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乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない ~やらかすまえの、性格以外は完璧なスペックの悪役令嬢に転生しました~  作者: 緋色の雨
二章

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エピローグ

 王城の会場では三度目の浄化記念パーティーがおこなわれていた。

 最初に浄化に失敗したことが語られて動揺の声が上がったが、そのあとの説明で人々の動揺は収まっている。結局、アラン陛下が真なる浄化方法を語らなかった。

 ――だが、嘘も吐かなかった。


 聖女の魔力が込められた魔石を用いて瘴気溜まりを浄化するにはコツが必要で、そのコツを聖選の癒し手に学んでもらう――という説明をおこなったのだ。


 結果的に、瘴気溜まりへの対策は順調――という風に映ったのだろう。話を聞いていた貴族達の反応は好意的だった。


 その後は、ルミナリア教団の挨拶などがあり、いつも通りのパーティーが始まった。少し違うのは、聖選の癒し手を持つ家に接触する人間が増えたことだろう。


 彼らと懇意にしていれば、自分の領地に瘴気溜まりが発生したときに便宜を払ってもらえるかもしれない、という思惑が渦巻いているようだ。

 真実を話していた場合を考えると、アラン陛下の判断は正しかったと思う。もっとも、それを判断するのは私じゃない。私は、ただ自分に出来ることをするだけだ。


 ――という訳で、私はセシリアと一緒に、挨拶に来た人の応対をする。

 前回のパーティーでは、セシリアが毒で狙われたことに気付かなかったという反省から、ドレスを纏った女性の騎士達が、それとなく私達の周囲を固めてくれている。


 そうして何人かと話していると、そこにアナスタシアがやってきた。彼女はすっかり顔色もよくなって、生来の明るい雰囲気を取り戻していた。


「アナスタシア、元気そうでなによりね」

「お二人のおかげです」


 アナスタシアがそう言ってカーテシーをした。そのかしこまった態度に、ソフィアがまた拗ねるのではと思ったけれど、セシリアはなにも言わなかった。


 すると、アナスタシアが、「ソフィア様に迷惑を掛けたくないから、公式の場では様付けで、それ以外では呼び捨てでってお願いされたんです」と耳打ちしてくれた。

 私はセシリアの顔を見て「気にしなくてよかったのに」と微笑む。


「気にしますよ。私のせいで、お姉様が悪く言われるなんて嫌だから」

「もっと甘えてくれていいのよ?」

「ダメです、甘やかせないでください!」


 一生懸命にがんばる妹が可愛い。私がニコニコしていると、アナスタシアが片手で口元を隠して、私に少しだけ顔を寄せた。


「それと、私達に機会をくれてありがとうございます」

「……浄化のこと、聞いたのね。私はなにもしてないわ。それに……」


 私は正直に打ち明けた。聖選の癒し手のことを考えて情報を伏せたのはアラン陛下の方だ。だから、後ろめたいと視線を落とす私に、アナスタシアは知っていますと笑った。


「ソフィア様が浄化の方法を究明してくださらなければ、いまの状況はありませんでした。おかげで、家と仲良くしようとする家も増えたんですよ」

「そう、それなら、よかった」

「はい! 次は必ずこの手で瘴気溜まりを浄化し、モンゴメリー家を立て直して見せます!」


 ビビットオレンジな髪を揺らし、元気に、そして自信に満ちた顔で言い放つ。その希望を抱いた青い瞳がとても印象的だった。

 少なくとも、アナスタシアには未来がある。それが分かって安堵する。だけど、だからこそ、エリザベスのことを思い浮かべて、私はそっと表情を曇らせた。


「ソフィア様?」

「いえ、貴女の成功を心より願っているわ」


 私は不安な思いを振り払って笑みを浮かべた。

 そうして彼女と世間話をしているとほどなく、アルスターとマクシミリアンが姿を見せた。どうやら、私に話があるようだ。それに気付いたアナスタシアが、「セシリア、あっちにケーキがあったわよ。よかったら一緒に食べない?」と気を利かせてくれる。


「そうね、せっかくだから楽しんでくるといいわ」


 私は二人を送り出し、その流れでアルスターとマクシミリアンに視線を向ける。私はマクシミリアンに聞きたいことがある――けれど、この場では組み合わせの方に意識が向いた。


「マクシミリアン隊長と、アルスター隊長が一緒なんて、珍しいですね」

「アルスターとは会議の場などでよく話すのですが、言われてみるとソフィア嬢の前で二人一緒なのは珍しいかもしれませんね」


 マクシミリアンが答え、アルスターも「作戦会議ではよく顔を合わせます」と続く。私は二人が顔見知りなことを理解しつつ、「そんなお二人が私になにかご用ですか?」と尋ねた。

 そうして小首を傾げる私のまえで、アルスターがたたずまいを正した。


「ソフィア嬢にあらためてお礼を言いたかったのです」

「アイリスにも言いましたが、お礼を言うのは私の方ですよ?」

「いえ、ソフィア嬢には何度も助けられました。心より感謝を申し上げます。それに、娘も今回の一件で、なにかと吹っ切れたようで」

「……彼女のよりよい未来を目指す助けになれたのなら嬉しいです」


 私はそう言って表情をほころばせた。


「ソフィア嬢、私からもお礼を言わせて欲しい。本来なら、私も娘も、先の失敗で多くを失うところでした。ですが、貴方のおかげで救われました。もし、貴方が困難に見舞われたなら、いつでも相談してください。我がローゼンベルクの名にかけ、そなたの力になると誓います」

「マクシミリアン隊長……」


 家名に誓うのは相当なことだ。だから、大げさだと慌てる。そうしてアルスターに助けを求めるが、アルスターまでもが「レストゥール家もそなたを助けると誓います」と口にした。


「き、恐縮です」

「恐縮することはない。なにかあればぜひローゼンベルク家に」

「いや、レストゥール家に相談するといい」

「「……む?」」


 マクシミリアンとアルスターが顔を見合わせ、いや、うちだ。いやいやうちだと牽制を始める。この人達、私に恩を感じすぎじゃない? と、思わず呆気にとられてしまった。

 だが、そうしているあいだにも言い合いは続き、注目が集まり始めている。


「えっと、その、相談の内容に適した方を頼らせていただきますね?」


 とりあえず、妥協案を投げかけてみた。ただ、二人は既に私の話を聞いていなくて、話題が「うちの娘の方がソフィア嬢と仲がいい」という内容に変わっていた。

 なんか、真面目に聞く必要はなさそうだ。


 だったら――と、私は咳払いを一つ。「マクシミリアン隊長、貴方に聞きたいことがあります」と切り出した。マクシミリアンはアルスターへの牽制を止め、私へと視線を向ける。


「なんなりとお聞きください」

「エリザベスのことです」


 婚約のことだとほのめかす。

 意図を察したアルスターが「では、私はセシリア嬢にも挨拶するとしましょう」と告げ、マクシミリアンは、「ソフィア嬢、よければ場所を移しませんか?」と提案してくれた。

 私は「ちょうど少し風に当たりたく思っていたところです」と応じる。


 という訳で、私とマクシミリアンはテラスへと足を運んだ。――といっても、互いに侍女などは連れているので二人っきりではないのだけれど。

 私とマクシミリアンはテラスでグラスを片手に向かい合った。


「それで、娘のことというのは?」

「そのまえに――私の情報が間違っていたことでご迷惑をおかけしました」


 私はそう言って深く頭を下げた。


「なにを仰るかと思えば。貴女が気に病む必要はありません」

「でも、そのせいでエリザベスが……」

「……たしかに、あれには辛い思いをさせました。ですが、それは私の責任。ソフィア様が責任を感じることではありません」


 私のせいではないと言ってくれるのは嬉しい。でも、私はホントはこう言いたいのだ。私のせいだから、エリザベスに政略結婚を課すのは止めて欲しい、と。


 それを封じられた私はどう切り出すべきか考える。すると、マクシミリアンが少し思案顔になった。


「ソフィア嬢。さきほど申したとおり、ローゼンベルク家は貴女に多大な感謝をしております。なにかあるのなら遠慮なく相談してください」


 彼に促され、私はわずかに視線を彷徨わせた。

 でも最終的には小さく頷いて、マクシミリアンを真正面から見据える。


「では、エリザベスの政略結婚を考え直してください」

「エリザベスの政略結婚、ですか?」

「はい。他家の、それも小娘の私が口出しをすることではないと存じています。ですが、私にとってエリザベスは大切な友人なのです。それに、さきほどアラン陛下が発表なさったように、聖選の癒し手にはこれからも活躍の場が与えられます。だから、どうか……」


 再考して欲しいと彼を見上げる。

 彼は目を瞬き、それからふっと目を細めて笑みを浮かべた。


「……娘は、私が思う以上に、貴女と仲良くしていただいているようですね」

「はい。彼女のがんばる姿勢はとても好ましいと思っています」

「ならば、これからもぜひ、娘と仲良くしてください」

「もちろんです。それで、政略結婚の件ですが……」


 彼が答えないことに焦れて、答えを求める。

 彼は私の目をまっすぐに見て――それから、首を横に振った。


「残念ながら、それは出来ません」

「何故ですか? 政治的な理由であれば、私が協力いたします。ウィスタリア公爵の娘であり、聖女の姉である私との友誼は役に立ちませんか?」


 必死に詰め寄ると、マクシミリアンは目を見張った。


「それほどまでに、娘をよく思ってくださってありがとうございます。ですが、誤解が――」

「お父様? こちらにソフィア様といらしたとお聞きしましたが……」


 不意にエリザベスの声がした。

 振り返ると、テラスにエリザベスが出てくるところだった。だが、彼女は私がマクシミリアンに詰め寄っているのを見て目を細める。


「……お父様、ソフィア様を怒らせたのですか?」

「いや、誤解だ」

「誤解ではありません。私はエリザベスのことを心配しているのです」


 マクシミリアンの言葉に否を唱える。

 エリザベスはコテンと首を傾け、「私の心配、ですか? ……もしかして、私が瘴気溜まりの浄化を失敗した件でしょうか?」と困惑した様子だ。


 私は婚約の件だと口にしようとして、彼女の背後に男の子が立っていることに気が付いた。

 歳は私達よりも三つか四つくらい下。身長は140に届いているかな? くらい。淡い茶色に金が混ざる、優しいヘーゼルの瞳がキラキラと輝いている。女の子と見紛うような可愛らしい容姿の、ズボンを穿いた男の子だ。

 そんな愛らしい少年が、エリザベスの服の袖をしっかりと掴んでいた。


「……エリザベス、その男の子は?」

「紹介が遅くなりました。彼はカミロ・ローザリオ、私の婚約者ですわ」

「は、初めましてソフィア様。カミロと申します」


 カミロと名乗った男の子が一生懸命な感じで名乗った。見た目はとても可愛らしい……けど、彼がエリザベスの婚約者? ローザリオは伯爵家、ローゼンベルクの分家だったはずよね。

 分家筋の男の子と婚約したと言うこと?


 どういう背景で婚約に至ったのだろうと考えつつ、「初めまして、カミロ。私はソフィア。エリザベスの友人です」と名乗り返した。

 とたん、カミロがぱぁっと顔を輝かせた。


「エリザベス姉様がソフィア様のご友人というのは本当だったんですね!」

「あら、信じていなかったの? とても仲良くしていただいているのよ?」


 エリザベスが少し誇らしげに答え、カミロが「すごいです」とはしゃいでいる。というか、これって……と、私はマクシミリアンに近付いて声を潜める。


「あの、もしかして……」

「ソフィア嬢が思っているとおりです」


 どうやら、政略結婚というのは私の勘違いだったようだ。

 でも、だったら、どうしてこのタイミングで……と呟くと、マクシミリアンが小声で、「切っ掛けはカミロの勘違いなんです」と教えてくれた。


 聖選の癒し手に縁談が多く舞い込んでいるという噂を聞きつけたカミロが屋敷に押しかけ、エリザベスを他の男に渡したくない! と、エリザベスに告白したらしい。

 なにその微笑ましい状況、私も見たかった――と思ったのはここだけの話。


「そういうことだから、たとえソフィア嬢の願いといえども、この縁談の再考は出来ません」


 マクシミリアンはそう言って笑みを零した。

 その様子から、私は娘の幸せを願っているのが伝わってくる。勘違いして恥ずかしい――けれど、セシリアのときのようにならなくて良かったと、私は心から安堵した。


「それで、ソフィア様の心配というのはなんだったのですか?」

「いえ、私の勘違いだからもういいの」

「――ソフィア嬢は、エリザベスが政略結婚をさせられたのではと心配してくださったのだ」


 私は隠そうとしたのに、マクシミリアンがばらしてしまう。

 どうして言っちゃうんですかと睨むけれど、エリザベスが「まぁそうだったのですか?」と声を弾ませたので、私は喉元まで出掛かった苦情を呑み込んだ。


「ソフィア様、心配してくださってありがとうございます。見ての通り、カミロと私は幼なじみなので、望まぬ婚約などではないですよ」

「そうみたいね。杞憂だと分かって安心したわ」


 私はそう言って苦笑する。


「杞憂と言えば、ソフィア様やセシリア様はどうなのですか? 華々しい活躍の数々で、たくさんの婚約打診が来ているのではないですか?」

「そのような話は届いていますが、すべてお断りしています」


 私がそう答えると、エリザベスはイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「もしかして、既に心に決めた方がいらっしゃるのでは?」

「ち、違います。……もぅ、からかわないでください」


 脳裏にシリル様の笑顔が浮かび、私はパタパタと手を振ってそのイメージを掻き消す。

 そもそも、私はシリル様から告白の返事をもらっていない。というか、直後に貴方を見捨てると伝えたから、告白は本気だと受け取られていないかもしれない。

 そんなことを考えながら、私はエリザベスと他愛もない話を続けた。



 エリザベスの件を確認する――という、本来の目的を達した私はパーティーホールに舞い戻った。その流れでセシリアを探すが、元の場所に彼女の姿はなかった。

 そこで護衛の一人に尋ねると、ダンスホールへ向かったと教えられる。


 という訳で、ダンスホールで周囲を見回すと、ワルツを踊っているセシリアを見つけた。サンディーブロンドの髪とモーヴシルバーの髪がワルツのリズムに合わせてキラキラと輝いている。

 セシリアのお相手はウォルフ様だった。


 攻略対象の一人であるがゆえに、お似合いの相手なのは間違いないのだけど、ウォルフ様は直情的なところがあるから少し心配だ。

 なんて、一緒に踊っているから好きだとは限らないんだけどね。

 そもそも、セシリアが悪い相手に騙されているならともかく、そうじゃないなら、妹の恋愛事情にあれこれ口出しするのは野暮というものだ。


 あぁでも、妹や友人の恋愛事情に首を突っ込むのはちょっと憧れる。セシリアと付き合いたければ、私を倒してからになさい! とか、ちょっとやってみたい。

 そんなことを考えていると、背後から「ソフィア、ここにいたか」と声を掛けられる。


「シ、シリル様?」


 びっくりして、少し声が裏返ってしまった。私は咳払いを一つ「どうかなさいましたか?」と尋ねたが、その返事代わりの彼の行動に息を呑んだ。

 シリル様が私の手を差し出していたのだ。


「一曲、踊っていただけますか?」

「……私で、よろしいのですか?」


 正直、シリル様が私をどう思っているか分からない。私は告白したけれど、返事はもらっていない。そもそも、私は死にゆく彼のことを見捨てようとした。

 嫌われていたっておかしくない。

 なのに――


「私が誘ったのはそなただけだ」

「~~~っ」


 私は身悶えそうになって、辛うじて平静を装った。

 落ち着きなさい私。

 さっき自分で言ったじゃない。踊っているから好きとは限らない、って。


 そもそも、シリル様はセシリアにとっての運命の相手。私がシリル様に想いを寄せているのは事実だけど、シリル様がどう思っているかは分かってない。


「ソフィア、もしかして……迷惑だっただろうか?」

「い、いえ、そんな。で、では……その、私でよければ」


 視線を泳がせながらシリル様の手を取った。


「ではこちらへ。そなたには煌びやかなダンスホールがよく似合う」


 シリル様は恥じらう私の手を引いて、光の降り注ぐダンスホールの下へと私を連れ出した。

 ホールに咲く色取り取りのドレスが優雅に舞い、タキシードの影がその隙間を縫うようにステップを踏んでいる。三拍子のワルツが満たすその空間で、私はシリル様の腕に引き寄せられた。

 というか近い、シリル様の顔が近い。


 私がぎこちなく微笑むと、シリル様は笑顔を返してステップを踏み始めた。ナチュラルターンから入って、クローズドチェンジ、基本的なルーティーンでステップを踏む。


 リードをフォローしながら、シリル様はどうして私を誘ったんだろうと考える。もしかして、告白の返事をされるのかな? そんなふうに考えると急に不安になった。


「ソフィア、そなたに一つ聞きたいことがあるのだが」


 すごく真剣な顔。それだけで、彼が私をダンスに誘った目的が、その質問をするためだったと分かるほどだ。私はステップを踏みながら、わずかに喉を鳴らした。


「は、はい、なんでしょう?」


 もしかしたら、告白の返事かもしれない。そんなことを考えながら、続きを促す。私の緊張感がピークに達したとき、シリル様は真剣そのものな口調で言った。


「そなたはショートケーキがどれくらい好きなのだ?」

「え……? ショートケーキ……ですか?」

「ショートケーキだ」


 その質問は予想外すぎる。

 もちろん、告白の返事以外の可能性は考えていたし、返事にしては質問というのはおかしいなと思ってたけど、よりによってどうしてショートケーキ?

 意味が分からないけれど、シリル様が真剣なのも事実で、だから私も真面目に答える。


「ええっと、その……好物ではありますよ?」

「……そうか。なら、朝昼晩、毎日食べたいくらいに大好きなのか?」

「さ、さすがにそこまでではありませんが……」

「そう、なのか……」


 シリル様がシュンと落ち込んだ顔をする。なんだか答えを間違ったみたいだけど……理由が分からない。もしかして、シリル様はショートケーキが苦手なのだろうか?


「ええっと、その……フルーツタルトなんかも好きですよ?」

「好きなのか? 大好きではなく?」

「え、ええ、好きですよ?」


 なんか、シリル様に告白してるみたいで恥ずかしい。いまは慣れ親しんだルーティンだから踊れているけど、さすがにちょっと混乱してきた。

 私がシリル様がリードするステップを追っていると、再びシリル様が口を開く。


「そうか。フルーツタルトが普通に好きなのだな。ちなみに、フルーツタルトの好きというのは、どのくらい好きなのだ? たとえばそう、人間関係に置き換えたら」

「に、人間関係、ですか?」


 シリル様に好きと言ったことを思いだして恥ずかしくなる。顔が燃えてしまいそうだ。私はその恥ずかしさを誤魔化すために、脳裏から


 「ええっと……友人くらい、でしょうか?」


 突然、シリル様のリードが乱れた。それにあわせようとするけれど、とっさのことで足をもつれさせてしまう。そうして転びそうになった瞬間、シリル様に抱き留められた。

 シリル様に重心を預け、なんとか体勢を立て直す。


「す、すまない、大丈夫か?」

「え、ええ、少しびっくりしましたけど……シリル様の方こそ、大丈夫ですか? もしかして、体調が戻っていないのではありませんか?」


 冷静になって考えると、シリル様は毒が抜けきっていないはずだ。一応、解毒ポーションの増産のめどは立っているらしいけど、シリル様の元に届くにはもう少し時間が掛かるだろう。


「たしかに、体調は戻りきっていない」

「でしたら――」


 ダンスは止めましょうと口にする寸前、シリル様の青い瞳が私を捕らえた。彼の瞳の中に、戸惑う私の姿が映り込んでいる。


「ソフィア、その先は言わないでくれ」


 どうして、そんなに真剣なのだろう? というか、そこまでして、ケーキが好きか聞きたかったのだろうか? なんだか、どこかでボタンを掛け違っているような違和感がある。

 でも、シリル様の望みは分かった。


「……分かりました。でも、無理はしないでくださいね」

「気絶するまで走り続けたそなたには言われたくないな」

「あ、あれは……もぅ、忘れてくださいと言ったではありませんか」


 恥ずかしいと目を伏せる。シリル様は「それは無理だ、あの強烈な光景は恐らく一生忘れない」と笑う。なんか、今日のシリル様は意地悪だ。


 だけど、リードはすごく丁寧で優しかった。私が迷わないように、ステップを踏み外さないように、優しく、私が進むべき未来を示してくれている。

 リードを通して、彼の優しさが伝わってくる。私もそれに逆らわず、シリル様のリードに身を委ねる。不意に視線を上げると、シリル様が私をじっと見つめていた。


「……ソフィア、そなたはダンスが上手なのだな」

「シリル様も上手ですね。シリル様の気遣いが伝わってきます」

「伝わって? ……そうか、そういう方法もあるのだな」


 わずかな沈黙。

 不意に、シリル様の瞳が悪戯っ子のように細められた。


「……シリル様?」

「ソフィア、そなた、ダンスの成績は?」

「先生からは合格をいただいていますが……」


 それがなにかと尋ねる直線、シリル様に腰を引き寄せられた。

 次の瞬間、シリル様のリードが一変する。

 不意に踏み込まれた一歩に、私は思わずバランスを崩しそうになった。けれど、すぐに腕の中で支えられ、強引に引き込まれるように次の動きへと流されていく。


 軽やかに身体を開く動きから一転、リズムが急に変化する。

 次第に足の運びが複雑になり、視界がクルクルと回る。追いつこうとするほどに、流れる景色が速くなり、色取り取りのドレスが視界の端をかすめていく。

 ふわりと浮き上がるような感覚――かと思えば、地に足がついた瞬間にはもう次の動きへと移っていた。強引とも言えるほど滑らかな流れ。


 でも、その激しいリードの中にも、シリル様の気遣いがあった。複雑なステップを踏みながらも、私が失敗しないように気遣ってくれているのが分かる。

 そう思った瞬間、シリル様のステップがわずかに流れた。私はとっさにシリル様を引き寄せて、リズムが乱れないようにシリル様を支える。


 ふと彼の顔を見ると、その額にたくさんの汗が浮かんでいた。

 やはり、体調が悪いのではと心配するけれど、彼は笑みを浮かべてリードを続ける。

 それをフォローしていると、ステップを通じて彼の気持ちが伝わってくる。


 ……あぁ、そっか。

 これは、私達が歩んできた道を現しているんだ。互いに命を救われ、救いあって、何度も困難にぶつかりながらもまえに進み続けた。

 それを詰め込んだワルツ。


 でも、ダンスにするとよくわかる。シリル様は無理をしすぎだ。何度死んでいたっておかしくない。だから――


「無理せず、ここで止めてもいいんですよ?」

「無理せず、ここで止めておいてはどうだ?」


 私とシリル様の声が重なった。

 互いに同じことを考えていたと気付き、顔を見合わせて苦笑する。

 シリル様のリードがさらに激しさを増した。


 だけど――食らいつける。

 前世の私は、走ることすらままならなかった。机を一緒に運ぶクラスメイト達を羨ましいと思った。でも、いまの私は望めばなんだって出来る。

 こんなに複雑で激しいステップでもがんばれば踊ることが出来る。私は必死に足を運び、シリル様のリードに食らいついていく。


「こんなステップ、学院では習っていませんよ?」


 息を弾ませながら上目遣いで睨むと、シリル様は楽しげに笑った。


「そなたならついてこられると思ったんだ」


 軽やかな声とともに、また新たなステップ。それを必死に追いかけているうちに、いつしか私の中にあった様々な葛藤は吹き飛んでいた。


 私は一度目を瞑り、シリル様を失いそうになった時の気持ちを思い出す。この世界に転生して、一番の喪失感を味わった。私は前世のように寂しい最期を迎えたくない。

 でも、ここまで乗り越えてこられたのは、みんなでがんばったからだ。

 だから――


 私は彼のリードに合わせて自ら足を踏み出す。

 さっきまで翻弄されていたはずの足が、徐々に滑らかに動き始める。流れる旋律とステップが一つになり、私は自然とシリル様の動きに溶け込んでいく。

 互いを繋ぐ手に、そっと力を込めた。


「……逃がしませんからね?」


 ふと零れたその想いに、シリル様の瞳が愉快そうに細められた。

 前世のように、指をくわえてみているなんてお断りだ。私は大好きな彼らと共に幸せな未来を掴み取ってみせる。

 そんな私の決意に対して、シリル様は――

 

 

 二章をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
二章お疲れさまでした 二人の中も少し進んできましたね 本編でなく番外編とかでもいいので二人のイチャイチャがもう少し見たいです  エリザベスさまの婚約者! 可愛いです
シリル頑張れ
登場人物が、頑張り屋さんの好感の持てる人達で嬉しいです。 楽しいひと時をありがとうございます。
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