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第八話 帝国の戦い

修道士ギベールの手記


戦いの噂は風のように伝わる。

だがこの年、我らが最初に聞いたのは戦いの話ではなく秩序の話だった。

その土地で人々が生活を営んでいくための秩序だ。


「道が安全になった」

「盗賊が消えた」

「税が公平になった」


それらは勝利の報せのように語られた。

私はそれらを素直には喜べず、何ともやるせない気持ちになった。

秩序とは本来、神と王と教会の三つの柱で支えられるものだ。

それが異教徒の手で同じ形を取り戻すなら、我らの柱はどこへ行く?


しかし、その疑問は直ぐに別の現実に押し潰された。

神聖ローマ帝国が、ついに軍を出した...その報である。


修道院の回廊で兄弟たちが囁いた。

「これで異教徒達の暴虐は止まる。奴らは地の果てへと逃げ去るだろう」

「皇帝が立ち上がれば、世界は戻る」


祈りは強くなった。

だがその強さは、信仰の強さではない。

元の世の中に戻って欲しいという願望の強さだった。

願望は願望である。根拠が無い。

願望の上に築いた物は、いつか崩れるものだ。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


老大国の挽歌


神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世はついに軍を動かした。

旗が揃い、諸侯が馬を揃え、河を越える兵の列は遠目にも壮観だった。


重装騎士は冬の光を受けて甲冑を鳴らし、兜の下の目は燃えていた。

彼らは、正面からの衝突で勝負が決まると信じていた。

信じることは力だが、敵がその前提を受け取らなければ力にならない...


最初の会戦。

騎士の突撃は確かに敵陣に打ち込まれた。

軽装のモンゴル兵たちが踏み倒され、主人を失った馬たちは逃げ出し、野太い怒声が轟く。

そしてモンゴル兵は薄く広がり、距離を取った。

隊が崩れたふりをして散ったのだ。


帝国軍には勝機と映った。確実な勝利の形を欲した。だから追う。

深追い...

その時、戦場の流れが変わった。


矢が降る。

甲冑の隙間、馬の脇腹、肩口、喉元に矢の雨が刺さる。

騎士の馬が倒れると、助けに行った従士が倒れ、次に助けに行った者も倒れる。

救う動きが餌となり残酷な猟場となった。


次の戦いは森の周辺で起きた。

帝国軍は森を背にして敵を迎え撃つつもりだったが、モンゴル軍は遠巻きにして様子を伺う。

痺れを切らした諸侯の一隊が突撃すると、草原に隠れていたモンゴル兵に囲まれ全滅した。

夜になると帝国軍の野営地にモンゴル兵が忍び込み火を放ち、馬の群れを奪った。

朝、帝国軍は気づく。戦う前に戦の足が奪われていることに。


さらに別の戦いは河畔で起きた。

橋を守るはずの守備隊が夜のうちに消えた。

指揮官の天幕だけが焼け、戦いの合図の鐘が鳴る前に指揮官の首が落ちていた。

残った兵たちは命令する者がいなくなると、そこにとどまる意義を失い、散り散りになっていった。


帝国は「決戦」を探し続けた。

だが敵は決戦を与えない。与えるのは疲労と飢えと、ひととき敵を追いはらった錯覚だけだった。


最後に帝国軍は広い平原で陣を敷いた。

ここなら突撃できる。ここなら包囲されても突破できる。そう信じた。


だが敵は、正面からは打ち合わず、時をかけて包囲した。

昼は遠巻きに矢を放ち、夜は斥候が忍び込み補給を断ち陣営を焼き、朝は偽の退却で兵を誘い出す。

三日目、帝国軍の兵は疲弊し切った。

四日目、味方の数が目に見えて減った。

五日目、旗が立っているのに旗の周囲から兵の姿が消えた。

生き延びるための離脱が連鎖したのだ。

そしてバラバラに逃げた帝国の兵達は、機動力のあるモンゴル騎兵達に追いつかれ各個撃破され、

戦いの後半は落武者狩りと化した。


帝国軍は、敵に痛打を浴びせること無く、その兵力は虚しく消えていった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


抵抗した町の末路


皇帝は抵抗した。諸侯も抵抗した。ゆえに民も抵抗した。


ある町は門を閉ざし、石を落とし、矢を放ち、教会の鐘を打ち鳴らした。

町の人々は勇敢だった。だが勇敢さだけではモンゴル軍の臨機応変な戦術には抗し得なかった。


城門が破られ、町の人々は地獄を見た。

女子供や老人達は隠れても家々の隅々まで荒らされ、追い詰められ、

店や民家は残らず略奪され、その町での生活に必要な物は何も残らなかった。

抵抗した事実により、町そのものが罪となり、存在を許されなかった。


領主は館の隠し部屋に潜んでいたが、発見され、引きずり出されて、ドロドロに溶けた灼熱の鉛を目と口に注がれ、広場に見せしめとして晒された。

モンゴル軍は、教会や倉庫に住民達を集め縄で繋ぎ、町中を略奪した。

暴虐の限りを尽くすと、住民達を閉じ込めた建物に火をつけた。

叫びは紅蓮の煙に溶け、生存者は皆無だった。

壮麗な教会や歴史ある家並みは皆打ち壊され、かつての町は瓦礫と灰ばかりの荒野となった。


抵抗した町には営みのための秩序は与えられなかった。

与えられたのは規則としての破壊である。



別の町は降伏を迷った。

会議が長引き、門を開けるべきと唱える者と守り抜くべきと叫ぶ者が争い、決断が遅れた。

そして、その町は焼かれた。

迷いはモンゴル軍にとっては抵抗と同じであった。


そして噂は炎よりも早く広がった。

「抵抗する町は消える」

「直ぐに従う町は残る」

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