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牛痘の発見

 天然痘が発生した村は人の出入りを禁止し、周辺の村々も移動を制限した。

 周辺まで範囲を広げたのは、今の時点で発症していなくても既に感染しており、数日後になって症状が現れる場合があるからだ。

 自分が感染したとは知らずに移動し、菌を遠くに運んで広めてしまう事を防ぐ為の処置である。

 当時の村は人の移動はそこまで活発ではなく、封鎖は比較的スムーズに進んだ。

 また、病気が発生してから村を出入りした人間を調べ、その後を追跡調査する。

 行った先で病気が広がっていれば、そこでも移動を禁止する事となる。

 

 調査の結果、病気は狭い範囲でしか発生していない事が判明する。

 問題は誰が天然痘を運んできたのかであるが、その可能性も調査から容易に知れた。

 病気の発生した村に長崎から帰って来たばかりの者がおり、荷下ろしで西洋の船に乗っていた事が分かったからだ。

 天然痘菌は1年もの間感染力を持ち続ける為、荷物の中に患者の瘡蓋かさぶたなどが付着していたとすれば、それで本人が感染したか、衣服に付けたまま村へと持ち帰ってしまったのだろう。

 長崎に天然痘が広がっていないか確認すると共に、一人でも犠牲者を少なくする為の戦いが始まったのだが、秀包は最前線にはいない。


 「村に入るんじゃないのか?」


 不思議に思った誾千代が尋ねた。

 てっきり自ら村に行くと思っていたからだ。


 「それは出来ないよ。僕は痘瘡に罹った事がないから、村に入ったら確実に感染しちゃう。そうなったら手伝うどころじゃないし、迷惑になるだけだよ」

 「そ、そうなのか!」


 村に入って良いのは、天然痘に対する免疫を持っている者だけだ。


 「人痘でござったか、それをやれば良いのでござるか?」


 宗茂が聞いた事を思い出して質問する。


 「それも無理だよ」

 「どうしてでござるか?」

 「人痘を接種しても直ぐに免疫が付く訳じゃないんだよ。症状の軽い人の瘡蓋を使うけど、痘瘡に罹る事と変わらないから治るまでに時間が掛かるって訳」

 「成る程、今は使えないという事でござるな」

 「そういう事。あくまで備えとして使うのであって、今の段階でそれは選べないんだよ」


 取れる手段は限られている。


 「それに、人痘を一気に使っちゃうと動ける人がいなくなるよね」

 「それもそうでござるな!」


 ワクチンとは言っても弱毒化されている訳ではない。 

 人痘を接種すれば暫くは身動きが取れなくなる。

 人を使って住血吸虫対策の指示も行わねばならない為、それは出来ないのだ。


 「構わん! 余所者にそこまでやらせる訳にはいかんのでな!」


 直茂が強い口調で言った。

 

 「もしも人痘でお主が死ぬ様な事態となったら、それこそ世間のいい笑い物だ!」


 龍造寺家は領地内での問題を解決する能力がないと思われてしまうだろう。

 

 「危険な事は我らに任せておけば良い!」


 臆病者とのそしりを受ける訳にはいかない。


 「では、我らは何をするのでござるか?」

 

 宗茂が問うた。

 

 「必要な物資を整え、村へ運ぶ体制作りだね」

 「必要な物資とは何でござる?」

 「何はなくとも食べ物かな」

 「どうしてでござる?」

 「病に勝つには体を休めて滋養を付け、抵抗力を高めるしかないんだよ」

 「成る程、その通りでござるな!」


 特効薬のない当時、感染症に対抗するにはそれくらいしかない。


 「秀吉さんからもらったお金があるから、早速買い付けに行かないと」

 「それなら拙者に任せるでござる!」

 「俺も行くぜ!」


 宗茂夫妻が駆けていった。

 その後ろ姿を眺めて直茂が尋ねる。


 「何故、領民でもない者達にそこまで懸命になれるのだ? 何の義理もないではないか」

 

 秀包は淡々とした表情で言う。


 「病気に苦しむ人を放ってはおけないよ」


 秀包がこれまで見てきた土地は、どこも貧困と病、暴力に満ちていた。

 毛利家が治める中国地方とて例外ではなく、吉田郡山城下であっても貧しさから娘を売る家が出る状況だった。

 醤油の製造が始まってからは幾分マシになったが、その恩恵に預かれない地域は多く、豊かさの格差は口に出すにも憚る程であった。

 秀包は継室の子とはいえ元就の子には違いなく、食べる物がなくてひもじい思いをした事はない。

 しかし一歩城より出れば、そこは餓死がありふれた世界だった。


 けれども彼に出来る事は多くない。

 その権限がない上に自由に使える資金がある訳でもなく、かつ目立ち過ぎればその身を危うくすると広家に忠告されていたからだ。

 心の中で必死に手を合わせ、出来るだけ見ない振りを続けてきたのだが、その反動が領地を得た今になって現れたのだろう。 


 「僕の権限で出来る事があるんだから、出来るだけやるよ」


 とはいえ彼も自分に出来る範囲くらいは(わきまえている。 

 どれだけ懸命になっても全ての病人を救う事など出来ないし、この世から貧困や暴力を撲滅する事も不可能だ。 

 しかし、秀吉の下に日本が統治されつつあり、そうなった暁には治安の大幅な改善がもたらされるだろう。

 秀吉と言えば刀狩りで、不必要ないさかいは大いに減る筈だ。

 武器が手元にあれば暴力に訴える者が続出し、暴力は憎しみを生み、負の連鎖が続いていく。

 刀狩りはそれを絶つ切っ掛けとなろう。


 また、そうなれば国が安定する。

 江戸時代では大きな戦が発生せず、経済活動が活発になって庶民の生活水準も大いに上がったと聞く。

 それは貧困の低減にも繋がり、結果として病に苦しむ者も少なくする筈だ。

 また、戦がなければ人をさらって他国に売りつける行為も発生しないだろう。

 その為にこそ、秀包はこれまでの戦に参加してきたのだ。

 

 「病に恨みでもあるのか?」


 直茂の問いに秀包の動きはピタリと止まる。

 どうしたのだと口にしかけた直茂の前で、秀包の口からはクククと笑みが漏れた。

 心から楽しそうな笑みであり、憎き仇敵を見る様でもある。

 直茂はゾッとした。

 いくつもの戦に参加して修羅場を潜り抜け、戦の狂気に染まった者を見てきた彼であったが、目の前の若者が内に抱える狂気が異質かつ余りに巨大な気がして、これまで感じた事のない寒気が走った。

 痘痕あばたの残る背中に冷や汗を感じていた直茂に、秀包が尋ねた。

 

 「直茂さんは痘瘡に罹った事があったんだよね?」

 「若い頃にな」


 動揺を微塵も感じさせないのは歴戦の将であるからだろう。


 「死ぬかもしれないと不安になった?」

 「当たり前だ。痘瘡なのだからな」


 何を馬鹿な事を言っているのだという顔で答えた。


 「快復を天に祈った?」

 「今なら全ては天命だと受け入れようが、あの頃は若かったからな。何も出来ずに死ぬ事など御免だったので、必死に神仏に祈りを捧げたぞ。周りも神社や仏閣に詣でてくれたしな」


 見栄を張っても仕方ない。

 

 「治ったのは天に祈りが通じたからだと思う?」

 「それは分からん。儂と同じ様に天に祈った筈なのに、死んだ者も多いからな。それに、困った時の神頼みと言うしな」

 「そう」


 直茂の答えに満足した様に見えた。

 どこか遠くを見る目をして口を開く。


 「病気で半年とか寝ていると、天を恨む様になるんだよね」

 「何?」

 「どうして自分だけがこんな事になっているんだと、全てが恨めしく思えちゃうんだよ。眠っている内に死ぬんじゃないかと、寝るのが怖くなっちゃうんだよ。周りは治っていくのに、自分だけが一生病気のままだと絶望しちゃうんだよ」


 それには実感が籠っていた。


 「病弱だったのか?」

 「まあね……」


 先の人生を思い出し、秀包は言った。


 「だから病人を放っておけないのか?」

 「あんな思いをする人はいない方がいいんだよ」


 それでも分からない。


 「お主の考えは分かったが、己の領地に使うべき資金をこちらに使ってまでする事か?」 


 お人好しが過ぎるだろう。


 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、かたきは敵なり」

 「信玄か?」


 甲斐の虎こと武田信玄が信条としていた言葉である。

 入院中に教えてもらった組織論の中にあった。


 「でも、それだけじゃないんだよ」

 「どういう事だ?」


 直茂も知っていた信玄の言葉だったが、続きがあるとは知らない。

 しかし秀包の説明は信玄のモノではなかった。


 「肥前が混乱すれば久留米にも影響が出るよね?」

 「それはまあ、隣だしな」


 まずもって病気が広がりかねないし、村を捨てて逃げる者が続出する可能性もある。

 その様な者達は盗賊紛いの事をしでかし、久留米の治安も悪化するだろう。 


 「だから自分の領地だけを考えていても足りないんだよ」

 「言いたい事は理解するが……」


 情けは人の為ならずと言う。

 他人に掛けた情けは巡り巡って自分に返ってくるのだから、積極的に人を助けようという意味だ。

 人の間を越え、国の間柄でもそうかもしれない。

 しかし、言葉としては理解出来るが実際となると違うし、何よりそれどころではないだろう。


 「自分の領地こそ深刻な問題を抱えているのだろう?」


 住血吸虫の事を思い、言った。

 詳細を聞けば聞く程、身の毛のよだつ病だと感じる。 


 「今は一銭の無駄金も使っている余裕はない筈。ここでその貴重な財を投じる意味が分からぬ」


 秀包の行いが理解出来なかった。


 「お金は天下の回り物だから無駄になっていないよ」

 「はて? それはどうしてだ?」


 言っている言葉自体は分かるが、その意味する所が掴めない。


 「久留米でお醤油を作る予定なんだけど、お醤油を作っても買ってくれるお客さんがいないと商売にならないよね?」

 「それはそうだろうな」

 「ここで僕が使ったお金は、お醤油を売る時に回収出来ると思わない?」

 「そんな未来の事を考えているのか?!」


 その答えに愕然とした。

 今の統治を考えるだけで精一杯の自分が、ひどく幼く思えた。


 「戦だけじゃなく流行り病でも不作でも国は荒れるよ。貧しさでも人の心はすさんでいくし、全部同じなんだよ」


 貧しさから自暴自棄になった者を数多く見てきた。


 「お金があれば心に余裕が生まれるし、不作なら他所から米を買えばいい。全国で不作なんて滅多に起きないし、九州が平定された今となっては米に執着する必要がないんだよね」


 平地の少ない中国地方では、急な斜面を無理に開墾させて水田にしていた。

 畑や果樹園であれば無理なく耕作できるのに、年貢として米を必要としていたので百姓に強制していたのだ。

 商品作物を積極的に栽培させる様になるのは江戸時代に入ってからである。


 「だから宝満川では米を諦めたのか!」


 直茂は納得した。

 戦が続いていた時代は、米を止められたら国が干上がる事にもなりかねない。

 しかし今、秀吉の下で九州は治まっている。

 国境を巡る争いは一応は決着し、問題があれば秀吉が裁く事となった。

 不作の窮状を訴えれば支援も為される事となっているので、昔の様に、不作ならば隣国から奪えば良いという判断とはなりにくい。


 「お人好しなだけではないのだな……」


 直茂は時代が変わりつつある事を感じた。

 



 一方、阿蘇で景俊が歓声を上げていた。


 「見つけたぞ!」


 これこそ秀包の言っていた牛痘だと思われた。

 現に、この村からは天然痘が一切出ていないと言う。

 昔から付近では有名な話であり、山の神に守られていると人々は噂していたそうだ。


 「後はこの牛を持って帰るのみ!」


 阿蘇の領主の了解は取ってあるし、似た病気の牛は他にもいるので一頭を持ち帰っても天然痘が広まる事もなかろう。

 拝まれる程の謝礼は支払ったので秀包も納得する筈だ。

 しかしここで重大な問題に直面する。


 「キリキリ歩かぬか!」


 牛がまるで言う事を聞かないのだ。

 急いで帰らねばならないのに、景俊を嘲笑うかの様にのんびりと草をんでいる。


 「これ! 草を食っている場合ではないのだぞ!」


 いくら叱っても無駄であった。


 「お侍様! そんなに急かしても無理ですよ!」


 見かねた若者が忠告した。


 「そうは言っても急がねばならぬのだ!」

 

 その形相は悲壮に満ちていた。

 秀包がまた無茶をしているのではないかと心配だったからだ。

 自分にしか出来ない重要な任務と思ったから傍を離れたのだが、牛を発見した今は一刻も早く帰りたい。 


 「牛が歩きたくないのに、無理に歩かせる事は難しいですよ」

 「ならば仕方ない! 大八車にでも載せて運ぶのみ!」

 「え?!」


 農家の軒先に置いてあった大八車が目につき、景俊は閃いた。


 「協力者には礼金をたっぷりと払うので、車を牽いてくれ!」


 こうして景俊は帰路を急いだ。

 大八車に牛を載せて進む一行の姿は、沿道の住民達の間で長く語り継がれたという。 

 少なくない被害者を出しながらも、どうにか天然痘の抑え込みに成功した秀包の下に、景俊は連れ帰った牛を持って行く。

 

 「景っちの手柄だね!」

 「全ては秀包様の指示のお陰です」


 無茶はしなかった様なので、景俊もホッと安心した。


 「じゃあ、早速牛痘を試してみないといけないね!」

 「え?」


 嫌な予感がする。


 「皆怖いだろうから、僕が実践して大丈夫だって証明するよ!」

 「だからそれはなりませぬ!」


 その短慮を諫めた。

 そうこうして揉めている時に、住血吸虫においての秀包の自己犠牲の話を聞きつけ、彼の正室であり、かつキリシタンでもあるマセンシアとの縁を頼りに、宣教師の一人であるルイス・フロイスが尋ねてきた。

急ぎ過ぎて色々と無理がありますが・・・

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