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それぞれの魔法

 賢者の木を見に行った次の日。


 朝の日差しに目が覚めた俺は、むくりと身を起こす。


 空はようやく白じんできたくらいで、早朝ともいえる時間帯だ。


 昨日は山登りをして疲れたせいか、さっさと眠ってしまった。


 そのお陰かこんな早朝に起きても全く眠くない。


 むしろすっきりとしている。


 深呼吸をすると、朝の冷たい空気が鼻をスッと通り体内へと駆け巡る。


 エルフの森の空気はとても澄んでいて綺麗だ。アスマ村の空気も綺麗だったが、さすがにここには負けるようだ。ヤックが住み着いているのは伊達ではないな。


 それからグッと伸びをして凝り固まった筋肉を伸ばし、吊ってあるいつもの服装へと着替える。


 服は昨日の寝る前に水魔法の水球でばっちりと洗ってあるので問題ない。


 水球を操作して洗濯機のようにグルグルと回せば大抵の汚れは落ちる。汚れが酷い時はそこに少しに石鹸を混ぜてやればいい。


 冒険着に着替えた俺は、顔を洗うためにタオルを手に持ち家の裏へと回る。


 ちなみにヤックはまだ起きる気配がない。


「『マイム・ボー』」


 家の裏へと回った俺は、魔法言語により水球を作り出す。


 宙に作り出された水球をフワリと浮かせたままにしておく。


 そこに頭を突っ込めばさぞ気持ちいい事になるだろうが、髪は昨日洗ったし、髪まで濡れてしまうので両腕で水をすくって顔を洗う。


 ……ふう、いつでも冷たい水を出せるというのは便利だな。


 水魔法と火魔法があれば大抵のことはこなせる気がする。


 タオルで顔を拭いた後は水球を適当に飛ばしてやれば問題ない。


「へえー、それが人間達の使う魔法っていうものなのね」


 水球を処理し、自分の部屋へ戻ろうという所で感心したような声が聞こえた。


 声の方に振り向くと、そこにはフェリスがいた。


「そうだよ。これが人間達の使う魔法だよ。精霊魔法とはかなり違うね」


「人間達の魔法ってどうやって発動しているの?」


 精霊魔法とは違った現象に興味を示したのだろう。


 何せ、精霊魔法とは全く違うからな。


 興味を示すフェリスに、俺は魔法言語による魔法を纏めて説明する。


「へー、つまり魔法言語っていうのが精霊の代わりになって魔法を発動しているようなものなのね。肝心な部分が魔力制御っていうのはどちらも共通していることね」


 魔法言語という事に関しては馴染みがなかったのか、少し難色を示していたが概ね理解することができたようだ。


 まあ、俺の場合は『全言語理解』のお陰ですぐに習得できたので、説明するのが苦手という部分もある。そういう詳しい理屈はギリオン兄さんの領分だ。


 精霊に言葉を伝え、魔力を送り発動する精霊魔法。


 魔法言語で空気中にある魔力、体内の魔力を制御して発動する人間の魔法。


 結構似ている気がする。


「魔法言語とやらで、魔法を発動するなんて不思議ね」


「俺からしたら精霊魔法の方が不思議だけどね。どうしてあんな大雑把な伝え方で魔法が発動するのさ?」


「長年一緒にいれば、どんな時にどんな魔法を使いたいかくらい精霊が理解してくれるわよ」


 ああ、そうか。エルフは長寿の一族なのだ。見た感じでは俺と同じくらいの年齢に見えるフェリスだが、すでに何十年もの時を生きているのだ。


 その間ずっと過ごしていればお互いの事を理解できているだろう。エルフと精霊は親和性も高いのだと言っていたし。


「……ところでフェリスって何歳」


「なに?」


 俺の言葉を遮り、笑顔で言ってくるフェリス。


 フェリスの笑顔はとても素敵なのだが、妙に怖い。


 この近い距離で聞こえなかったなどということはあるまい。


 ただでさえエルフは聴覚が優れているのだから。これは聞くなということであろう。


「……いえ、何でもございません」


「そう。そろそろ朝食の時間だから取りにきなさい」


 俺の返答に満足したように頷くと、フェリスは金色の髪を翻して家へと戻っていった。


 女性の年齢を聞くのは、エルフであっても人間であってもタブーらしい。


 いや、長寿であるエルフであるから、なおさらタブーだったのかもしれない。



 ◆



 朝食を食べ終わった俺は今日もフェリスとヤックと共に集落を探検していた。


 この集落は人間の住む街とは違い、とても時間の流れが緩やかだ。それは長寿であるエルフ故の落ち着いた雰囲気なのかもしれない。集落全体からのびのびとした雰囲気が伝わってくる。


 なのに、一部の人がやけに暗い表情をしているのは何故だろうか? 


 最初は人間である俺が来て不安になっているだと思っていたが、何やら違う様子だ。


 包帯を腕や足に巻いている人は怪我で気が沈んだのだと思えるが、包帯を巻いていない健康そうな人までもどことなく重そうな表情をしている。


 隣を歩くフェリスに聞いてみたいのだが、どことなく聞くなというオーラを発している気がしているので聞きづらい。


 一体どうしたのだろうと思っていると、前方から見覚えのあるエルフの親子が歩いてきた。


 フィアとそのご両親だ。今回は父親だけでなく、母親も一緒にいるようだ。


 若葉色の髪をしたエルフ。線の細い輪郭に優しげな瞳。その笑顔はどこか儚げな印象を持つ女性であった。


 俺は声をかけようとしたのだが、昨日見たフィアの明るい表情とは違って少し落ち込んでいるようだったので声をかけるか迷った。


 しかし、向こうは俺の存在に気が付くと落ち込んだような表情から一転、パアッと顔を輝かせた。


 それから両親の手から離れて、俺の方へとてててとやって来る。


「ヤックとジェドだ!」


 いや、正確には俺の肩に乗っている存在、ヤックに気が付いてからだ。


 俺の名前よりも先にヤックの名前が呼ばれるくらいである。


 まあ、エルフの集落においては聖獣と呼ばれるくらいだから仕方がないか。何だかんだヤックのお陰で穏便にお邪魔することができたのだし。ここは気にしないでおこう。


「ヤックー。遊ぼう」


 俺の傍へとやってきたフィアが、俺の服の裾を引っ張って上目遣いで言う。


 兄や姉ばかりでなく、俺にもこんな可愛い妹が欲しいと切に思った。


「ほら、ヤック。可愛らしい少女がお呼びだぞ?」


『はあー、聖獣として崇められるのも大変だぜ……』


 エルフの集落に来て慣れてきたのだろうか。ヤックがやれやれという風に呟いた。


 撫でられすぎて猫みたいにストレスで禿げないか心配だ。


 エルフの集落を出たら、ここまで人気になることはないと思うが。


 そんな事を思いながら腰を下ろしてフィアに合わせる。


 すると、フィアが俺の肩に乗っているヤックに手を伸ばすが、ヤックはフィアの肩にジャンプして乗り移った。


「わっ! あはは!」


 ヤックがフィアの首周りを駆け回り、くすぐったそうにフィアが笑う。


 それを見ている両親もどこかホッとしたように微笑みを浮かべていた。


 俺が軽く会釈をすると、フィアの両親も揃って会釈を返してくれた。


 この様子を見る限り、フィアの両親は人間である俺を警戒している様子はなさそうだ。


 それからフィアの母親が優しい笑みと共に前にやってきた。


「フェリス様、ジェドさん。うちのフィアを少しお願いしてもいいですか?」


「ええ、任せて」


「は、はい、大丈夫です」


 何だかよくわからないながらも、フェリスに続いて俺も頷いた。


 とにかくフィアと遊んであげて元気づけてあげればいいのだろう。


 まあ、主に元気づけてあげるのはヤックやフェリスの仕事になるのだと思うが。


「それじゃあフィア。お母さんとお父さんは先に帰っているから、お昼には帰ってくるのよ?」


「はーい!」


 ヤックとじゃれながらもフィアは元気良く返事をする。


 それを確認したフィアの両親は微笑み、俺達に「お願いしますね」という言葉をかけて歩いていった。


 さて、今日は思いっきり遊ぶとするか!




本作品がMFブックス様にて11月25日に発売します!

活動報告などにも情報は載っているので、よろしければご確認下さい。


お読み下さった皆様に感謝です。

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