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複数世界のキロ  作者: 氷純
第二章 地下世界の帰路

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第二十五話  防衛戦の終わり

 キロとミュトの後に、年かさの女の号令を受けたランバル護衛団を先頭に村人達が続く。

 最終防衛線まで押し込まれた反動か、村人達はあっという間にマッドトロルに追いすがり討伐を開始した。

 キロとミュトは村人達を置いてきぼりにして、洞窟道へ向かうマッドトロルの群れに踏み込んだ。

 フカフカを肩に乗せたミュトが小剣を閃かせ、マッドトロルの個体を素早く切り殺して進む。

 集合体が目の前に立ちはだかると、ミュトは手を突き出して特殊魔力の壁を張る。


「キロ、お願い」

「おう、任せろ」


 ミュトが後ろに控えていたキロに声をかければ、キロは透明な壁の横を走り抜けて集合体の側面に回り込む。

 キロが側面に回ったことを横目で確認したミュトが特殊魔力の壁を解除する。

 すぐさま、集合体の本体の位置を見抜いたフカフカが尻尾の光で暴き出した。

 キロの槍が集合体を側面から突き破り、中にいた二匹の虫を突き殺す。さらに動作魔力で集合体の背後へ振り抜かれた槍は三匹目を仕留めていた。

 同様に、キロの槍が届かない位置に潜んでいた虫をミュトの小剣が二つに裂く。

 集合体を構成していた泥が地面に広がり切る前に、キロとミュトはさらに奥へと駆け出した。

 キロとミュトを脅威と見なしたのか、マッドトロルが迎撃するように動きを止める。

 行く手を遮る二体のマッドトロルに、キロとミュトが横並びになり、走りながら突きの体勢を作った。

 走り込んだ勢いを載せて、マッドトロルの本体である虫へ各々の武器を突き刺し、左右に分かれてマッドトロルだった泥の塊を避けて進む。

 その時、キロは違和感を覚えて背後を肩越しに振り返った。

 ――仕留めきれてない?

 ミュトが小剣を突き刺したマッドトロルがいまだ泥に還らず、反撃の泥弾を撃ち出す。


「――ッ!」


 キロは右足で地面を強く蹴り、横向きに飛びざま槍を正面で横倒しに構えた。

 ミュトに向かっていた泥弾はキロが構えた槍の柄に衝突し、砕け散る。

 キロは横倒しにしていた槍を繰り、持ち手を長くして地面と水平に薙いだ。

 遠心力が十分に乗った槍の横薙ぎがマッドトロルを半ばまで断ち切る。

 中央近くに潜んでいた虫が深手を負ったのか、マッドトロルは中途半端に泥を維持した状態で静止した。

 キロは反転してミュトを追う。


「……ごめん。助かったよ」


 横に並んだキロに、ミュトが謝る。

 息は荒く、走る速度も落ちていた。

 無理もない。

 救援を呼びに街まで往復した後で続けざまに戦闘しているのだ。溜まった疲れが出始めていた。


「クローナと合流したら、追討戦には参加せず撤退しよう。それまで、何とか頑張ってくれ」


 ミュトはただ頷いた。口を利く余裕もないらしい。

 キロは限界が近い様子のミュトを心配するが、クローナとラビルが戦っている場所はもう目と鼻の先だ。

 合流すればミュトの負担も減ると判断して、キロはミュトの前に出る。

 キロの考えを悟ったフカフカがキロの肩へと飛び移った。


「少しでもミュトの負担を減らそうというのだろう? 協力するぞ」


 フカフカはキロの槍が届く範囲のマッドトロルを照らし出す。

 救援を呼びに行く際にはキロの素早い動きに音をあげていたにも拘らず、今回はさらに広い範囲を照らしている。

 ここが正念場だ、とフカフカも腹を括ったらしい。


「ミュトがあの調子だと、魔力の補充は先になるだろ?」

「その時は貴様の魔力で我慢してやろう。ありがたく思え」


 フカフカの言葉にキロはにやりと口端を吊り上げる。


「腹を壊しても知らないからな!」


 言葉と共に、踏み下ろした左足に動作魔力を込めたキロは加速し、マッドトロルの頭上に飛び上がる。

 刃を下に突き出した槍が、泥の塊の天辺にいた虫を二つに切断した。

 手ごたえを感じたキロは槍をわずかに動かし、右斜め前に突きを繰り出す。

 三匹で構成される小さめの集合体が、内部の虫を二体貫かれて個体に戻った瞬間、右足を支点に梃子の原理で振り抜かれたキロの槍によって、ただの泥に戻った。

 ミュトが付いてきているか、振り向いて確かめようとしたキロの肩を、フカフカが前足でぽんぽんと叩く。


「ミュトの事ならば我が見ておる。キロは戦いに集中しておれ。他に気を回している余裕はキロにもないのだろう?」


 ミュトに疲れが溜まっている以上、当然キロにも疲労が蓄積していると読まれたらしい。

 事実、キロも魔力や体力が心許無くなっていた。集中力が切れ始めている事も、自覚している。

 それでも致命的なミスをしないのは、キロが器用であること以上に、マッドトロルが逃げに入っている事が大きい。


「キロさん!」


 クローナの声が聞こえて、キロは目の前にいたマッドトロルに攻撃を加えず飛び退く。

 直後、石壁が出現してマッドトロルを押し潰した。

 マッドトロルを押し潰した石壁の向こうにクローナが立っている。


「クローナ、無事みたいだな」


 服に泥が跳ねてはいたが、怪我はない様子のクローナの姿にキロはほっとする。


「キロさんもミュトさんも、大丈夫みたいですね」


 キロとミュトが無事と分かってクローナも一安心したのか、胸を撫で下ろした。

 ミュトが見ていることに気付き、クローナは首をかしげる。


「……他意はないですよ?」

「……大丈夫、分かってる」


 少女二人のやり取りに首を傾げつつ、キロはラビルを見た。


「俺達は撤退しようと思います。連れてきておいて心苦しいんですが、魔力も体力もそろそろ限界なので」

「そうだろうね。むしろ、ずいぶん持つなと感心していたところだったんだ」


 後は任せてくれ、とラビルは自らの胸を叩く。

 フカフカがミュトの肩を尻尾で軽く叩いている。労っているわけではないようだ。


「安心するがよい、流石にあれには負けぬ」

「……うるさいよ」


 洞窟道へ向かうというラビルと別れ、キロ達は最終防衛線に引き返す。

 すでにマッドトロルの群れは洞窟道に殺到しているため、キロ達と最終防衛線との間に残っているマッドトロルは少ない。

 その少ないマッドトロルも、追討戦に参加する村人達が順次処理して回っているため、キロ達の行く手を阻むものはなかった。

 戦闘を避けて最終防衛線の裏に到着したキロ達は棒のようになった足に鞭打って宿に向かう。

 早く部屋に帰って泥のように眠りたかった。

 戦闘から解放された事で、空気が弛緩していた。

 村人のほとんどが最終防衛線に出払っている事もあり、村に残っているのは長老をはじめとした老人と子供だけのようだ。

 すでにマッドトロルが逃走を開始したことが伝わったらしく、子供達は遊び始めている。

 畑が荒らされたため、老人達は今後の生活をどうするか相談し合っているようだ。

 生活を守るという点では間に合わなかったのだと思うと、やるせなくなった。


「ミュトよ、少し待て」


 キロの表情に気付いて、フカフカがミュトの足を止めさせた。

 疲労困憊の様子で何度も欠伸を噛み殺していたミュトが、目をこすりながら足を止める。

 円座になって相談し合っている老人達へ、フカフカが声をかける。


「いま畑に行けば虫どもの死骸が大量に手に入るはずである。あれを売ればしばらくは生活できるのではないか?」


 ――そういえば、光虫の餌にするって言ってたな。

 フカフカの言葉に老人達が顔を見合わせる。


「……あの虫は売れるのか?」

「知らんのか? この村でも光源に光虫を飼っておるだろう?」


 フカフカが不思議そうに訊くと、老人達はあぁ、と小さく呟いた。


「この村では光虫を飼っていないんだよ。この村の光源は、ほら、あそこにいるだろう」


 老人が指差した先には五歳ほどの少女に追いかけられる、くちばしが大きく発達した鳥がいた。

 でっぷりと太った胴体には逞しい足が二本付いており、くしゃくしゃに丸めたような不恰好で小さな羽をもっている。

 明らかに飛べない鳥だ。フカフカの尻尾ほどではないが、くちばしが強く発光している。


「出よったな、ずんぐりむっくり」


 フカフカが不機嫌そうに尻尾を乱暴に振り回す。

 ミュトが飛べない鳥を見て納得したように頷く。


「畑があるんだから、光量が多い動物を飼っているのは当然だね」


 どうやら、地下世界において太陽の代わりに植物の光合成に使われるほどの光を放つ生き物らしい。

 クローナがふらふらと鳥へと歩いてき、五歳くらいの少女と腕輪を交換し合いながら、二言三言会話する。

 クローナが何かを質問すると、満面の笑みで頷いた少女が鳥を抱え上げた。

 鳥は暴れることもなく、足を体に引き寄せて折り畳むと微動だにしなくなった。

 訓練されているのか、もともと大人しい動物なのかは判断が付かない。

 だが、クローナにとってそんなことはどうでもよかったらしい。


「キロさん、キロさん、この鳥、私達も飼いましょうよ。フワッフワしてますよ。綿みたいですよ!」


 鳥の触り心地に感極まったクローナがピョンピョン跳ねる。

 激しい上下移動にも、鳥は全く動じていない。


「なんであんなに元気なんだろ」


 キロは疲れの溜まった肩を回しながらため息をつく。


「そんなかさ張る生き物連れて歩けないだろ。フカフカで我慢しとけ」

「おい、キロ、至高の生き物である我を捕まえて何たる言い草だ」


 キロの言い方が気に食わなかったのか、フカフカが不機嫌に抗議する。


「……何でもいいから早く帰って寝ようよ」


 ミュトが額を抑えて呟いた。


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