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唐入り

 「三成さん!」

 「秀包殿?」


 米俵の荷下ろしを監督していた石田三成(32)に向かい、作業の合間を見計らって秀包が声を掛けた。

 二人は秀包が大坂にいた頃からの顔見知りである。

 三成は秀吉の子飼いの武将の一人で行政能力に優れた頭脳派であるが、今回の唐入りでは総奉行を務め、主に物資の管理業務を担っている。


 「作業の状況はどうですか?」

 「私がやっているのだから問題なく進んでいる」

 「流石は三成さん!」


 秀包は三成の言葉を喜んだ。

 横柄な態度に見える事が多い三成であったが、自分の能力に自負がある故の事だろう。

 自他共に認める優秀な者に多い性格に思われた。

 時に付き合いにくさを感じる人物であったが、性格その物は至って素直、真面目であり、任された仕事に手を抜く筈もない。

 進捗状況は三成がそう言うのならばその通りなのだろう。 

 そんな二人に声が掛かる。


 「どうしたのだ秀包殿?」

 「薬でも出来たのか?」


 島左近(52)と大谷吉継よしつぐ(27)であった。


 「左近さんもオオ()ニさんもお疲れ様です!」

 「だからどうして俺だけ苗字で、しかも変な言い方なんだよ!」


 吉継が不満を述べた。

 いつまで経っても理由を言わないし、直しもしないからだ。

 三成や左近のように、膿の浮かんだ自分の姿を嫌がらない数少ない内の一人なのに、これでは壁を作られているようなものだ。

 自分の病が前世の業によるモノではなく、感染というモノによって引き起こされると秀包より聞かされ、いたく心を動かされた吉継。

 自分の前世を邪推するだけならばいざ知らず、両親が犯した罪ではないのかと、心無い者達の陰口を耳にする度、深く傷ついてきた。

 秀包の説明で自分にも両親にも直接の責任はないと知り、嗚咽が出そうになるのを必死で耐えた過去がある。

 生憎治す薬はないという話だったが、心が軽くなった吉継だった。 

 以来秀包には親しみを感じ、気安く呼び合いたいと思っているのに、相手にはまるでそのような気配がない。

  

 「聞いてるのかよ?」


 吉継が尋ねるが秀包は無視する。


 「相変わらず無視か……」


 他の話題ならば普通に答えてくれるのだが、名前だけはこれである。

 吉継は溜息をついた。


 一方、秀包にとって大谷の名は特別である。

 病弱であった彼にとり、プロスポーツ選手は憧れの存在と言えた。

 そんな憧れのスポーツ選手の中でも、アメリカに行っても二刀流を貫く大谷選手は別格であり、アメリカのアナウンサーが興奮して口にしていた、オオ()ニサンの言い方が気に入っていた。

 まさか大谷選手の祖先ではあるまいが、もしかしてという思いで吉継さんとは呼ばずに大谷さん、出来るだけアナウンサーを真似、タにアクセントを付けてオオ()ニサンと呼んだ。

 しかし前世の大谷選手は背も高く、笑顔も爽やかな好青年であった。

 比べて目の前にいるオオタニサンは病気のせいとはいえ、好青年とは対照的である。

 勝手に期待して勝手に幻滅しているだけだが、どこの誰が誰の祖先か知らないので、秀包の心中も複雑になろうというものだ。  


 そんな事情を知る筈のない吉継にとっては、自分にだけ他人行儀な感じがしてモヤモヤした。

 しかし、吉継の訴えが顧みられる事はない。

 話題を変えて秀包が尋ねる。


 「左近さんとオオ()ニサンの進み具合は如何です?」

 「順調だ」

 「……こっちもな。醤油と味噌の量が半端ない事になってるがな」


 光成を相手にするのとは違い、会話が弾む。


 「お醤油やお味噌は大事だよ! 海を遠く渡って知らぬ国に行くだけでも心細いのに、食べ慣れた物がないとか力が出ないからね!」

 「それは言えているな」

 「いや、意志が薄弱なだけだ」

 「お前は堅すぎるんだよ! 俺だって醤油は欲しい。とはいえ、醤油と味噌の樽だけで蔵がいくつあっても足んねぇ状況だがな」


 醤油、味噌の管理も一苦労であった。

 

 「それはそうと、博多の商人達が皆協力的で助かっているが、口を揃えて秀包殿に宜しくと言われたぞ。一体何をした?」

 「うーん、飴で儲けているからじゃないかなぁ」


 飴の製法は秀包と秀吉で独占せず、商人にも広めて儲けてもらっている。

 その恩を感じてなのか、唐入りの際に必要な品物の調達には多大な貢献をしてくれた。  

 そして飴は別の効果も発揮していた。


 「現地で飴が一定数支給されると知り、兵の士気も大いに高まっているな」

 「飴はまだまだ気軽に買えるモノじゃないから、子供達にあげたいと先払いにしてくれって大変だったよね」

 「全くだ」


 秀包と左近が互いの顔を見て笑う。

 そんな能天気な二人に三成と吉継は苦言を呈す。


 「お前達が気楽に応じるから、折角納入された物を配るこちらが大迷惑だったぞ!」

 「それは確かだ!」

 

 飴を受け取る途切れない行列に、責任者であった二人は忙殺寸前だった。


 「俺達の事よりお前の硝石はどうなってんだよ?」


 吉継が尋ねる。

 重要な戦略物資である硝石は、毛利家と小早川家、龍造寺家が主たる責任を負い、用意している。


 「それは大丈夫。だから向こうで不足する事はないと思うよ」

 「集めた種子島は10万挺なんだぜ? 正気じゃねぇよ!」


 刀狩りと併せ、火縄銃も集めてしまおうと画策し、今回の唐入りに際して民より徴収に、持ってきてもらっている。

 国内にある火縄銃の総数は50万挺と目されているが、その20%が集まった計算だ。

 これで国内情勢も少しは静かになるだろう。


 「さて、いつまでも邪魔してられないし、戻ります」

 「何しに来たんだよ」


 吉継がからかい気味に言った。


 「状況の把握は大切であろう?」

 「こいつにそんな大層な役目はない!」


 左近の言葉に反論する。


 「また来ます」


 そう言い残し、秀包は去った。




 「また来たの?」


 呆れ顔で秀包が言った。 


 「秀包様を信徒にする事こそ、私のミッションであると悟りました!」

 「変なパッションに燃えないで欲しいんだけど……」


 熱に浮かされたような表情で答えるフロイスに秀包はウンザリした。

 宗教的な情熱であるパッションに憑りつかれた人間は厄介この上ない。

 何度論破してもその度に燃え、こうしてしつこく尋ねてくる。

 渡海すればフロイスも付いては来れないので、少しだけ今回の唐入りをありがたく思った。 

 先遣隊の出発はもうすぐなので、自分の番も近い。

 早く日本から離れたいと思ってしまう。 


 「今日は一人じゃないの?」


 フロイスの後ろにはイエズス会士を表す黒装束の男が二人、静かに佇んでいる。


 「今回は渡海される秀包様のご無事をお祈りする為、イエズス会巡察師である神父ヴァリニャーノ、神父ペドロ・ラモンを連れてきました」

 「お初にお目にかかりマス。秀包様のお噂は耳にしておりマス」

 「オ会イ出来テ光栄デス」


 二人が挨拶を述べた。


 「もしかして三人で僕を説き伏せに来たの?」


 秀包がフロイスに聞く。


 「違いますよ。この二人は秀包様にお礼を言いたいとやって来ました」

 「お礼? どういう事?」


 二人に向き合う。

 ヴァリニャーノが言った。


 「痘瘡を防ぐ方法の確立、ありがとうございマス!」

 「アリガトウゴザイマス」


 二人は頭を下げる。

 天然痘は西洋でも大問題で、絶えず流行を繰り返して多くの命を奪っている恐ろしい病であった。

 秀包が見つけた予防法は効果が高く、牛痘を施した者でその後に天然痘に罹患した者は出ていない。

 その結果にヴァリニャーノらは驚き、急遽秀包への面会を希望した。 


 「痘瘡に罹らない為の牛痘ヲ、是非とも国に持ち帰りたいと思いマス」

 「そうなんだ!」


 それを聞いて考える。


 「国へ帰るんだったら頼めるかな?」

 「何でショウ?」

 「帰る途中で立ち寄る地にも、牛痘の増やし方とか接種のやり方とか、出来るだけ教えてもらえるとありがたいんだけど……」


 天然痘は世界が苦しむ病である。

 一人でも多くの人が助かる事を望んだ。


 「それはモウ!」

 「約束イタシマス!」


 秀包のあり方はキリスト者のそれに近いと3人は思った。

 フロイスは益々パッションを高める。


 「また来ます」


 そう言い残し、フロイスらは去った。


 「来なくていいのに……」


 秀包がその後ろ姿にボソッと呟く。




 「とうとう先遣隊の出発でござるな」

 「行長さんと清正さんは仲が悪いから、向こうでどうなるんだろうね……」

 

 フロイスと会った翌日、とうとう出発の日となった。

 第一陣が名護屋を発ち、壱岐から対馬に渡り、朝鮮半島を目指す。

 順次2陣、3陣と続いていく。


 「弥助さんは来なくても良かったのに……」

 「俺はお館様を守れなかった。だから今回こそはお館様を守る!」

 「うーん、お館様っていうのは何か恥ずかしいんだけど……」


 何故か張り切って付いて来た弥助であった。

 本能寺では主君信長を助ける事が出来ず、今度こそはと誓ったらしい。


 「誾千代さんは見送りに来るらしいね?」

 「道包、雪包に会いたいでござる!」


 彼らの出立にはまだ日がある。

 それに合わせて来る手筈となっていた。


 「雷?」


 どこか遠く、雷鳴が響いている。

 見れば真っ黒な雲が西の空に立ち込めていた。


 「本物の雷神になった義父殿が激励に現れたやもしれぬでござる」

 「あり得そう……」


 雷雲に乗って地上を見下ろす道雪が目に浮かぶ。 

 太鼓を叩いて雷を発生させている姿である。

 そしてその雷鳴は、段々と大きくなっている気がした。


 「近づいてない?」

 「そうでござるな……」

 「雷怖い!」


 弥助が体をブルっと震わせた。

 爽やかな朝の空気を切り裂き、いくつもの紫電が厚い雲から放たれている。


 「儂も海の向こうで暴れさせろと言っているやもしれんでござる!」

 「勘弁してよ……」


 道雪が生きていれば確かにそう言いそうだ。

 と、宗茂が何かに気づき、叫ぶ。


 「雷切でござる!」

 「雷切がどうかしたの?」

 「それで雷を切るのでござる! さすれば雷も消える筈!」

 「本当?! お館様、直ぐに切って!」

 「出来る訳ないでしょ!」


 二人の無茶振りに抗議した。

 尚も雷雲は近づいてきている。

 3人は恐怖を感じた。


 「うわ?!」

 「ひぃ?!」

 「近い!」


 自分達の直ぐ近くに雷が落ちたと思った。

 目の眩む光に何も見えず、空気を震わす大音響に耳も聞こえない。

 暫くして真っ白な世界に色が戻り始め、3人はその色がおかしい事に気づく。

 

 「あれ?」

 「むむ?」

 「へ?」


 段々と慣れてきた目に入ってくる風景が、先程までのモノとは違うのだ。


 「何か変じゃない?」

 「我らはこのような場所にいたでござるか?」

 「どこ、ここ?」


 3人はまるで見慣れぬ景色の中にあった。

 先遣隊が出発するのを見ようと海岸へ向かう為、名護屋城の大手口を出た所だったのだが、目の前にあった筈の小さな丘が消えている。

 代わりに今は、何もない平野が広がっているだけである。


 「まさか?!」

 「心当たりがあるのでござるか?」


 秀包は気づいた。


 「異世界に集団転移した?」

 「異世界?」

 「それって何?」


 興奮した秀包には二人の声が聞こえない。


 「だったら……」

 「かねりん?」


 宗茂の呼びかけにも気づかない。

 秀包は開いた両手を前に出し、叫んだ。


 「ステータス、オープン!」

 「何でござる?」


 しかし何も起こらない。

 

 「何をやっているのでござる?」


 ここでようやく宗茂の問いかけに気づいた。

 ハッとし、慌てて誤魔化す。


 「ち、違うみたい……」


 異世界に転移した訳ではなさそうだ。


※『西肥名古屋城豊太閤陣営図』吉村茂三郎 - 松浦叢書 : 郷土史料. 第1巻(パブリック・ドメイン)

総奉行は今後大変な役回りなので、ここで三成に出てもらいました。

その三成といえば島左近に大谷吉継かなと。

その吉継はハンセン病であったようです。

この病気は軽々しくは扱えないので、吉継の再登場は暫くは控えたいと思います。

オオタニサンについては、

https://www.youtube.com/watch?time_continue=12&v=8VMHxN0z6zk

をどうぞ。


3月29日加筆

史実ですとヴァリニャーノはこの時期にマカオにいた様です。

天の差配で巡り合わせたという事で宜しくお願い致します。


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