01 王国暦五九九年 ベリエ 八日
「やっぱり、外に行くなら、自然の観察が目的なんだろうけど」
「植物学や昆虫学の授業は中等部の選択科目だ。自然の観察では許可が下りないだろう」
「春じゃないとできないこと…」
朝から図書館に来て、先生を納得させられそうな話題をずっと探して居るけれど、全然思いつかない。
受けている授業は、外に出る必要がないものばかりだ。
「桜を見に行きたい、だけじゃだめかな」
「中庭の桜で我慢しろって言われただろ」
中庭の桜の木には蕾がたくさんついていた。
あと数日で開花し、満開を迎えたら後は散るだけ。
グラム湖の桜、見たかったな…。
「また何か悪いこと考えてるの?」
「マリー」
「悪いことじゃないぜ。養成所を抜け出す方法を考えてるんだ」
「十分悪いことじゃない」
「あれ?今日はアシューは一緒じゃないのか」
歓迎会の後、マリーはアシューに愛の告白をして、二人は恋人になったはずだけど。
「ほっといて」
「え?もう別れたのか」
「別れた?」
「恋人関係を解消した」
そういう意味か。
…あれ?
「ご丁寧に説明しなくても結構よ。養成所を抜け出すなんて、警備隊に喧嘩売るつもり?」
「売らないよ。合法的な方法を考えてる」
「グラム湖に桜を見に行くんだ」
「行けば良いじゃない」
「外出禁止令がある」
「普段から悪いことばっかりやってるからそういうことになるのよ」
そんなに悪いことをやってるつもりはないんだけど。
「エルは桜を見たことがないんだ」
「え?そうなの?」
頷く。
「だからグラム湖に連れて行く方法を…」
「そういうことなら、連れて行ってあげるわ。エルには借りがあるもの」
「え?」
「毎年ベリエの十五日は家族でグラム湖に行っているの。連れて行ってあげるわ。外出許可も、お父様に頼んであげる。…王都の外に出るから保護者の許可はちゃんともらっておいてね」
それぐらいなら、フラーダリーにお願いしても良いかな。
後で手紙を書こう。
「カミーユとシャルロは連れて行けないわよ」
「俺一人?」
みんなで行った方が楽しいのに。
「そうよ。連れて行けるのは一人だけ。…みんなにだって内緒にしてね」
内緒なのか。
「内緒って。ユリアとセリーヌも知らないのか?」
「家族の行事だもの。誰も連れて行けないわ。エルは特別よ」
「だってさ」
「エル、行って来い」
桜は見たい。
「ん。わかった」
「決まりね」
「オルロワール家が遠出なら、近衛騎士もついて行きそうだな」
「えぇ。近衛騎士とメイドが何人か」
「移動は馬車か」
「もちろん」
「なら安心だ」
カミーユとシャルロも、アレクやフラーダリーみたいに心配するのか。
「安心?」
「いや、ほら、フラーダリーは過保護だからさ。安全が確保されてないとエルを王都の外には出さないだろうと思って」
「お父様は国の書記官なのよ?うちの警備があれば十分だわ。それに、お父様もお兄様たちも光の精霊と契約してる魔法使いなんだから。何を心配するって言うのよ。…噂には聞くけど、そんなにフラーダリーって過保護なの?」
「エルは信じられないぐらい甘やかされてるぞ」
頷く。
「アレクシス様もエルには甘いものね。…エル、フラーダリーから外出許可をもらったら教えてちょうだい。十五日は朝食を食べたら門のところに来て。遠出だから、身分証とマントも忘れずにね」
「わかったよ」
ようやく話しが一区切りついた。
「それより、なんでアシューと別れたんだ?」
マリーが驚いた顔で固まる。
「マリー、行って良いぞ」
「エルって本当に無神経ね!」
マリーが怒って去る。
「エル。そういうことを堂々と聞くな」
「なんで?恋人関係って、そんなに簡単に解消されるのか?サンドリヨンと王子も?」
「何もかもをごちゃまぜにするな」
「マリーはアシューを嫌いになったのか?」
「そんなのマリーに聞いてみないと、」
「カミーユ」
「…いや、聞かない方が良いんだけど」
「どっちだよ」
そんなにマリーに聞いちゃいけないことなのか。
「聞けばマリーを怒らせて、グラム湖に行けなくなるぞ」
それは困る。
すでに怒ってたと思うけど。
「それに、マリーがアシューを嫌いになったってことはないだろう」
「付き合ったからって、相手が運命の人とは限らないだろ」
「運命の人?」
どういう意味だったかな。
「だから、」
「生涯の伴侶となるかは今の時点ではわからないってことだ」
つまり、特別な人。結婚する相手。
マリーとアシューはそうじゃなかった。
愛の告白をしたのに?
相手が運命の人と思ったのは、勘違い?
愛を誓うほど好きだったんじゃないのか?
「カミーユは?」
「え?」
「誰かと付き合ったことある?」
「…ないよ」
「シャルロは?」
「ない」
「なんだ。じゃあ、好きな人はいる?」
「いない」
「カミーユは?」
「…いるけど」
「じゃあ、好きだって言って恋人になって」
「は?」
「だめなのか」
「な、に、ばかなことっ」
あれ?顔が赤い?
「そして別れて、その気持ちを教えろって言うんだろう」
別に、そこまでは思ってないけど。
「エル、そういうことは自分で体感しないとわからないぞ。感情的なものを言葉だけで学ぼうとするな」
怒られた。
「カミーユに謝れ」
「なんで?」
「謝れ」
「嫌だよ」
なんで、何も悪いことしてないのに謝らなきゃいけないんだ。
「自分はどうなんだ」
「俺?」
俺が好きなのは、アレクとフラーダリー。
それから。
「カミーユもシャルロも好きだよ。でも、そういうのとは違うんだろ?」
あの音楽。
ユリアが弾いてくれたペトリューシカ。
きっと誰かを好きになったら、あぁいう音楽が流れるに違いない。
「それだけわかってれば十分だ。ほら、片付けてランチに行くぞ」
もうそんな時間か。
「俺、今日はいいわ」
「カミーユ?」
「気分じゃない」
そう言って、カミーユが席を立つ。
「あ、片付け、」
机の上に散らばった本の片づけをしないで行ってしまったカミーユを追いかけようとしたところで、シャルロに腕を引かれる。
「具合でも悪いんだろ。放っておけ」
そういえば、顔が赤かったっけ。
※
「エル」
「…あ」
「一人?」
「本を返しに来ただけだよ」
返却が今日までだったから。
返却日を過ぎると、超過分の日数だけ、本が借りられなくなるのだ。
「中庭の桜は見た?」
「見たよ。一昨日」
「花が咲いてたよ」
「本当?」
後で見に行ってみよう。
「グラム湖の桜も咲いてるかな」
「グラム湖?」
「今度、マリーと一緒に行くんだ」
「いつ?」
「十五日」
楽しみだな。




