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 それなら、これぐらいできて当たり前だ。そんなことを平然とのたまったあのヒトは、いつも自信に溢れていて、不敵な目つきだった。あのときは「役立ってたまるか」とばかり激高したけれど。

 ふ、と小さな笑みが零れ落ちた。そうだな、役に立った。この扉はもう、ないも同然――

「いけるのか?」

 返事は、エドのにやりとした笑みだった。その笑みは強ばったものだったが、ゆっくりエドは首を縦に振る。起き上がったラッカの目の前で、エドが人差し指でキーを叩く。すると、半透明なディスプレイにパスコード認証、と文字が浮かんだ。ピーという音と共に扉がスライドしていく。エドが無言でこぶしを握りしめたのと、ラッカの歓声が上がったのは同時だった。

「おどろいた! あんた、スパイかよ」

「まさか! 成功するとは、思ってなかった!」

 ラッカがエドの背中をバン、とたたいた。緊張から開放されて、笑みが浮かぶ。

 二人の少年は笑いあうと、この内部へと足を踏み出した。監視カメラが、二人の映像を管理者であるヴォルフガングへと送信していたなんて、露知らず。





 かつん、と靴音が響いた。エドのグリーンの目が金に輝く。支柱の中は真っ暗だった。背中からの光が四角く黒を切り取っていたが、部屋の暗がりを追い払うには狭すぎる。ラッカが仏頂面になった。

「エトムント、何か見えないか」

 エドがくすりと笑った。ラッカはトリビトで、鳥目だから暗がりでは何も見えないのだ。対するエドは夜が得意である。ラッカが顔を赤くして睨んでくるけど、エドはそ知らぬ顔でしっぽを揺らし、闇へ踏み出した。

「休めそうな場所は見当たらないね。灯りでもあればもうちょっと奥まで見通せるんだけど」

 エドの台詞の途中、視界が白く塗り換わる。突然の光に網膜が焼かれ、二人は短い悲鳴をあげた。真っ白だった世界が徐々に輪郭をかたどっていく。手をかざしていたエドは、やっぱり、ともらした。煌々とした光の下、がらんとしたフロアが出現する。

「灯りって単語に反応したんだ。白の街にはないの?」

「この街のシステムを俺たちが使えるとでも? こういうのは外の奴らが置いてっただけだ」

 トリビトのための設備ではないと吐き捨てたラッカの膝が、がくんと曲がった。立っているのも本当は辛かったらしい。ラッカ、と叫んだエドに「大丈夫だ」と変わらずトリビトの少年は微笑んだ。エドは、彼を壁際まで引っ張っていく。

 呼吸をするたび、ラッカの胸が大きく膨らんだ。辛そうだった。内部に入ったおかげで少しはマシかも、とラッカは言うが、気休めにならない。それが表情に出てなければいい、とエドは思う。後悔しているなんて、彼に悟らせてはならない。

 並んで座っていると、不安がさざなみのように押し寄せる。ラッカを連れ出したのは間違いではなかったか、と。ひたひたと、恐怖が忍び込んでくる。

「そういえば、この街って変わってるね。色んな街を見たけど」

 雲海から突き出た街は、特別の印が与えられたそれだと、すぐにわかった。

 落ちてしまいそうな白の街は砂時計の砂のようで、中央に行くにつれて長くなる。近づいてみれば回廊がそれらを繋いで、互いを支えあっているのだとわかった。とくに杭のようにそびえるこの中心の柱には、いくつもの回廊が伸びていた。

「おかしいって思ったろ。その通りさ」

 うつむいたラッカが自嘲的で、エドは自分が地雷を踏んだと知った。

「ここは鳥かごだ。飛べない鳥ための檻なんだ。街じゃない。街とは呼べない。知ってるか? 愛玩用の鳥ってさ、逃げられないように翼を切られるんだ。俺たちは、それと同じ」

 トリビトの場合は、この脆弱な身体を与えられた。

 逃げられないように、そっと閉じ込められた。

「女王だって俺たちを救えない。俺たちは世界から切り離された存在なんだ」

「ラッカ、街は女王さまに守られてる。そんなの、キミたちが良く知ってるだろ?」

 本国と密接している駅領だと言って良いはずだ。エンジャーグルやヴィーグエングは経済的に自立しているので、この差はエドの目にも明らかだった。オーウェインこそ女王さまの保護を受けている、最たる場所であり種族たちではないのか。

「守られてる? 閉じ込めてるの間違いだろ」

「ラッカ……?」

「こんなに弱くて、みっともない役立たずを隠しているだけだろ。飛ぶことしか能のない俺たちが、だれの目にもさらされないように。外の世界と遮断して」

「そんなことないよ」

「俺たちだって、望んでこうなったわけじゃないんだ!」

 しんとした冷たい空間に放たれた言葉は、ラッカ自身へと返っていく。ざくり、ざくりと突き刺して、粉々に砕いてしまう。そうして彼らは自らを傷つけ、ボロボロの身体で寄り添いあって生きてきたのか。

 ――あんたは許せる? 納得ができる?

 ラッカの言葉の意味を、遅れて理解した。人間について語ったあのとき、エドの場合、人間の罪は過去の話だった。それも直接の被害者ではなく、間接的なものだ。大切なヒトが泣くのは嫌だ。戦争を起こすのは嫌だ。……他人の嘆きを聞き続けた故の痛みだ。

 ラッカの場合はちがう。

 彼にとって人のしたことは、今もなお、続いている。直接つけられた傷は、今も隙あらば広がっていく。忘れようとしてもふとした拍子に蘇り、闇を撒き散らす。だからラッカたちトリビトは、何十年が経過した今も、忘れられない。

 自分たちの存在そのものが、人間の罪の証なのだから。

「本当、嫌になる。星間列車もさ、いっそ来なければいいのに」

 補給だけして、列車の乗客は決してそこから降りてこない。乗務員ですら最低限の接触しかしない。ステーションの職員は非常勤で、問題が起こらない限りここへはこない。システムによって管理されているのだ。トリビトはあらかじめ必要分を運ぶし、列車への搬送は機械任せである。それが、身体の弱いトリビトを気遣ってのことだとしても、彼らにとってどれだけ列車の発着が空しいか……、きっと外の民は考えてくれない。

 哀れみだけで、遠巻きにした。トリビトたちは孤独で、この小さな世界に縛り付けられた。

 出口はあってもそこから出られない。

「ラッカは、女王さまが信じられない……?」

 耳をぺたんこにして、エドはひざを抱える。ラッカが恨むのは人族だけじゃなく、自分たちを早急に救ってくれなかった王へも向かっていたのが悲しかった。こんなにも守られているように見えたのに、それが彼らに届いていないことも。

「信じたかった。でも、シエラは今でも悪夢にうなされてる……、街も、俺も、何もかもが」

 そのとき、何かがうごめく音をエドの耳は捉えた。かすかな、エドじゃなければ聞き逃すほどの音だ。ざわり、ざわりと足元が揺らいでいるような錯覚。何かがくる、と直感が告げた。

「なに……?」

 不気味さに立ち上がったエドの耳が、音源を探して動いた。異常を察したラッカも、不安げに首を動かす。

(なんか、妙だ)

 今さらながらネコ族の来訪者は奇妙さを感じていた。このホールは、二人が入ってきた扉以外に扉らしいものは一つもなかった。それどころか階段や小部屋といった、仕切りもなにもない。ただ、がらんとしたフロアがぽっかり口をあけているのみなのだ。

 街を支えている支柱の大きさは、このホールよりも大きいはず。

(やってくる奴がいるなら、そのための通路があるはずなのに)

 そんなものさえ、一つも見当たらない。

 嫌な空気をあおるように、パッと照明までが消えた。エドがもう一度「灯り」と呟いたが、システムは何の反応も示さない。これは――より高位からの命令が下ったということだ。ぴくん、と猫の耳が動く。

「音がする。下から上へ何かが上がってくる。これは、エレベーター?」

 防犯システムの稼動なら、この先何が起こるかわからない。文字通りシステムの手の内にふたりはいるのだ。

(でも、ここが重要機密を抱えてるなんて知らされてない。警告なしに侵入者を排除するような時代じゃないし。第一、僕程度の腕で入り込めたんだから)

 そして、リンのように二人は人族でもない。

 暗がりの中、耳をすませるエドの傍らで、ラッカが入ってきた扉へ飛びついた。しかし、

「なんで? 開かない……! さっき開いたのに!」

 がちゃガチャと扉を触っていたラッカが、助けを求めるようにエドを振り返った。カードブックを何度通しても、表示はエラーを告げるのだ。おそらく、外へ出るためのパスを変えられた。侵入者は逃さない、ということか。エドの尻尾は緊張でふくらんでいた。

「ラッカ、外へ出ちゃダメだよ。そのために中に入ったんだから」

「俺は平気だ。出るぞ、捕まるよりマシだ!」

 奴らがくる、とトリビトの少年は声を荒げた。奴らとはトリビトを虐げた人族のことか。ここはもう人族は追い払われたのに。 過去の虜囚になっている、トリビト。女王さまはなぜ、彼らを安心させてやらないのだろう。理由があるんだ、とエドは無理やり納得しようとした。女王さまを疑うなんてこと、あってはならない。それともこれが――軽蔑する、と話してくださった理由なのか。……天井都市は、楽園に見えたのに。

「くそ、なんで、なんで開かないんだよ? あいつらがやってきたらどうなるか――開け、開けよ!」

「ラッカ、扉が開いても出ちゃダメだ。今だって真っ青な顔してるんだから」

「追っ手がくるとわかって平然としてられるか。いやだ、俺はいやだ。シエラがいるんだ、もうあんな目に合わせちゃいけない、俺まで捕まったら一人にさせてしまう!」

「もう平和なんだ。人族は追い払われた。ここは女王さまの領地だ。あんな時代じゃないんだ!」

 エドの抑制など、ラッカは聞いてくれない。連れてくるべきじゃなかった。そんな後悔があふれだす。行き道だけ教えてもらって、ラッカには戻ってもらえばよかった。無事に楽園へと帰さなければ――あの少女のもとへ返さなければならないのに。

 そのとき視界の端に、ふと先ほどまでなかったものが、見えた。

「ラッカ、あれ」

 エドは固い表情のまま、正面を凝視する。壁だった場所に通路ができていた。忽然と現れた。トリビトは不安そうに、きょろきょろしている。どうやら見えていないらしい。

「路ができている。さっきまでなかった路が」

 音もなく内部が変化している。闇の中でなにかがうごめいている。ここにあるシステムは、旧式なんかじゃない。

 声が震えるのを、自分が取り乱すのを、懸命にエドは自制する。ここでパニックに陥ればどうなるか、本能的な危険信号がちらついた。

「これとよく似た装置を知っているよ。システムが登録された者の思考を読み取るんだ。建物の作りさえ、簡単に変えることもできる。『シーカー』の技術だ。ここのは音声で動くんだと思っていた、けど」

 耳の痛くなる悲鳴が上がった。ラッカがしゃにむにエドを突き飛ばす。

「ラッカ落ち着いて。足音は二人だけだ。他に変な音はしない。だから!」

 落ち着いていられるか、とラッカは赤い目をたぎらせた。扉を蹴りつける彼の力は、エドじゃ抑えきれない。もともとラッカのほうが身体だって大きいのだ。暴れるトリビトの指先がエドの顔をかすめ、赤い血が流れた。いつの間にか、ラッカの指には鋭いかぎ爪が伸びている。それどころか、エドはラッカの力が増していくようで、しがみつくだけで精一杯だった。

 ――止められない。

「ラッカ! 何があっても守るから、信じて。突拍子もないことはしない、変なことは口走らない。おとなしく従うって約束を」

「そんなことゴメンだ。あいつらが来るんだぞ!」

「シエラを守るんじゃなかったのか! わかっているのか、キミは、帰らなきゃならないんだろ!?」

「そうだよ。落ち着いてほしい」

 割って入ってきた第三者の声に、エドは振り向くことができなかった。すうっと頭から血が引いていく。徐々に明るくなる室内のもと、彼らはやってきていた。ラッカに気をとられて、接近を許していたのだ。

(奥から灯りが)

 彼らがやってきた場所に仄かな白い輝きがあった。現れた二人が通り過ぎれば、また明かりは消えていく。そして今、エドとラッカの場所にも再び人工的な光が灯った。

 予想に反して、エドが羽交い絞めにしているラッカは、静かだった。あの二人に目が釘付けになっているのだ。やってきたのは男が一人、女が一人だった。男はここにいるはずのない人族のようだ。ひょろりとした体格は手足が長く、一見若者のように思える。黒髪の短髪に、青い目をしていた。何故ここにいるのだろう。人族は追放されたのではなかったのか。

 わからない。

 だが、武装しているようすはない。エドとラッカに対する敵意も感じられない。

 一方の女は、折りたたまれた翼が背にあった。トリビトである。ただしラッカとは正反対の真っ黒な翼だった。髪の色も肌も服も黒い。唯一同じなのは、その赤い瞳だけ。彼女は少女と呼んでも差し障りない年頃で、不透明な微笑を浮かべている。



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