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秀包の上洛と秀吉の構想

 「気にする必要はないでござるよ」

 「そうだぜ。お前は十分頑張った!」

 「そうよ! だから秀吉様も貴方を呼んだのでしょう?」

 「元気を出して下さいまし……」

 「本能寺にお参りに行きたいデス!」


 落ち込んでいる秀包を周りが励ます。

 隣国の肥後で国人衆が大規模な反乱を起こし、収拾に失敗した領主佐々成政が秀吉に支援を要請、秀包が総大将に任命されて鎮圧部隊が編成された。

 話し合いによる解決の道を必死で探した秀包であったが交渉は決裂し、武力を行使するより方法がなかった。

 宗茂、直茂らの活躍もあって反乱軍は瞬く間に崩壊、首謀者は捕らえられて斬首されている。

 晒し首を前に落ち込む秀包に対し、結果を喜んだ大坂の秀吉は上洛を指示、戦功著しい宗茂と共に京の聚楽第じゅらくだいを目指した。

 宗茂が行くなら自分も行くと、お腹が大きくなり始めていた誾千代と、ならば私達もと乃美とマセンシア、未だ帰国していないばかりかいつの間にやら言葉が上達していた弥助が船上の人となっている。 

 揺れる船で瀬戸内海を進み、大坂に向かう。




 「久しぶりじゃな」

 「茶々ちゃんは元気そうだね」

 「何じゃ? そういうお主は元気がないのぅ」


 大坂城では茶々が一行を出迎えた。 


 「どうせ肥後の一揆連中を説き伏せられなんだと悔いておるのじゃろう?」

 「鋭いね……」


 ずばりの指摘に秀包は汗をかく。


 「久留米の川の事といい、相変わらず甘い男じゃ」

 「良く知ってるね?!」

 「噂は案外遠くまで届くモノじゃ」

 「そ、そう」


 したり顔で茶々が言った。


 「そう言えば江ちゃんと初ちゃんは?」


 茶々の妹達の姿が見えず、秀包は尋ねた。 


 「二人共とっくに嫁に行ったわ!」

 「そ、そうなの?!」


 初めて知ったので驚く。

 そうなると疑問が湧いた。


 「茶々ちゃんは行かないの?」


 おずおずといった様子で口にする。

 滅多な事を言うと怒らせそうだ。

 

 「儂は行かぬ!」

 「えぇ?! 本当なの?!」


 茶々の断言に呆気に取られる。


 「まさか独身貴族になって遊び呆けるつもり?」

 「独身貴族? 遊び呆ける? お主は何を言うておるのじゃ?」

 「い、いや、何でもないよ!」


 慌てたのでどうでも良い事を言ってしまった。

 

 「勘違いしておる様じゃが嫁には行くぞ?」

 「え?」


 意味が分からない。

 茶々が言葉を重ねた。


 「嫁には行っても、ここから出て行くつもりはないという事じゃ」

 「それって……」


 ようやく飲み込めてきた。


 「秀吉さんの側室になるって事?」

 「そういう事じゃ! 儂は天下人の子を産んで天下を取る!」

 「な、成る程!」


 茶々の野望に舌を巻く。 

 らしいと言えばらしかった。




 一行は京へと着いた。

 関白になった秀吉が建設した聚楽第は、京での邸宅兼政庁舎として機能しており、後陽成天皇の行幸ぎょうこうや臣従した徳川家康らを持て成した屋敷である。

 金箔の張られた瓦がかれ、日の光を浴びて眩しく輝ていた。

 聚楽第の周りには配下達の大名屋敷が並んでいる。

 秀包らは物珍しそうに見物し、その豪華さに感嘆した。

  

 「小早川秀包公とお見受け致す!」

 「ど、どちら様で?」


 小早川家の屋敷で秀包を待っていたのは、むさ苦しい顔の一人の男であった。

 ひどく思い詰めた顔をしており、近寄りがたい事この上もない。

 躊躇していると男が口上を述べた。


 「それがしは甲斐の国より参った小幡昌忠おばたまさただと申す! 秀包公より賜った知恵により村が救われつつある故、病の出る地域を代表して謝辞を述べに参った次第!」

 「もしかして住血吸虫?」

 「まさしく!」


 甲斐の国から住血吸虫対策を学びに来ていた医者は既に帰っている。

 川に入らないという単純な方法ではあったが、それに気を付けた者から発病が止み、誰もがその正しさを認識していった。

 川の水を完全に利用しない事は難しいが、因果が分かれば湿田での作業を強いる者もおらず、徐々に畑作地に切り替わってきている。


 「実は某の父昌盛まさもりもあの病で死に申した! あの病は某の仇である故、その原因を解き明かして下さった秀包公には感謝してもしきれぬのだ! 礼を言う!」


 昌忠はその場に膝をつき、秀包に向かって頭を下げた。


 「ちょ、ちょっと、頭を下げないで!」


 いつまで経っても頭を下げられるのは慣れない。


 「住血吸虫との戦いは始まったばかりだから、礼を言うのは早いよ!」

 「そういう訳にはいき申さぬ!」


 容易には顔を上げそうにはない。

 仕方がないので別の話題へと移る。


 「やるべきは住血吸虫対策だけじゃないんだよ?」

 「と言うと?」


 ようやく昌忠が顔を上げた。


 「次は痘瘡を防がないと!」

 「痘瘡を防ぐ?」


 その為に種痘を持って来ている。

 日本全国へ天然痘ワクチンを広める事を目指す。




 「よう来た。寛いでちょー」


 聚楽第に秀吉を訪ねる。

 関白に就任し、強敵家康も臣下したからか終始ご機嫌で、自信の程が伺えた。


 「一揆の鎮圧は数がおったで心配しとりゃーせんかったが、痘瘡まで防ぐとは見事だぎゃ!」

 「ありがとうございます」


 秀吉にも協力を求めたので経緯は知っている。


 「牛の病で痘瘡を防ぐとはどえりゃー事だぎゃ!」

 「初めは皆怖がりますよ」


 牛になると恐れる様だ。


 「それで、おみゃーはその牛痘とやらを全国に広めたい訳だぎゃ?」

 「はい。その為に種痘を持って来ました。全国の大名に命令して下さりたく思います」

 「痘瘡では人が多く死ぬ。皆も喜ぼう」

 「ありがとうございます」


 危険な方法ではないという事で、それで痘瘡を防げれば自身の名も高まるだろう。

 秀吉にとって拒否する理由がない。

 

 「それと、刀狩りをして下さりたく思います」

 「刀狩り?」


 ついでの機会なので思っていた事を述べた。


 「誰もが武器を持っているから簡単に反乱が起きるんです! 民からは刀を没収してしまうべきだと思います!」


 一揆が続発するのは重い年貢や強引な統治といった理由もあるが、武器が手元にあるという面も大きい。

 

 「民あってのまつりごとだと、為政者の心得を周知徹底する必要はありますが、併せて刀狩りも行うべきだと思います」

 「おみゃーらしいが、それは儂も考えておった」


 こうして刀狩りが行われる事となった。


 「それはそうと、硝石をもっと早う採る方法はないんかや?」


 秀吉が尋ねた。

 秀包が教えた硝石丘法は既に手を付けているが、やはり採れるまでの時間の長さが問題である。


 「古土を出来るだけ多く使えば5年よりは早くなる筈です」

 「ほほう?」

 「毛利家の硝石丘法で使っている土を混ぜてもいいかもしれません」

 「成る程、成る程」


 秀包の答えに満足気に頷く。


 「でも、どうしてですか? 東国を征伐する為ですか?」


 気になったので尋ねた。

 既に四国と九州は征伐し終え、毛利家も完全に臣従する事となった今、残る有力者は小田原北条家と東北諸衆である。


 「それもあるが、それだけじゃないんだぎゃ」

 「どういう事ですか?」


 更に問うた。

 秀吉は暫く考えた末、ようやくといった感じで口を開いた。


 「おみゃーには言っておこう。実は明国に兵を出すつもりなんだぎゃ」

 「明国って、あの?!」

 「そうだぎゃ」

 「海を渡った先の国でしょう? 無茶です!」


 真っ先に反対する。

 国を統一する為に東国を征伐するのは理解出来るが、どうして海を越えてまで軍を派遣しなければならないのか理解出来ない。

 秀包の反応は予想していたのか、秀吉は怒る素振りも見せずに言う。


 「確かに無茶かもしれんが、必要なんだぎゃ」

 「必要とはどういう事です?」


 秀吉は計算高い男である。

 その男が無茶を承知で行うと言うのだから、それ相応の理由があるのだろう。

 秀包はその理由を問うた。

 しかし秀吉は直ぐには答えず、逆に尋ねる。


 「肥後の一揆はどうして起こった?」

 「えぇと、聞く所によると、成政公の強引な検地に反発して起きたと聞いてますが……」


 事の詳細をしっかりと把握している訳ではないが、大体の所は漏れ聞いていた。 


 「伴天連が裏にいると言ったら?」

 「え?! そんな馬鹿な?!」


 秀吉の言葉に秀包は素っ頓狂な声を上げる。


 「確かに彼らは奴隷の売買を見て見ぬ振りはするし、異教徒には容赦がなくて寺社は壊すし、口では愛を説きながら実際は全く愛がない事ばかりをしていますが、一揆の扇動までとは言い過ぎですよ!」

 「おみゃーも大概だぎゃ……」


 秀包と宣教師が交わした問答も秀吉の耳に入ってきている。

 キリスト教には概ね同じ感想を持っていた。

 彼らの持ち込む商品を考えれば国から締め出すのは勿体ないが、この国で大手を振って歩いて欲しくはない。 


 「大概じゃが、そう外れてもねぇんだぎゃ」

 「思い込みではないのですか?」

 「違う! 伴天連共は秘かにこの国を狙っているんだぎゃ!」

 「まさか?!」

 

 一揆は兎も角、国を奪おうとは大き過ぎる。


 「南蛮人が海の向こうで何をしちょーか、おみゃーも聞いちょーが! 明国も当然狙っちょーよ!」

 「そ、それは……」


 イスパニア、ポルトガルの両国は海外を攻め、マニラ(フィリピン)やゴア(インド)といった地域を占領している事は聞いていた。

 海伝いに港を押さえ、世界を回っているという事である。 

 

 「伴天連はその先兵だぎゃ! まずは宣教師がその地に入り、民を従え、時期が来たら為政者に反乱させるんだぎゃ!」

 「だから伴天連追放令を出したんですか?!」

 「そうだぎゃ! 奴隷の事だけじゃにゃーぞ!」


 秀包は前世の知識はあるけれども、歴史にそこまで詳しかった訳ではない。

 宣教師にその様な目的があったなど初めて聞く話である。

 しかし、そう言われてみれば納得も出来る。

 カルトと呼ばれる宗教団体は、真っ当な宗教活動をする表の部隊を隠れ蓑にして人知れず勢力の拡大を図り、周りが気づいた時には手の付けられない程になっていたりする。

 宣教師と接した結果、彼らの中に似た独善性を感じたので、秀吉の言う事もあり得るのかもしれないと思う。

 

 「だったら完全に追放した方が良いのではないですか?」

 「一気にやれば暴発するやもしれんでしょー」

 「成る程……」

 

 秀吉の判断は冷静であった。


 「だったらどうするのですか?」


 対策として何をすべきかが分からない。


 「九州には切支丹きりしたんの大名が多いもんで、九州勢を中心に明国を目指すんだぎゃ。伴天連が切支丹大名に命令する前に事を起こし、南蛮人が明国に手を出す前に儂らが手を出すんだぎゃ」

 「そういう意味があったんですね」

 

 戦には反対であるが、そういう意味があるのなら仕方ないとも思う。


 「おみゃーは出来る限り多くの硝石を調達してちょー」

 「分かりました」


 こうして秀包は、秀吉の意向で硝石を作る事となった。

 



 「ま、まさか?!」


 夜空を見上げていた老婆が叫んだ。

 

 「お婆様どうしました?」


 近くで簡単な作業をしていた曾孫が尋ねた。

 

 「大きな大きな星が落ちたのじゃ!」

 「まあ、珍しいですわね」


 流れ星は珍しくなくとも、大きな物となると別である。

 娘は自分が見れなかった事を残念に思った。 

 しかし、老婆は何やら様子が違う。

 小声で何事がブツブツと呟いている。

 心配になり娘は大きめの声で尋ねた。


 「お婆様?」


 その声にハッとした老婆は言う。 


 「あの時と同じなのじゃ!」

 「あの時?」

 「あの侵略者共がテノチティトランにやって来た時と!」

 「何ですって?!」


 老婆の言葉に衝撃を受けた。


 「古来より、天変地異が起こる前には天に兆しありと言う。今宵の事は前触れに違いない!」


 しかしと自問する。


 「遂に我らが滅び去るという報せなのか? それとも、吉兆?」


 考えたが答えは出ない。


 「嵐が近づいておる!」


 心配げな顔で自分を見つめる娘を通し、部族の生き残りに語りかける。


 「備えよ! 我らアステカの運命を左右する、大いなる嵐じゃ!」


※聚楽第

挿絵(By みてみん)

唐入りの理由は様々な推測がされています。

ここで取り上げたのは、秀吉の思惑の一つと思って下さい。

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