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眠り病


 次の朝、いつものようにエルハルトとアルノルトは早朝から羊の放牧へ出かけた。

 カリーナは二人を送り出し、アフラの様子を見たが、アフラは苦しそうな息をして眠り込んでいて、まだ熱は下がらなかった。

 カリーナは夫に言った。


「あなた。今日はチューリッヒへ行ってお医者様を連れて来て貰えないかしら」


「医者って言っても大して効かない薬を出すだけだ。それに今それどころじゃないのは、お前だって判っているだろう。私にはウーリの為にやるべき事がたくさんある」


「じゃああなたはアフラをこのまま放っておくって言うの?」


「そんなことは言っていない。ここで出来るだけのことはしよう。後で実家の母さんを連れて来ればいいさ」


「サビーネお義母さん?」


「ああ。昔は熱を出したらサビーネ母さんがハーブ茶を作ってくれたものさ。なんとかしてくれると思うんだ」


「でも。アフラの熱は少し普通じゃないのよ。一度医者に診せた方がいいわ」


「下手な医者よりサビーネ母さんの方がいいって、みんな言ってるじゃないか」


「でも。こんな高い熱は見たことが無いわ。きっと何か特別な病気なのよ。手遅れになってからじゃ遅いのよ」


「まずはサビーネ母さんに聞いてみよう。それからでも遅くはないさ」


「チューリッヒまで往復すれば、今出ないと間に合わないわ。だからすぐ行って来て欲しいの」


「今日は用事が立て込んでいるんだ。とても行けない」


「じゃああなたはアフラがどうなっても構わないって言うの!」


「そんなことは言ってない。母さんは今までどんな病気だって治してくれた。母さんでは何がいけない?」


 そう言い合っている頃、シュッペル家の前に馬車が止まった。


「こちらです」


 馬車のドアを開けて丁寧にそう言った御者は牧師姿だった。馬車から修道女が一人降り立った。ベールから覗く端正な顔立ちは、異風の修道女、クヌフウタだった。


「私も行くわ」


 馬車からもう一人、小さな修道女が降りた。その修道服は学生のもので、白いベールから見えた顔はユッテだった。

 クヌフウタは家のドアをノックした。

 カリーナが玄関に出てこれを出迎えた。


「こんにちは。シュッペルさんのお宅ですか?」


「はい。そうですけど」


「私は聖アネシュカ修道院のクヌフウタと申します。昨日こちらのアフラ様がご病気と伺いまして、さる方より診療の依頼がございまして参りました」


「お医者様は後ろの牧師様?」


「私です。医療の心得があるのです」


 カリーナは感激して言った。


「まあ! こんな若い方がお医者様だなんて! どなたでしょう。こんなことをして下さった人は!」


「イサベラさんをご存知でしょうか」


 カリーナはその名前を知っていた。王家の関係者である事を思うと愕然とした。しかし今に至ってはこの処置に感謝せざるを得ない。


「あなた! お医者様がいらしたわ!」


 駆け込んで来たカリーナの言葉に、ブルクハルトも当然驚いた。


「なんと。何故そんなことが!」


「……偶然寄ったみたい。それが、シスターさんなの!」


 カリーナは急ぎ戻ってクヌフウタを出迎えた。


「遠くまでお出向きを有り難うございます。宜しくお願い致します」


 後から顔を出したブルクハルトにクヌフウタが言った。


「こんにちは。アフラさんはどちらですか?」


「こちらです。五日も前から熱を出して殆ど寝たままなんです」


 牧師と二人の修道女はカリーナに案内されて家に入った。

 階段を昇り、アフラの部屋へ通されたクヌフウタは、見た途端に顔色を変えた。


「土色の顔色……」


 アフラの顔色を見て重篤さを見て取ったのだ。素早くクヌフウタがアフラの額を触ると、その熱の高さに驚いた。


「こんなに熱が………」


 そして脈を取り、目の下を捲って見たりしている。


「熱いわ……」


 ユッテも額に少し触ってから、その汗を拭こうとした。しかしクヌフウタはそれを止めた。


「あなた逹は少し離れていて下さい。感染るかもしれないから」


 カリーナはその様子に心配になる。


「大丈夫でしょうか?」


「このおしぼりでは足りません。革袋に氷を詰めて、氷嚢にしてしっかりと頭を冷やさなければなりません。首にもおしぼりを当てておくのもいいでしょう」


「判りました。すぐに袋と氷を用意します」


 一通りの診察を終えると、クヌフウタは薬を取り出して言った。


「この解熱の薬を呑ませて下さい。それから水分を多めに摂ることです」


「でもアフラは殆ど目を覚まさないんです。だからここ最近は食べものも食べていません。どうすればいいのでしょう」


 クヌフウタは何かに気付いたように目を見開いて、しばらく考えていた。


「水を一杯頂けますか?」


 水を受け取ったクヌフウタはアフラの体を起こし、ユッテにその背の支えを頼み、水の中に薬の粉末を入れ、少しずつアフラの口に水を流し込んだ。

 アフラは少量ずつ水と薬を呑み込んでいく。それを根気よく何度も繰り返した。


「こうして呑み込ませるのです。食べ物も摺り下ろして流動食にして、同じように少しずつ食べさせて下さい」


「はい」


 診療を終えて、カリーナは居間で牧師と修道女達にセイジ茶をもてなした。

 ブルクハルトはクヌフウタに聞いた。


「アフラは何の病気なのでしょう?」


「こんな高熱になって意識が無いなんて、特殊な熱病かもしれません。今は風邪の処方ですが、薬が効いてくれば熱も下がるでしょう。しかし滅多に無いケースですが、このままこの高熱が続くと………もしかすると脳に損傷が出て、眠ったままになるかも知れません。そうなると命にも関わります」


 後からユッテが叫ぶように言った。


「何ですって!」


 その声に驚いたカリーナだったが、気を取り直して言った。


「滅多に無いケースですよね?」


「経過を見なければまだ判りません。今は氷嚢で頭を良く冷やして、頭の熱を下げるよりはありません」


 カリーナはクヌフウタの手を握り、頭を下げた。


「シスターのお医者様。どうかアフラを助けて下さい!」


 ブルクハルトもそれに続いて言った。


「どうか命だけはお助け下さい!」


 クヌフウタは小さく十字を切った。


「主に祈りましょう。医師として出来る事はこれ以上は無いのです。後は看病を頑張って頂かなくては。間断なく氷嚢で頭を冷やして、三度の食事時に流動食をしっかり飲ませて衰弱しないようにして下さい。私は医師としてはまだ未熟です。しかし神に仕える修道女でもあります。ご回復を心よりお祈りしています」


 二人の修道女が呼吸を合わせて祈るので、一同もそれに習った。

 そうして修道女一同は帰途に着いた。

 それを見送りに立ちながら、カリーナは言った。


「お代の方は……」


「受け取れません」


 カリーナはクヌフウタに重ねて言った。


「本当にありがとうございました。しかし、お代無しに診て貰う理由が御座いません」


「教会へご寄付を頂いています。それで良いのです。あとは依頼主のイサベラさんに感謝をして頂けましたらと。それでは失礼させていただきます」


 ブルクハルトとカリーナは出て行く馬車に礼を取って見送った。


「誰だ? イサベラって」


「……あの馬車に乗っていたのよ。きっと」



 隣の部屋で聞いていたマリウスは、カリーナに聞いた。


「お姉ちゃん大丈夫なの?」


「大丈夫よ。きっと大丈夫よ」


 クヌフウタの言うとおり薬が効いてくれば熱が引くはずだと、カリーナは信じるより無かった。言われた通り、氷の入った氷嚢をアフラの額に置き、おしぼりを喉元に当て、アフラの熱を冷ました。しかし、時がいくら経ってもアフラの熱は少しも下がらなかった。それどころか、だんだんアフラの顔色が悪くなって行き、とても苦しそうな息をする。薬は一向に効いて来なかったのだ。

 摺り下ろした林檎をクヌフウタのしたように飲み込ませていると、アフラは咳き込んで目が覚めた。


「お母さん………苦しいよう………」


「アフラ! 大丈夫?」


 アフラは今食べた林檎を吐き出してしまった。


「アフラ。しっかり」


「食べられない……」


「お腹は減ってるでしょう? もう二日も食べてないのよ」


「頭が……痛い………」


 アフラはそう言って気を失うように眠ってしまった。


「アフラ!」


 カリーナはアフラの異常な眠り方に真っ青になり、このままではいけないと考えた。


「マリウス。良く聞いて。すぐお婆ちゃんを呼んで来て欲しいの」


「うん!」


 ブルクハルトの母にあたるサビーネは、病気には村で一番詳しいというのが村人の共通した認識だった。ビュルグレン村の真ん中に家があり、シュッペル家の本来の家はそちらであって、今の家は仕事の為の仮住まいとも言えた。


「今からサビーネお婆ちゃんのところへ行って、アフラが高熱だって伝えてここへ呼んで来て。なるだけ急いで。お願いね」


「わかった!」


 マリウスはその足ですぐに家を出て、下りの道を駆けた。

 時に柵を越え、牧場を横切り、近道をして走った。

 ビュルグレン村の教会前の広場の奥を曲がると、ようやくお婆さんの家が見えた。マリウスは息を切らしてその家に跳び込んだ。


「サビーネお婆ちゃん! いる?」


「なんだい。マリウスか。元気だのう」


 サビーネは糸車で糸を紡いでいた手を止めた。ショールを押さえながら立ち上がると、年寄りながらも背筋が真っ直ぐ立っているので若々しく見える。


「大変なんだ! 病気なんだ!」


「それだけ元気なら大丈夫だろう」


「だから元気じゃなくて、病気なの!」


「するとお前はどこか悪いのかい?」


「僕じゃなくて、アフラ姉ちゃんだよ」


「そうならそうと始めから言いな」


 サビーネは言いながら、もう出かける支度をしている。


「言ってるよ。お母さんが急いで来てって」


 帰りは登り道だった。ゆったり歩くサビーネを、マリウスは手を引いて道を登り、程なくシュッペル家へ辿り着いた。

 カリーナはサビーネを迎えて言った。


「お義母さん。ありがとう。早速来て下さったんですね」


「こちらこそ頼ってくれてありがとう。大変なようだね」


「お母さん。僕はもうだめ」


 マリウスが床に転がって大きく息をした。


「まあ。こんなところで寝るんじゃありません!」


 カリーナはマリウスの手を引っ張って起こし上げた。


「まあマリウスもがんばったよ。それよりアフラの容態は?」


「ええ………それが昨日からとても熱が高く出て……診て貰ったシスターのお医者様の薬を呑ませてもさっぱり効かないんです」


「それはいけないねえ」


 サビーネはカリーナの案内で寝室に入ると、アフラの顔色を見て、慌てて額に手を当てた。顔色には土色が差し、息が荒く、熱も異常に高い。


「最後に起きたのはいつ?」


「ついさっきマリウスが呼びに行く頃には一度起きたんです。でも殆ど眠ったままで、いつも少し言葉を交わすくらいですぐ寝てしまうの。お陰で食事もろくに摂っていなくて……普通の風邪では無いみたいで……」


「まさかこれは……山の風土病」


「風土病? どんな病気なんですか?」


「幾日も高熱にうなされ、次第に眠りから覚めなくなる。眠り病と言われている」


「眠り病?」


「医者に診せても何の病かも判らないまま、ずっと眠ったままになって死んでしまった人を知っている」


「まあ! そんなことって!」


「幸い、アフラはまだそこまで症状が進んでいない。早く手を打たねば………」


「どうすれば宜しいのでしょう………どうすれば……」


「とにかく頭を良く冷やすことよ。下手な薬は飲まさなくていい。どうせ効きはしないからね」


「はい! でも、それだけではアフラは………」


「一人だけ………同じ病で生きている人を知っている」


「どなたですか?」


「眠りの森のドルイデだ」


「まあ!」


「ドルイデは十年以上も生きて、眠り続けていると言われている。眠りの森のドルイデのところへ行けば、その薬があるはずだわ」


「でもそこはヴァリスの森の奥………村人が入って行くと大変なことに………」


「あの子しかおらんのう。あの子………ヴィルヘルムしか」


 サビーネは遠くの方を祈るように見つめた。


「ヴィルヘルムの行方が判ったんですか?」


「そう。ヴィルヘルムは今、眠りの森の入り口に住んでいるらしいの。最近そう便りが来たのよ。この子を頼ろう」


「実はヴィルヘルムには一度だけ会ったんです。ここへ道具を取りに来て。内緒だと言っていたのですが」


「そう。アフラがちょうど生まれた頃だから、いなくなってもう十二年も経つか。今は向こうで嫁を貰って子供までいるという便りを貰ったが、そうした混血も村の掟では禁じられている。もうこちらへは帰って来にくいのだろうのう………でも、死ぬ前にその孫に一目遭いたいと思っていたの。今から眠りの森へ行って、ヴィルヘルムを探して来るとしよう」


「そんな! 危険です」


「何。こんなお婆ちゃん一人が行ってもヴァリス人は騒ぎはしまいよ」


「僕も行くよ」


 マリウスは思わず口にした。


「お前には、やることがあろう。アフラは容態が悪いし、碌に食べることも出来ないんだろう。ここでアフラの看病をして、お母さんを助けるの。判ったね」


「うん。わかった!」


 マリウスは少し涙目になって頷いた。


「じゃあ私は早速行って来ようかのう。カリーナ。アフラをしっかり頼んだよ」


「お義母さん。うちの馬車を出しましょうか」


「わたしの足よりその方が早いわね。じゃあブルクハルトに途中まで送ってもらうとしようか」


 ブルクハルトが馬に干し草をあげていると、そこへサビーネが歩いて来た。


「母さん。どうしたのこんなところまで。何か急用かい?」


「ああそうだ。急いで馬車を出しておくれ」


「今はいろいろあって大変なんだ。悪いが別の日にしてくれないか?」


「アフラにも関係のあることだ」


「どこへ行くんだ?」


「後で言うよ」


「そんなもったいつけないで教えてくれよ」


「何も意地悪で教えないわけじゃない。急ぐから馬車で教えてやるさ」


「判った。今支度しよう。そこで待っててくれ」


 村で幅を利かせているブルクハルトも母親には頭が上がらない。すぐに馬を荷馬車に繋いで、母親の前に馬車を回した。


「さあ乗って。何処へ行くんだい」


「とりあえず川上の方さ、いつもより跳ばしておくれ」


「おいおい、行き先も教えないで跳ばせって言うのか」


「これからあちこち探さなきゃならないんだ。急ぐんだからつべこべ言うんじゃないよ」


「全く判ったよ。川上の方だな」


 ブルクハルトは馬を出した。石造りの集落を抜け、牧場の柵の隙間を抜け、馬車はいつもより速く進んでいく。村の人がすれ違いに挨拶していくが、かなり跳ばしているので会釈する間に過ぎていく。


「この速さだと少し危ないな。少し落としてもいいか?」


「まあこんなもんだろうよ。後悔しないようにはな。十分気を付けておくれ」


「そりゃあもちろんよ」


 人気の無い川沿いの道に出た頃、サビーネは言った。


「ヴィルヘルムの事は何か聞いているかい?」


「噂では山の民のところにいるらしいが……ヴィルヘルムか! ヴィルヘルムのところへ行くのか?」


「そうだよ。春には眠りの森の入り口に来て住んでいると便りが来たんだよ」


「そうか。あいつから便りが………無事にやっているんだな」


「ああ。それより、アフラが病気だったろう」


「ああ。急に熱を出してなあ。高熱だが、まあ二、三日も寝ていれば落ち着くだろう」


「そうやって放っておけば、眠ったままになるところだった」


「どういうことだ?」


「アフラは眠り病だ」


「そんな馬鹿な! ヴァリス人の病気じゃないか」


 ブルクハルトがサビーネの方を見たために、馬の歩が乱れて馬車が揺れた。


「危ないからちゃんと前を見て走りな」


「嘘だと言ってくれ! 何だってアフラが……」


「眠りの森のドルイデは同じ病だろう? ヴァリス人達は既に薬を作って、ドルイデの所には眠り病の薬があると言う」


「ドルイデの所? そんなところ危なくてこっちの村人は行けないぞ」


「だからヴィルヘルムに頼もうと思ってね」


「………ハイア!」


 ブルクハルトは馬をさらに跳ばした。山道なので馬車の揺れは振り落とされそうな程だった。


「これだから教えたくなかったんだよ………」


 サビーネは馬車のへりに必死に捕まって言った。


「森の何処なんだ!」


「森の入り口周辺を探すんだよ。それしかない」


 森の入り口と言っても、森は広い。二人は何処を探して良いのかも判らず、森の近くに住むビルゲンの所へ行くことにした。

 ビルゲンの水車小屋に着いた二人は、馬車を降りた。


「ビルゲン爺さん!」


 ブルクハルトは大声でビルゲンを呼んだが返事がない。

 水車小屋へ入るとそこには誰もいなかった。


「上の小屋だよきっと」


 サビーネはそこから上へ続く道を歩き出した。しばらく行くと木の囲いが巡らせてあり、丸木造りの小屋が建っていた。サビーネが中へ入ると、はたしてビルゲンがそこにいた。


「おうサビーネか。そんなに慌ててどうした」


 サビーネは努めて息を落ち着かせて言った。


「久しぶりねビルゲンさん。変なことを聞くけれど、これは内緒の話にしてほしいの」


 後からはブルクハルトも入って来た。


「どうしたんだいブルクハルトまで。土地の証書なら昨日エルハルトに連れて行かれてもう書いたぞ」


 ブルクハルトは神妙な顔付きで言った。


「それはまた別の機会に話させて貰いたい。今日は大事があってな。実は……アフラが眠り病に罹った」


「何と! 前に来た時はあんなに元気だったのに」


「ここへ来たのか?」


「ああ。アルノルトと一緒にな。何でも羊を探しているとか言ってな。羊は見付かったのかい」


「アフラが見付けたそうだ。でもその日から高熱を出してしまってな………」


 ブルクハルトは今にも泣き出しそうにそう言った。


「それは気の毒に。まだ熱だけなら治るかもしれないさ」


 サビーネも頷いた。


「そう……でも知っての通り眠ったままになるともう手遅れだわ。一刻も早く手を打たねばいけないの。人伝に聞いた話だと眠り病に効く薬が眠りの森のドルイデのところにあるらしいわ」


「そうか。じゃあヴァリスの森に入るつもりなんだな」


「そうよ」


「それは危険じゃ! ヴァリス人は我々が入るのを拒み続けている。止めた方がいい」


「危険は承知よ。でも知人が森にいるわ。だから教えてほしいの。森の入り口にあるヴァリス人の家を知らない?」


「森の入り口………さてはお前さんも知っていたんだな」


「ビルゲンさん。まさか………」


「これは内緒の話だが、ヴィルヘルムなら時々ここへ来るよ」


「そうだったの! じゃあヴィルヘルムの家を?」


「それは……誰にも言えない。そう約束したからな」


「これにはアフラの命が懸かっているわ。それに私は母親よ!」


「判った。でも管区長は外してくれないか。ヴァリス人の秘密を村の管区長に告げ口するのは信義に関わるからな」


「俺は……口外しないさ」


 ブルクハルトは首を振って出て行きたくない素振りだった。


「ブルクハルト! 水車小屋で待ってて」


「でも俺は兄……」


「いいから!」


 母親に強く言われ、ブルクハルトはしぶしぶ部屋を出、水車小屋の方へ行った。


「これでいい?」


「サビーネよ。いい機会だ。ヴィルヘルムのことで知っていることは全て教えておいてやろう」


「うれしいことね」


「ヴィルヘルムはのう、眠りの森に魔女狩りが入った時、ドルイデと子供達を守ってバチカンの修道士と騎士団と戦った。巷では騎士団はドルイデを改心させたことになっているが、実際はヴィルヘルムが弓矢で騎士を撃って追い返したそうだ。しかし修道士の中にはヴィルヘルムの顔を知ってる者がいてのう。それで騎士団からお尋ね者になって村へ帰れなくなったわけだ」


「そう………そんなことで帰って来れないなんて。もう十二年も経つのに………」


 サビーネは涙に顔を覆った。



 眠り病は東欧一帯に本当にあるそうです。

 次回、眠りの森での出来事。

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