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Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第5章 存在証明

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第77話

 協会を抜けたことで、人形師としての力は失ってしまった。一体だけ製作した人形は手元に残ったが、魔力の供給が絶たれた人形はあっという間に生気を失い、本物の人間のように見えていた外見はどこからどう見ても人形にしか見えなくなった。


 今でも店の二階にあるフィオナの部屋で、人形は椅子に座らせている。そうしていると、少しはゲイルがそこにいてくれるような気になれた。店に置いたら、霊の間で噂になってゲイルに届いたかもしれない。けれども、自分の淡い気持ちが他者にばれてしまうのが怖かった。


 瞳や耳に宿った能力も抜けていき、今では霊の姿もうすらぼんやりとしか見えなくなってきた。最近では見えにくさが加速している気がする。耳は、もう霊の声を拾えなくなっていた。

 これが魔力を失っていく過程かと、フィオナは実感した。元の状態に戻るだけなのに、あんなに様々な霊が視えて騒がしかった世界が静けさを取り戻していくというだけで、とても落ち着けた。

 それと同時に、ウィッテンたち聖職者はよくこんな世界に耐えられるなと感心したものだ。


 これだけ待っても、ゲイルは一向に現れない。もしかしたら昇天できたのではと思っていた、ある日。


 ついにそのときは訪れた。


 ゲイルによく似た雰囲気の霊が店に来たのだ。


 アーウィンと名乗る彼の姿はほとんど視えなかったが、それでもかろうじて判別できる外見がゲイルに似ていてフィオナは動揺した。ぼんやりとしか視えなくても、あの健康そうな小麦色の肌とよく着ていた軽鎧姿は忘れないし、間違うはずがないという自信があった。


 なぜなら自分は、そんな彼の姿を夢に見るほど待ち続けていたのだから。

 だからこそ、なぜ素直にゲイルと名乗ってくれないのか理解できなかった。


 アーウィンが店に来てから、二週間になる。その間にもフィオナの瞳に残った魔力は薄れ、彼の姿がどんどん視えなくなっていく。

 しかしアーウィンは営業時間になると、いつも古い操り人形を動かして遊ぶので、その存在ははっきりと認識していた。両親が営業していた頃から飾っている人形だが、それで遊ぶのはフィオナが知るかぎりアーウィンくらいしかいない。

 そしてその人形が動いているうちは、たしかに彼がそこにいるのだという証明になった。


 できたら完全に彼の姿が視えなくなる前に、「本当にゲイルとは別人なのか」と問いたい。

 むしろ、「本当はゲイルなのではないか」と問いたい。


 けれども、そんな勇気はフィオナにはなかった。


 もしあれだけ似ているアーウィンに否定されてしまったら、それはもうゲイルがフィオナとの関係を断ちたがっているようにしか感じられない。そうなってしまえば、自分を支えてくれていた人形の意味まで否定されてしまうようで、怖かった。


「ねえアーウィン、あなた、本当はゲイルなの?」


 人形相手なら言えるその言葉は、アーウィンにはとても言えない。

 真夜中の自室で、フィオナが椅子に座っている人形の頬にそっと触れる。人の肌を模して作ったはずの素材からは、冷えた感触しか伝わってこない。


 当たり前だ。もうこの人形は魔力を失って、とっくに死んでいる。

 生身の人間ではありえない硬さが、これがただの人形であるとよりはっきり主張していた。


「帰ってくるなら、堂々と帰ってきなさいよ」


 ぽつぽつとこぼす言葉が、卓上用のランタンで照らされた室内に空しく転がる。蝶や花といった可憐な装飾が施されたこのランタンも、ゲイルがいつかの土産に買ってきてくれたものだ。


「こんなんじゃ、『おかえり』も言えないじゃない」


 フィオナはそっと人形を抱きしめた。もちろん本物のゲイルに抱きついた経験などない。

 彼には「好きだ」という気持ちすら伝えていなかった。


 店主と客。


 それ以上の関係をフィオナは望んでいたが、それをゲイルにはどうしても伝えられなかった。自分の気持ちを素直にぶつけた結果、それを拒否した彼が自分の前からいなくなってしまうのを恐れたのだ。


 今となっては、伝えておけばよかったという後悔しかない。


 もしかしたら、「好きだ」という気持ちひとつ伝えるだけで未来はほんの少し変わったかもしれないのに。


 ゲイルは傭兵稼業をやめてくれて、フィオナと一緒に店を切り盛りしてくれたかもしれない。

 そうでなかったとしても、二度と店に寄りつかなくなったゲイルを綺麗に忘れられた可能性もある。

 たとえゲイルが霊になっていたとしても、素直に帰ってきたと教えてくれたのかもしれない。


 なにもかもが想像の域を出ないが、それだけフィオナの後悔の念は大きかった。


 どう整理していいか分からない気持ちを静めるように、フィオナは人形の黒髪をそっと撫でた。フィオナ自身の手で一本一本植えた短い黒髪は、毎日彼女が手入れしているおかげで、今でも本物の髪のような感触を保っている。

 冷たく硬い人形の中で、唯一ゲイルに触れているような気分になれる部位だった。


「ねえ、お願いだから本当のことを教えて」


 アーウィンが現れてから、何度こうして人形に語りかけたのか。


「あなた、本当はゲイルじゃないの……?」


 お願いだから、アーウィンに肯定して欲しい。

 本当はゲイルだと言って欲しい。

 気恥ずかしさからつい他人のふりをしてしまったと笑って欲しい。

 そしてそんなゲイルに、「ただいま」と言われたい。


 欲望が膨らむほどに、フィオナの胸の奥は痛みを感じる。


 人形を抱きしめる彼女は、今夜も部屋の入り口から見守っているゲイルに気づいてはいなかった。

更新再開は9月7日(月)の0時更新分からです。良い週末を。

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