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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十五章

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歪ー42 揺れる天秤



 控室を出て評議会場へ戻ると、すでに多くの貴族たちが席についていた。


 会場のあちこちで小声の会話が交わされている。


 これから説明されるハンスの対案についても、さまざまな意見が出ているのだろう。


 やがて議長が席につくと、会場のざわめきが収まった。



 「それでは、議事を再開いたします。引き続き、王国全体の統制強化について話し合います。まずは、ハンス公爵から対案をご説明いただきましょう」


 議長に促され、ハンスが立ち上がった。


「発言の機会をいただき、感謝いたします。まず、魔族への対策を王国全体で進めることについて、私も異論はありません。エルドルンで起きた惨劇を繰り返さないためにも、各領地が協力し、情報を共有する仕組みが必要でしょう。


 しかし、それと西方の経済活動を王国がすべて管理することは、別の問題です。


 これまで西方の交易は、ヘルメース商業ギルドが各商会を取りまとめることで成り立ってきました。商会同士の取引を調整し、各地への物資の流通を支えていたのです。


 ところが、今回の事件でヘルメースが機能不全に陥り、西方全体の流通に大きな影響が出ています。一つの組織に管理を集中させていたために、その組織が機能しなくなると、広い範囲の交易が混乱してしまう。これは一元管理の大きな問題点でしょう。


 だからこそ、ヘルメースが担っていた役割を、そのまま王国が引き継ぐことには賛成できません。


 私の対案では、魔族への対策は王国全体で進め、経済活動については各領主が責任を持ち、商会が自由に取引できる仕組みを提案しています。


 もちろん、領地同士の協力や王国からの支援も必要でしょう。しかし、各地の事情を最もよく知るのは、その土地を治める領主たちです。


 王国全体の安全を守ることと、各領地の経済を発展させることは両立できると考えています」



 ハンスはそう締めくくり、席に戻った。


 つまり、王国による防衛体制の強化には賛成だが、普段の経済活動まで王都が管理する必要はないということだ。


 国王の命令が各領主の判断より優先されるのは当然だし、エルドルンの復興には王国の支援も欠かせない。


 ただ、それを理由に西方の交易まで一元管理するべきかは別問題だ。


 「ハンス公爵、ありがとうございました。それでは、ご意見やご質問のある方はお願いいたします」


 議長の言葉を受け、早速、大派閥の貴族が立ち上がった。


 「ハンス公爵のお考えは理解しました。しかし、各領地に経済活動を任せれば、領地ごとの格差が広がるのではありませんか? 豊かな領地は交易を立て直せても、そうでない領地は取り残される恐れがあります」


 「だからこそ領主同士の協力が必要なのです。物資が不足する領地には周辺の領地が協力し、必要に応じて王国も支援する。それで対応できると考えています」


 「しかし、各領主の判断に任せていては、対応に差が出るでしょう。王国が一括して管理した方が、公平ではありませんか?」


 「公平であることは重要です。しかし、すべての領地に同じ方針を当てはめることが、必ずしも公平とは限りません。産業も人口も異なる以上、それぞれの事情に合わせた対応が必要でしょう」


 ハンスの回答に、貴族はそれ以上追及せず、席に戻った。


 続いて、中立派の貴族が立ち上がる。


 「ハンス公爵、一つ伺いたい。ヘルメースが機能不全に陥ったことで、西方の流通はすでに混乱しています。各商会が新たな取引先や輸送手段を確保するには、相応の時間がかかるのではありませんか?」


 「おっしゃるとおりです。すぐに元どおりになるとは考えていません。まずは各領主が商会の状況を把握し、取引の再開を支援する必要があります」


 「しかし、混乱を早く収めるのであれば、王国が一括して管理する方が確実では?」


 「短期的には、その方が効率的かもしれません。しかし、それでは再び一つの組織に頼ることになります。今回と同じ問題を繰り返さないためにも、各領地が自ら交易を維持できる仕組みを整えるべきでしょう」


 「なるほど」


 中立派の貴族が納得した様子で席に着くと、間髪入れずに大派閥の貴族が再び口を開いた。


 「では、価格についてはどうお考えですか? 自由な取引に任せれば、商会による買い占めや価格の高騰が起こる恐れもあります。王国が管理すれば、価格を安定させることができるでしょう」


 ハンスは少し考え込んでから、口を開いた。


 「確かに、価格の高騰を抑えられるかもしれません。しかし、商会同士の競争が失われれば、価格が下がることも期待できなくなります。買い占めや不当な値上げは各領主が取り締まり、公平な競争を守るべきでしょう」


 「ですが、大きな商会が市場を独占する可能性もあります。各領主の対応だけで防げるのでしょうか?」


 「一つの領地で対応できない問題なら、関係する領主が協力すればよいのです。必要であれば王国の判断を仰ぐこともできるでしょう」


 その後も議論は続いた。


 王国が一元管理すれば、物資の流通や価格を安定させやすい。


 一方で、自由な競争が失われ、王都の判断が各地の事情に合わない恐れもある。


 反対に、各領地に任せれば柔軟な対応ができるが、領地ごとの格差や商会による独占といった問題も考えられる。


 どちらにも利点と欠点がある。


 中立派の貴族たちも、双方の意見を聞きながら判断を迷っているようだった。


 そんな中、大派閥の席から一人の貴族が立ち上がった。



 「ハンス公爵。先ほどから各領主の判断を重視すべきだと主張されていますが、一つ確認させていただきたい」


 貴族は一度言葉を切り、会場を見渡した。


 「今回のエルドルン襲撃では、その領主の判断によって都市を守ることができなかったのではありませんか?」


 それまでの経済政策とは異なる質問に、会場が静まり返った。


 「エルドルンは、あなたが治めるリヒテンシュタイン領の都市です。多くの住民が命を落とし、都市そのものが失われた。その責任をどうお考えですか?」


 ハンスは表情を引き締めた。


 「エルドルンを守れなかったことについて、領主としての責任を重く受け止めています。しかし、今回の襲撃を防ぐことができたのかについては、まだ調査が必要です」


 「つまり、領主としての判断や備えに問題がなかったとも言い切れないわけですな?」


 「調査が終わっていない以上、断定はできません。しかし、原因が明らかになっていない段階で、不備があったと結論づけるのも早計でしょう」


 「では、仮に領主の判断に問題があったと判明した場合、どう責任を取られるおつもりですか?」


 「私に責任があると明らかになれば、当然、その責任を負うつもりです」


 「そのお言葉は立派です。しかし、責任を取ったところで、失われた命は戻らない」


 貴族の言葉に、会場の空気が重くなった。


 「今回の襲撃を考えれば、各領主の判断だけに頼ることには不安が残ります。だからこそ、王国による統制強化が必要なのではありませんか?」


 「防衛については同意します。しかし、経済活動まで管理する必要はないと考えています」


 「本当にそうでしょうか? 防衛には兵だけでなく、食料や武器、輸送手段も必要です。経済と防衛を完全に切り離すことはできないはずです」


 「無関係だとは申し上げていません。必要な物資の確保や備蓄は、王国と各領地が協力して進めるべきです」


 ハンスは落ち着いて答えていたが、エルドルンを守れなかったという事実は重い。


 中立派の貴族たちも、先ほどまでとは違い、難しい表情を浮かべている。


 どうやら議論の流れは、少しずつ大派閥へと傾き始めているようだった。


 


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