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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第二十七話  古代遺跡と壁画

 空の実在を信じるか。

 ラビルの問いに対する反応は三通りだった。

 一つは、バカにして取り合わない者たち。


「そんなおとぎ話、いまどき信じる奴はいないって」


 そう言って、ランバル護衛団が笑い出す。

 広間と聞いて警戒したところで守魔はいないと聞き、気が緩んだ直後に冗談を聞かされた。ランバル護衛団はそう解釈していた。

 ランバル護衛団の隣で、別の反応を見せたのはミュトとフカフカだ。

 探し求める空の話が地図師として最前線を走るラビルの口から出た事で、期待と警戒がないまぜになった表情をしている。

 いまどきおとぎ話を信じている一人と一匹はランバル護衛団から距離を置いた。

 ミュトとフカフカが移動した先では三つ目の反応が見られた。

 ラビルが目を細め、三つ目の反応を示すキロとクローナを見つめる。

 キロとクローナだけは一瞬だけ上を見た後、顔を見合わせて困った顔をしたのだ。

 空の実在を信じるどころか、実際に見た事があるキロとクローナにとっては反応に困る質問だったのである。

 唯一の証拠であるキロとクローナを守るように、ミュトがラビルとの間に立つ。

 キロとクローナに変わってラビルを見つめ返しながら、フカフカが問い返す。


「なぜ、空の話が出てくるのだ?」


 ラビルは笑っているランバル護衛団を無視して道の先を指さした。


「この先の広間には遺跡があるからだよ。空を知る当時の人々が住んでいた遺跡がね」


 ランバル護衛団の笑い声がぴたりと止んだ。

 冗談の類ではないと気付いたのだろう。

 一転して困惑の表情を浮かべるランバル護衛団に笑いかけたラビルが、今度は頭上を指さした。


「自分は特層級地図師だからね。普段は未踏破層を探索しているんだ」


 語りながら、ラビルが歩き出す。

 ランバル護衛団の横を通り抜け、洞窟道の先へと歩き出したラビルを追って、キロ達も動き出した。

 ラビルは全員が付いてきている事を確かめると、話を続ける。


「未踏破層には遺跡がいっぱいある。自分が数か月前に見つけた遺跡には丹念に保護された石に掘られた地図があってね。地図の表記を信じるなら、作成年代は喪失歴六十年だ」


 ――いまは喪失歴八千五百年だったか。

 キロは以前に聞いた年号を思い浮かべながら、逆算する。

 ――ピラミッドより古い建造物か。

 ランバル護衛団の一人が口笛を吹いた。


「六十年ってマジかよ。よく残ってたな」

「ヒビが入っていたり、欠けていたり、酷い状態だったけどね。復元すらできない部分が多かった。でも、辛うじて読み取れる部分にはこの地点が載っていたんだ」

「この先にある遺跡は喪失歴六十年には存在していた、という事?」


 真剣に耳を傾けていたミュトが質問すると、ラビルは深々と頷いた。


「本来、自分は遺跡の調査のために上層に来たんだよ」


 未踏破層に活動拠点を置く特層級地図師のラビルが上層にいたことを不思議に思っていたキロ達は、理由を聞いて納得する。

 キロは洞窟道の先を見た。古代の遺跡、というのはたとえ異世界のそれでも心惹かれるものがある。


「……なんか冒険している感じですね」


 クローナがキロのそばまで来て囁いた。口元がにやけているように見えるのは気のせいではないだろう。

 フカフカの尻尾で照らされた洞窟道の先に、開けた空間が見えてきた。

 いよいよ、遺跡とご対面らしい。


「崩れやすくなっているはずだから、あまり触らないように注意してね」


 事前にラビルが注意を飛ばす。

 マッドトロルの奇襲を警戒しつつ、キロは広間に入って周囲を見回した。

 野球ができるかどうか、といった広さだろうか。

 床、壁、天井のすべてが石で囲われている。石には深く溝が掘り込まれ血のように赤い金属が流し込まれていた。鉄筋コンクリートのようなものなのだろう。

 鍾乳石が垂れ下がっているようなこともなく、八千年以上昔の物とは思えないほど保存状態がいい。

 マッドトロルも見当たらず、泥も落ちていなかった。何らかの方法で遠ざけているのだろう。


「……これは、ずいぶんと手が込んでいるな」


 フカフカが石に囲まれた広間を見渡して呟く。

 ランバル護衛団が石に流し込まれている赤い金属を熱が入ったまなざしで見つめていた。

 ラビルがランバル護衛団を振り返り、口元だけで笑う。


「遺跡荒らしは重罪だから、勘違いされないように気を付けた方がいいよ?」


 ランバル護衛団の五人が一斉に背筋を伸ばした。

 広間を見回しては熱心に地図を描いていたミュトが、広間中央に鎮座する石の建物に視線を飛ばす。

 キロも中央の建物を見るが、いかなる目的のために建てられたのか外観だけでは推し量れなかった。

 特殊な石を使っているらしく、八千年放置されても苔ひとつ生えていない。

 半透明で琥珀色の表面は高級感があるが、同時にうすら寒い無機質さを持っていた。

 建物自体はあまり大きくない。縦、横、高さがそれぞれ七メートル程度だろう。

 だが、地下世界の建物にしては珍しく、見慣れた三角屋根を被っており、床は一メートルほど地面から離してあった。


「あれが遺跡、なんだよね。もっと人が住んでいた名残みたいなものがあると思ってたんだけど……」


 ミュトの発言にフカフカは同意するように頷く。

 だが、キロとクローナには見慣れた家の形だ。


「お墓だったりしませんよね?」


 クローナがキロの袖を掴みつつ、遺跡を観察する。

 為政者の墓と言われれば、そう見えないこともない。

 ランバル護衛団にくぎを刺し終わったラビルがキロ達の元へ歩いてくる。


「中を見てみるかい?」

「良いの?」


 ミュトが不安そうに訊ねる。

 怖がらせちゃったかな、とラビルは頬を掻いた。


「さっきも言ったとおり、自分は遺跡の調査に来たんだ。中を検めない事には始まらないんだよ」


 遠慮する必要はないらしいと判断して、キロ達はラビルについて遺跡に歩み寄る。

 入口らしい入口は見当たらない。

 どうするのかとラビルを見ると、壁に顔を近づけてつぶさに観察している。

 やがて、壁を形成する石の継ぎ目を指先でなぞったラビルが息を吐いた。


「ここが入口だね」


 ラビルが指差した場所は、キロの目にはただの壁に見えた。

 しかし、よくよく見てみると石の継ぎ目が他と違って互い違いになっておらず、長方形に走っていた。


「フカフカ、どう思う?」

「しばし待て」


 キロが意見を聞くと、フカフカはミュトの肩から飛び降りて壁に顔を近づける。


「中から空気が漏れておる」


 ぴくぴくと耳を動かして、フカフカはラビルの見立てを保証した。

 ラビルが壁に手を当てる。


「少し離れていてくれ」


 全員で押し開けた方がいいのではないかと思ったが、ラビルは動作魔力でこじ開けるつもりらしい。

 ラビルが手を当てたまま足を引くと同時、ゴリゴリと音を立てて長方形の継ぎ目に合わせて石壁がせり出してきた。

 中に何があるかわからないため、押し開けるのではなく引き開ける方法を選んだらしい。

 ――動作魔力って本当に便利だな。

 しみじみと非現実的な光景を眺めていると、せり出した石壁が止まる。

 出てきた壁を横から見てみると、二等辺三角形を縦に切断したような形をしている。倒れないように重心を下げてあるらしい。

 ――これじゃ下手に押し開けたら中を傷つけてたな。

 図らずも、動作魔力で引き開けるのが正しかったらしい。

 ミュトの肩に戻ったフカフカが建物中を照らし出す。

 いつの間にかそばに来ていたランバル護衛団が建物の中をのぞいて眉を顰めた。


「なんだこれ」


 途端に興味なくして、ランバル護衛団は建物に背を向けた。


「俺らは洞窟道を見張ってる。魔物が来ないと限らないしな」


 五人がぞろぞろと連れ立って、つまらなそうに洞窟道へと向かう中、ミュトとフカフカ、ラビルは真剣な顔で建物内部へと誘われるように入っていく。

 対照的な二つの集団の様子に興味をそそられて、キロも建物の中をのぞいた。

 広くはない。せいぜい六畳ほどだろう。金銀宝石などの宝物や棺が安置されているわけでもない。床には塵一つ落ちていなかった。

 だが、床に何も置いていないのは当然の事なのだと、壁を見ればわかる。

 ギュッと手を握られた感触に、キロは隣に横目を投げる。

 クローナが魅入られたように壁を見つめていた。

 壁には外と同じく半透明で琥珀色の石が使われている。

 だが、注目すべきは石を透かした先に見える、壁画だ。

 古代の壁画と聞いて思い浮かべるような技術的に未熟な絵ではない。遠近や光源の位置を踏まえて描かれたものだ。

 表面を覆う琥珀色の石は壁画を保護するためにあったらしく、退色や剥離も起こっていない。


「怖い絵ですね……」


 クローナがポツリとつぶやく。

 キロは無言で頷きを返した。

 入り口から向かって左の壁に、地面の下で飢えや病で次々と死んでいく痩せ衰えた人々の姿が描かれている。人々の中には地面を一心不乱に掘り続けている者もいた。

 痩せた人々の上には描かれていない地上を睨む巨大な女神像が描かれている。

 正面の壁は何らかの研究所を描いたものらしい。キロも学生の頃によく見た実験器具と同じような形状の物がいくつかあった。

 研究所では生物関係の研究をしているらしい事が、壁画内の黒板に書かれた二重螺旋や生物の系統図から読み取れた。魔法陣らしきものや、発光生物も描かれている。

 研究内容を書いたらしき文章が壁画の下に綴られていた。ミュトとラビルが文章の解読を始めていた。


「過去は不変、未来は……」

「千変万化、だね。それにしても文字が古い。手間取るよ、これは」


 地下世界の文字は読めないキロはミュト達の解読結果を後で聞くことにして、クローナが見つめる、右の壁を見た。

 太陽と雲が浮かぶ空の下、大地の上を人々が逃げている姿が描かれている。

 胸の奥を鷲掴みにされる錯覚さえ覚える怯えた表情で人々が見上げる先には――何もない。

 琥珀色の石を透かした先に壁画がないのだ。

 もともと、意図があって描いていないのだろう。

 なぜなら、とキロは視線を上げ、頭上を見る。

 竜がいた。

 闇を練り固めたような真っ黒な石で形作られたその竜は口を開き、すべての壁画を飲み込もうとしている。

 竜だけは絵ではない。黒い石でできた巨大な彫像なのだ。

 鱗の一枚一枚まで丹念に表現された黒い竜の彫像は、琥珀色の石の中に埋め込まれている。

 角度を維持し、形を維持し、この遺跡の中へ足を踏み入れた者に危機感を与えるためだろう。

 壁画の内容よりも、この竜の存在と恐怖を伝えたかったのだ。

 ミュトの肩から壁画の研究内容を読んでいたフカフカが、天井の竜を見上げてポツリと呟く。


「……悪食の竜」


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