インプに転生したら神になったので、これから家族を幸せにしていく
本作をご愛読いただきありがとうございました!
あのロシアのダンジョンでの復讐劇から、早くも半年の月日が流れた。
あれからの俺は、自身のチャンネルで動画配信やメディアへの出演対応に追われつつ、アメリカの終わりの王アストラと共に世界各地で飽和したダンジョンを間引いたりしていた。
俺が本格的にアストラと協力して動くようになったことで、イレギュラー個体から厄災へと進化を遂げる危険なモンスターも今のところ出現しておらず、安定した状態で世界の秩序が保たれている。
そして俺たちは、あの新宿のマンションから引っ越すことを決めていた。
新居として現在構えているのは、豊島区にある大きな一軒家。
建物の中は非常に広々としていて、地下1階から地上2階まであるほどに大きい。
部屋の数もかなり多く、これだけの広さがあれば、紗奈や配下たちの全員が全員で一緒に暮らしても何の問題もないし、来客の対応だって余裕を持って出来る。
我が家には、今でも毎日クレアがご飯を食べに来ているし、最近ではアストラや玲司までもが頻繁に遊びに来るようになっていた。
そして、わざわざこの大きな一軒家に引っ越しを決めた理由には、実はもう1つ重大な理由がある。
復讐という大きな目標を達成したことで、今までずっと保留にしたままにしていた人生の大事な約束を動き出させるためだった。
俺は新宿の家で、紗奈、綾香、舞ちゃんの3人を事前に呼び集めて、今日のこの場ですべてを一気に決めるつもりだった。
3人にリビングのソファーへと並んで座ってもらい、俺の話を聞いてもらう。
だが、いざ本番となると心臓がバクバクと激しく脈打ち、緊張のせいで用意していたはずの言葉が全く口から出てこない。
俺の背後に控えているグリムやゴウキ、ノア子ら配下たち、それから野次馬として混ざっているクレアとアストラからは、「早くしろ」という無言のプレッシャーのオーラがビシビシと痛いほどに伝わってくる。
「……今まで、たくさん寂しい思いで待たせてしまって本当にごめん」
俺は震えそうになる声をなんとか必死に繋ぎ止めて、言葉を紡ぐ。
「俺はあの日、ダンジョンの中で一度完全に死んだ。ニンゲンじゃなくなったし、モンスターの身体に生まれ変わった。そして今では、神様なんていう仰々しい名前で呼ばれるようにもなった」
「……それでも、3人はそんな俺のことを変わらずに想い続けてくれた」
「紗奈も、綾香も、舞ちゃんも……。俺にとって、これから先の未来で誰一人として絶対に欠けちゃダメな、本当に大切な人たちです」
「だから――」
俺はソファーに座る3人の顔を、ひとりひとり真っ直ぐに見つめ返した。
「――絶対に、3人全員を幸せにします」
「これから先、俺は長い時間を生きることになっても、ずっとずっと大事にします」
「……俺と、結婚してください」
伝える言葉は頭の中で何日も前からずっと考えていたはずなのに、本番になったらそんな物は全部どこかへ吹っ飛んでしまって、ただ胸の中から溢れ出た不器用な本音だけを叫んでいた。
静まり返るリビングに、張り詰めた沈黙が流れる。
もしも、この場で誰か1人にでも断られてしまったら。
そんな弱気な考えが一瞬だけ頭をよぎる。
そして、俺の目の前にいた3人は、お互いにそっと顔を見合わせた。
今にも泣き出しそうな愛おしそうな顔で。
心の底から嬉しそうな幸せそうな顔で。
緊張している俺の様子を見て、今にも笑い出しそうな楽しそうな顔で。
そして――
「「「――よろしくお願いします」」」
3人の声が見事に重なったその瞬間、俺の背後から、大きな歓声と拍手が巻き上がった。
「おめでとうございますわ、愛しい弟! 素晴らしいプロポーズですわ!」
「……当然の結果だな、主。祝杯の準備をしよう」
「いやぁ、大将もようやく男を見せたな! 俺たちもだいぶ待ったぜ!」
「ふふ、本当によかったわね、サク」
みんなが口々に、我がことのように嬉しそうに祝福の言葉をかけてくれる。
俺はその賑やかな声を聞いて、張り詰めていた全身の余計な力が一気に抜けた。
「あぁ……、本当によかった……」
神となった今でも、中身はどこまでも不器用なニンゲンらしいままの自分だった。
そこからは、男としての筋を通すために、紗奈のご両親、そして水瀬姉妹のご両親の元へと正式に挨拶に伺った。
最初は神様との多重婚ということで、大層ビックリされると思っていたのだが、どうやら彼女たちは事前に家で俺のことを色々と話してくれていたらしく、最初は「まさか娘が本物の神様とだなんて……」と驚き困惑したらしいけれど、最終的には娘の本当の幸せを願うならと、温かく認めてくれた。
その後、師匠を通じて絹川総理にも報告を入れ、政府としての超法規的措置として、地上に新しく『神格体婚姻認証制度』という、事実上この国で俺しか使うことのない特別な婚姻制度を作ってくれた。
そうしてすべての手続きを終え、俺たちが正式に1つの新しい家族になる、最高の門出の日が、ついにやってきたのだった。
◇
池袋ダンジョン――1層。
今日は特例として、この1層のエリア全体をまるごと貸切にして式典を行わせてくれた。
一般の探索者たちは転移石を使って2層からの探索開始になってしまい、今日この1層に用事のあった探索者のニンゲンたちには少し申し訳なく思った。
だけど、この1層は俺たちにとって代えられない、特別な場所である。
俺はあの日、ここでモンスターへと生まれ変わり、紗奈と出会った。
今でも管理者からもらった拠点はそのまま残っているしね。
事前に絹川総理とも話していた通り、本物の神様になった俺が結婚するのに、一体どこの神に愛を誓うのかなんて話をしていたから、既存の教会や神社を借りるよりは、俺たちのすべての始まりの思い出の地でやろうという話にまとまったのだ。
参列者は数多くおり、それぞれの親族以外にも、紗奈は元のアルバイト先のメンバー。
綾香は探索者協会関係者。
舞ちゃんは探索者の仲間や仕事関係のニンゲンたちが多かった。
そして俺側の参列者はと言うと、グリム、ゴウキ、ノア子。
グレイスら少女たちに三英傑、さらにはグレイブディザスターたち眷属の全員。
更には世界の厄災であるクレアとアストラまでが、同じ空間に参列してくれた。
それに、多忙なはずの絹川総理までが、わざわざ足を運んで席に座ってくれている。
純白の羽を静かに揺らす大天使、クレア。
今は、俺の血の繋がらない姉のような大切な存在であり、今日は神父のような神聖な役割を快く引き受けてくれた。
俺は、白を基調とした綺麗な正装に身を包み、クレアの前に真っ直ぐに立つ。
「随分と、緊張していますの?」
クレアが、どこか楽しそうに悪戯っぽく微笑む。
「そりゃあするよ。厄災と戦う時よりも、何倍もね」
「ふふ。実に、わたしの愛しい弟らしいですわね」
そんな普段通りの軽い会話を交わした、まさにその時だった。
参列席の方から、静かな感動のざわめきが波のように広がる。
俺はゆっくりと後ろを振り返った。
――そこにいたのは、純白のウェディングドレスを綺麗に纏った、3人の美しい花嫁。
先頭をゆっくりと歩いてくる、紗奈。
その隣には、小さな手でしっかりと手を握るレイの姿。
緊張したように、それでも本当に嬉しそうに並んで歩いている。
綾香の隣にはグレイスが寄り添い、そして舞ちゃんの隣にはシュナが笑顔で付いている。
3人とも、言葉にできないほどに本当に本当に綺麗だった。
世界中の誰よりも、神様になったはずのこの俺ですら、一瞬だけ息を呑んで言葉を完全に失ってしまうほどに。
「……どうかな、サク」
「……私、似合ってる?」
「朔ちゃん、ちゃんと私のこと見てる?」
3人が俺の前に並び、それぞれの愛おしい瞳でこちらを見つめてくる。
俺はあまりの眩しさに、思わず降参を認めるように苦笑した。
「ずるいよなぁ……。そんなの、世界で一番綺麗に決まってるだろ」
その俺の飾らない本音の言葉に、3人は少し照れたように幸せそうに笑った。
そして神父役のクレアが、静かに一歩前へ出る。
その瞬間。
優しく神々しい光が、薄暗い池袋ダンジョンの1層全体を包み込むように優しく照らした。
まるで、このダンジョンの空間そのものが、俺たちの新しい門出を祝福してくれているかのように。
そして俺も、自らの内なる魔力を込めて、あのスキルを静かに使った。
「――『神域展開』」
そう小さく唱えると、俺の足元から巨大で眩い魔法陣が瞬く間に広がり、キラキラときらびやかな光を放ちながら輝き出す。
そして、このフロアに集まってくれている大切な者たち全員を、温かく優しく包み込むような心地よい空気が一瞬にして流れた。
参列者たちの席からも、「おぉ……」と感嘆する声が小さく聞こえる。
「では、これより婚姻の儀を始めます」
いつもの柔らかなお姉ちゃんとしてではない。
大天使としての、厳かで透き通った声。
「幻惑神サク」
「はい」
「あなたは、これから永遠とも呼べる永き時を生きる神として、ここにいる3名を心から愛し、慈しみ、いかなる事からも守り抜くことを誓いますか」
「――誓います」
その返答に、一切の迷いはなかった。
この答えだけは、それこそ死を経験するずっと前から、俺の心の中で決まっていたことだからだ。
「松田紗奈」
「はい」
「あなたは、たとえ相手が神となろうとも、その魂のすべてを愛し、これから先も共に歩み続けることを誓いますか」
「はい、誓います」
「水瀬綾香」
「はい」
「死を越えて、再び奇跡のように巡り会えた最愛の人と、二度と離れることなく、その命が尽きるその瞬間まで共に歩むことを誓いますか」
「はい、誓います」
「水瀬舞香」
「はい」
「長い想いの果てにようやく掴み取ったその幸せを、最後の一瞬まで大切に隣で守り続けることを誓いますか」
「はい、誓います」
全員の揺るぎない誓いの声を聞き、クレアは静かに目を閉じた。
そして、大きく美しい純白の翼を背後へと広げる。
眩いばかりの純白の祝福の光が、俺たち4人の身体を優しく包み込んだ。
「――この4人の固き誓いを、大天使クレア・レミエルが今ここに認めます」
「ここに、幻惑神サクと、松田紗奈、水瀬綾香、水瀬舞香の神聖なる神縁を、正式に認証しますわ」
その言葉が響き渡った、まさにその瞬間だった。
俺たちの足元の床に、黄金に輝く巨大な魔法陣がクッキリと浮かび上がる。
俺の神域として書き換えられた池袋ダンジョンの1層が、まるで自らの意思で祝福するように、さらに淡く美しい暖かな光を放った。
次の瞬間。
「おめでとうございますわ、愛しい弟。 本当におめでとう」
「主よ、誠に目出度い。最高のケジメだ」
「ガハハ! いやぁ、実に、実にめでたい最高の日だな!」
「いいぞ、大将! 最高に格好いいぜ!」
「本当に素敵ね、みんな。おめでとう」
それまでの厳かな空気は、一瞬にして綺麗に消え去る。
グリムも、ゴウキも、ノア子も、笑顔の絹川総理も。
そしてそこに集まってくれている全員が、満面の笑顔をこちらに向けて、俺たち4人を心から祝福してくれた。
俺は、ドレスを纏った3人の手を、しっかりと自分の手で包み込むように取る。
「これから先、神としてどれだけ長い時間を生きることになるのか、正直言って今の俺にも全く分からない。……だけど、みんなにこれだけは絶対に約束するよ」
「これから先、退屈だけは絶対にさせないからさ。一緒にたくさん笑って、時に泣いて、たまには些細な喧嘩もして、また笑い合ってさ。世界で一番幸せな家族として、これからずっと生きていこう」
一度ニンゲンとして命を落とした俺は、神になったし、この世界すべてを守るほどの絶対的な力を手に入れた。
寿命を失い、永遠にも等しい果てしない時を生きる特別な存在になった。
それでも――
俺の感じる幸せの本質は、きっとこれから先もずっと、何一つ変わることはない。
自分の大好きな、かけがえのない大切な家族と一緒に、今日という最高の素晴らしい日を笑顔で迎えられること。
それこそが、俺という存在にとって、何よりも最高の奇跡なのだから。
こうして。
一度理不尽に死に、モンスターとなり、神となった男の物語は――
たくさんの愛する大切な者たちに周りを囲まれて、これ以上ない最高の結末を迎えたのだった。
思いつきで始めた作品ですが、ここまで書けるとは思いませんでした。
読んでいただける皆さんのおかげになります。
ありがとうございました。




