モラトリアムのはじまり
4月初旬、八王子市内の喫茶店にて。
「はじめまして、秋ヶ瀬もみじです。趣味は……うーん、特になくて、よろしくお願いします。」
居心地が悪いのはやけにふかふかする椅子のせいか、この空気感に耐えきれないからか。
どちらもだ、きっと。
「あ、俺はAっていいます。出身は~」「Bです。」「Cっていいます~」「趣味は~」
大学の入学オリエンテーションを終え今日は解散となったところでゼミのメンバーでお茶をすることになった。親睦会を兼ねて、である。居酒屋に行かないあたり今時の行儀の良い大学生という感じ。
ゼミと言っても研究のためではない。新入生を少人数に分けて担当講師を付け、学生生活に慣れるまで定期的に集めて面倒を見るというもの。
この面子もゼミが終わる夏休みには散り散りになっているだろう。
入学したのは理系の大学で、男子学生が圧倒的に多い。
なんとなく品定めされるような目線とか、そういうのが感じられてしまって居心地が悪かった。
少し、ここに来たことを後悔していた。
目の前の男子と視線を合わせるのもためらわれて、少し下を向いていた。
落ち着かない視線を一点にとどめようと努力するけど、難しい。
ああ、断りずらくて来てしまったけど、やっぱり帰ればよかったかな……
と、俯いた視界の隅に女子の脚が割り込んできて
「ごめんなさい!遅れちゃいました!!!」と。
おい、なんだ、この美人は。
ああ、そういえば「宅配時間指定しちゃってたから一旦帰って直接喫茶店行きますね!」
って走ってゼミ室出て行った女の子がいたな。その子か。
隣が空いていたから、ぽんぽんと手で示して座らせる。我ながらスムーズなエスコート。
「ありがとう」
ふふっ、と微笑みかける表情。あまりに綺麗で、うっかり見惚れてしまった。
鼻の形がきれいだな、とか、リップがつやつやでいいな、とか。
一瞬「?」という顔をしてから「自己紹介してました?あ、やっぱりそうですよね。」と。
「はじめまして、柳瀬四季といいます。出身は埼玉で、趣味は寝ること?かな。よろしくおねがいします。」
あー、こりゃ男子にモテモテですわ、1か月後のオチが読めるもんね。
この男子のいずれかとくっつくんやな、私しってるぜ(笑)
あまりにくだらない妄想、ニヤつきかけた頬に吐息が当たる。
心読まれた!?とドキドキしながら吐息の発信源に顔を向けた。
「あ、えっと」
「?」
「おなまえ……は」
「あっ、ごめんなさい!秋ヶ瀬もみじっていいます!」
「あっ」じゃねえよ……
最悪だ、何が最悪なのか分からないけど最悪だ。
美人さんにそういう伺いを立てさせることに対してなのか、よくわからないけど、
ちょっとまずったかな?
あ、そもそも「1か月後のオチが」なんて失礼な妄想をしていたのがよくなかったカナ!
内なるおじさんに苦笑しつつ、腐っても元JK、最低限のコミュニケーションが取れるところを見せねば。先手必勝。
「柳瀬さんって、基盤系ですか?」
「ええ、そうです…… え?秋ヶ瀬さんも???」
「同じ!よかった!女子仲間いないかと思って……」
「え~!?嬉しい!!!これからよろしくね!!!」
どうだ、これがこみゅにけいしょんだ!がはは!
……これ、結構辛いなあ。
毎回思うけど、初対面からの関係構築ってすっごく面倒だ。
女子の少ない大学だし、こういう出会いを大事に積み重ねていかないと後が大変だろうな。
そんな打算があるのが嫌だ、でもしょうがないな。
文系の女子が多い所ならこんなことは無いのかな、やだなあ。
同日夜、自宅マンション。
喫茶店には1時間ほど滞在した。
1発目の親睦会が1時間で終了。そういうことである。むしろよく1時間持ったなとすら思う。
盛り上がらなかった原因は自明。女性陣2名の反応だろう、特に柳瀬さん。
私は……アウトオブ眼中、のはずだから関係ないかな。
男子達は柳瀬さんに話しかけまくるのに、肝心の彼女は私にばかり喋っていたのが印象的だった。
「無いわ」と思っていたからなのか、そもそも彼氏が居るのか。
後者かな。うーん、やっぱり両方かも。
それにしたって話せる相手は実質私しか居ないのに、それがこんな人間でごめんよ。
「すまないねえ」
ベッドに寝転がって電灯の灯りに手をかざす。
まぶしいな。リモコンどこだっけ……
壁まで歩けばスイッチあるけど、起き上がるの面倒だな。
今までの人生を思い返してみる。こういうとき、変なことを考える癖がある。
生まれてからずっと東京に住んでいた。
高校は都心に通った。
満員電車は嫌いではなかった。下手に空いたそれより立つためのコストが低く済んでうれしく思った。
でも、座れるに越したことはないな、16時の電車で考えた。
勉強には身が入らなかった。
気だるげにしながらそれなりの成績を取る友達が羨ましく思えた。
高校入学からだんだん落ちていく成績は、そのうち進級を危うくした。
口うるさく言わない両親に甘えていた。内心どう思っていたのかは知らないし考えたくもない。
なんとか3年生になった。
受験モードの空気で、なにもできなかった。しなかった。
授業が減って、そのうち登校しなくても良くなった。
惰性で通った塾、何を学んだのだろうか。
大学は行きなさいと言いつけられていたから、自分の頭で行ける大学を探した。
推薦を受けるには評価が足りなかった。
実は1校だけあったけど、ランクを落としすぎだと怒られた。
何もできないのに、していないのに、浪人の不安だけあって、夜はずっとベッドで震えていた。
眠れなかった。
なんとか大学に滑り込んだ。
努力して良い所への入学をつかみ取ったツイートが苦しかった。
都内の大学だけど、郊外にあるから実家から通学は厳しいだろうというので家を借りることにした。
実感のないまま時が過ぎていく。
枕元の時計は23時を示していた。
やることも無くて、スマホを開いてもLINEの通知は高校時代ほどは無く。
あの時の友達は散り散りになった。
新学期が始まるころ、各々が新天地で忙しくしていることだろう。
卒業式、別れの実感はほとんど無かった。
「また会えるよね」「うん、スマホあるしさ」「じゃあね」
涙を流すことも無かったのに、今さらになって頬を伝う。
遅すぎやしないか。
これからの事を指折り数える。
1年経って19歳、大学2年生。遅生まれの子たちはお酒を飲みだす頃だな、私は早生まれだからダメだけど。
2年経って20歳、大学3年生。やっと酒煙草が解禁される。お酒は強い体質なのだろうか、煙草を吸うようになるのだろうか。……就活か。
3年経って21歳、大学4年生。卒論とか就活とか色々大変かな、遊ぶ時間あるかな。そもそも友達も出来ていないのに遊ぶも何もないよな。ははは……
人生って、長いのか短いのか分からないな。
大学生は人生のモラトリアムと言うけれど、本当なんだな。
4年間の夢を見るんだ、今から。
前に進めばいつか夢は終わる。
でも、まだ4年ある。大丈夫。
やっぱり苦しいなあ。
何者にもなれず、何もできずに終わっていくのが目に見えていて。
何のために生きているのだろう。
顔面をちぎって食べられるような身体構造をしていないから、有名なパン型ヒーローのようにすぐ役に立つことはできない。そもそも彼だって、顔面をちぎって与えるという意味不明なことを他者への奉仕として受け入れてもらうために並々ならぬ努力をしていたに違いない。
え?どんな努力か?
うーん、そうだな……保健所に営業許可申請出すとか……?
この場合ジャ〇おじさんが食品衛生責任者なのだろうか。
そもそも単に食品であるアンパ〇マンに何か努力が必要な事項ってあるか?
本質的には魚がお腹捌いて刺身配ってるようなものではないか。
相当気色悪いな、それ。
何の話だっけ……
もういいか、おやすみなさい。




