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王子との対話


 アルノルトとソフィアがそうして逃げ果せた直後、アフラはブルクハルトが馬車に乗り込んだ所を王子の従者に見付かってしまった。

 アルノルト達を見失った後、従者の尾行はブルクハルトに回ったのだ。

 捕まりはしたものの、何も悪い事はしていない。ブルクハルトは王子の謁見には未成年者のアフラ一人では行かせられない、保護者として随伴すると強く主張し、王子の部屋には二人が連れて行かれた。


「ようやく来たか」


 従者に連れられて来たアフラとその父の姿を見て、王子は苦い笑顔を見せた。


「そなたは?」


「アフラの父です」


「話の邪魔はせぬ様に」


 王子に部屋の隅の椅子を指示されたブルクハルトは、かなり離れた場所に座った。そして連れて来た従者は部屋から退室させられた。


「そなたの姉代りに聞いたが、怪我をしてるそうだな」


 話を始めた王子に、アフラは部屋を見回して言った。


「ソフィアはどこですか? 返してくれないとお話出来ません」


「ああ、ソフィアと言うのか。既にラッペルスヴィルの新当主に預けたそうだ。ルーディック卿に聞けば分かるだろう」


「良かった。姉代わりとソフィアが言ったのですか?」


「ああ、姉妹の様に育ったと申していた。懸命にそなたを守っていたな」


「ふふっ」


 アフラは何故か晴れがましい笑顔だ。そんなアフラはソフィアを助ける心づもりでいたのだろう。無事だと聞けば顔も緩んだ。


「いい隣人を持ったようだな」


 王子は言葉が続かなくなった。二人の微笑ましいような関係を眩しく思う反面、変に罰を与えそうだった事に少し後ろめたさを感じた。

 しかしこの笑顔一つで罪は全て許そうという気になって、王子は笑みを浮かべた。

 従者からすれば王子が笑うのは珍しい事だ。しかしその笑みはアフラには不可解だった。


「お話というのは何でしょうか」


「そうだな、まず、そなたの怪我が悪いと聞いたので医者を用意した」


「ええっ! いいですそんな」


「もう隣室に来ているそうだ。この後で診てもらうように」


 これにはブルクハルトが深く礼をした。


「心遣い、感謝致します。アフラもお礼を」


「あ、ありがとうございますっ」


 王子はアフラのこの半端な礼に少し気を悪くしたような顔をして、長話をした。


「しばらく余はブルグント自由伯領の戦に行っていた。攻城戦では野営も長くなり、そこでは怪我や病であまりに簡単に人が死んでいた。そなたは怪我を軽く見過ぎているようだ。だいいち貴族女性で目立つ傷跡があるなんてもらい手にも影響が出るぞ。チューリヒには良い医者も多いのだから、ここで傷が大事に至らないよう手を尽くすべきだ。そうは思わないか?」


 ブルクハルトは言いたい事を代わりに言ってくれたので、強く頷いている。

 アフラは首を大きく捻った。


「私、どうすればいいのでしょう」


「しばらくチューリヒで療養して行くといい」


「ええっ!」


 アフラは驚きと同時に、拒否するような声を上げた。

 これにはブルクハルトも驚いたが、親としては大いに頷ける話だ。


「これは重ね重ね有り難く存じます。アフラ、仰る通りにしよう」


「え?え」


 アフラは疑問と肯定を同時にしているような器用な声を上げた。しばらく村に帰れない事になってしまう事に戸惑いは隠せようもない。

 それでもアフラが父と頷き合ったのを見て、王子は一通り満足し、話を進めた。


「熱病の方はもう後遺症も無いのか」


「ええ。すっかり治って、もう大丈夫です」


「良かった。正直もう帰らない命かと思ったものだ」


「お医者を呼んで頂いたそうで、ありがとうございました」


 アフラが言うと、ブルクハルトも後ろで立ち上がって再び礼をした。


「礼には及ばぬ。こちらこそ病を無事に越えてくれてありがとうと言いたいのだ」


 王子の向ける真っ直ぐな眼差しにアフラは擽ったい気持ちになり、ただ笑みを返した。

 そこで王子は少し自嘲するように言った。


「私の方がよほど悪化したようだ。少し、あまり人に言えない話を聞いてもらえるか。他言無用だぞ。特に父親」


 アフラとブルクハルトが頷くと、王子は口を開いた。


「余は小さい頃から親同士で婚約相手が決められていた。その親同士はあろう事か後に戦争をして、相手の父親の命を奪い、その城を奪った今では、その婚約者に親の仇、盗人と折りあらば責め立てられている。それがそなたも会ったであろう、あのアネシュカだ」


「お辛そうですね」


「そうだな。お互いに責め合うまま結婚に至るなら、ずっと不幸のどん底だろう。余で無くともまあ嫌になる。だろう?」


「そうですね、それは嫌です」


「だが東国は重要な領土だ。我慢して誤魔化してやって来た。しかしだ、その東国領の者はアネシュカの味方ばかりだ。どちらが主かはすぐに決着が着く。ついに辛くて、何も手に付かなくなった」


「そんなにもお辛かったんですね」


 王子は急に泣きそうな顔になった。


「余は父上に東国領の任を返上させてもらえるよう申し出ようと思ってるんだ」


 その声は打って変わって酷く弱気だった。その時だけは一三歳の年相応に見えた。


「決断したんですね」


「そうだ。恥ずべき敗残処理だがな」


「領地を元の人に返すんですか?」


「いや、それは出来ぬ相談だ。領自体は兄上のものになるだろう。私が婚約者で無ければ元々そうだったのだ。婚約の解消も言うには言ったが、父上に言っても受け入れられぬ」


「大変そうですね」


「大変だな。婚約解消するにも口実が必要だ。以前草場でイサベラ嬢とかくれんぼをしていただろう。ブルグント公女であるイサベラ嬢との婚約ならば父上にも許されるかもと思った。もし健気に探して見つけてくれたなら婚約を仕切り直そうと、賭けをしたのだ」


「あっ」


 アフラはここでようやく話が繋がって見えた。この王子が狩人の姿で草場で隠れていた時の事を思い出し、それにそんな意味があった事を今知ったのだ。


「私、悪い事をしました。アネシュカさんに場所を教えてしまって。その時にはイサベラさんにも一緒に教えてたんですけど……」


「そうだな。なら覚えてるだろう。その時にイサベラ嬢はアネシュカに権利を譲ってしまった。それでは何の意味もそこには無くなったのだ」


「そう言ってましたね」


 そしてついでに思い出す。それは確かアフラに子羊を返す為だったはずだ。アフラにも幾ばくかの責任がある事に背筋が寒くなった。


「ところで、そなたにも一つ権利を与えていた。それを覚えているか」


「権利? って何ですか?」


「権利とは。うーん。望むことを行うことを認められている、その資格と約束があるという事だ」


「何か約束しましたっけ?」


「覚えてないのか」


「はい」


 王子は頭を抱えて言った。


「今やそなたは一番の権利を有しようというのだぞ」


「何の一番です?」


 アフラは首を傾げるばかりだ。


「まあいい。どのみち足しにならぬしそなたには早過ぎる話だ。思い出したら連絡をくれ」


「どうやって?」


「手紙でも何でもいい」


「はい。住所教えて下さい」


「後で従者に渡させよう。では、話は終わりだ。隣の部屋で医者に診てもらうが良いぞ」


 アフラとブルクハルトは王子に促されて退室した。


「王子様、見た目よりいい人」


「そうだったが、獅子の子だぞ。こう言う過分な親切には注意がいる。後々断れなくなるからな」


「じゃあお医者さんは?」


「診てもらって来い。すぐ外で待っててやるから」


 アフラが隣の部屋へ入って行くと、待ち構えるように壮年の医者がいた。


「隠れ回っていたという患者は君か?」


 早速医者は上衣を脱ぐようにと言うが、さっきまで話していた王子の部屋の壁が気になる。

 警戒しつつもアフラはフリルの服を脱いで、シュミーズを胸の辺りまで捲った。パンツを穿いていれば良かったと後悔しつつ、これがあるから医者は嫌いだと思った。

 医者は傷を診て、丁寧に洗って消毒し、卵の薄い皮膜を貼って傷が出来るだけ残らないような処置をしてくれた。


「傷の状態があまり良く無い、傷が塞がるまで二週間はかかる。それまで安静に動かさないことだ」


 治療後に父を呼んで、医者はそう診断を告げた。

 それを聞いたブルクハルトはアフラをエーテンバッハ教会にある宿泊棟に泊まらせてもらう事にし、アフラはここに逗留しつつ医者に通い、二週間程療養に当たる事になった。

 また、驚いた事には医者の費用はその通いの分まで王子が払ってしまったという事だった。

 宿泊棟は男女で別の棟になっている。アフラは一人部屋だったが、その日の夜はマリウスが部屋に食事やフルーツを持って来てくれた。

 持って来ていた寝間着に着替え、アフラがベッドに入るとさながら入院中の風景のようだ。

 そこへ何処から聞いたのか、イサベラとユッテがお見舞いに来てくれた。


「大丈夫だった?」


 ユッテは王子との会談をとても気にしていたようだ。寝転んでいたアフラは、ユッテが王族だと知ってしまったので少し姿勢を正してベッドに座った。


「全然大丈夫だったです。お腹に酷い怪我してたからお医者さんを呼んでくれて。見掛けよりもいい人でした」


「兄様は普通そんな事しないわ。何かあったでしょう」


「あとは、お辛そうに……。少し秘密の話をしました」


 アフラは言いそうになって慌てて口に手を当てた。


「秘密の? なあに?」


「他言無用って言われましたから言えませんよっ。あと、イサベラさんにはごめんなさい」


「私? 何かしら」


「王子様はかくれんぼで一生懸命探してくれたらイサベラさんを婚約者にしようと、賭けをしたそうです。私と会わなければきっとイサベラさんが早かったから。あれ? これは秘密に入るのかしら?」


 それを聞いてイサベラは驚きの声を上げた。


「あれはそう言う事でしたのね!」


「もう近くまで探しに来てたのに、婚約の機会を壊してしまって。本当にごめんなさい」


 イサベラはしばらく、もし、ルードルフ王子と婚約していたらと考える。しかしその未来にも、心が遠すぎて、気の落ち着いたものは感じられない。

 でも、アフラなら? ルードルフ王子の心は今、どうしたことか、自分で無く、アフラに向いている。

 イサベラはアフラの手に触れた。


「済んだ事はもう気にしません……」


 苦笑いするイサベラに、ユッテは言った。


「ね? 言ったとおりでしょう? 勝手過ぎるのよねえ。でも、そんな話をするなんて! 私にも教えてくれなかったのに! これはもう相当気に入られてるわ。気を付けた方がいいわね」


「しばらくここで療養するように言われたんです。お医者様のお代も出してくれて。これって危ないですかね」


「十中八九ここに来るわね」


「ヤーン。お父さん達も帰ってしまうのに。来てしまったらどうしましょう!」


「分かったわ。それなら私が毎日ここに来てあげる」


「そんな。ユッテさん遠いのに」


「アフラを一人にはさせないわ。それにすぐそこに取っている宿を延長するだけよ。何なら広いからお泊りに来てもいいのよ」


「そんなこと……愉しそうですね!」


「でしょう? 今はお城に帰ってもイサベラがいないから退屈なの。イサベラも滞在を延長出来れば良いのだけど」


「教会に身を寄せてると規則が色々厳しいの。明日には帰らないと」


「仕方ないわね。じゃあ、しばらくはアフラを独り占めしちゃうから」


 そう言ってユッテはアフラに抱きついて来る。僅かに体が脇腹に当たって傷が痛んだ。


「ダメよ、ユッテ。傷に気を付けてあげないと」


「あら、痛かった?」


 王女に痛いとは言い難く苦笑いを返したアフラは、ここで気が付いた。こちらも王女なので、王族と大いに親密になって巻き込まれて行くことには変わりない。親兄弟が聞けば驚かれ、村人からは後ろ指を指されるだろう。

 いや、災厄と口にしていたアルノルトは、多分この事をずっと警戒していたのだ。

 

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