秀吉、やっぱり怖い
長浜城に到着した茶々たちは、竜子に連れられ奥御殿へ入った。
見知った侍女たちは、三姉妹の無事に安堵し、涙ぐむ者もいた。
かつて小谷城で共に暮らした竜子は、幼い茶々たちを妹のように可愛がってくれていた。
それをまるでついこの間のように懐かしむ茶々は、奥御殿の侍女の声で現実に戻ってくる。
「浅井の一の姫様、御免いたします。羽柴筑前守様が見えられました。」
「羽柴様が……。」
「はい。ですが、お疲れであらば、日を改めるように、と京極の方様(竜子の事)が筑前様に申されるとも…。」
「……分かりました、ご挨拶に伺います。
案内してくださいますか?」
「はい。では二の姫様と三の姫様にも……。」
「妹たちは疲れているので、そのまま休ませてやって下さいませぬか?
ご挨拶へは浅井の家長たる私だけで参りとうございます。
あと………お江が…。」
一拍。
「末の妹が羽柴様を目の前にして何を言い出すか分かりませぬ…。」
察して?という顔をする茶々に、侍女は「あ…。」と小さく声を漏らす。
「……では、此方へ。」
話の解る侍女で助かる。
侍女の案内で茶々は秀吉と対面する事になった。
(あかん……吐きそう。)
秀吉との対面はいつになっても慣れない。
過去四度の巻き戻りでは、秀吉は茶々たち三姉妹を暖かく迎え入れた。
(どうか、無事に終わりますように……。)
茶々は警戒心を強め、侍女の後ろを付いて歩く。
一度目の時は恐らく史実通りの対面となった…はず。
二度目と三度目は江が秀吉に掴みかかり、引き剥がすのに苦労した。
そして、四度目は連れて行かなかったのに、秀吉が坂本城へ戻る時に出会してしまい、飛び蹴りを喰らわせた。
今回は自分一人だけで終わらせよう……。
どうかこのまま何も起こらず、無事に対面が果たせますように。
案内された部屋へ一歩足を踏み入れる。
上座に座る竜子の隣に居る、小柄な体格の男。
だが、一目で分かる。
この男は、数多の修羅場を越えてきた“化け物”だ。
茶々は小さく息を呑んで、下座に腰掛け、頭を下げる。
「殿、浅井の一の姫、茶々に御座ります。私の従妹ですのよ。
お茶々、此方が羽柴筑前守様であらせられる。ご挨拶を。」
「はい、姉様。
筑前様におかれましては、ご機嫌宜しゅう御座います、お目通り叶いまして、恐悦至極。
浅井新九郎長政が長女 茶々に御座いまする。
此度は羽柴様より格別にお図らいくださいましたと聞きました、浅井家家長として、感謝申し上げます。」
「一の姫、かような御言葉、筑前には勿体のう御座る、ささ、面をあげられませ。」
「はい。」
秀吉にそう言われ、茶々はゆっくりと頭を上げ、上座にいる秀吉を見据える。
(相変わらず、アスリート系…。短距離選手っぽいなぁ……。
いや、今はそれどころじゃないんだって!
油断しちゃダメ!)
暫く茶々をじっと見ていた秀吉は、静かに呟いた。
「うむ……やはり……。」
「え?」
「実は此方に来る前に、一の姫を遠目でお見かけしました。その時は、お市様がそこに居られるのかと思いました。
しかし――こうして間近で見ると、一の姫は亡き備前守様によく似ておられる。」
「……あ、ありがとう、ございます?(疑問系になっちゃった……。)」
史実ではお市の方似の絶世の美女と言われるが、実際は父・長政に似た可愛らしい顔立ちだ。
そのせいで、年より幼く見られがちである。(地味に茶々のコンプレックスだったりする。)
「ところで、二の姫と三の姫の姿が見えませぬが?」
「妹たちは疲れておりますので、休ませております。それから……。」
「「それから?」」
「……江が、末の妹が羽柴様を前にして、何をするか分かりませぬので……。」
――沈黙。
察して欲しい、という目で見つめる。
「殿。お茶々は世の道理というものを、我らが思うておるよりもよう存じております。
それはお初も同じでしょう。ですが、お江はまだ十一の童女。
ここは私に免じて、何卒……。」
茶々と共に、竜子も頭を下げた。
「一の姫、竜子、面を上げよ。
何も其方らを責めている訳ではない。」
秀吉は穏やかに言う。
「一の姫は妹想いでいらっしゃるな。
二の姫と三の姫に会うのは、暫く控えましょう。」
「ありがとうございます。」
「これよりは、竜子の側で過ごされよ。
仇たる男の世話になるは屈辱であろう。
なれど、其方らは亡き織田の御屋形様の姪御。――お市様よりも、託されておる。」
「……ありがとうございます。」
茶々は静かに頭を下げた。
「世の人々は、自害もせず敵将に縋る我らを嘲笑いましょう。
ですが、母より生きよと言われた以上――
どれほど生き恥を晒そうとも、生き抜く覚悟です。」
一呼吸置いて、続けた。
「羽柴様の御心遣い、改めて御礼申し上げます。」
秀吉は何も言わず、ただ一つ頷いき、やがて静かに部屋を後にする。
――その瞬間。
「はぁぁ〜〜…………。」
全身から、一気に力が抜けた。膝が崩れ、その場に座り込む。
「お茶々!?」
竜子の声が響き、慌てて駆け寄り、茶々を抱き起こす。
「姉様、大事御座いませぬ。……気が抜けただけですから。」
「何を言うか!その顔色で!」
「茶々は元より白いのですよ。」
「阿呆!馬鹿!たわけ!」
……そこまで言わんでもええやんか。
そう思いながらも、立ち上がろうとして――
――立てない。
腰が抜けたように、足に力が入らなかった。
茶々は侍女たちに支えられながら、与えられた部屋へと戻っていった。
部屋に戻った途端、侍女たちに寝巻きに着替えさせられ、乳母により布団へ放り込まれた。
「於孝……そう大事にしないで……。姉様も其方も皆、大袈裟です。」
於孝――後世で「大蔵卿局」と呼ばれる、茶々の乳母だ。
これまでの人生すべて、最期まで茶々に付き従い、誰よりも三姉妹の幸せを願ってくれた人だ。
「お疲れのところ、ご無理をなされたのでしょう。」
そう言って、於孝は茶々の頭を撫でた。
「姫様……。筑前様へ一歩も引かず、浅井家長の尊厳を見せられた事、私は大変誇らしく思います。」
一拍。
「ですが、姫様がお倒れになられたら、初姫様と江姫様は如何なさるのですか?
……先ずはご自分のお身体の事を考えて下さい。」
於孝はスッと立ち上がって部屋から出る。
「初姫様と江姫様には、適当に理由を付けて話しておきます。ですから、姫様はこのままお休み下さい。」
「は〜い……。」
於孝はニコリと微笑んでから障子を閉めた。
「はぁ〜……。」
ゴロンと寝返りをうって目を閉じる。
「これからどうしよ。」
これで五度目のタイムリープ。いや、改めて考えると、戻り過ぎじゃない?なんでなん?
……でも
もう知らんわ、何がなんでも絶対に生き残ってやる!と決心したはいいが、これからどうすれば良いんだろう?
何よりも優先すべきは、妹たちの安全確保。
お初は大丈夫だろう。
一度目と三度目は従兄の京極高次に嫁いだ。
二度目は寧々の肝入りで浅野家へ嫁ぎ、四度目は公家に嫁がせた。
いずれの人生も、しぶとく生き残った。
問題はお江。
お江の結婚は――碌でもない。
いずれの人生も、秀吉の都合で振り回され続け、気苦労が多かった。
……そんなの、絶対に嫌だ。
この乱世でも、せめて、あの子にはまともな幸せを。
「……まぁ、いいか。今は休もう。」
茶々は誰もいないのを良いことに、大きく欠伸をする。
数回ほど深呼吸をすると、睡魔が急激に襲ってきた。
そのまま、意識を手放した。
難しいことは、明日考えればいいや。
今日は、もうあかん…………無理!




