ていた周りで、そっと囁く声があった。


 「隆景殿が懸念していたのはこの事ですかな?」


 義弘である。


 「あの者は事を簡単に考え過ぎるきらいがあるのでな」


 ヤレヤレと言いたげな顔で隆景が溜息をついた。

 会話を続ける。


 「開墾するのは人手をかければ比較的容易いが、それだけの土地に蒔く種を確保しているのか?」

 「それは早速露呈しましたな」


 そもそも種がなければどうしようもないのに、開墾だけしても仕方がない。


 「また、管理するとなると付近に住む者が必要だ。その者らの住居を考えねばならぬし、生活の為の水をどうするのか?」

 「確かにそうですな」


 それだけではない。


 「付近には動物も多いようだ。作物が食い荒らされる恐れもある」

 「鹿に猪となると厄介ですからな」


 仕留める為には常駐せねばならない。


 「闇雲に手を広げれば目が行き届かず、骨折り損のくたびれ儲けとなりかねんぞ」

 「南蛮人の土地というのも厄介ですな」

 「左様。話を聞くに、南蛮人の統治のやり方は我らの物とは違うようだ」

 「そうですな。これだけの土地を放置しておくとは、一体何を考えておるのか聞きたいくらいですぞ」

 「単純に手が回らぬのか……」


 町の人口は1万という。

 アステカの者は病気で減り続けているそうなので、人手が足りないだけかもしれない。

 これだけ広大な土地であるから、管理のしやすい場所から手を付けている可能性もある。


 「とは言えあの者の言う通り、畑を広げるしか今の我々には手がないのも事実」

 「確かに。種は南蛮人から分けてもらえば良いのですからな」

 「我らの窮状を聞けば嫌とは言うまい」

 「嫌だと言えばどうなるのか、彼らも理解しているだろうし」


 二人は顔を見合わせる。


 「確実にする為、種子島の射撃訓練などどうだろう?」

 「鉛玉を食いたいのなら拒否しろ、ですな」


 さも面白いという風にガハハと笑った。

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