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マリウスの大手柄

 

 次の日の朝、アフラの熱はかなり良くなっていたが、お腹の傷の治りは思わしくなく、ブルクハルトはやはり大事を取ってしばらく休ませる事にした。

 同時にマリウスがしばらく藁を届ける事も決定事項となった。


「おはよう」


 少し遅くマリウスが起きてくると、カリーナが言った。


「おはようマリウス。傷が塞がるまでアフラは休ませるから、今日も藁を届けて来てね」


「近所のおじさんが届けてくれるって」


 マリウスは昨日もそう言ったが、カリーナは言った。


「でも、何かあって届いてなかったら、牛は食べる物が無くなっちゃうでしょう。エンゲルベルク修道院の方々が待っているし、しっかり届けて来るのよ。ちゃんとお世話してくれてるかも見て来ないとね」


「チェッ。兄さんと同じ事言うんだね」


 ブルクハルトはマリウスのポニー馬車に藁を乗せて準備をし、ポニーを引いて来た。


「マリウス。これで行くんだ。気を付けてな」


「お父さん、早く馬車に乗れるように直してよ。僕も乗って行きたいし、ポリーを乗せてあげる約束をしたんだ」


「そうか。でもこれからしばらく出掛けて留守にするんだよ。帰って来たらな」


 マリウスはその場に膝を着いて言った。


「え〜。しばらく国境まで届けるのに〜……」


「またか。そう悄気るな。お土産買ってくるから、頑張ってくれ」


「やった! お土産!」


 マリウスはお土産に気分を直して立ち上がり、ポニーに飛び乗った。鞍が無いので跨がるのには少し時間がかかった。


「おっ。もうポニーに乗れるのか」


「うん。これで帰って来たからね」


 ポニーはマリウスが乗ると徐ろに歩き出した。が、それは決して合図で動いた感じでは無かった。


「気をつけて……」


 ブルクハルトとカリーナは手を振ってマリウスを見送った。


「行ってくるよ」


 マリウスは振り向いて、ポニーの歩みに体をヨロヨロさせながら手を振った。

 

 マリウスを乗せたポニーは、ポカポカと軽快な足音を立ててゆっくりと道を進んだ。

 マリウスがほんの僅かしか合図を出さないでも道を間違えずに歩くので、まるで道を覚えているかの様だった。

 村を過ぎ、町を過ぎ、そして湖畔の山道を抜け、険しい崖道を抜けると、開けた草原が見えてくる。

 この日は出発が早く、馬足も早かったので、まだ朝方のうちに国境に着いた。

 マリウスは馬車を停め、ポニーを小屋の側の木に結えつけた。小屋の中では囁くような声がする。泣き声のような声もあった。

 マリウスは元気良く中に入って行った。


「おはよう! 藁を持って来ました! 今日は間に合って良かった!」


 そこで数人の修道女達が泣いていた。イサベラもその中にいた。


「おはよう……。でも、ゼンメルはもう……」


 そう言ってイサベラはまた泣いた。

 ゼンメルは肩や腿を切り刻まれ、横たわっていた。

 もう息をしていないのが判ったのは、多量の血が見えた時だった。


「お姉ちゃんは昨日から熱を出してしまったんだ。代わりに僕が……ゼンメル!」


 マリウスは膝を付いてゼンメルの背を摩った。


「昨日はこの背中を貸してくれて、暖かかったのに! もうこんな冷たいなんて……」


 マリウスの目にも涙が滲んだ。

 修道女達は祈りを唱え、瞑目した。


「祈りましょう。ゼンメルが天国に行けるように」


 マリウスも手を合わせるが、聞かないではいられなかった。


「何があったの? ゼンメルはどうしてしまったの?」


 イサベラは涙を拭いて言った。


「足を見て」


 その右前脚は大きく折れ、折れた骨が表皮を突き破り飛び出している。


「ゼンメルは自分で立ち上がって、それでヒビが入っていた脚の骨を完全に折ってしまったんでしょう。痛かったでしょうね」


「昨日も立ち上がったよ。その時はロープに足が吊られたままだったから大丈夫だったんだ」


「そう……。ロープは切れているわ。ナイフで切ったような痕。誰かが来たのね。そして肩と腿の肉を取って行ったようね」


「あ………」


 マリウスはその時、ゼンメルの傍らに藁束を発見した。それは一昨日に牛飼いの所に置いて行った藁束の形そのものだった。

 マリウスは立ち上がった。


「ちょっと行ってくる!」


「どこへ?」


「その誰かの所!」


「えっ。判るの?」


 マリウスは足早に出て行き、お腹でポニーに乗った。すると、後ろの馬車が揺れた。

 腹這いのまま振り返ると、イサベラが馬車から藁束を下ろしていた。そしてその後、自身がそこに乗り込んだ。


「ダメだよ乗っちゃ。まだ補強が済んでないから弱いんだ」


「私きっと藁束より軽いわ」


 そう悪戯っぽく笑いながら、イサベラは残った藁を纏めた上に座り、華奢な体を縮こまらせる。

 そうしていると年より若い子供にも見え、確かに軽そうだ。

 マリウスはポニーに座り直して言った。


「じゃあ行くよ。しっかり捕まっててね」


「ええ」


 マリウスはポニーを出発させた。馬足はゆっくりではあったのだが、イサベラは馬車の両側の欄干を両手でしっかりと握り続けていた。

 馬車は湖の見える道を下り、少し先の牧場の前で止まった。

 屋根だけの牛小屋の前で、牛飼いが座ってパイプ煙草を燻らせていた。


「おじさん!」


「おお。坊やか」


「ねえ! 牛が死んでたんだ! おじさんどうしてか知らない?」


「その事か……」


「おじさんが行った時はどうだったの?」


「まだ生きていたさ。だが儂に驚いたのか暴れ出してな。ひどく足を折ってしまったんだ。骨が皮を突き破ってな」


「何て事……」


 イサベラは小さく十字を切った。マリウスはやっぱりと思ったが、惚けるように言った。


「それでおじさんはどうしたの?」


「足の傷を見てやった」


「本当?」


「嘘じゃないさ。しかし、あれは酷い傷だった。手術しか無いと見た」


「手術で助かるの?」


「上手くすればな。しかし、ちょっとやってみたら牛が暴れてな。手元が狂って血管を切っちまった」


「ええっ〜」


「血が一杯出てな。その内に牛は動かなくなってしまったんだ」


「おお神よ」


 イサベラは再び十字を切った。


「この人は?」


「エンゲルベルク修道院のシスターだよ」


「すると牛の持ち主?」


「そうみたいだね」


 牛飼いは即座にイサベラに大きな頭を下げて手を合わせた。


「面目ない! しかしこれは不可抗力だ。儂はただ藁を届けた通り掛かりだったのだから」


 イサベラは赫怒の色を目に浮かべ、男を見据えた。


「通り掛かりで一つの命が潰えるとでも? ゼンメルは首を割かれていました!」


「それは牛が死んだ後だ。血抜きをしておいてやったのさ。でないと肉がすぐ傷んで食べられなくなってしまう。それは牛が死んだ後にはやるべき事だ」


 その理由にイサベラは頷くより無く、矛先を失ったように言葉は勢いを失くした。


「そうでしたか。足のロープがナイフで切られていたのです。それもあなたですか?」


「そ、それは足が折れた後暴れるから絡まって切ったんだ」


「後?! 後でしたら足は地面に付かない筈では?」


「ロープが緩んでたんだろう……暴れたらロープが解けて足が付いてボキッっといったんだ」


 その慌てた様子は何かを隠しているようで少し怪しい。


「百歩譲ってゼンメルの死についてはあなたの言う通りだとしてもです。肩や腿の肉を切り取ったのは?」


「そ、それは………」


「盗みとなるのはお判りでしょう。罪を認めますね?」


「放っておけば全部傷んでしまう。傷んでしまえばもう食べられなくなってしまう。その前に手間分くらいは貰っておいてもいいだろう。そもそもこの緩衝地で死んだ牛は皆で配り合う慣習なのさ」


「罪は罪です。償わなければいけません」


「そんな殺生な。なら返すよ! 持って行ってくれ」


 牛飼いは家の方へ行き、肉の入った袋を持って来てイサベラに渡した。

 イサベラはその肉を覗き見て、涙して言った。


「これがゼンメル………これで罪が消えるとでも? 裁判を受けてもらいます」


 牛飼いは怒って言った。


「儂も少し悪いとは思うが、今言ったように必要な処置をしただけだ! 儂の処置が無ければ全部の肉が駄目になってただろう!」


「それを頼んだ覚えはありません。そもそも手術の措置もです。あなたが殺したようなものだわ!」


 牛飼いは目を見開き、顔を真っ赤にして言った。


「これ以上解らん事言うと儂にも考えがあるぞ!」


「どうすると言うんですの?」


「こうだ!」


 牛飼いは小屋の横木を手に取って、軽々と振り上げ、振り回した。


「キャー!」


「助けて!」


 イサベラとマリウスは一目散に逃げ惑った。

 すると、後ろから鞘走る金切音がした。木の茂みから剣を持った騎士らしき細身の男が出て来て、牛飼いに切っ先を突き付けた。

 それは細身の騎士、ピエールだったが、その時は判らなかった。


「命が惜しくばその木を下ろすんだ」


「何だ何だ。何者だお前は!」


「何でもいい。捨てろ!」


 男に剣を首に当てられると、牛飼いは木の棒を路上に投げ捨てて手を挙げた。

 男は剣を収めると牛飼いの手を後ろ手に捻り上げて捕まえた。


「この方に手を上げるとは重大な国際争議だ。宮廷にしょっ引いて裁いてやる」


 牛飼いは抗議するように言った。


「何を言う。この邦は自治州だぞ。自治共同体のアーマンが裁くのが道理だ」


「では、そこまでご同行願おうか。家が割れてるんだ。逃げると為にならんぞ」


 シュンと項垂れる牛飼いの手を騎士はロープで縛り上げて連れて行った。

 馬車の影に、というより殆ど馬車の下に隠れていたマリウスは、這い出て来て車輪の影にしゃがみ込んでいたイサベラに聞いた。


「あれは、誰?」


「私の護衛なの。ここまで随いて来ているなんて、知らなかったわ」


「へえー。すごいや。僕らもあっちに随いていく?」


「戻るわ。とても怖かったもの」


「そうだね。シスター達も待ってるだろうし。じゃあ僕の馬車で送るよ」


「ありがとう」


 安心した笑みを投げかけ、イサベラは小さな馬車に乗り込む。

 マリウスは馬を引いて再び丸太小屋へと向かって歩いた。

 小屋へ着くとイサベラは修道院長に一連の事情を説明した。


「まあ! もう犯人が? お手柄ね。ボク」


「そうでもないよ?」


 修道院長に褒められたマリウスは、照れて頭を掻いた。


「お礼にこのお肉は皆さんに持って行ってね。私達は牛のお肉は食べてはいけないの」


「えっ! こんなにいいの? みんな喜ぶよ。ありがとう!」


「後のお肉も食肉ギルドの人がさっき偶然に来てね。引き渡す事にしたわ」


 その時イサベラがアッと叫んだ。

 その手にはゼンメルの足に付いた紐が握られていた。


「紐は何処も解けてないわ。一箇所で綺麗に切られているだけ。あの人、嘘を吐いてる」


 マリウスもそれを見て、頷いた。


「先に解けたって言うのは嘘だったんだ」


「そうなると言ってた事が全部嘘に思えてきたわ!」


 マリウスは牛飼いが少し可哀想になって言った。


「あのおじさん、始めは優しい人だったよ。ランプをくれたり、藁束を預かってくれて、ここまで届けてくれたんだ。きっと事情があるんだ」


「そう……。あとは裁判で調べてもらいましょう」


 そう言ってイサベラは、ゼンメルの足からロープを解いてやった。

 その頃、罪人がアルトドルフ公館に連れて来られたが、判事を務めるはずのアーマンであるアッティングハウゼンとブルクハルトは留守だった。そのため髭の牛飼いは公館の屋根裏に閉じ込められ、虜囚となった。


 マリウスが家に戻ったのは、まだ日の高い頃だった。馬車の後ろには大きな袋が乗っていた。

 玄関を開けるやマリウスは大きな声で母を呼んだ。


「お母さーん。来てーっ」


 カリーナは慌てて出て来た。


「早かったわね。マリウス。どうしたの?」


「これ、貰って来た。開けてみて」


 カリーナが馬車に乗っていた袋を開けると、そこにはズッシリと肉が入っている。


「こんなにお肉! どうしたのこれ!」


「シスターからだよ。この手紙も貰って来たんだ」


 マリウスはイサベラからの手紙をカリーナに渡した。それにはこう書かれていた。


 皆様には私達の牛の為に、多大なるご助力をいただきまして、誠に感謝に堪えません。

 しかしながら、今朝の事ですが、私達の牛、ゼンメルは侵入者により足の怪我を悪化させ、息を引き取りました。天国に無事に辿り着けるよう、共にお祈りいただけましたらと存じます。この土地の慣習に習い、牛の肉をお届け致します

                  イサベラ=アニエス=ド=カペー


 この手紙を声に出して読んで、カリーナは驚いて聞き返した。


「あの牛が死んでしまったのね?」


「そうだよ。おじさんが入って行くと驚いて、足を折ってしまったんだ。おじさんはそれを治そうと手術して、失敗しちゃったんだって」


「それは気の毒だったわね。おじさんって誰?」


「小屋の近所の人。大きくて髭もじゃなんだ。僕がこの人が犯人って見つけたからお手柄なんだって」


「へえ。それはお手柄に違いないわ」


「そうでしょ? お姉ちゃんにも自慢してくるよ」


「まあ!」


 マリウスは階段を上がって行った。

 アフラの熱はもう下がっていて、今はただお腹の傷が塞がるまで無理をしないための静養だったので、ベッドの中ですっかり暇をしていた。そのためマリウスの声が聞こえると、ベッドから飛び降りて部屋を出た。しかし今朝方カリーナにウロウロしないで部屋で大人しくしてなさいと怒られたので、階下に降りることは躊躇われ、階段の上の欄干からその声を聞いていた。

 マリウスが階段を上がってくると、欄干から覗き込むアフラとそこで目が合った。


「お姉ちゃん。いたの?」


 マリウスが呼ぶ声に、アフラが答えられなくなって俯いた。イサベラの胸中を想い、涙が溢れて来たのだ。


「お肉いっぱいあるよ。犯人が取って行った肉だけど。その犯人は僕が見つけて取り戻せたんだ」


 アフラが顔を伏せてるのに気が付いたマリウスはその様子に気が付かない振りして自慢気に言った。ともかくこの稀に見る大活躍を聞いて喜んで貰えると思ったのだ。


「院長さんに褒められて、肉を沢山貰えたんだよ。今日は肉料理だって!」


 そう言って微笑むマリウスを見て、涙を振り払うようにアフラを首を振り、大声を出した。


「そんなの! 食べられるわけないじゃない!」


 悲しげに見つめる目は赤い。アフラは顔を背けると部屋へと帰り、思い切りドアを閉めた。

 マリウスは酷く悲しくなり、涙が滲んだ。


「ワァーン」


「あらあらどうしたの?」


 カリーナは階段を降りて来たマリウスが泣いているのを見て言った。


「お姉ちゃんが〜。お肉食べられないって!」


「そう。仕方無いじゃない」


 カリーナはそう言って泣き止むまでマリウスを撫でてやった。



「ただいまー」


 夕方になってエルハルトとアルノルトが放牧から帰って来ると、食卓には食器が並んでいて、マリウスがナイフとフォークを握り締め、唸っていた。


「遅いよ〜」


 アルノルトが皿を見て言った。


「どうしたんだ。空の皿を並べて?」


「これからお肉を焼くんだ。座って。早く!」


「お肉? 父さんがいないのに?」


「そうだね。食べられなくてかわいそうだね」


「そうじゃなくて。まさか勝手に牛を捌いたりしてないだろうな」


「違うよ。国境の牛が死んじゃって、その肉を貰って来たんだ」


 エルハルトが言った。


「あの牛が死んでしまったのか! またどうして?」


「足を折っちゃって……おじさんが手術失敗して、肉をドロボウしちゃったんで、この僕が取り返しに行ったんだ。それで犯人は逮捕されたんだ。スゴイでしょう?」


「なんだか判ったような判らないような……」


「それでお礼に院長さんがその肉をたくさんくれたんだ。犯人はランプをくれた人だよ。藁を届けてくれるって言ってた人」


 アルノルトは身を乗り出して言った。


「あの人か! ほら見ろ。怪しいって言っただろう」


「そうだね。アル兄ちゃんは昨日から言ってたっけ。負けた……」


 マリウスは思わずテーブルに額を落とし、思いの外痛くて頭を押さえ、飛び上がって目を白黒させた。

 台所からカリーナがやって来て言った。


「二人ともおかえり。今日の夕食はお肉が食べ放題よ! マリウスがお手柄だったの」


「そうか! お手柄か! マリウス凄いな」


 エルハルトのその声に、マリウスはようやく満面の笑みを浮かべた。


「えへへ〜 そうでしょう〜」


「じゃあこれからお肉焼くけど、いい?」


 一同は腹ペコなのも手伝い、異論は無かった。


「もちろん!」


 アルノルトが頷くが、一人足りないのに気が付いた。


「アフラは呼ばなくていいの?」


「あの子はどうにも食べられないんだって。仕方ないわ」


「そうか。勿体無いなぁ」


 嘆息するアルノルトだったが、エルハルトは笑った。


「俺もあの巨牛には敬意を表したいが、死んだ牛に義理立てしても意味は無いな。まあ食べることで弔いにもなる。それにお腹は別だ。まあアフラも肉が焼けてきたら匂いで降りて来るんじゃないか?」


「腹ペコには勝てないだろうね」


「匂いがして来たら僕、階段で仰ぐよ」


 台所でカリーナが肉を焼く音が聞こえ始めると、だんだん芳ばしい匂いが部屋の中に立ち込めて来た。


「これはいい匂いがして来たな」


「マリウス。今だ。仰ぐんだ」


 マリウスは階段の下に行って、お盆で上へ上へとゆっくり仰いだ。


「もっとだ。部屋まで届かないぞ」


 マリウスは必死の形相になって思い切り仰ぎ、すぐに疲れて休み、そしてまた仰いだ。

 二人の兄はそれを見て笑っていた。

 しばらくすると、厚手の手袋をしたカリーナが焼けた肉を鉄板ごと持ってやって来た。


「お待たせ。ステーキ食べ放題よ」


 そう言ってカリーナはまだ脂の弾ける鉄板のプレートをテーブルに置いた。マリウスは椅子の上に立ち上がって顔を近付けてそれを見た。


「うわーっ。美味しそう!」


「お祈りが先よ」


 カリーナは食事の前の祈りを捧げ、兄弟達もそれに習う。そして、「いただきます」とナイフとフォークを取った。

 三人の兄弟は器用に肉を皿に取り、ナイフで切り分けて、また一口、また一口と食べた。


「どう?」と気にするカリーナだったが、三人はそれには答えず、黙々と食べた。最強の牛の肉を美味しいと言うのは不謹慎に思えたのだ。

 ただ、マリウスは頬張った口を休めて、「最高」と言うのみだった。


「じゃあまだ食べそうね。もう一回焼いて来るわ」とカリーナは再び台所に立った。

 半分ほど食べたマリウスは、階段に駆けて行き、


「最高! 最高級だよ。美味しいな〜」


 そう言って、階上を仰ぎ、耳を澄ませた。

 するとアフラが階段を降りて来る足音がした。

 マリウスは素早く席に駆け戻り、「来た」と声を出さずに言って、素知らぬ振りで肉に齧り付いた。

 それに笑いを噛み締めつつ、アルノルトは聞こえよがしに口に出した。


「美味いなあ。これは美味いよ」


 お腹を押さえながらアフラが食事の部屋に顔を出し、


「もうお腹ぺこぺこなのを我慢してるのにぃ〜」


 これに部屋にいた兄弟は爆笑した。

 アルノルトが言った。


「もう体調は良くなったようだね」


「うん。もうすっかり大丈夫。でも怪我が化膿してるの」


 エルハルトがテーブルを指して言った。


「そうか。怪我してる時は肉を食べると治りが早いんだ。今日はいっぱい食べなよ」


「本当? でも……アニエスさんの気持ちを思うと、とても食べる気になれなくて」


 浮かない顔をして俯くアフラに、アルノルトが言った。


「そのアニエスさんがくれたんだ。後で食べなかったって言うより、いっぱい食べてアフラが元気になったって言う方が喜んでくれるんじゃないか?」


「あれ? そうかも?」


「怪我を早く治す為にも、しっかり食べとけ」


「うん! 食べる!」


 ケロッと笑ったアフラが自席に座ると、隣のマリウスが一切れ余っていた肉を取って、予め用意してあったアフラの皿に乗せた。


「お姉ちゃん、はい。食べて食べて」


「マリウス。さっきはゴメンね。つい大きな声出しちゃって」


「ううん。いいんだ」


 マリウスは少し目を潤ませて姉を見つめた。アルノルトはその表情を見て言った。


「今日はマリウスの大手柄もあるからな。主賓はマリウスだ」


「私の代わりに行ってくれてたんだものね。偉かったねマリウス」


「エヘヘ」


 照れて頭を掻くマリウスに微笑んで、アフラはナイフとフォークを取って一口食べた。


「んぅ〜。本当に美味しい!」


 エルハルトは静かに言った。


「これは最強の牛ゼンメルの弔いでもある。それはあえて言わないでおこう」


 それを聞いて兄妹達は肉を食みつつ、闘牛の時のゼンメルの勇姿に想いを馳せ、追悼の想いを食む心地になった。

 そこへ台所からカリーナがやって来た。


「あら、アフラが食べてるわ!」


「怪我にいいってエルハルト兄さんが言うから食べることにしたの」


「そう、良かった。ちょうどおかわりが焼けたわ」


 そう言って空になったプレートを持って行くカリーナに、エルハルトは席を立って言った。


「もう十分だ。ご馳走様」


 アルノルトもそれに続いた。


「ああ、胸がいっぱいだ。ご馳走様」


「あらあら、せっかく沢山焼いたのに」


 カリーナは溜息顔だ。

 マリウスは追想から覚めたように言った。


「僕が食べるよ。残すとゼンメルに悪いから」


「私も食べる」


 その言葉通り、二人は手分けして兄の分も食べるのだった。

 


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