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複数世界のキロ  作者: 氷純
第一章 クローナの世界

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第二十六話  不動産リスト

 朝を迎え、キロとクローナは部屋を出て一階に降りた。

 カウンターで眠そうに目を擦っていた宿の娘が、キロ達を見るなりピンと背筋を伸ばす。

 客を気持ちよく送り出すのが仕事、と教育されているのだろう。


「おはようございます」

「おはようございます。お弁当は出来てるよ」


 キロとクローナが挨拶すると、宿の娘はカウンター端に置かれていた包みに手を伸ばす。

 届かないだろうとキロは一瞬思ったが、娘は持ち前の長い腕であっさりと包みに指先を届かせる。

 ――テニスとか上手そうだな。

 娘の長い腕を見つめてキロが考えていると、娘は何を勘違いしたのか腕を曲げて力こぶを作ろうとして見せる。健闘虚しく、二の腕にはさしたる変化が見られない。

 自身の貧弱な二の腕を見せつけた後、娘はクローナに横眼を投げる。


「キロ君は女の子の二の腕がお好き?」

「わ、私に訊かれても困ります」


 クローナは少し赤い顔をして、胸の前で両腕を交差させ、バツ印を作って見せる。

 キロは女の子二人のやり取りに苦笑して、弁当の包みを受け取った。

 クローナを促して宿を出る。青空の高い所を白い雲が泳ぐ、良い天気だった。

 ギルドに向かって歩き出すと、キロはクローナが自分をちらちらと窺っている事に気が付いた。


「どうかしたのか?」

「……ぷにぷにの方が好きですか?」

「ムニムニが好きだ」


 適当に返すと、クローナは困り顔で「違いが分からない」と呟いた。

 ギルドに入ると、オールバックの受付が出迎える。

 一体いつ休んでいるのだろうかと思う遭遇率だったが、この世界に労働基準法があるかも分からない。

 自由に働いて自由に休む世界であるなら、目の前の受付は間違いなく仕事中毒だ。

 クローナが昨夜騎士団の詰め所で情報を閲覧した事を報告し、失踪した冒険者の足取りをたどる予定であると告げる。

 オールバックの受付は少し考える素振りをしたが、結局は頷いて許可を出した。


「ただし、くれぐれもご注意ください。……犯人に狙われる可能性が高いですから」


 小声で注意を促され、キロとクローナは神妙な顔で頷いた。

 昼頃に一度報告に戻る事を約束し、キロ達はギルドを出る。

 賑わう通りを歩いていると、連続失踪事件が起こっているとは思えない。

 キロは昨夜作っておいたカッカラの地図を取り出す。聞き込みを行う場所や相手を記してあるものだ。

 大通りを抜け、最初のパン屋に入る。

 朝の繁忙期は過ぎたためだろう、店内は客もまばらで聞き込みを行っても邪魔にならなそうだった。

 店番をしていた少年に声をかける。家族経営らしく、すぐに母親を呼んできてくれた。


「あぁ、あの冒険者ね。騎士団に話した以上の事は特にないんだけど」


 確認がてらに用意した質問をしてみるが、騎士団の詰め所で閲覧した情報以上の事は得られない。

 ――切り口を変えないと無駄足に終わりそうだな。

 元々、捜査のプロである騎士団が調べた後なのだから、素人のキロ達が同じように調べても新発見は期待できない。

 キロは新しい切り口はないかと考えたが、何も思いつかなった。

 カウンターで釣銭が足りなくなったらしく、少年が母を呼ぶ。

 店の奥からすぐに銅貨を補充して、母親は少年に銀貨を渡し、両替して来いとお使いに送り出す。

 カウンターには代わりに母親が立つ事になるようだ。

 これ以上の聞き込みは店の邪魔になりそうだと思い、キロ達が礼を言って店を出ようとした時だった。

 少年がキロとクローナを交互に見ると、何か納得した様に大きく頷く。


「シールズさんと違って彼女の尻に敷かれてなさそうだね」


 一人納得したように何度も頷く少年が放った言葉にクローナが赤くなる。

 奇襲による一撃必殺、少年は将来大物になるだろう。

 キロは無責任に考えつつ、少年に声を掛ける。


「シールズさんに彼女がいるのか?」

「シールズさん、女物の服をこっそり買ってたんだよ。北の定期市で。定期市ならカッカラの外の人しかいないからばれないと思ったんだね、きっと」


 にしし、と悪ガキらしい笑みを浮かべる少年だったが、店の中から母親の声が飛び、慌てて通りを駆けだした。

 しかし、少年は途中で振り返るとキロ達に向けて声を張り上げる。


「化粧品も買ってたよ」


 駆けていく少年を見送り、キロはクローナと顔を見合わせる。


「そういえば、キロさんの髪が綺麗だって褒めてましたよね」

「女装癖でもあったりして」


 キロが呟くと、クローナがこらえきれずに噴出した。



「予想はしてたけど、このままだと今日一日無駄にしそうだな」


 キロはクローナに声をかける。

 収穫のない聞き込みを続け、昼を迎えてしまった。


「騎士団も捜査に慣れてるだけあって、私達が考え付く程度の質問は全部しているみたいですね」


 クローナも困ったように呟いた。

 二人そろって疲れたため息を吐き、ギルドに入って受付に挨拶する。

 ただ単に無事を知らせに来ただけなので、すぐにギルドの端のテーブルに向かった。

 宿で渡された包みをほどくと、魚のフライと葉っぱが挟まれた物や卵を挟んだサンドイッチが小さな編みかごに入っていた。

 ――この世界にもサンドイッチ伯みたいな物ぐさがいたんだな。

 元の世界におけるサンドイッチ誕生の逸話を思い出しつつ、キロはかじりつく。

 クローナがサンドイッチを齧るが、進展しない捜査が気になるのか、あまり美味しそうに食べていない。


「午後はどうしましょうか?」

「捜査の切り口を変えるしかないだろうな」


 失踪した冒険者が聞き込みをしたパン屋は回りつくしてしまった。

パン屋の位置にバツ印をつけた地図を見て、キロは思案する。


「犯人がパン屋以外で食料品を買ってるかもしれないし、不審な客がいなかったか訊いてみるか」

「肉屋とかも回るって事ですよね。かなりの数になりますけど……」

「捜査は足で稼ぐものだって、言っただろ」


 キロの言葉に、クローナは渋々頷いた。彼女も他に良い案があるわけではないらしい。

 それにしても、とキロは地図を見ながら疑問に思う。


「誘拐しておいて、栄養状態を気にする理由ってなんだと思う?」

「奴隷として売る以外にありますか?」


 クローナの答えはキロにとっては中途半端な物だった。

 しかし、キロが言及するまでもなくクローナも思いついているらしい。ただ言わないだけだ。

 ――売春させるとかも可能性の一つなんだよな。

 見目麗しければ高値が付く商売だ。いやな表現だとキロも思うが、栄養状態の管理は商品価値の維持につながる。

 だが、キロは失踪者のリストを思い浮かべてため息を吐く。

 失踪者の中にはあまり見た目の良くない者も含まれているのだ。男娼でも一部に需要があるだろうが、誘拐するなら見た目が綺麗な者を狙うだろう。

 ――誘拐された人と失踪した人が混ざってるのか。

 だが、失踪したのだとしても、リストの中には失踪する動機を持つ者がいない。

 八方塞がりだった。

 どこか味気ない食事を終えてキロ達は席を立ち、ギルドを出た。


「とりあえず、宿に戻って編みかごを返してこようか」


 空の編み箱を持ち運ぶのが面倒という理由もあるが、夕方以降の忙しい時間帯に編みかごを渡すのはいささか気が引ける。

 クローナを促して宿へと歩きだすが、通りを曲がってすぐにキロは足を止めた。

 二歩ほど歩いてキロが付いてこない事を不審に思ったクローナが振り返る。

 キロは道に面して建つ不動産屋を見つめていた。


「監禁場所って、森にはないよな?」

「あったら調査で見つかっていると思います。それに、初期ならともかく失踪事件が明るみに出てからだと防壁の外に被害者を連れ出すのも難しいでしょうから――入ってみますか?」


 キロはこくりと頷き、率先して不動産屋に足を踏み入れた。


「ようこそ」


 不動産屋の主が条件反射で歓迎し、キロ達を見て眉を寄せた。

 当然だろう、家を買うには若すぎる二人だ。

 少し申し訳ない気分になったが、入ってしまった以上いまさら出ていくわけにもいかない。

 手早く用事を済ませてしまおうと、キロはクローナに通訳してもらいつつ不動産屋の主に質問を浴びせようとして、口籠った。

 誘拐犯を探している事は騎士団に口止めされているのだ。

 馬鹿正直に、監禁場所の候補を挙げてください、とは訊けない。


「……失踪事件の調査をしているので、空き家の場所を教えてくれませんか?」

「あぁ、そういう事か。きちんと管理してるから、行方眩ました奴が忍び込む隙なんかねぇよ」


 面倒臭そうに言いながら、不動産屋の主は棚から分厚い紙束を取り出した。

 キロの目の前へ乱雑に放ると、口を開いた。


「騎士団と一緒に空き家は回ったが、無駄足だった。うちで扱ってる物件は全部そこに載ってるから適当にやってくれ。調べ終わったら返せよ」


 不動産屋の主は投げやりに言って、自分の席に戻る。テーブルには彫刻刀とよく分からない生き物を象りつつある木が転がっていた。

 不動産屋の主が何を掘り出そうとしているのかはわからなかったが、遺跡からでも掘り出されればオカルトチックな妄想を後世の人が思い描くだろう事だけは想像に難くない。

 子々孫々に夢溢れる妄想のタネをプレゼントする愉快な不動産屋に礼を言って、キロとクローナは店を出た。

 ぱらぱらと渡された物件のリストをめくってみる。

 ――空き家だけ調べても意味はないんだけどな。

 調べないよりはましだ、と思いつつ捲っていると、数ページ目でキロの指が止まった。


「どうしたんですか?」

「数字は金額だと思うんだけど、この単語が分からなくてさ」


 クローナに教わって日常の挨拶や数字の読み書き程度はできるようになったキロも、まだ分からない単語が多い。

 クローナはどれかね見せたまえと、芝居がかった教師口調で言って、キロの手元を覗き込む。

 途端に、クローナは眉根を寄せて困ったような顔をした。


「売却済みって書いてあります。うわぁ、購入者の名前と間取りまで載ってますよ……」


 クローナはキロに文字の意味を教えて、何とも言えない顔をした。

 個人情報保護法などないこの世界でも、泥棒に渡ったら危険な事くらいわかっているだろうに、とキロはため息を吐く。

 しかし、これは予想外の収穫だ。

 キロは物件リストを虱潰しに眺めながら、人を監禁しても発覚しにくい家を探す。

 周囲から孤立した一軒家、または地下室のある家、単純に部屋数の多い家……。

 いくつかの候補はあったが、全てに合致する家が一軒だけ存在した。

 周囲に家が存在しない墓場という孤立した立地、司祭が住んでいる教会よりさらに大きい建物、地下には埋葬前の遺体を一時保管する大きな空間が存在する、そんな建物が一軒だけ。

 購入者は一人暮らしの元冒険者、弟子を取った経験もありその弟子はカッカラのみならず周辺の町でも名前が知られている凄腕となっている。

 物件リストに書かれた購入者の名前は――アンムナだった。


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