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我が上の星が見える

『ちょっと話があるんだけど、時間ある?』

 久しぶりに彼から連絡があったのは、とても空が綺麗な日のことだった。




「突然ごめん」

「何を今更」

 この程度の突然さなら、学生時代に散々やってたくせに。

 言葉だけは神妙で、表情は全くそれらしくない。4か月ぶりに会う彼は相変わらずだった。

「前会ったのって半年ぐらい前だっけか」

「4か月前かな」

 卒業して、最初こそ暇をつぶし合う為に会っていたけれど、研究者になった彼は私と違って非常に忙しくなっていった。

 今では会うのは大体年に4回程度。お互い潰さないといけない暇が少なくなったって事だから、悪いことじゃないかもしれない。

「研究は楽しい?」

「楽しい。新しい発見もあったし。いや、というか、今日はそれの話なんだけど」

「私に話しても伝わらないと思うけど」

 私も相変わらずなんだから、仕方ない。

「あ、多分分かると思う。ええと……これ、覚えてる?」

 彼が鞄から取り出したのは、コードのついた、小さな機械。

「え、まだそれ私物化してたの」

「拾ったの俺らだし」

 研究者になったんだから、とっくに研究対象として供出済みだと思ってたのに。

「わー、懐かしい。血で動くんだっけ」

「そ。で、ほら、俺達が卒業するあたりでさ、辞書見つかったじゃん」

 そういえば、そんなこともあった気がする。

 空の上の言語と私達の言語を繋ぐオーパーツの発見。そういえばそうだ。そうだ、思い出してきた。

 確かその翌日が卒業式で、式の帰り道で立ち寄ったファミレスで、彼が興奮気味にいろいろ喋っていたっけ。

「あれ、最近になってやっとこっちの方まで回ってきたんだよね」

 辞書が見つかっても、すぐにそれが還元される訳じゃ無い。

 彼は零細研究所の研究者だから、尚更。

「辞書の写しの写しの写しの写し、位が回ってきたっぽい。うん。凄い量だった」

 こんな分厚くてさあ、と、彼が手で厚さを表現してくれるので、とりあえず話を促した。じゃなきゃとてもじゃないけど、話が終わらないかもしれない。……終わらなかったらそれはそれでいいけど。

「んでさ、これの文字、読んでみたんだよね」

 彼が機械のコードを弄びながら、紙片を取り出す。

 渡される前にそれを奪うように受け取って読み始める。

『遺伝子情報が不足しています。複数人分の遺伝子情報を入力してください』


「……俺、これ読んだ時に鳥肌立ったよ」

「……私、これ読んでも意味が分からないよ」

 紙を透かして見ても、別に何も変わりはない。なにこれ。遺伝子情報、って何?

 彼はそんな私を見て頭を抱えた。

「そっかあ……お前相変わらずなのな」

 悪かったね、相変わらずで。

 抗議の意味を込めて、彼のカップのソーサーの縁に乗っていた角砂糖を奪って私のカップに落とす。

「あ、いいよ。最近、砂糖あんまりとらないようにしてるから」

 しかし、あまり効果が無かったらしい。

 どちらかと言えば彼は甘党な方だったと思ったんだけれど。

「なんでまた。お腹周りでも気になり出した?」

「いや、砂糖摂りすぎると禿げるって」

 そっちか。

 いや、彼らしいと言えば彼らしいような……。

「で、俺の髪の話じゃなくて紙の話だけど」

「上手いこと言えてませんよ」

「手厳しい。で、これについてだけど、遺伝子情報、っていうのは、どうも俺達の体を構築してるものの情報のことらしい……つまり、俺達の設計図だ、っていうのが辞書とにらめっこした俺の結論」

 なるほど、良く分からないけれど、つまりこの機械は、『私たちの設計図が足りない。複数人分出せ』と言っている、と。

「で、ここからは完璧に憶測混じってくるんだけど。とりあえず幾つか状況証拠だけ上げてくな。よーく思い出しながら聞いてみてくれ。まず最初に、イザナギとイザナミの停止。あれって何時の事だったか覚えてるか?」

 それは簡単だ。思い出すまでも無い。人類滅亡カウントダウンが始まった日を忘れるわけがない。

「空が落ちてきた日」

「ん。つまり、空の上で何かあったかもしれない日だよな。で、次な。イザナミとイザナギが何か考えてみ?」

 そんなこと、中学校の理科で習った……いや、習う前から知っていることだ。

 始まりのオーパーツ、イザナミとイザナギ。

 私達人類は誰もが知っている、私たちを作った存在だ。

 人類はイザナミとイザナギによって、未だ解明されない仕組みで生まれる。

 イザナミとイザナギが作る人類はその年によって数もまちまちだけれど、あの時まで、年々減少傾向にあることだけは確かだった。

 そして、そのイザナミとイザナギは止まったのだ。停止。それ以上人類を生まないという事。

 イザナミとイザナギが止まった、という事はつまり、永遠に生きられる訳じゃない人類は、もう減る一方ってことで、滅亡することが決定づけられた、っていうこと。

「そのイザナミとイザナギが、空が落ちてきてから数回、動いたろ」

 これで最期だ、とでも言うように、イザナミとイザナギは数人の人類を生んでから完全に沈黙した。

 その時生まれた最後の人類も、今では多分5歳になっているはずだ。

「で、俺達って数回、これ、弄ったろ」

「主に君がね」

 その為にわざわざ指を切ったんじゃなかったっけ?

「学校に避難してた時にこれ、2人で弄ってたよな。で、その翌日あたりに、イザナミとイザナギの再稼働が報告された」

 そこまで聞いて、まさか、と思う。

「つまり君は、これはイザナミとイザナギを動かす機械だって言いたいわけ?」


「その通り。多分これ、俺とお前の血が2種類付着してた瞬間に作動してたんだよな」

 ……それが本当だとしたら、本当にマズいんじゃないのだろうか。

「それ、それ……人類の滅亡は」

「俺達の手に委ねられた」

 ……なんて魅力的な響きだろう。とっても素敵だ。世界は現在、私達の手に握られている。

「発表しなさい」

 しかし現実はそこまで魅力的じゃないんだろう。きっと。

 これで人類は滅亡を免れる。非日常は今日で終わる。それがきっとあるべき姿なんだと思うんだけれど。

「さて、ここでお前を呼んだ最大の理由にぶち当たるんだな」

 彼は、そうは思っていないらしかった。


「今までは憶測が混じってたけど、ここからは完璧に憶測。オーケイ?」

「オーケイ」

 珈琲のおかわりをオーダーしてから、彼の話が再開する。

「ええと、じゃあまず、空の上の人についてな。俺、いたと思う。ただし、空が落ちて来るより前に居なくなってる」

 私の感じていた事と結構近いかもしれない。

 空の上に人は居た。けれど、空が落ちて来る時には居なかった。だから空に穴を開けられたんだと思う。

 不慮の事故で空に穴が開いたなんて思えない。彼らは高い技術を持っていたはずなんだし、空を作った張本人たちでもあるんだから。

「じゃあ、空の上の人はどこに行ったのか、ってなると、絶滅したんじゃないか、っていう考え方もできるんだよな。こう、空の上で凄い技術同士の殴り合いしたりして、空の上更地にしちゃって、それで絶滅しちゃって、なんていうのもアリだと思う」

 私たちより先に、空の上の人達は滅亡してしまった、と。しかも、空の上を更地にして。

 だから空の全てが落ちた今も、人の骨も人が住んでいた跡も見当たらず、少しばかりのオーパーツが見つかるだけ、と。

「けど、それだと『都合が良すぎる』」

 彼は目の前に置かれた機械を指で突いて見せる。

 そう。そうやって空の上の物が無くなったのなら、じゃあ、これはなんだ、という事になる。

 何故この機械は残ったのか。

 これだけじゃない。多くは無いけれど、オーパーツは数多く残っているのだ。

「そういう不慮の事故で空の上が更地になったんだとしたら、こんなに都合よく『辞書』と『人類製造器』が残ると思うか?俺は、これは意図して残されたんだと思う。だとしたら、意図して残す余裕のあった居なくなり方……例えば、空の上の人たちは空の向こう側に移住した、とか、そういう方がしっくりくると思う」

 空の上の人達は、私達が滅亡しないように、必要な物を残していったのだ、と。そういう考え方ならしっくりくる。

 いろいろ、しっくりくる。

 私達が飽きていたのはなぜなのか。理由も無く生きているのはなぜなのか。

「私達は空の上の人達に管理されて生産されていたんだね」


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