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エーテンバッハ修道院の日々


 宿泊棟にいるアフラを訪れたブルクハルトは、手に包帯を巻いていた。

 まだ朝も早く、女性専用棟なので男は奥に入れず、マリウスが食堂を兼ねる待合室にアフラを呼びに行った。

 マリウスが入れるのは小さい子のみの特権のようだ。

 ここは修道女達の住まう場所でもあり、辺りには修道女達が幾人もいた。

 階段を降りて来たアフラは、開口一番言った。


「お父さん、どうしたのその手は」


「ちょっと火傷しただけだ。大した事は無い。それより傷の調子は大丈夫か」


「うん。お医者さんが丁寧な手当てをしてくれたから、とてもいい感じよ」


「それはいい医者だったようだ。王子様には礼を言わねばならんな。敵方ながら……だがな」


「あの王子様は味方だと思うわ」


「そうだといいが、やはり獅子の子だ。それはそうと、アルノルトやソフィアは既に馬で帰ったそうだし、これから儂等は村へ帰って、お前一人が残ってしまう事になる。二週間後にまた迎えに来る。それまでしっかり養生してるんだ。暇だからと言って動き回ったり、観光だとか言って外出したりしないようにな」


「はーい」


「気の無い返事だな。なら敷地から出るのは禁止だ」


「ええーっ!」


「さっきは返事したろう。怪我人は動くな。何かあったらエリーザベト様も本城へ帰って留守だそうなので、ここの宿坊の方に言うんだ。お世話をしてくれるそうだ」


「本当に独りぼっちね。今の悩みは普段に着る服が無いの」


 今アフラが着ているのは、家を出るときに着ていた寝間着だ。


「逗留者用の寝間着があるはずだ」


「それじゃ外を歩けないわ。下着の替えも無いし。どうしましょう」


「アフラ。さっき外には行くなと言ったばかりじゃないか」


「あ……そうでした」


「村と違って一人で出歩くと危険なんだ。少しは警戒しろ」


「でも、来客があるかも……。あの王子様とか」


「王子様か……あり得るか。それならまあ着て来たフリルの服があればいいだろう。下着はマリウスのが多めにあったから置いていこう」


「えーっ、マリウスの?」


「えっ、ボクの? バッテン紐付きの猿股型だよ」


「やだぁーっ」


 ブルクハルトは荷物を漁って下着を取り出し、アフラに渡した。


「無ければ仕方無いだろう。サイズはそんなに変わらないと見た。穿けるはずだ。あとはたんまり小遣いを渡しておくから、修道院の人に買って来てもらうなりしろ」


「やったぁ!」


「予備の帰り賃込みだから使い過ぎるなよ。くれぐれも自重すること。ゆっくり休んで傷を治すんだ。心配だから二週間少し前で迎えに来る」


 ブルクハルトはそう言って小遣いを渡し、アフラの頭を撫でつつ言い聞かせ、それでアフラが納得したと信じて退室して行った。


「お姉ちゃん、元気でね。早く治って帰ってきてね」


 マリウスも手を振って出て行くと、アフラはいよいよ一人だ。

 待ち合い室の席にしばらく佇んでいると、賄い役の若い修道女が朝食を用意してくれたので、その少なめの粗食を採る。

 食べ終わって部屋に帰り、教会の鐘を数回も聞いているともう飽きて来てしまう。

 戸棚には宿泊者用の白いスモック着が置いてあったので着替えてみた。その服は両肩に紐が有り、そこで巾着を絞るように引き結んで襟口を約めて着る形になっていて、意外と着心地が良い。シルエットは修道服にも似ていて、修道院内を歩くには良さそうだ。しかし生地も薄く頼りないので、外を歩くにはやはり心許なかった。

 鐘の鳴る音に誘われて外に出てみた。宿泊棟の外には庭園になった広場があって、正面の花壇の上には何棟かを継ぎ接ぎして繋がった様な構造の教会の建物がある。

 広場には若い修道女が洗濯物を抱えて歩いていた。

 白の修道服の袖を捲り、頭に白い頭巾を巻き上げて、むしろ農婦のようなスタイルだ。


「おはうございまーす」


 アフラは修道女に挨拶をしてみる。

 修道女は日に焼けて、まだあどけなさの残る笑顔を向けた。


「おはよーう。いい朝ですねー。あなたが噂の長期療養の子ねー?」


「はい。お世話になります」


「食事はもう済みましたー?」


「はい。もう食べました」


「礼拝堂へ行くの?」


「礼拝堂があるんですか?」


「そりゃあ修道院だものー。あるでしょう。正面の建物ですよー」


 アフラは三つの棟が繋がったようなその建物を見て、小さな細い塔が屋根にあるのを見付け、目を丸くした。


「あ、教会! 知りませんでした。行ってみます」


「早く良くなるように、主に祈りを」


 修道女が小さく十字を切って祈ってくれる。


「ありがとうございます」


 アフラが礼拝堂に入ると、修道女達を伴ってエリーザベトが祈りに来ていた。丈の長いスカートを床に広げ、祭壇の正面に伏して祈る姿はとても絵になる。

 邪魔をしないように後ろの方の席に座り、アフラはここでの生活の平穏と怪我の治癒を祈った。


「あなたは、シュッペルさんの娘さんね」


 エリーザベトは程なくアフラに気が付き、声を掛けて来た。

 昨日いた女中も脇に伴っている。

 後に続くのはエンゲルベルクの修道女達で、よく見ればその中にイサベラ、そしてクヌフウタがいた。


「おはようございます」


 アフラは立ち上がって大きい身振りで皆に挨拶をした。


「おはよう」

「おはようございます」


 修道服姿のイサベラ、そしてクヌフウタは挨拶を返しつつ歩んで来る。

 エリーザベトはアフラを見て言った。


「朝からお祈りに来るなんて、良い心掛けですこと」


「いえ。ここに礼拝堂があると、白頭巾をしたシスターに教えてもらったんです」


「フィオナね。療養中の貴女の世話は彼女にお願いしてあるの。あまり動かない方が良いそうだから、何でも遠慮なく彼女に言ってね」


「お世話をお掛けします」


「ちょうど良かった。リーゼロッテ、巾着を」


 エリーザベトは女中から皮の巾着袋を受け取り、銀貨三枚を取り出してアフラに渡した。


「昨日は介添えをありがとう。これはそのお礼です」


「えっ。こんなに! どうしましょう」


「色々物入りでしょう? ソフィアさんにも、お兄さんにもお渡ししたんですよ」


「そうなんですか! じゃあ、とてもありがたく、使わせていただきます」


 アフラはスカートの裾の片方を持ち上げ礼を取った。

 これで服が買えると思うと涙が出る程嬉しくなった。気が付けば少し涙が出ていた。


「あらあら、どうしたのかしら?」


「これで、ちゃんとした服が買えますーぅ」


「それは良かったわ。ところで、昨日はその後、大丈夫でしたかしら?」


「その後?」


「王子の呼び出しがあったのでしょう? 皆さんで相当大変だったようで」


「ああ! 大丈夫でした! 怪我や病気の事を話すと、ここで療養しろとお医者さんを呼んで下さって。あとはお悩み相談というか、秘密の話をしました」


「王子とはそんなに旧知の仲だったのかしら?」


 アフラは最大に大きく首を振った。


「いいえ。ウーリで偶然一度会っただけです」


「やっぱりそれは過分なお手当ね……」


「それはもう過分です」


「何か心当たりが?」


「心当たりと言えば、私が重い病気と聞いて、死んでしまうと思ったそうです。無事でいてくれてありがとうと言われました」


「そうだったの。じゃあ皆さん取り越し苦労でしたかしら」


「そ、そうですね。でも、ユッテさんは絶対またここに来ると言って、警戒してくれて……。近くの宿を延長して一緒にいてくれるそうです」


「そう。もうお友達のようね。そう言えば公女様ともお知り合いでしたかしら?」


 エリーザベトがイサベラを振り返りつつ言う。

 小さく頷き返したイサベラはアフラの前に歩いてきて、アフラの肩に手を添えて言った。


「はい。牛祭りでもお世話になりましたし」


 クレア達修道女も近付いて来て「その節は本当にありがとうございました」と礼をした。

 イサベラも同じく礼を取った。


「私からも、ありがとう」


「そんな。どういたしまして」


 アフラとイサベラはそう言って互いにスカートを広げて礼を取り、笑い合った。

 エリーザベトはそれに目を細めて言った。


「あなたも凄い方々とお知り合いね」


「ウーリに遊びに来てくれたんですよ。イサベラさんとユッテさんはお祭りにも来てくれるんです」


「そう。噂をすれば、ほら、あそこに」


 エリーザベトが差した方向には白い馬車がやって来て、しばらくすると馬車からは降りてくるユッテの姿があった。

 アフラは窓に掛け寄り、ガラスを軽く叩いた。ユッテはその音でアフラに気が付き、スカートを少し持ち上げつつ礼拝堂へと歩いて来る。まだ少し眠そうな顔つきで小さく欠伸をしている。

 アフラも礼拝堂の入り口まで行き、ユッテを出迎えた。


「おはよう。ユッテさん」


「アフラ、おはよう」


「イサベラさんも中にいますよ」


「もういる? 寝過ごしたわ。もう鐘が鳴り過ぎて、眠れなくて」


 ユッテは最後は欠伸混じりに言った。


「しょっちゅう鐘が鳴ってますからね。今日も素敵なかわいいお召し物ですね」


 今日のユッテのドレスは光沢のあるピンク色の繻子織の生地で、各所にはさり気ないフリルが施されている。それこそお姫様風な服だ。


「ありがとう。これお気に入りなの」


 そこへエリーザベトがやって来てユッテに挨拶する。挨拶とは言えユッテの背丈に合わせ、頭と腰を極限まで下げての最敬礼だ。


「お早う御座います。ご機嫌麗しゅう、王女殿下」


「おはよう。でも今日は一応お忍びなんですよ。しばらくよく来ると思いますのでよろしく。ところでフラウ・エリーザベト、貴女ならあの鐘を止めては貰えないものかしら? 私うるさくて眠れませんでした」


「恐れながら、慣習ですので……。町の人は皆あの鐘を聞いて時を知るのです」


 そこへイサベラがやって来て言った。


「おはようユッテ。いきなり我が儘言っちゃダメよ」


「ダメなの?」


 ユッテは拗ねるように言った。

 エリーザベトはそれに答えるように言う。


「ええ。砂時計で十五分毎に計って鐘を打ってますので、一度止めると正確な時間が解らなくなるのです」


「それであんなに何回も鳴るのね……」


 ユッテの我が儘は案外すぐ折れるようだ。

 エリーザベトは気を反らすように次の話をした。


「では皆さん揃われたところで、修道院の中をご案内致しましょうか?」


「いいんですの?」


「ええ。この修道院は普通より広くていろいろ施設があるんですよ」


「そのようだわ。イサベラは大丈夫?」


「ええ。それは是非拝見したいです!」


「では、まず礼拝堂からご案内致します」


 エリーザベトは礼拝堂の奥の祭壇へ三人の令嬢とエンゲルベルクの修道女一行を導き、自身で案内をした。

 

「エーテンバッハ女子修道院はまだ珍しいドミニク派の女子修道院で、二人の修道女が設立の許可を貰いにローマ教皇の所まで徒歩で行き、教皇勅書を戴いて帰ったのが設立の始まりです。元々は家を改築したものだったのですが、川沿いでしたので水害に遭い、その後聖母聖堂の修道院長やマンネッセ市長に土地を都合してもらい、ここに最近移転をしました。この礼拝堂はラッペルスヴィル家が寄進し、建てたばかりのものです。まだ出来ていない施設もあって引っ越しの最中なんですよ」


「まだ新しくてキレイ!」


 礼拝堂の祭壇には荘厳の極みように芸術的な装飾が施されている。


「綺麗な装飾ですねー」


「この祭壇は地元の有志を募り、寄進していただきました」


「あちこちに額縁が外れたような跡があるのはどうして?」とユッテが聞いた。


「あれは……わが家の恥を晒しますが、継承問題やこの婚儀で資金が足りなくなり、絵の納入が中止されたのです。先に額だけがあったのを取り外したのです」


「そうなのね」


 先ほど大金を貰ったアフラは畏まった。


「あ、あの、少しお返ししましょうか?」


 エリーザベトは大きく笑った。


「継承問題が解決出来て、今はもう金策は大丈夫ですから、お気になさらずに。絵は追って購入すれば良いのものですから」


 隣を随行していたエーテンバッハの修道女が言った。


「こちらは聖歌隊の壇になっていて、早朝のミサで聖歌を歌っています。コーラスがとても美しいんですよ。夜明け前からやってますから、宜しければ早起きしていらして下さい」


「気付きませんでした。明日、私早起きして来ます!」


「私はお寝坊しそう。起きれたらにしておくわ」とはユッテの弁だ。


「この聖歌壇の後も部屋がありまして……」


 随伴の修道女が壁と同化した木の扉を開けると小さな控の間があり、さらに奥に通路が通じていた。

 これがアルノルトが通った隠し通路だが、日常的に聖歌隊が使っていた。


「面白ーい」


 そう言うアフラにエリーザベトが笑顔を向けて言った。


「ここの通路は昨日アルノルトさんとソフィアさんが二人で逃げるのに使ったのですよ」


「あの二人が? その図は二人の逃避行という感じでいいですね」


「私も混ぜてくれて良かったのに」


 そう呟いたユッテがどこまで本気かは知れない。

 途中にはドアもあり、リーゼロッテがそのドアを開けると、そこから回廊へ出て、エリーザベトはさらに中庭へと入って行った。


「ここは中庭です。ここでは品種改良をしたバラを育てています。あまり見ない色のバラがあるでしょう?」


「紫のバラがあるわ」


 ユッテが興味津々で見ているとアフラも「すごーい」と駆け寄った。


「こっちには小さくて花片が少ないのが。こちらもバラですか?」


 そう見つけたイサベラがエリーザベトに聞いた。


「ええそうです。原種のバラでこれはハーブティーにも使われます。稀少なバラなのでわざわざ見に来る人もいます」


「まあ、これがハーブティーに?」


「飲みたいわ」


「では、あとで淹れてもらいましょう」


 中庭を横切って、反対側の回廊へ辿り着き、突き当たりのドアをリーゼロッテが開けると、同心円状の構造をした講堂があった。

 中では老教授が少ない生徒を相手に講義というより、討論会が行われていた。今なら見学も大丈夫そうだった。


「少し見学させて下さい」と許可を取ってエリーザベトは中を案内した。


「ここは講堂です。ここでは自然科学やギリシア哲学等の学問も行うのです」


 扇状に並ぶ机に、中央正面の演壇、すべて木の飾り彫りで、まだ新しい木の匂いがする。


「日曜学校の大きい感じですね」


「ええ。ここでは日曜で無くても講師が順番で講演をしています」


「えっ。ウチの家庭教師みたい。生徒さんも大変そうね」


 ユッテは苦笑いをした。勉強には苦い思いをしているようだ。

 声を潜めつつアフラは聞いた。


「じゃあユッテさんは毎日勉強してるんですか? そんなに何を勉強するんですか?」


「山とあるわ。国語、数学、社会、行儀作法、ラテン語に、フランス語、イタリア語、最近はモラヴィア語もあって大変なの」


「すごい! 何カ国語も話せるんですか?」


「イサベラだって母語はフランス語だもの。同じ位は勉強してるはずよ?」


 声がだんだん大きくなって来て、教授が少し煙たい顔をしたが、二人はお構い無しだった。

 エリーザベトも王女には注意出来ず、苦笑いをして見守った。


「モラヴィア語はクヌフウタさんに教えてもらったのだけど、難しくて……」


 イサベラがかなり小声でそう答えると、ユッテは複雑な笑顔で言った。


「私はモラヴィアに一応の婚約者がいるもの。クヌフウタさんがいなくなってからも教師が来て、集中講義されているわ」


「ここの生徒さんより大変そうですね」


「そうなのーっ! でもここにいる間は全部エスケープ。清々したわ」


「いいのかなあ? 怒られたら私のせい?」


 生徒であると思われた一人の若者が言った。


「教授。その方達にも参加してもらいましょう。生徒でなければ私語も注意出来ません」


「エックハルト先輩……。お騒がせしてすいません」


 エリーザベトが謝ると、令嬢達も口を閉じて項垂れた。


「せっかくだエリーザベト、少し聞いて行きなさい」


「お邪魔では?」


「席は空いている。聞いて行って欲しい。皆さんも、少しの間どうぞ」


 エリーザベトは頷き、一行は空いている席に座った。

 教授が「次は君の考えを聞こうか」と促すとエックハルトは教壇に立った。


「では、ここからは私の論考の番という事で」


 黒板には「三位一体」、「父」、「子」、「聖霊」と書かれている。それを差し示しながらエックハルトは言った。


「先程教授は三位一体とは父と子と聖霊だと仰いました。その中で我々はいないのでしょうか。入っているとしたらどこにいるのでしょうか」


 目を向けられた教授はその問いに興味深そうに顎に手を当てて、生徒側に手を向けた。


「エリーザベト、どうだい?」


 エックハルトに指名されて、エリーザベトは言った。


「拡大解釈が許されるならば、父から生まれた存在、子であると思います」


「その通り! ご禁制さえなければ知性ある人はそこに辿り着ける。知の自由を以て、さらに進もう。主はイエスだけをそのような神の子としてお創り給うたのか? ただ一度、たった一人で終わりだと? 仮に貴女が造物主だとしたら、そんな不毛な創造をすると思いますか?」


「そうはしないと思います」


「そうでしょう。先ほど辿り着いたように、我々もまた父に命を授けられ、神に同じ魂を授かっている子です」


 エックハルトは黒板に「父」という字から線を延ばし、「魂」と書いてから丸をつけた。


「魂は父の子なのです。イエスは自身の魂の中に神なる部分を見出し、そして完全な人であると同時に、全ての神として一体である事に達し給うた。その事は重要な真実です。我々も魂の素地はイエスと変わりはありません。父からいただいた魂の内奥には神に似た部分がある。ならば、イエスが三位一体であったこの事跡は、我々にも可能です。同じ魂を持ち、魂を理解するならば、イエスと同じ場所に立てるのです」


 教授は小さく拍手をして「ブラボー」と言った。


「素晴らしい……」


 エリーザベトも感嘆の声を上げた。

 アフラも思わず感動して声を上げた。


「先生〜っ」


「どうしました?」


「感動しました……」


 アフラの言い方は変だったが、クヌフウタも「感動しましたわ」と相槌を打っている。

 二人はお互いに「ねえ」と頷き合った。


「そうですか。では、午後から私の講義をしますので、是非受講して下さい。エリーザベトも参加するといい」


「皆さん午後には帰る予定が。私も……」


「帰るだけ? なら少し伸ばしてもいいはずだ」


「はい……」


「この修道院の再出発と君の門出のお祝いに、渾身の講義をするつもりだ」


「それは嬉しいですわ」


 エックハルトの前でエリーザベトはか弱い女学生のようだ。二人は同じ教授に学んだ事があった。エックハルトは当時から群を抜いて優秀で、今では若くして人気講師として各地のドミニク派教会を飛び回っていた。

 イサベラを含むエンゲルベルク修道院の一旅団は、午後から帰る予定だったが、この講義の後に帰る事になった。



 話の切りの良い所で席を辞したエリーザベトと一行は、講堂を退室し、そこからは階段で二階へと上がって行った。

 道すがら、ユッテが言った。


「あの話は、主の教えには無かったわ。もしや異端?」


 アフラはしかし、夢心地で言った。


「でも、感動的でした」


「ええ。とても進歩的な方ですね」


 と、うっとりと言ったのはクヌフウタだった。

 エリーザベトは微笑んで言った。


「そうでしたね。あの方の教説は神学と古今東西の哲学を一体化させているのです。私と師が一緒なのですが、そこからさらに進めたようですね。さらに進もうが口癖なんですよ」


 階段を昇り、広い部屋へ入ると、そこには本棚と机が並んでいた。まだ空いた棚が多くある。


「ここは図書室です。蔵書数はまだまだですが、机が多くあるので読書より憩いの場でもあります。書見台があって重い本も楽に読めるんですよ」


 図書室の中には確かに机に佇んでいる修道女の姿が幾人もあり、エリーザベトの隣の修道女を見ては姿勢を正して目礼をする。少し偉い人のようだった。

 ある書見台にはまだ子供の修道女が集まって小声で話し合っていた。


「どうしたのですか?」


「あ、副院長様、誤字を見つけました。ここです」


「ああ、これなら修正出来そう。隣に持って行って修正してもらいましょう。見つけてくれてありがとう」


 副院長、即ち同行していた修道女は大きな本を預かって、早足で図書室を出て行ったので、エリーザベトと一行もそれを追った。

 副院長は先に隣の部屋へ入って行き、開いていたドアから遅れて一行が入ると、その中には机で本に何かを書き込んでいる人が十人ばかりいた。

 エリーザベトはあまり奥には入らず、入り口付近で言った。


「ここは写本工房です。聖書や良書の写本を作っているのです。時々、思いのままに自分の本を直接手書きする人もいます」


 写本する人は修道士や修道女のはずだが服装は職人のようにまちまちだ。斜めになった書見机に座って、本を見比べつつ、ペンで字を丁寧に書き起こしていく。書かれた後はしばらく風通しの良い棚に置かれるようだ。開いたままの本が雑多に沢山置いてある。

 イサベラは感慨深げに言った。


「本はこうして作られるんですね。興味深いわ」


 ユッテも頷いた。


「しばらくここで出来たての本を読んで過ごすのもいいわ」


 アフラは本の文字を見て言った。


「私、殆ど本読めないからダメね」


「手紙書いてたのに、字が読めないなんてこと無いわよね?」


「この字が沢山あると頭が痛くなっちゃって。聖書も殆ど読んで無くて」


「まあ。聖書くらいは皆に配られるでしょう?」


「ウーリでは村に二三冊?くらいで、皆ラテン語で書かれてて、字を習ってももう難しくて、聖書を読まないままの人が多いんです」


「確かにラテン語だと無理ないかしら。でもそれじゃあ聖書の教えは判るのかしら」


「日曜日に神父さんが教会で話してくれるでしょう? それで教えてくれる所だけ判るんです」


「田舎ではそんなものなのかしら」


「そうなんです……」


 そう言っていると本の誤字を説明し終えた副院長「ドイツ語のは無いかしら」と話しをし、写本をしていた職人風の修道士は「これならいい」と一冊の本を選んで持って来た。


「お嬢ちゃん、ここに写本したばかりの聖書がある。療養中だそうだから、これを持って行って是非読んでごらんなさい」


「えっ。いいんですか?」


「我が魂の力作だ。どれだけ長くかかってもいい、読み終わったら返してくれ」


 アフラが本を捲ってみると、装飾的なドイツ語の文字で書かれていて、時々絵も入っている。


「わあ、とても綺麗な字! 絵も素敵!」 


「これドイツ語だわ」と、目を丸くしたのはユッテだ。


「これなら読めます。ありがとうございます。大事に読みます」


「綺麗に読んでくれよ」


「これは読みやすくて最高の聖書ですね」


 これは横から見ていたクヌフウタの言葉だった。


「これは過分なるお褒めを。何よりのお言葉です」


 修道士が軽く礼を取って照れたように笑った。


「モラヴィア語でもこれが欲しいです」


 クヌフウタは強請るように修道士に言うが、それは無理というものだった。


 続いてエリーザベトの案内で回廊を巡る本棟から出ると、そこには広場があって、鶏が沢山歩いている。昨日は馬車を停めていた場所だ。


「鶏を飼っているんですか?」


「ええ。ここではなるべく自給自足が出来るよう、牧畜もしているのです。七面鳥もいますよ」


 ユッテは興味津々で鶏を追いながら、七面鳥を探し歩いた。


「いたわ! あそこ」


 ユッテが駆け寄った場所にはむっくりした毛並みの七面鳥がいた。しかし、近付くと逃げて行く。


「わあ。ほんと。七面鳥。大きい! 足が速いわ」


 アフラもユッテに加わって、七面鳥を歩いて追い掛けた。


「茶色い小さい子が付いてくる。これは子供?」


「雛ですね。殆ど放し飼いです。でも昨日のような催しがあると捕まえられて、メインディッシュになってしまいます」


「かわいそう!」


「向こうの小屋にも雛がいっぱいますよ」


 指を指すエリーザベトとイサベラ達は広場を斜めに横切って歩いて行くので、ユッテとアフラは七面鳥を追い掛けるのを止めてそちらへと歩いた。

 広場の向かいには鳥小屋があり、卵を温める親鳥や雛が沢山いた。


「ホント。かわいい〜っ」


 ユッテは大喜びをして鳥小屋に齧り付くように雛を見た。かわいいかわいいと言いながら、全くそこから離れようとしない。

 エリーザベト達一行は次の建物の方へ歩いて行く。

 アフラはいつまでも雛を見ていたユッテを呼びに引き返し、その手を引いて歩いた。

 エリーザベトの指すそこにあるのは屋根が高く庇の長い木造小屋だった。


「この建物では紡績をしています」


「紡績?」


「糸紡ぎと言った方がいいかしら。羊毛から糸を作るんです」


 窓から見ると、糸を紡ぐ足踏み式の糸巻き機で小さな女工が糸を紡いでいる。

 女工と言ってもここは修道院、修道女であるはずだ。


「ああ、これ。村でよくお婆さんがしています」


 アフラの言葉にイサベラも頷いた。


「お婆さんの家にありましたね」


「ウーリから来た羊毛もここでよく紡いでいますよ。糸からは編み物も作ります」


「へえーっ、やってみたいわ」


 ユッテがそう言うので、同じ年くらいの女工と代わって少しだけやらせてもらうと、いきなり糸が太い塊の連続になってしまった。


「あ、ダメー、意外と難しいわ」


「ああ、今までの糸が……」


 絡みを解くためにここで切ると糸が一巻き完成しないのを、女工は嘆いた。

 すかさず代わったアフラは、手で素早くその塊を逆回転で解きほぐし、再び均一な糸にして紡いで行く。


「アフラ上手! 流石だわ!」


「時々お手伝い仕事してるもの。失敗もしたけど、ここで役に立ったわ」


 アフラは塊を解決すると、良いペースでするすると糸を紡いで行った。


「上手! 上手! 綺麗に糸になるものね」


 見ていた副院長も言った。


「本当に上手ね。ここで手伝っていただきたいくらいだわ」


「はい! 喜んで! 二週間も療養で暇なんです」


 そうしてアフラが糸を紡ぎをしている間に、エリーザベトはルーディックに呼ばれて外へ出て行った。

 何か用事があるようで、エリーザベトは執務室へと戻り、その後にエンゲルベルクの一行とクヌフウタも同行して行った。

 副院長とルーディック、そして後に随いて来たルードルフ三世がそこに残り、糸紡ぎをする令嬢達を見ていた。

 イサベラも糸紡ぎの体験をして、やはり盛大に失敗した。


「難しいわ。アフラみたいにはいかないみたい」


「最初はゆっくりでいいのよ。こうやって均等に量を調整しながらね」


 アフラが再びそれを直していると、ルーディックがイサベラに挨拶をする。


「姫様方、ご機嫌麗しゅう。ここからは僕がご案内します」


「おはよう御座います。でもここは女子修道院なのではなくて?」


「僕にもここを移動する権利くらいはあります。副院長もいますしね」 


「ここは寛容に一般の方でも男性でも、出入りを受け入れてます。大丈夫ですよ」


 副院長はそう笑った。

 ユッテはその後にいたルードルフを見て言った。


「ルードルフもいたのね」


「最近はしばらくルーディックの家に滞在していてね」


「ルードルフとはあれから意気投合してしまいまして。では、行きましょうか」


 ルーディックの案内で一行はその建物を出た。そしてその後方にある木の建物へと歩いて行く。

 ルーディックはそれを差してイサベラの方に言った。


「ここは、馬屋です」


「馬も飼われてるんですね」


「はい。修道院でも馬車を持ってますし、手紙の中継にも必要です。向こうには牧草地もあって、城壁内で馬を放し飼いに出来るんですよ」


「ここは本当、小さな村みたい」


 アフラはそう溜息交じりに言った。


「ここで馬にこんな事出来るなんて思わなかったわ」


 そう笑ってユッテは馬の鼻面を撫でた。馬は気持ちよさそうに鼻を鳴らした。


「じゃあ、馬を草場に連れて行って見ますか?」


 奥から歩いて来た馬の親方がそう言って手綱を解き、馬屋から連れ出して、ユッテに手綱を渡した。馬の飼育員はもう一頭の手綱を解き、アフラにも渡そうとするが、副院長が「怪我人だから」と首を振り、隣のルードルフに手綱を渡した。そして馬を連れて裏手の牧草地まで歩いて行く。


「わあ。広ーい」


 高い城壁で囲われた場所に広い草地があった。長い三角に囲った城壁の一番奥は小さく広めな城壁塔になっている。


「塔がある」


「向こうにはお花畑もあるわ」


 広い草地に出ると、馬はとたんに元気になって手綱を引っ張り出す。


「離していいの?」


「ええ、放してあげて下さい」


 ユッテとルードルフが手綱を離すと、二頭の馬はじゃれ合いつつ牧草地を跳ねるように駈けて、草の多い所へ行き、仲良く草を食んだ。


「わあー。楽しそう。良いところですね」


「そうね。こんな所に牧草地があるなんて、不思議だわ」


「ここは牧草地と菜園、それに墓地を兼ねています」


 副院長はそう言って片隅を指差した。


「墓地? あれはお墓ね」


「そうです。少しですがお墓があるでしょう? 修道士や修道女のお墓なんです」


 それを聞くと、ユッテはその墓まで歩き出した。それをイサベラも追って歩く。アフラは花畑というよりは花壇から花を摘み、二人を追って走った。そしてユッテとイサベラにそれぞれ一輪を渡した。受け取ったユッテは小さく微笑んで、その花を墓前に捧げた。イサベラとアフラも続いてそこに花を捧げ、三本の花が墓前に並んだ。


「ここは素晴らしいわ。お姉様のお墓もこの場所なら良かった。アウクスブルクより向こうで遠いの」


 ユッテがそう言うと、イサベラが言った。


「ここなら馬もいて寂しくないわね。それにお花畑が近くなのは便利ね」


 アフラが野原を指して言った。


「どうせならここまで全部お花畑にすればいいのに。お花を摘んで持って来なくてもいいでしょう?」


「まあ。でもそうね」


 ルーディックとルードルフがそこまで歩いて来て、城壁塔を差して言った。


「ルードルフはあの先の塔に登りたいんだそうで」


「一緒に登ろう」


 ルードルフはいつになく楽しげだ。


「登ってみましょう」


 一行はそれほど高くない城壁塔の古びた石垣の階段を上り、城壁のその向こうの景色を見た。

 隣を流れるリマト川、そして幾筋かの川が目の前で集まって流れて行く田園風景の眺望は美しい。

 向こう岸には水車小屋が幾つもあって、木の軋む音が聞こえてくる。


「キレーイ!」


 ユッテがそう言う。


「綺麗ね」


「綺麗だ」


 誰もその言葉以外には見つからなかった。


「この塔の石だけもの凄く古い感じ。どうしてかしら?」


 イサベラがそう気が付いて言った。


「そうね。形も違うし、きっと何か古い歴史があるんじゃないかしら?」


「あいにく僕は来たばかりで……」


 イサベラとユッテの疑問にルーディックは答えられず、頭を掻いた。

 城砦塔から降り、一行が来た道を戻って行くと、向こうから馬の飼育員がさらに連れて来た馬を放しているのが見えた。


「足下に注意して下さいね」


 男が遠くから声を掛けるが、何に注意するのか良く判らなかった。

 足下を良く見て見ると泥土の塊が所々にある。馬糞だった。


「やだー。これ、泥じゃ無くて糞ですよ」


「行きに踏んでないかしら」


 ユッテとイサベラはそれを大きく迂回して歩いて行きながら、副院長の待つ建物横の自噴している水汲み場まで来た。

 そうしていると正午を指す鐘が鳴った。見守っていた副院長とルーディック達はそれぞれに予定があるらしく、ここで戻る事になった。

 アフラは四角い水場に滾々と注がれてくる水を柄杓で何度も汲み、窪地に水たまりを作って靴底を洗った。

 副院長と行こうとしていたルーディックとルードルフ、そしてイサベラもその水たまりで靴底を浸しに来た。

 皆、汚れはそれ程でも無かったが、少し離れて隠れるように地面に足を擦りつけて歩いているユッテは、どうやらお姫様が踏んではいけないものを踏んでいたようだ。

 アフラはユッテをその水堪りに呼んで、加えて柄杓で彼女の足下にも水を掛けてそれを洗い落としてあげた。


「ありがとう。水が冷たぁい。えい」


 ユッテはスカートを大きく持ち上げながら、排水用の細い水路に靴ごと入ってバシャバシャと歩いて汚れを濯いで歩いた。


「あーあ、ユッテったら。そんな所に入っちゃって。じゃあ私もルーディックさん達と行くわね。実は置いてきぼりなの」


 イサベラはそう言って、ルーディック達と修道院へ戻って行った。


「濡らしちゃって大丈夫かしら。良い靴ですもの。汚したら勿体ないです」


「でも、刺繍で靴擦れして痛いの。アフラの靴もこう言う時はいいわね」


 ユッテはそう言って何か獲物を見つけた猫のような顔になった。

 アフラの靴は厚底サンダルで、多少濡れても平気だ。バレエ靴と同じようなピンクのリボンのアンクルストラップがあるので、少しお洒落でかつ固定感もある。


「ピンクが私にも合いそうだわ」


「そ、そうですね。次は私のいる宿泊棟に行きます? 休憩出来ますよ」


 二人は宿泊棟へと歩いて戻り、その待合室で休憩をした。


「楽しかったぁ。ここは宿泊棟の食堂でもあるんですよ。朝ご飯ここで食べました」


「へえ。もうお腹空いちゃったわ。ここで食べられるのかしら?」


「お昼ご飯はユッテさんの分もここで出るんですか?」


 聞かれた通り掛かりの修道女が言うには、修道院では基本的に昼食を食べないそうで、宿泊棟の客は自分で用意するしかないそうだ。


「どうしましょう。私も今朝少ししか食べてないから、お腹が空いて空いて」


 アフラがそう言っていると、エリーザベトがそこへやって来て言った。


「お二人とも、お昼ご飯に御招待させて下さい」


「えっ! いいんですか?」


「若い人ではここの食事は少し足りないでしょう。特にお昼時はね」


 そう言ってエリーザベトは自室兼執務室へ二人を案内した。

 部屋へ入るとそこにいたルーディック、そしてブリューハント、リーゼロッテが席を立ち上がって恭しく礼を取り、アフラを迎えたので驚いた。いや、これは後ろのユッテを王女として,敬意を以て迎えたのだろう。


「ようこそいらっしゃいました」


 案内されたテーブルには、イサベラとクヌフウタ、そしてルーディックが既に座っている。

 既にテーブルに用意されていた食事はウィンナーやハンバーグ等肉類が多い。修道院では食べられないようなものばかりだ。

 王女が席に着くと、皆が席に着き、エリーザベトの先導で食前のお祈りをして食事を始めた。


「すごく美味しいです!」


 一番にそれ食べたアフラは目を輝かせた。

 ユッテは先に食べた無礼を咎める事も無く言った。


「助かったわ、お腹空いたのに修道院はお昼ご飯が無いって言うから。ねぇ」


「んー。ところで、この修道院では肉を食べてもいいんですか?」


 アフラがそう聞くと、エリーザベトが言った。


「修道院では基本肉類は出ませんよ。これは来客用の厨房で作った自前の料理ですからいいのです」


「何だか気が引けますね」


 ルーディックは指を振って言った。


「昨日のパーティーでも出たでしょう? 僕らは修道院に入ったわけじゃ無いから気にすることは無いよ。よく栄養をつければ怪我の養生にもいい。そうでしょう?」


「兄さんも同じ事を言ってたんですよ」


「アルノルトがそんな事を?」


「一番上のエルハルト兄さんです。怪我にはお肉がいいって」


 エリーザベトがそれを聞いて、思い付いたように言った。


「でしたら。アフラさんがいる間は通いの料理人にお昼に肉料理を作るように言っておくわ。ここに食べに来てね」


「まあ、ありがとうございます」


「王女殿下と二人分要りますかしら?」


「私もいただけるなんて! 毎日来ますわ!」


「王女殿下がいらっしゃるなら、私共は今日ここを発ってラッペルスヴィル領へ帰りますので、この執務室はお二人でご自由にお使い下さいね。戸棚の物を持ち出ししないようにだけお約束して頂ければ。後で鍵をお渡しします」


「フラウ・エリーザベト。ご親切に感謝の言葉もありません。これから私のことはユッテと呼んで」


「はい。ではユッテ様と」


 食事を終えた頃、リーゼロッテがハーブティーを淹れてくれた。


「これはローズティーです。先ほどの原種のバラの花弁が使われています」


 一同はその香りを楽しみながらそれを飲んだ。


「ワインのように赤いですわ。これがバラのハーブティー」


 イサベラはグラスを光に翳して見た。


「香りが良いですね」


「甘酸っぱくて美味しい」


 令嬢達はハーブティーを大いに味わって飲んだ。

 そうしていると来客があった。守衛に呼び出されたエリーザベトが行ってみて驚いた。

 それはルードルフ王子だった。

 エリーザベトの案内で執務室に入って来た王子は、周囲の挨拶もそこそこに、ユッテを見て言った。


「どうしてそなたがここにいる」


「兄さんこそ。まだいるなんて変だわ」


「余は用があるのだ。しばらくはラインフェルデンの城にいるつもりだしな」


「何の用かしら」


「戦後処理などが色々あるのだ」


「ここへの用の方です」


「そなたには関係ないだろう」


「アフラなら今日は私とずっと一緒よ。ネッ」


 ユッテはそう言ってアフラの肩を両手で抱く。


「なっ」


「もう大好きで明日も明後日も離れないから。おあいにく様」


 ルードルフ王子はそれを見て目を白黒させた。


「前から思っていたが、そなたは余に似ている」


「そうかしら?」


「人の好き嫌いがな」


「あら? そういう事ですの?」


 ユッテはなんだかニンマリ顔をしてしまう。

 白状してしまった形になったルードルフ王子は、少し顔を赤くしてそっぽを向いた。

 エリーザベトがそこへ提案をした。


「これから皆で午後の講義を受ける予定なのですよ。シュトラスブルクで今話題の講師です。ルードルフ王子も参加されては如何かしら?」


「講義か、いいだろう」


このエーテンバッハ修道院は、今はチューリヒの市庁舎が建ち、通りの名前にだけその名を留めています。

今は姿形もありませんが、当時の絵や伝聞を辿ると、小説のような風景だったことでしょう(と思う)

その風景に、夢で見たことを思い出しました。交わされる言葉すら覚えているようなリアルな夢を。

小説にはそんな夢の風景を時時に織り込んでいます。

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