死中に空を求める
それからも当然のように空から人が攻めて来るということも無く、けれど空は時々落ちてきた。
だからか、最近は引きこもりブームになっている。
マンホールに入った私達が無事だったんだから、確かに屋内、できれば地下室なんかに居れば空が降ってきても大丈夫だとは思うけれど。
なので、休日は家に引きこもろうキャンペーンを各企業が行って、室内で楽しむ娯楽や食べ物なんかが売れ筋になっているらしい。商魂たくましい、というか。
それでも死ぬ人は死ぬ。
学校でもクラスの席に空きが目立つようになってきた。
勿論、その内空が落ちていない部分の方が少なくなって、そうしたらきっと、死ぬ人はぐんと減るんだろうけれど。
とりあえず彼と一緒に、「空が落ちてきたと思ったらマンホールに入れ」と布教しておいた。
そのおかげで助かった、という人も数人出てきたから、無駄じゃなかった、と思う。
空が抜けていくにつれ、空の上に人が居るという話も萎んでいった。
これだけ自分たちの住んでいる場所が落ちてしまっているのに何もしないというのはおかしい、というか、これだけ空が落ちてきているんだから人の数人も落ちてきたっていいだろう、というか。
……或いは、彼らはもうとっくに、空の向こう側へ行ってしまったのだ、とか。
彼なんかは空に人が居ない事を残念がるより先に、空の向こう側に興味を持ちだした。
あれだけこだわっていたのに、とも思うけれど、彼にしてみれば興味の向くものさえあれば、それがなんだって構わないんだろう。
「今日は黄色っぽいな」
空の向こう側を見るのも難しくなくなった。
彼は時々、分度器とか使って空の厚さを測ったりしていたけれど、どんどん薄くなっているのは間違いないらしかった。
「昨日の空の向こう側の色、好きだったな」
昨日の空の向こう側は、空みたいに赤かった。
紫やピンクとのグラデーションで、凄く綺麗で、空が邪魔だと、ちょっとだけ思ったり。
「俺は今日の、結構好き」
今日の空は黄色から青灰色へのグラデーション。
黄色と青の境目がミントグリーンに染まって綺麗。
「私も今日の、好きだよ」
空の向こう側は時刻によって姿を変える。
昼は青色、夕方になると黄色くなったり赤くなったり。夜には濃紺や漆黒に光の粒がばら撒かれる。そして朝になったら少しずつ色が薄くなっていって、濃紺は紺碧に、そして薄い青色に変わっていくのだ。
そして、私たちは空が消えていくにつれて、あるものを発見した。
「昨日の方が綺麗だったかな、アマテラスは」
「ね」
空の向こう側には、光る球が浮いていた。
空が消えていくにつれてそれの姿は明確になっていって、今や大体いつでも……昼間ならいつでも観察できる。
それの発する光は私達の体に良くない成分も含んでいて、でも、体にいい成分も含んでいるらしい。
つまり、気にしなければどうという事は無い。
ちなみに夜になると、これはまた別の光る球が空に浮く。
こっちはまた不思議で、日によって形が変わった。
「ツクヨミは……今日は見えないね」
「もう少ししたら見えるだろ」
その光る球の名前は、研究者たちがなんやかややった結果、オーパーツの名前が付けられることになった。
アマテラス、というのは、光を発するオーパーツ。現在の技術ではアマテラス程にコンパクトで強い光を生み出す装置を作り出すことができない。
ツクヨミ、というのは、光を細く細く絞るオーパーツ。絞った光は熱になって、金属も溶かせる、らしい。
……ただし、それらが存在していたのは1000年前までだったらしい。
爆発事故で2機とも消えてしまったんだそうだ。
今回の光る球の命名は、それらを惜しんで、という所もあるかもしれない。
「あれも空の上に居た人達が作ったものなのかな」
「アレのサイズは分からないけれど……相当でかいぞ、あれ」
「空も相当でかかったと思うけど」
空の上の人……いや、訂正。空の上に居た人達は、明りとして光る2つの球を作りだしたんだろう。
夜には光の弱いツクヨミ、朝が来れば光の強いアマテラスが空の上を照らしていた、んだと思う。
私達の場合、空が光源になっていたけれど……もしかしたら、空の上に居た人達は、アマテラスとツクヨミの代替として、私達に光る空を与えたのかもしれない。
今となっては何も分からないけれど。
それから、イザナギとイザナミは、結局あれから数度しか稼働しなかった。
立て続けに3度稼働したきり、また停止している。
もう人類は新たに生まれないだろう、という諦めが私たちの間に広がっていた。
だから、今日一日を悔いの無いように。明日世界が滅んでもいいように。
そういう生活が主流になっていった。
貯蓄なんてする人は居ない。お金を貯めこんだって、それを使う前に死ぬかもしれないんだから。
いつ弾けるか分からない泡のような享楽的な世界は、確かに終末感漂う世界だ。
「遅かれ早かれ、人は死ぬのです。ならば生きながらえることに何の意味があるでしょうか!」
今日もまた、街角で宗教家の演説が行われている。最初こそ珍しかったけれど、今は「ああ、またやってる」程度で済むから慣れって怖い。
「……俺達ってなんの為に生きてるんだろうなあ」
そんな宗教に感化されてか、彼がそんなことを言い出した。
「生まれて、育って、学校行って、そのうち会社行って、で、死ぬわけじゃん」
「そうだね」
「……まじでなんの為?」
人間なら誰しも、一度は思った疑問かもしれないけれど。
「社会かな」
私は彼とは違って、良くも悪くも大人だった。
もう割り切ってしまえている。
「或いは、自己満足の為だと思う」
そこになんの意味も無い。価値も無い。
ただ、流れているだけ。
「さらに或いは、生まれてしまったから生きてる」
存在しているから、存在し続けるのが自然だから、生きてる。
社会の為。何の意味も無く、この世界を続けていく為。
「うわ、救いようがないなあ」
そんな事をぼやく彼の後ろ、遠くの方で、また空が落ちていくのが見えた。
「けれど、私は君に会えたことや、こうやって話せている事には価値があると思うよ」
存在しなければ存在しないまま、それはそれでよかったと思うけれど、存在してしまった以上は、楽しく生きていたいのもまた、事実だった。
「……まあ、現に俺達、生きてるしなあ、うん……うん」
今日は空の下で何人死ぬんだろうか。
終末だ終末だ、という割には、その週末は緩やかにしか訪れないらしかった。
あれから空が全部落ちてきて、空の向こう側が妨げるものなく見えるようになって、アマテラスとツクヨミは相変わらず空に浮いていて……その2つは落ちて来る気配が無かった。
夏が来て、夏休みに入って、秋になって、冬になって、春になって、そしてまた季節が一巡りしても、まだ人類はしぶとく残っていた。
……当然といえば当然だけど。
時間が過ぎていって、空から降ってきたオーパーツの発掘も進んだ。
こんなにも終末感漂う中で、それでも人類を滅亡させてはならぬ、と動く人が沢山居たらしい。
どんどん溶けてはいるものの、まだ溶け残り続ける空の山からパーツを欠片でも見逃さずに拾い集め、調べる。
案外オーパーツは沢山集まったらしい。
大抵が壊れていたらしいけれど、それでも中には壊れていないものも多くあり。
……そして、ついに人類は起死回生の一手を手にしてしまったらしいのだ。
それは、辞書。
空の上で使われていたらしき言語と私達が使っている言語を繋ぐオーパーツの発見によって、オーパーツの解析はとても捗った、らしい。
最近まとめてそのあたりが発表されて、世間は賑わっていた。
人類滅亡の危機は去るのかもしれない、ということらしいけれど。
……そして奇しくも明日が私たちのモラトリアム期間の終わり、卒業式の日だった。




