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何か夢を見ていた気がする。夢って確か、現実の記憶とつながっているって誰かに聞いたことがあったような。勿論、架空の人物が出てくることもあるけど、寝る直前に考えていた人、事柄だったり、昔の記憶や、思い入れのある人物が出てくることが多いって。なら俺にも記憶があるんだな。なんだ、俺にも記憶があるんじゃん。夢ってすぐ忘れちまうよな。この夢はちゃんと覚えとかないと。ちゃんと覚えておかなきゃ――。
瞼が開き、その明るさに目を細める。身体が軋む感覚。肩甲骨を回し、両手の指を組んで上に伸びる。そのまま身体を左右に回すと、骨がバキバキと鳴った。首がいてーな、と首を左右に傾けていると、秋好のすぐ後ろのベンチに足を組んで座っている人物と目が合った。
びっくりしたー、と秋好は声に出なかったことに驚く。胸に手を当て心拍数を整える。無造作に立ち上がり、歩き出そうとするが、どこに向かおうとしているのか秋好はわかっていない。
「ねえ、私はホームレスにナンパされたの?」
聞き覚えのある声が聴こえ、秋好は振り返る。チノパンにブラウスにジャケットを羽織った女性が足を組んでいる。手元には小説があった。ありゃ、きっと純文学だな。この手の女はきっとそうに違いない。偏見だが。
「あー、懐かしいな。夕夏って名前だっけ。昨日の。コンビニのおばちゃんにそそのかされただけだから、気にしないで。明日にはあんたの頭から俺の残像すらすっぽりと抜け落ちてるだろうよ。それじゃあね」秋好は背を向け、手をひらひらと振った。
さてどうすっか。とりあえずバイト先には連絡してやめちまおう。人がいないって訳でもないから事情があるって説明すればすぐ辞められるだろう。とにかく少し、静かな、もっと喧騒のない目に優しい場所に行きた……あれ、俺の部屋に物がないのってもしかして俺がああいう部屋が好きだったからか? これはちょっとした発見だな。
背中に何かが当たる。昨日の中肉中背がやり返しに来たかな。関わらないでおこう。
もう一度叩かれ、恐る恐る秋好は振り返る。
「あんた、ストーカー?」
「はい?」秋好は耳に手を当て大げさに聞き返した。「ストーカーにストーカーって聞いたところでどうすんだよ。違うって言えば信じないんだろうし、そうだって言ったらやっぱこいつってなるんだろ。愚問はよせよせ。時間はある程度平等に与えられてんだから有意義に使いなさいよー、って今神様の声が聞こえた」
秋好が振り返ろうとすると、「待って」と聞こえるが、秋好は待たなかった。今日以降俺は働かない。今ある貯金がいくらか見てみないとわからないが、娯楽にほとんど割かれていない金だ。ニ、三か月……いや、半年は持つだろうと勝手にそういうことにした。余計なものは売っぱらおう。アパートも解約して……スマホもいらねーな。クレジットと、キャッシュカード、めんどいからキャッシュカードとデビット一体型のやつ頼んでそれでこの街出発だな。服も最低限何着かあれば大丈夫だし、うん、それでいこう。俺の寿命は半年後。この半年だけは是が非でも生きる。口座を確認したら残高十万しかなかったとしても生きなきゃならない。これは秋好の中での決定事項だった。俺の寿命くらい俺が決めるよ。あ、なんかちょっと格好良くない? 昨日の、あの自己紹介させて俺が雑魚だとわかったら詰めてきた奴に、次会ったら夢の中だろうと言ってやるか。あ、やべ、そういやさっき見てた夢の内容忘れ――。
あれ。そういえば、なんかさっきまで見てた夢の中にさっきの女が出てきたような。もっと幼くて……あっつっ、ここで大工さん登場かよ。また釘でも開けてくれんのかい? それはそれであの白い部屋も見えるようになるし――。
なんか頭の中がごちゃごちゃしてる。時系列がバラバラみたいな。ジグソーパズルを作って崩してって五回繰り返したら、五回とも作り始める場所がてんでバラバラみたいな。ああ、そうだ、俺今日の夢でこの女を見たとき、制服着てたんだ。だから幼く見えて……でも顔はそんなに変りないということはこいつが童顔なのか、夢のこいつが老けてたのか。
大工が釘を刺している。血管が浮き沈みするようにずきずきと疼く。
というか、俺はこの女と前にどっかで――。
「待って!」その声に秋好は反射的に振り返った。数メートルの距離があった。さっき話した場所から一歩も彼女は動いていないようだった。彼女は近づいてきた。段々と迫る距離に思わず秋好は息を飲む。
「私、あなたのこと覚えてないんだけど」
秋好は無言でゆっくりと首を傾げた。
「どっかで一緒に……」一緒に、の後がもごもごしていて聞き取れない。秋好は耳を傾ける。「あの……違かったら……でも、あなたみたいな人だったら、少なからず覚えていてもいいとは、思うんだけど……」単語はいくつか聞き取れたが話の全容が読めなかった。ただ、言い出しづらいことではあるのだろうと思う。言いたくないことは言わなくていいのに、秋好は心の中で呟く。でも彼女は自分から口にした。きっと何かを蔑ろにしたとしても言いたいことなのかもしれない。
「もしかして!」唐突に秋好は声を上げた。夕夏は突然の奇声に身体を強張らせた。当然だろう、通りかかったおばちゃんは何もない道路で足を躓きかけ、出勤中だろうふくよかなサラリーマンは自転車のハンドルががたがたと効かなくなって片足を付いた。一番近い夕夏が驚かないわけがない。
秋好は夕夏の目を見てゆっくりと話した。
「俺、あんたに浮気された男?」
勿論、夕夏には何を言っているのかさっぱりだった。




