第4話「凛冽の勇者は助太刀を受ける」
アポロ・ギムソンは、ポーカーフェイスを装いながら内心で「うまくないな」と呟いた。
相手は完全にこちらの手の内を知った上で作戦を立てている。
目の前の〔軍団〕は、催眠状態の一般人に武器を待たせて校庭に配置し、それを盾にしてこちらを狙撃してくる。
一般人を排除しようと眠りの魔法は試したが、既に寝ている相手には通用しないらしい。氷の魔法を常人に使用すれば、良くて足の皮膚が剥がれ、悪くて凍傷で四肢を切断だ。強行するのはアリサと倫が拒むだろう。
経験の浅い倫はともかく、アリサと学の共通の弱点は、より多くを生かす為に小数を切り捨てる決断は出来ても、自分の命を他者より優先する決断を渋る事だ。
一見美徳だが、勇者が倒れれば未来に救われるであろう命もまた失われるのだ。
ここで結束を乱す決断はしたくないが……。
〔隊長〕を名乗る勇者は、素早い動きでリボルバーに装弾すると、真横にに発砲する。明後日の方向に放たれた魔弾は、ジグザグに機動しながら人質をすり抜け、アポロに向かう。
肉厚の氷壁を展開し、勢いを殺すが、魔弾は貫通力に特化したものらしい。氷壁を貫通して頬をかすった。
「どうした〔凛冽〕、貴様も信念の為に命を捨てるか? それも良いだろう」
アリサと倫に視線を向けるが、向かってくる一般人を取り押さえるのに手いっぱいだ。彼らを跳ね飛ばしながら戦う覚悟があれば、恐らく頭数の差で逆転は可能なのだが。
そして、背後には学のクラスメイトたちがいる。自分が突破されたら彼らが危険に晒されるだろう。
ひとりが逃走するようなことが無ければ、背中に注意を払いながら戦うことも無かったのだ。
もっとも、自分だって一人でも多く助けるのことには賛成だし、あの拗らせた戦友がクラスメイトを守れずに打ちひしがれる姿は見たくない。
さて、どうするか?
自分が非情な決断を下すか?
そうなったら学はまた自分を責めそうではあるが。
「ふん、この程度で苦戦するとは、それでも貴様ら〔破壊の勇者〕の仲間か!」
ドスの利いた声が響いて見上げると、屋上から一人の勇者が下り立った。
「あなたは! カラオケ店で学と戦った……!」
「貴様! 〔騎士〕!」
「〔騎士〕の名は捨てた。今はただの神尾帯刀だ!」
学に敗れて以来姿をくらましていた彼は、すっかり容貌を変えていた。
長髪を丸刈りに、迷彩柄の衣服をジーンズとTシャツの変え、「軍人染みた」と言うより、肉体労働者のようないでたちだ。
そして、何故か「スマイル保育園」とプリントされたエプロンを身に付けていた。正直似合わない。
「随分と大口をたたくのだな。追手が怖くて魔力を封印して潜伏していた男が」
あざける〔隊長〕に、〔騎士〕……帯刀もまた鼻で嗤った。
「潜伏? 確かに魔力は封印していたが、それは〔破壊の勇者〕に復讐戦を挑むために修行していたからだ」
「修行だと?」
「あの男は俺を『守る事を知らないせいで負けた』と言った。だから俺は守ることを知るため、保育園でアルバイトをした。過酷な日々だった。子供相手には今まで俺が培った技術は通用しない。無限の体力を持ち、ちょっとしたことで感情を爆発させる。それを何人も捌かねばならん。菅野学はこのような厳しい修行をしていたのかと、自分が負けた理由に得心がいった」
うんうんと頷く帯刀に、「この人、馬鹿なんじゃ?」と美都が辛辣な一言を呟いた。
千彰の「確かにアレだけど、悪い人じゃないんじゃないかな」と言うフォローもなかなかに酷い。
「いいえ! これは一度敗れたライバルが助太刀に現れる展開よ!」
一般人を取り押さえながらも、相変わらずブレない倫に、一同は肩をすくめる。
「まあいい。とっととうちの子供たちの目を覚ましてもらおうか。来週の発表会までお遊戯の練習ができないと、保護者からお叱りを受けるのだ!」
帯刀は魔剣を抜き、南蛮胴を召喚する。
「いざ、参る!」
〔縮地〕で人質を突破して、〔隊長〕に斬りかかる。
〔隊長〕は斬撃を銃でいなして回避するが、アポロへの攻撃の手が緩んだ。
この局面において、帯刀のスキル〔縮地〕は最適な存在だった。
思わぬ伏兵にさしもの〔隊長〕も対応に苦しんでいる様だ。
(やってみるか!)
右手の〔氷撃の杖〕に魔力をチャージしてゆく。
アポロが本気になれば学校ごと凍り付かせることが可能だが、反面力のコントロールは得意な方ではなく、アリサのサポートを受ける事で補ってきた。
だが、今度ばかりは自分がやらなければならない。
「〔凛冽の氷壁〕!」
地中に呼び出した氷山が、校庭のアスファルトを押し上げた。
足を取られた人質たちがよろめき倒れ、一瞬だが隙が出来た。
「チェンジ! ブルーフォーム!」
スピード形態に切り替えた倫が走る!
「〔神速〕!」
ふたつ名の〔神速〕を発動させ、アリサが駆ける!
帯刀の斬撃への対応で〔隊長〕の反応が遅れた。後方に飛び退いて防壁を構築するが、ふたりの攻撃を受けて吹き飛ばされる。
後者に叩きつけられ、息を吐き出す〔隊長〕だったが、動きを止めるには至らず、よろよろと起き上がる。
「やれやれ、とんだ番狂わせだが勇者3人を足止めしたんだ。良しとしよう」
「あなたたちの目的は何なの?」
疑問をぶつけるアリサに、〔隊長〕はくっくっと笑う。
「〔元帥〕に直接聞くとよい。彼はすぐにお前たちの前に現れる」
意味ありげな言葉を残し、〔隊長〕は跳躍する。
屋上を飛び移って撤退する彼を追う余裕は、勇者たちには無かった。
「呆けている暇は無いわ! 学を助けに行かないと! アポロ、ここは任せた! 倫、行くわよ!」
「任せて!」
アリサがてきぱきと支持を出してゆく。こういう時の彼女は流石だ。
「どこかに車はある?」
「え? 免許は?」
「アメリカでは私の歳で取れるの! それに、今は緊急事態よ。キーは無くていいわ。直結するから!」
クラスメイト達は「とんでもないな。この女」と思い始めていたが、彼女は気にも留めない。
「待ってくれ! 僕も連れて行ってくれ!」
名乗り出たのは、望月静磨だった。
「残念だけど、この状況であなたに出来ることは……」
「里桜の家なら知っている。今までの償いが出来るとは思わないけど、僕も何かしたいんだ!」
アリサは、倫に視線を合わせ、彼女が頷いたのを確認して、「ついてらっしゃい」と踵を返した。




