第三十話 皮膚
クルーが帰還したのは、打ち上げから百二十七日後だった。
カザフスタンの草原に、カプセルが降りた映像をテレビで見た。
工場で、全員が手を止めて見た。
一週間後、若田さんたちが筑波に来た。
私と社長とヨシコさんが会いに行った。
四人は少しやつれていたが、目が落ち着いていた。
若田さんが最初に言った。
「布がありました。百二十七日間、ずっと」
「不具合はなかったですか」
「一度もありませんでした。縫い目がずれることも、引っかかることも」
トミエさんの四つ目の縫い方が、宇宙で百二十七日持った。
北川さんが言った。
「脱いだとき、体が寂しくなりました」
マリアさんが通訳越しに続けた。
「脱ぐたびに寂しかった。着けると、また地球にいる感じがした」
陳さんが言った。
「宇宙では、自分の腕を見るとき、布の白さと皮膚の色が並んで見えます。その境界線が、一番きれいだと思いました。縫い目がないみたいな感じで」
縫い目がないみたいな感じで。
私は書き留めた。
帰りの新幹線で、ヨシコさんが言った。
「布が皮膚の続きになった、ということやね」
「はい」
「フミさんが言いよったことが、宇宙で証明された」
私は窓の外を見た。
景色が流れる。田んぼ。防音壁。名前を知らない川。
最初にこの新幹線に乗ったとき、私はここへ来る理由を持っていなかった。
今は、続ける理由がある。
それが何かを、言葉にする必要はまだなかった。
了
次回 第三十一話 指先




