朝日さん、合宿に行く
バスの窓際、朝日はぼんやりと流れる景色を眺めていた。
出発からすでに三時間。持参したゲームはとっくに飽き、スマホの電波は圏外、結局、暇つぶしは風景観賞のみ。なんとも贅沢で退屈な時間だ。
「……ずいぶんと惚けてるのね?」
隣に座る生徒会長が、呆れたように口を開く。
「ゲーム以外にやることないの?」
「ないな。そもそも暇つぶし要員がゲームしかいなかった」
「じゃあ、私の本でも読む?」
そう言って彼女はバッグから一冊の文庫本を取り出し、朝日に差し出す。
「面白いのか?」
「ええ。割とドロドロした恋愛ものよ。人間関係がぐちゃぐちゃで最高に楽しいわ」
「……ふーん」
朝日はそれを受け取り、何ページかめくってみる。確かに内容は気になる。というか、面白そうだ。
「意外とそういうの好きなのね?」
生徒会長が意地の悪い笑みを浮かべて尋ねる。
「いや、特にこだわりはない。ただ、本を読むのは嫌いじゃないし、面白ければジャンルは問わないってだけだ」
そう言って読み始める朝日。生徒会長は少しだけ口を尖らせながらも、自分の本に視線を戻す。
しばらくすると、前の席から顔を覗かせた男が声をかけてきた。
「朝日さん、暇です。ゲームしましょうよ」
無元である。
「嫌だ」
「まださっきのこと根に持ってるんですか?」
先ほど朝日は無元と格闘ゲームで対戦し、一勝もできなかったのである。根に持つなという方が無理だ。
「見て分かるだろ。本、読んでんだよ」
「それ、生徒会長のやつですよね? なら、次は僕とゲームを――」
「なら、私が朝日くんのゲーム機、借りようかしら?」
生徒会長がにこりと微笑んで、さらりと爆弾発言。
「え、生徒会長ってゲームするんですか?」
「あら、無元くん。ゲームくらいするわよ? アニメも見るし、漫画も読むし、ついでに深夜のラジオもチェックしてるわよ?」
「なんか万能ですね……」
「本もそろそろ飽きてきたし、たまには違うことしてみたくて」
ひょいひょいと手招きされ、朝日は渋々ゲーム機を渡す。
「貸すのはいいけど……壊すなよ?」
「私がそんなに雑に見える?」
「うん、見えるから言ってんだよ」
生徒会長はむっとしつつもゲーム機を受け取り、さっそく電源を入れた。
「それにしても、今回の合宿は色々と厄介ね」
「そうですね。同じタイミングで合宿予定だった極星学院と合同になるなんて思いませんでしたよ」
元々人数も少ないからと合同合宿の案内はあったものの、よりによって相手があの極星学院とは――誰もが想定外だった。
「生徒会側は大変ですよね。極星学院の生徒の面倒も見るんですよね?」
「そうなるわね。でも、やることは変わらないし問題ないわ。むしろ、大変なのはあなたたちじゃないかしら?」
「ですよね……。向こうには辻宮くんもいますし、また機龍くんと一悶着ありそうで頭が痛いです」
辻宮――極星学院のエースにして星王祭の覇者。学生界最強と称される実力者だ。
しかも機龍とは過去に因縁があり、前回の合同練習でもバチバチだったという。嫌な予感しかしない。
「でも、そういう火花も青春って感じで悪くないと思うわよ?」
「いや、俺は火傷する側なんで……全然よくないです」
そんな会話をしながら、生徒会長と無元はゲームをスタート。
最初こそ操作に戸惑っていた生徒会長だが、あれよあれよという間に上達し、最終的には無元と互角に渡り合うまでに。
つまり――朝日は、生徒会長よりも弱かった。
そんな現実から目を背けたい朝日を乗せて、バスはようやく目的地――合宿場の旅館『花の郷』へと到着した。




