異変
「異世界転移とは何でござる?」
「それを聞くの!?」
秀包の発した言葉をしっかりと覚えていた宗茂が尋ねた。
「すてーたすおーぷんってどこの言葉?」
「弥助さんも!?」
雷神とも戦神とも称された立花道雪が、是非とも娘の婿にと求めたのがこの宗茂である。
武芸に通じていただけでなく頭もきれた。
また、織田信長に目を掛けられた弥助が愚鈍な筈もない。
舞い上がり人目も憚らずに口にしてしまった秀包であったが、その事を思い出して恥ずかしさで顔が赤くなった。
「そ、そんな事より状況を確認しないと!」
誤魔化すように慌てて後ろを振り返る。
「お城はあるから天守閣に登って周りを見てみるよ!」
同じように異変に気づいたのか、どこだここはと騒ぎ始めた、城に出入りしていた者達。
そんな周囲の喧噪にも関わらず、名護屋城だけは変わらず悠然とあり続けている。
どっしりとした城の姿にホッとした秀包であったが、すぐに思い直して建物の頂上を目指し、駆けた。
「逃げたでござるな」
「あれってイギリスの言葉なんじゃ?」
思い思いの言葉を発し、二人も秀包の後を追う。
「これって……」
「どういう事?」
「地形が全く違うでござる?!」
5重7階の天守閣に登った3人は、そこから見える景色に唖然とした。
名護屋城は肥前国松浦郡にあったのだが、城からは壱岐島に向かって伸びる、細長くて複雑に入り組んだ地形が見えていた。
それが今はどこまでも広がって見える大地と海しかない。
遠い地平線から真っすぐな直線を引いたように海岸線が走り、緑の陸地と青い海を隔てているようだった。
そしてその海には、秀包らが目指すべき目標が消えている。
「壱岐島が見えないね」
「海には海しか見えんでござるな」
「どうして?」
先遣隊はまず壱岐に渡るが、城から島は見えていた。
その壱岐が今は影も形もない。
あるのは波の静かな茫洋とした海原だけで、出発を控えていた船達が多数の兵を乗せ、波に揺られているのが見える。
また、陸に打ち上がった船も無数にあり、その周りで船から降りて右往左往している兵の姿もあった。
何が起こったのか分かっておらず、混乱しているのだろう。
「って言うか、日が傾いてない?」
「そう言えばそうでござるな」
日が昇ってからそう時間が経っていない筈だが、何やら夕焼けのような真っ赤な空模様である。
「あっちに町みたいな物が見える!」
「嘘?!」
他を見ていた弥助が叫ぶ。
「本当だ!」
「確かに町に見えるでござる!」
弥助が指を指す先には、やや霞んではいるが町らしきモノが見えた。
「結構遠いね」
「壱岐と同じくらいではござらんか?」
「そう思う」
体感的には名護屋城から壱岐までの距離30kmと同じに見える。
3人であれやこれや話していると、城下から一際騒ぐ声が聞こえてきた。
「何やら争っているようでござるな」
「行ってみよう!」
3人は天守閣から駆け下りた。
「どうして船出をせんのだ!」
「だから壱岐が見えぬと申しておる!」
二人の男が言い争っていた。
大男が相手に食って掛かっているようだった。
「清正さんと行長さん?!」
「もう争っているのでござるか?!」
仲の悪さを心配していた両者が、出発する前から衝突していた。
「ちょっと二人共!」
秀包が二人の間に割って入る。
「一体どうしたって言うんです?」
秀吉の屋敷で顔馴染みとなっていた清正に尋ねた。
清正の身長は宗茂よりも高く、秀包にとっては見上げる相手だ。
「邪魔をするな秀包! 今朝は出立の日であろうが! さっさと船を出せと言っているだけだ!」
清正が吼えた。
「先陣は譲った! 後は計画通りに進めろ!」
清正と行長の間で、どちらが先陣を切るかで争いになり、秀吉に裁定してもらって行長が第一軍と決まった経緯がある。
その事だけでも腹に据えかねていたのに、よりにもよって出発を遅らせるのは許せなかった。
確かに一時は雷が鳴っていた。
しかし今は空も晴れ上がり、出発するには絶好だと思われる。
「だから何度も言っている! 目指すべき壱岐が見えぬのだから、出発出来る筈がなかろう!」
行長がうんざりとした顔で答えた。
先程から同じやり取りを繰り返している。
当時の日本の航海術は沿岸を目視して進むモノでしかなく、何もない大海原の中を進む事など出来はしない。
「言い訳するな!」
「ならばどこを目指すべきか貴公が教えてくれ!」
堪らず行長が海を指さす。
清正もそう言われてしまうと何も言えない。
島は跡形もなく消え失せ、目指すべき方向はさっぱりだ。
「どうなっているのだ秀包!」
「八つ当たり?!」
二の句を継げず、清正は不満を弟分にぶつけた。
秀包は考え、二人に言う。
「事態は緊急を要します! 至急全軍の長を城に呼ぶべきです!」
日は刻々と傾き、暫くすれば日没を迎えそうである。
伝令の馬を各陣屋に走らせ、城に将達を集めた。
「何が起こった?!」
「一体どこだ、ここは?」
「あり得ぬ!」
将達には城に来た順に天守閣に登ってもらい、状況を把握してもらう。
異変は城に来る間にも気づいた者が多く、そこまで大きな混乱は起きなかった。
納得次第、階下の大広間へと降りてもらう。
城に来ていないのは、一番離れた場所に陣屋を設けていた島津義弘くらいであった。
義弘を待つ間に日は落ち、城の各所に点けられた松明だけが暗い夜空を照らしている。
「島津公、ご到着されました!」
「これで全員か」
沢山の蝋燭が点けられた大広間で、総大将の宇喜多秀家(20)が諸侯の顔を見回し言った。
既に天守閣に登り、兄貴分の秀包から大まかな事態の説明を受けている。
揺らめく蝋燭の光に照らされ、その表情は笑っているようにも怒っているようにも見えた。
尚、今回の軍編成は以下の通りである。
第一軍、朝鮮国先駆勢
一番隊
宗義智5000、小西行長7000、松浦鎮信3000、有馬晴信2000、大村喜前1000、五島純玄700
二番隊
加藤清正10000、鍋島直茂12000、相良頼房800
三番隊
黒田長政5000、大友吉統6000
四番隊
毛利勝信2000、島津義弘10000、高橋元種、秋月種長、伊東祐兵、島津豊久ら2000
五番隊
福島正則4800、戸田勝隆3900、長曾我部元親3000、蜂須賀家政7200、生駒親正5500、来島通之、来島通総ら700
六番隊
小早川隆景(59)、安国寺恵瓊ら10000、小早川秀包(25)1500、立花宗茂(25)2500、立花直次800、筑紫広門900、毛利輝元の代理で毛利秀元(13)、吉川広家(31)ら30000
第二軍朝鮮国都表出勢衆
七番隊
宇喜多秀家(総大将)10000(軍監として黒田官兵衛)、増田長盛1000、石田三成(総奉行)2000、大谷吉継1200、前野長康2000、加藤光泰1000
八番隊
浅野幸長3000、宮部長房1000 南条元清1500、木下重堅850、垣屋恒総400、斎村政広800、明石則実800、別所吉治500、中川秀政3000、稲葉貞通1400、服部春安800、一柳可遊400、竹中重利(軍目付)300、谷出羽守450、石川康勝350
九番隊
豊臣秀勝8000、細川忠興3500、長谷川秀一5000、木村重茲3500、太田一吉(軍目付)120、牧村利貞700、岡本重政500、糟屋武則200、片桐且元200、片桐貞隆200、高田豊後守300、藤掛三河守200、小野木重勝1000、古田兵部少輔200、新庄直定300、早川長政250、森重政300、亀井茲矩1000
水軍
九鬼嘉隆(船大将)1500、藤堂高虎2000、脇坂安治1500、加藤嘉明1000、菅平右衛門250、桑山小藤太・桑山貞晴1000、堀内氏善850、杉若伝三郎650となる。
渡海する者と名護屋城で後方支援を行う者らを併せ、合計20万人の大部隊であった。
「どうした?」
尚もその場に残っていた、義弘の到着を告げに来た家臣に尋ねる。
「それが……」
「何だ? はっきりと申せ」
言い淀む家臣を促す。
その者は覚悟を決めたように顔を上げ、言った。
「怪しい集団をひっ捕らえたので、ついでに城に連れて来たそうです」
「何?」
(まさか異世界人?)
その報告を聞いて秀包の内心は色めき立っていた。
現地人ならば事情を知っているだろう。
上手くいけば魔法の有無もわかるかもしれない。
ステータスはオープンしなかったが、それでこの世界に魔法がないと決定した訳ではない。
オープンしないタイプの異世界かもしれないからだ。
ひっ捕らえたという言葉と、その実行者の名に若干不安を感じたが、心がドキドキしてくるのを押さえられない秀包であった。
※島津義弘の陣屋と名護屋城の位置関係
唐入りの出発は旧暦の4月1日で、新暦でいうと5月12日です。
宇喜多秀家、島津義弘らはこの時には名護屋にいない筈ですが、物語の都合でいる事にします。
ご容赦下さい。




