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最悪の出会い

挿絵(By みてみん)



 しとしとと降りしきる霧雨の中、轟音(ごうおん)が鳴り響く。


 ピシャンと天上から落ちる光の柱に、小さな村に住む人々は恐れ(おのの)いてただひたすらに祈っていた。

 雨に紛れ、光の柱を背にして巨大な影がコウモリに似た翼を広げ、無数に落ち続ける雷よりもなおも大きく鳴く。


「ああ、巫女様。来てくださったのですね」

「ええ、あとは私に任せなさい」


 そんなこの世の終わりのような状況で、村にやってきた少女が一人。

 雨の中でもなお汚れることのない純白の着物を纏った少女は、髪に差した赤い(かんざし)をしゃらりと揺らす。


 ――まるでその姿は鶴のようで。


真白(ましろ)様、お願いします」

「安心なさい、すぐに終わるわ」


 ふわりと、純白の少女――真白が地面を蹴った。

 清浄な空気が彼女を包み込み、まるでその着物の裾を鳥の翼のようにして空中に躍り出る。

 地面と反発するように、パチリと閃光が走った。


「いいなあ、お空飛んでる」

「しっ、あんなこと、できなくてもいいのよ」


 そんな言葉を背に受けつつも、真白は踊るように雷を操る影へと向かう。生まれながらに異能を備えた彼女は、その手の言葉には慣れたものであった。


 ばたばたと風で揺れる着物の裾と、雨に濡れて張り付いた黒髪を鬱陶しそうに彼女は手で払うと、接近した雷の化身へと声をかける。


「そこのトカゲ」

「ほう空を駆けるとは、これは珍し――」


 威圧的に喋る影に少女は涼しい顔のまま近づいて行くと、そのまま無言で前方に一回転するとその上顎を上空から勢いをつけて思い切り蹴りつける。


「ふぎゃっ!?」


 大きな大きなトカゲが「ふん、戯れを」などと思ったのも束の間、少女の蹴りがその上顎を踏み抜けば、彼は情けない声をあげて地面に墜落していった。

 その巨体に相応しく、地面に黄金色のトカゲが墜落すると地面がいくらかへこみ土煙をもうもうとあげた。

 それも雨の影響ですぐさま収まったが、トカゲが頭上を見上げるとすぐそこに迫る鶴のような少女の姿。


「はあ!」


 またもや一回転。

 白い着物がはだけて覗く真っ白な足と、その上までしっかりと目に焼き付けたトカゲは反応が遅れて再び地面へと沈み込む。


「白いっグォ……!?」

「ねえ、この迷惑な雷やめてちょうだい。殴るわよ」

「既に蹴り伏せられているのだが!?」


 トカゲの抗議が少女に浴びせられるものの、彼女は涼しい顔のまま「お返事は?」と続ける。まるで無慈悲なその姿にトカゲはどこかゾクゾクとしたものを感じながらも大きく頷いていた。


「わ、分かった。分かったから蹴りつけるのはもうやめてくれ!」

「ふん、早く止めて」

「蹴らなければ踏みつけてよいというものではないぞ!?」


 地面にその首を縫い付けられたままトカゲが声をあげるが、少女はなおもその鼻先に乗ってグリグリと踏みつけている。たいして体重が乗っていないはずなのに、どうにもこのトカゲには耐え難いほどの力だった。


 無数に光っていた雷が収まり、霧雨だけが降りしきる。


「雨は?」

「これは我ではない! 自然現象だ!」

「そう」


 今度こそ少女は満足気に頷き、鼻先から軽やかに地面へと降りる。

 水溜りの水が跳ねて、ほんの少しだけその足を汚した。


「……どこ見てんのよ」

「わ、悪いっ」


 ふくらはぎを「つう」と伝う雫に目を奪われていた彼は上擦った声をあげ、謝罪する。それを少女は非常に不快そうに眉を顰め、睨みつけていた。


「女よ」

「……その言い方ムカツクわね。私は真白よ」


 真白はそう言ってトカゲを見つめる。


「我を殺さないのか?」

「なに、殺されたいの? 変わった趣味ね」

「い、いや、そういうわけではないのだが、てっきり、我を殺しに来たのだと思ってな」

「こうして無力化できているのだから、殺すだけ時間の無駄よ。それと、今この瞬間も時間の無駄ね。さっさとどこへでも行きなさい……また似たようなことやらかしたら、それこそ殺してやるわ。二度目を許すほど、私は優しくないの」

「そ、そうか」


 沈黙が落ちる。


「どこへでも行きなさいって言葉が聞こえなかったのかしら……? 私、あんまり気が長いほうじゃないのだけれど」

「……」


 真白をじっとトカゲが見つめる。

 その大きな碧眼に見つめられ、ほんの少しだけ居心地悪そうに彼女が身じろぐ。

 霧雨の中、その肌に張り付いた真っ白な着物に目線を落とした彼女は「早く帰って着替えたいから、どっか行って」となおも言い募る。


 白い着物に白い肌。その布一枚の下がどんな形をしているかなど、今の状況では一目瞭然であり、トカゲはそんな彼女の幼いながらも成熟した肢体にゴクリと唾を飲み込む。


「ちょっと」


 そして軽蔑するように睨むその表情にどうしてだか、トカゲは見惚れていた。


「真白よ」

「なに? ほら早くどっか行って。しっしっ」


 冷たい瞳で手を払う彼女にトカゲは言った。


「我の子を産んでくれ!」

「は?」


 真白は思わず素っ頓狂な声をあげて硬直する。


「ちょっとなに言っているのか分からないわね。理解できる言語で喋ってちょうだい」

「やっと我よりも強い女に出会えたのだ! これは運命だ、我のツガイとなっておくれ!」

「お断りします」


 真白が地面を蹴って、ふわりと浮かび上がる。

 そしてまた一回転。その下着を目に焼き付けていたトカゲは、あえなく彼女の蹴り技によって地面に深くまでその巨大な頭蓋を埋めることとなった。


「かんっぜんに時間の無駄だったわね」


 そうして帰路に着いた彼女は村へと寄る。


「もう雷は止んだわ。安心してちょうだい、雨の増水にだけ気をつけるのよ」

「……」


 遠巻きに彼女を見つめる村人達。

 一言もなく、そんな素っ気ない反応に彼女は目を伏せて「忠告はしたからね」と続けて踵を返す。


「報酬はいつものところにありますので」

「……そう」


 一言だけ、かけられた言葉に彼女は生返事をする。

 背中に突き刺さるまるで化け物でも見るような視線に、彼女は唇を噛んで気丈に振る舞った。こんな反応慣れっこだから平気よ、と心の中で小さく嘘をついて。


「私、いいことをしている……のよね。そうよね?」


 ぽつり、自分に言い聞かせるように呟きながら真白は神社に向かう。

 己の家である神社に帰れば、少なくとも孤独ではなく、ただ自由なのだと自身に言い聞かせることができるからだ。


 少女の強さを疎む言葉。

 少女を同じ人として見てはいない、その畏れの色。


 ――それを感じるたびに彼女は自分に嘘をついて目を伏せた。


「平気よ。いつものことだもの」


 神社へと辿り着くと、そこには荷車に乗った日用品や食料品が野晒しのまま置かれていた。

 霧雨の中、放置されていたそれを眉を顰めて発見してしまった彼女は、髪を纏めていた紐を用いて着物の袂を邪魔にならないよう結んでしまうと、ひとつため息をつく。


「どれだけの食料が湿気らないで食べられるのかしら。憂鬱ね……」


 そして、濡れ鼠のまま少女はひとつひとつ、荷車から食料や日用品を運び出し、縁側から神社の中へと収納していく。


 半分ほど収納が終わり、濡れてダメになってしまったものを仕分けていた彼女はふと聞こえた足音に振り返る。


「来てくれたの?」


 濡れた地面を歩く音に、もしや手伝いに来てくれたのかと僅かな期待を込めて彼女は明るい声を出す。

 しかしその声はだんだんとすぼまり、やってきた着流し姿の男を見るや否や瞳の温度が氷点下まで下がる。


「なにしに来たのよ」

「おお、我だと分かってくれたのだな? さすがは我がツガイよ。一目で人型になった我が理解できるとは」

「おかしいわね、同じ言語を喋っているはずなのにさっぱりあんたがなにを言っているのかが分からないわ」

「なに、我も手伝うぞ。人出は多いほうが良かろう?」


 朗らかに笑う細身の男性に、少女はため息をまたひとつ吐いたかと思うと、そのまま作業を続ける。


「っくし……」


 しかし、長時間雨に打たれていたからだろうか。真白は小さなくしゃみをして、それから恥ずかしそうに俯いた。


「ほら、お前は人間なのだから体調を崩してしまうだろう。力仕事は我に任せよ」


黒に雨と雷紋の着流しに、上から刈安色の羽織を重ねて着ている男がそう申し出ると、彼女は暫し考えるように沈黙する。


「……勝手にすれば」


 躊躇いつつも一言だけ告げて、真白は作業を続けようとしたが――。


「年長者の言うことくらいは少し聴け」

「なっ、ちょっと、なにすんのよ!」


 しかし、そんな彼女を男はひょいと背中と膝裏を支えて持ち上げて見せると、神社の中へと無遠慮に上り込む。


「あっ、こら、靴を脱ぎなさい!」

「はっはっはっ、これはすまなんだ」


 まるで悪びれることなく屋根の下へと彼女を運んだ男は、むくれる彼女に対し朗らかに笑ってその頭にぽんと手のひらを乗せる。


「あとは我に任せておけ。着替えるのだろう」

「……借りは必ず返すわ」

「ふむ、それならば我の子を」

「それはなし!」


 自身の体を抱きしめて、彼女は真っ白な肌に朱を乗せて叫んだ。


「すまないなあ、ウロコを持つ者は総じて執念深いものなのだ」

「うるさいっ、次なにかやらかしたら殺してやるって言ったのを理解していないのかしら!?」

「そうしてくれても構わないぞ。今度は負けん」

「……っ、もういい、意味分からないわ」


 そして、逃げるように少女は神社の奥へと走っていく。

 その後ろ姿を見つめていた男は笑った。


「はっはっは、絶対に逃がしてはやらんよ」


 彼女を抱いたその手を、柔肌の感触を思い出すように見つめて浸っている。

 その姿は俗に言う変態そのものだったが、去る彼女を見つめるその目は、愛しいものを見るような、そんな温かいものだった。


「さて、あの子のために荷物を運ばねば」


 最悪な告白をかました男はほんの少しの下心とともに動き出す。


 ――これは、最悪な出会いと告白から始まる竜と巫女の少女の恋物語。


 まだまだ二人の関係は、始まったばかりなのであった。

気に入ってくださったら、ブクマ&広告下の⭐︎評価をしてくださるととても嬉しいです。

「好き!」と思ってくださったお好きなタイミングで構いません。


時代は大正〜明治時代くらい。


旧タイトル「ツンデレ巫女はなびかない?〜最悪な告白から始まる竜と少女の恋物語〜」

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