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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅳ.桜と精霊
26/53

03 王国暦五九九年 ベリエ 十五日 前編

 アレクと一緒に食堂へ行く。

 今日は魚介と菜の花のスープ。それからクロワッサンと、クレソンとチーズのオムレツ。

 休日はたいていアレクと一緒に朝食を食べる。前日からアレクの部屋に泊まっていることが多いからなんだけど。

「今度は俺が黒を持っても良い?」

「いいよ」

 少なくとも、絶対に勝てる局面で、ステールメイトで引き分けにされることもなくなった。

 昨日は二勝四敗一引き分け。

 この引き分けは、パーペチュアルチェック。

 スリーフォールド・レピティションの中でも、チェックで盤上が同じ形に三回なった場合に起こること。

 ナイトとクイーンでチェックメイトにする予定が、ナイトをアレクのクイーンに取られたのだ。クイーンを取りながらチェックを続けたけれど、盤上に使える駒は何もなくて、詰んだ。アレクはまだルークもビショップも残ってるから、チェックメイトの手はいくらでもあるだろうけど。

 そのままクイーンで行ったり来たりしていたら、これがパーペチュアルチェックだと教えられた。

 お互いに手詰まり。アレクはチェックからキングを逃がし続けなきゃいけないし、俺はキングへのチェックを外した時点で詰むから。

 この場合は、劣勢の俺がパーペチュアルチェックで引き分けに持ち込んだ、ということらしい。

「アレクは強い」

「エルが素直だからじゃないかな」

「素直?」

「必ず、こちらの手に反応してくれるから。クイーンを取ろうとすると、クイーンを逃がすことに集中するね」

「序盤でクイーンが無くなるなんて考えられない」

「本当の目的は別のところにあるのかもしれないって考えないのかな」

「別のところ?」

「そう。駒の取り合いが目的ではなく、ライン上に居る邪魔なポーンを消す為とか、ビショップを動けないようにする為とかね」

「でも、守らなければ取られるだけだ」

「クイーンを守っている駒が居る限り、取られても取り返せるよ」

「相手のクイーンを?」

「そう。戦力的には変わらない。お互いのクイーンが削られるだけ」

「それ、意味あるのか?」

「クイーンに頼ろうとするエルを負かせるには良い手だと思うけど」

「別に、頼ってばかりいないよ」

 アレクがくすくす笑う。

「そうだね。最後まで大事に守ろうとするから、昨日もクイーンを捨てれば勝てるところで負けてしまったんだから」

 クイーンのサクリファイスでチェックメイトできた時のことを言ってるんだろう。

 サクリファイスは生贄。

 あの時、クイーンでチェックをすればアレクはクイーンでクイーンを取らざるを得なかった。でも、ポーンでクイーンを取ればチェックメイトに持ち込めたのだ。

「マリーとの約束は、午前かな」

「朝食を食べたら門に来いって。マリーの兄弟と合流して、それからマリーの家に行くんだ」

 今日は朝から天気も良いし、楽しみだ。

「アルには会ったことがあったね。レオナールは知っているかい」

「レオナール?って二番目?」

「そうだよ」

 まだ会ったことがないな。

 マリーには兄が二人居る。

 長男のアルベールがアレクと同じ学年だから、二男のレオナールは俺の一個上なんだろう。

「アレクも今日はフラーダリーと花見?」

「十七日の放課後に、姉上を誘って桜を見に行こう」

「もう散ってるんじゃないか?」

「散り際も美しいよ。それに、あそこの桜は遅咲きだから、まだ見頃かもしれないな」

「どこに見に行くつもりだ?」

「よぉ、アレク、エル」

「おはよう、アル、レオナール」

 振り返ると、アルベールとレオナール?が居る。

 あ。アルベールと同じコーラルアイだから、レオナールで間違いないだろう。

「おはようございます。アレクシス様。君がエルロックだね。僕はレオナール。よろしくね」

「よろしく。レオナール、アルベール、おはよう」

「人見知りは大分収まったのか?」

「いつの話ししてるんだよ」

「おお、威勢が良いな」

「アレクはどうするんだ?」

「上手く行けば合流するよ」

「え?アレクもグラム湖に来るのか?」

「その予定だよ」

「なら一緒に来れば良いのに」

「アレクを簡単に外に連れ出すわけにはいかないんだよ。仮にも一国の王子殿下だからな」

 じゃあ、どうやって来るつもりなんだ?

「エル、迷子にならないように気をつけるんだよ」

「なるわけないだろ」

「アル、レオナール。エルを頼んだよ」

「まかせておけ」

「はい」

「それじゃあ、私は先に行くよ」

「え?」

 食べ終わったアレクが、トレイを持って席を立つ。

「会えたら、向こうで会おうね」

 アレクが俺の頭を撫でて、行ってしまった。

 持っていたコーヒーテーブルに置いて、アルベールとレオナールが俺の前に座る。

「桜を見るの、初めてなんだって?」

「中庭の桜は見た」

「十二日は満開だったからね。グラム湖はもっとすごいよ」

「マリーから聞いてるぜ。外出禁止令食らってるって。毎回派手にやってるな」

 そんなに派手にやってるかな。

「先生、シャワーを浴びてたら画鋲が落ちてきたって怒ってたよ」

「画鋲も仕込んでたのか?」

 首を横に振る。

「もともと、天井に刺さってた画鋲を取る為に作ったんだ」

「あのスライムを?」

「スライム?」

「スライムじゃないのか?あのゲル状の半固体物質」

 スライムの作り方は違った気がするけど、似たようなものかもしれない。

「ん。そうかも」

「っていうか、天井に画鋲なんて、どうやったら刺さるんだよ」

「それは俺がやったことじゃない」

「誰かがやったって?…相変わらず面白いクラスだな」

 その通りだ。


 ※


 遅い、とさんざんマリーに怒られた後、オルロワール兄弟妹と一緒に、オルロワール家に行く。

 なんていうか、すごくでかい家。

 マリー、ちゃんとお嬢様だったんだな。

 オルロワール伯爵、伯爵夫人に挨拶をして、馬車でグラム湖を目指す。

 伯爵に仕える近衛騎士が十人、従者とメイドを合わせると、結構な大所帯だ。

 四人乗りの馬車にマリーたちと一緒に乗る。

「エルはマリーに付き合って光の洞窟に行くんだろう?」

 昨日、フラーダリーから許可をもらったって言った時に、そんなようなことを言われた。

 マリーは今日、光の洞窟で光の精霊と契約する。

 それに付き合ってくれと。

「詳しく言ってなかったわね。洞窟の中に、光の柱と呼ばれる、光が差し込む場所があるのよ。とても綺麗で神秘的な場所なの。そこで光の精霊と契約するのよ。光の大精霊が顕現した場所だって言われてるわ」

 きっと、光が集まる場所なんだろう。それなら光の精霊が好きそうだな。

「エルも精霊と契約したら良いんじゃないか?」

 俺が、精霊と契約?

「光の洞窟は、光の精霊が多いけど、闇の精霊や大地の精霊、水の精霊も居るんだよ」

 洞窟は暗いから闇の精霊が居て、グラム湖の傍だから水の精霊が居るんだろう。

 大地の精霊は、どこにでも居ると思う。硬い岩が好きな大地の精霊なら、洞窟を好むかもしれない。

「エルって、アレクシス様の精霊と一緒に居るんでしょう?」

 サンドリヨンの劇以来、そういうことになってる。

「いつも一緒なわけじゃないよ。今日は居ないんじゃないか?」

 ミーアもロジェも、養成所を守ってる精霊だから、俺については来ないはずだ。

「精霊に慣れているなら、エルも契約すれば良いじゃない」

「俺は精霊と契約するつもりなんてない」

「魔法使いの才能があるのに?」

「才能があるからって、契約しなきゃいけないってわけじゃないだろ。魔法陣があればいつでも呼び出せるんだし」

「え?魔法陣、使えるの?」

 あ。まだ習ってなかったっけ。

「エルは古代語に詳しいんだろ?なら、魔法陣に詳しいのも当然だ。あれは古代語の文字が使われているからな」

 使われてるけど、それだけの知識じゃ魔法陣は描けない。

俺が簡単に描けるのは、小さい頃から見慣れてるからだろう。

「エルって不思議よね。どこから来たの?」

「別に、どこだって良いだろ」

「ラングリオンじゃないの?」

「言いたくない」

 アルベールとレオナールが笑う。

「はっきり言われたな、マリー」

「もう。出身がどこか聞いてるだけじゃない。別に、あなたがどこの出身でも蔑んだりしないわよ」

「マリー、そう言っている時点で、相手を貶めているよ。言いたくないことを無理に聞き出そうとするのは良くないね」

「でも…」

「それとも、エルの出身を知っているかいないかで、マリーのエルに対する態度が変わるのかな」

「変わらないわ」

「だったら、その質問は無意味だね。もう少し楽しい話題を提供する方が良い」

「むぅ」

 言いくるめられてるな。

 可愛い。

「妹が生まれてたらこんな感じだったのかな」

「妹?」

 あ。

「妹が居るの?どんな子?」

 妹だったのか…。

 弟だったのか…。

「知らない」

「会ったことないの?」

 あの、お腹の中の赤ん坊…。

「生まれる前に、別れることになったから…、」

 もうすぐ生まれるはずだったのに。

「会ったこと、ないんだ」

 会いたかった。

 今も、ずっと。

 会いたくて。

 でも、絶対に叶わない。

 アンジュ。

「エル…?」

 俺のせいだ。


 だめ。

―さぁ、全部忘れて。

 忘れて。

―大丈夫。


 ※


 花の匂い。

 目を閉じたまま、マリーに手を引いてもらいながら歩く。

 馬車は桜並木を通って来たから、満開の桜が並ぶ姿は見たんだけど。

 マリーがもっときれいなところがあるって言うから。

「もうそろそろ目を開けても良いわよ」

 目を開く。

「あ…」

 そこは一面、桜色。

 木々も、風も、地面もすべてが。

 体が浮いているような錯覚すら起こす。

 まるで夢でも見てるような、非現実的な光景。

 淡くて優しい色。

 心まで癒されるような景色。

 砂漠では絶対に見られなかっただろうな。

 これが、ラングリオンの春の色。

「一番良い時に来たわ」

 頷く。

 アレク、早く来ないかな。

 フラーダリーとも一緒に見たかった。

「桜って、毎年咲く?」

「もちろんよ」

 来年は一緒に見られたら良いな。

「さ、ランチにしましょう」

「花見?」

「そうよ」

「もう少し見ていて良い?」

「食べながらでも見られるわ。ほら」

 マリーが俺の手を引く。

 目的は桜を見に来たことのはずなのに。

 マリーと一緒に居ると慌ただしい。


 ※


 馬車を置いておける少し開けた場所で、ランチの準備がされている。

 椅子やテーブルが並べられ、手でつまめる料理が並ぶ。

 馬車がこんなに多かったのって、この荷物を運ぶ為?

 花見って大変だな。

 周囲を見回す。

「アレク、まだかな」

「えっ?アレクシス様、いらっしゃるの?」

「来れたら来るって言ってたけど」

「どうやって?アレクシス様が王都から外出されるなんて聞いてないわ」

「聞いてない?」

「伯爵家が王子殿下の動向を把握してないわけないでしょう。お父様、何も言ってなかったわ」

 アレク、常に監視されてるのか。

 そういえば、いつも陛下の近衛騎士がこっそり後を付けて守ってるんだっけ?

 アレクが居る時は、フラーダリーの家の周りに居るって言ってたな。

「あ。来た」

「えっ?」

「アレク!」

 アレクの姿を見つけてアレクの傍に走る。

 あれ?一緒に居るのは…。

「カミーユにシャルロまで」

 後、見慣れない二人を連れている。

「ツァレンと申します」

「レンシールと申します」

 陛下の近衛騎士か何かかな。

「俺はエルロック」

 っていうか。

 カミーユとシャルロを連れ出せるなら、俺だって連れ出せたはずなのに。

「アレクが連れて来てくれるなら、マリーに頼まなくても良かったのに」

「エルが来るって言わなかったら、グラム湖まで遠出はしなかったよ」

「あっちに行こう。すごく綺麗な場所があるんだ」

 さっき、マリーに案内してもらった場所。

「伯爵に挨拶をするから待ってくれるかな」

 アレクが伯爵と伯爵夫人が座っている方へ向かう。

 本当、忙しい。

 振り返って、カミーユとシャルロを見る。

「歩いて来たのか?」

「まさか。馬に乗せてもらったんだよ」

「馬?」

「俺はレンシールに、カミーユはツァレンに乗せてもらったんだ。馬は途中にあった厩舎に預けている」

 ってことは、馬は三頭で来たのかな。

「良いな。俺も帰りはアレクに乗せてもらおう」

 馬車なんてつまらないから。

「お前なぁ…」

「そんなところで立ってないで、ランチにしましょう」

「マリー」

 マリーと一緒に、メイドが俺たちを席に案内する。

「結局、みんな来たのね。どうせだから、二人も光の洞窟に付き合ってちょうだい」

「光の洞窟?」

「マリーは光の精霊と契約するんだ」

「俺とカミーユは行かないぞ」

「どうして?」

「一緒に行けば、あの騎士がついて来る」

 ツァレンとレンシール?

 アレクを守ってる騎士じゃないのか?

「契約に、あまり大勢を立ち会わせられないわ」

 精霊との契約は個人間で結ぶもの。

 そして、精霊の自由を縛る方法。

 精霊と契約すれば、契約者は精霊の力を引き出して、その属性の魔法を使えるようになる。

 また、顕現しない状態で精霊が会話できる相手が契約者だけになる。ただし、契約に立ち会った相手は、顕現しない状態で話しが出来る。

「エルは立ち会わせて良いのかよ」

「一人で行きたくないもの」

「怖いのか?」

「…お兄様たちだって一人では行かなかったわ」

「それなら兄に頼めば良いじゃないか」

「近親者と一緒には行けない決まりなの」

「光の精霊との契約は、オルロワール家の試練だからな」

 マリーも大変だな。

「ねぇ、どうしてアレクシス様と一緒なの?アレクシス様、お忍びでいらっしゃってるの?」

「さぁな。俺たちは、アレクシス様に誘われただけだ。グラム湖が目的地だったことだって、今日初めて知ったんだ」

 そういえば、カミーユもシャルロも、グラム湖に来るなんて言ってなかったな。

 アレクに無理やり付き合わされたのか。

「そうだったの。昨日お決めになったのかしら」

「昨日?」

「えぇ。だって、エルがフラーダリーの許可貰ったのって昨日じゃない」

 あ。やばい。

「そういえばそうだったな」

 シャルロが話しを合わせてくれる。

「エルが来るから、アレクシス様もグラム湖に来たくなったのかと思っただけよ」

 アレクにグラム湖に行くって話したのは十二日だ。

 カミーユとシャルロ、あの時にアレクに誘われたんじゃないかな。

 っていうか。フラーダリーから王都の外に出る許可をもらったのは、十二日の放課後。

 シャルロもカミーユも、知ってるはずなんだけど。

 俺が十四日の朝まで、マリーに言うの忘れてたって気づいて、黙っててくれているんだろう。

「返事が遅かったから、フラーダリーの許可が下りなかったのかと思って心配したのよ。本当、ぎりぎりだったわ。エルから話を聞いて、急いでお父様に手紙書いたんだから。エルも行くから外出許可を下さいって」

「先に話してあったんじゃないのか?」

「友達を連れて行くかもって話してはあったけれど、誰かは言ってないわ。先に外出許可だけをもらうなんてできないもの」

 先に外出許可をもらってたら、マリーとグラム湖に行くのを断って、アレクとフラーダリーと一緒に桜を見に行っただろうな。

 …アレクも来るんだったら、フラーダリーも誘えば良かった。

 そしたら、この綺麗な桜を三人で見られたのに。



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