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Ghost Life~キミハヒカリ~  作者: Akira Clementi
第1章 霧の悪魔

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第12話 ウィッテン

 一歩外に踏み出せば、周囲からは『フェルベルト神父』として見られる。家柄のおかげで『ウィッテン』と『フェルベルト神父』の顔の使い分けは難なくできるが、聖職者というものはウィッテンが思い描いていたものと少し違う世界だった。


 思っていたよりも、聖職者の世界は俗っぽさが漂っている。


 より過酷な環境を求めてエクソシストになったものの、さほど大きな違いはないような気がした。

 世俗と関わっているのだから当然だと、今では考えられる。だがそれでも、ウィッテンが求めていた世界からは遠いものだ。


 そんな日々の中で、エリオの存在というものは大きかった。


 エリオは、ウィッテンの父が引き取った孤児だ。幼い頃にウィッテンの付き人にとあてがわれたが、ウィッテンからすれば同い年のエリオはなんでも話せる幼馴染だった。

 もちろん他にも幼馴染はいるが、一番親密なのはエリオだとウィッテンは信じている。


 実家を、そして生まれた国を出た今でも、エリオは首都セーフェルに借りた家で共に暮らしてくれる。そして生活に関するあれこれを、エリオは付き人としてこなしてくれていた。


 少しは自分にもやらせて欲しいとウィッテンが言っても、エリオは簡単に「いいよ」とは言ってくれない。彼のプライドもあるのだろう。エリオ自身が手伝いが必要だと判断しないかぎり、あまりさせてもらえなかった。


 もちろん不慣れなウィッテンがするよりも、エリオがした方が効率的だとは分かる。だが、ウィッテンはもう少しエリオの幼馴染として対等な立場でありたかった。

 もっとも、それを言えばエリオに「僕は元々付き人なんだから、こうしてる方が落ち着くんだよ」と笑われてしまうのだが。

 ならば付き人としての給金を払うと言っても、エリオはそれを断る。食と住居という物理的なもので貰っているから、これ以上は不要だと言うのだ。


 そんなエリオは幼い頃から賢く、ウィッテンの父はその勉学について惜しみない援助をした。エリオは望めば学者でもなんでも目指せたのだ。しかしウィッテンに付き合って助祭となる道を、エリオは選んでくれた。

 そんなエリオは、ウィッテンにとってかけがえのない存在だった。


 だからこそ今も、『フェルベルト神父』としての務めを果たしきれなかった醜態を唯一晒せる。

 エリオにこの情けない姿を見せるのは、もう何度目になるのか。いつも今度こそはと気合を入れて挑むのだが、体質的に無理なものは無理だった。


「いやあ、やっぱりだめだったね!」

「やめろエリオ、頭に響く……」


 夕食の際にシグムントが用意してくれた酒杯は、ウィッテンにとってかなり強い酒だった。

 口にした瞬間、一瞬だが記憶が飛んだ。

 もちろん水も一緒に用意はされていたのだが、軽めの一口であっという間にウィッテンの限界を超えた酒のダメージは甚大だった。


 なんとか夕食の時間をやり過ごしたものの、ウィッテンは客室に戻るなり倒れてしまった。そんな彼を助けるべく、隣室を用意されていたエリオは仕事道具の入った鞄を携えて部屋に来てくれていた。ウィッテンの方から出向くだけの体力と気力はもう残っていなかっただけに、非常にありがたい。


「僕としてはけっこう美味しいお酒だったけどねえ」


 大酒飲みになにを言われても、下戸には響かない。冷たいタオルを顔に押しつけながら、ウィッテンはベッドで丸くなっていた。

 ふかふかとしたベッドの感触ですら、荒海で体が不安定に揺れる不快感のように感じられる。体中の脈が聞こえているんじゃないかと思うほど耳の中はやかましく、目を閉じているのに目眩が止まらなかった。


「でもまあ、きみの強情ぶりはすごいよね。端から見てても、酔ってて限界だなんて全然わからなかったよ。あ、このカップ借りるね」


 窓際に置かれたテーブルの方から、エリオがなにかをしているがちゃがちゃとした音が聞こえてくる。


 まさか、いつもの薬を作っているのか。


 ウィッテンは身の危険を感じて飛び起きた。


 瞬間、胃の奥底から吐き気がこみ上げる。


 エリオが用意する薬について物申したい気持ちはあったが、吐き気の方が勝った。「頼むから、いつものあれだけはやめてくれ」と言いたかったが、残念ながらそれは叶わずに、ウィッテンは再びベッドに沈んだ。

 濡れたタオルを顔にあてようとして、ウィッテンは視界に人影を捉えた。


 はしばみ色の髪の少女だ。質素な青いエプロンドレスの少女が、不安げな様子でこちらを見てくる。

 屋敷のメイドの服とは違うし、だいたいメイドならば勝手に客人の部屋に入ってくるわけがない。間違いなく霊だとウィッテンは考えた。


 だがその霊の少女から、ウィッテンは目が離せなかった。


「オレー……リア……」


 髪と同じはしばみ色の、大きな瞳。そんな少女の容姿に見覚えがあった。酔ったせいで幻覚を見ているのかと思ったが、霊の少女はたしかにそこにいる。


 それに、オレーリアが霊になってここに現れてくれるはずがない。


 なぜなら彼女はもう十年も前に、南方にある帝国領で死んでいる。命令を受けたウィッテンが彼女を捕らえ、断頭台送りにしたのだ。

 オレーリアは、ウィッテンが殺したようなものだ。

 そんな男の前に、国境をまたいでまで現れてくれる元婚約者の霊などいるわけもない。なんなら恨まれ、取り殺されてもいいとさえウィッテンは今でも思っている。

 しかしオレーリアがそんな性格の女性でなかったと、ウィッテンが一番よく知っている。


 ウィッテンの残されたものは、自分で自分を罰するという時間だけだった。


 悪酔いの吐き気すら忘れて見入った霊の少女の顔は、たしかに愛しいオレーリアに若干ではあるが似ている。だがよく見れば、オレーリアとはあちこちが違う。長い髪も、オレーリアならばいつも綺麗に結い上げていた。なによりオレーリアは、エプロンドレスなど着ない。ひらひらとした女性的な服は彼女が苦手とするものである。だいたいいつ会っても、男装に帯剣というスタイルだった。


 オレーリアの霊が現れるのを期待する心がいまだにあるせいで、無関係な霊を見間違えたのかもしれない。


 元婚約者を想起させる霊の少女は、なにか用がありこうして姿を現したのだろう。昇天を望む以外に、心に迷いを抱えた死者も聖職者を頼る。

 相手をしてやりたい気持ちはあったが、今は無理だ。霊がオレーリアでないと理解した瞬間、現実のひどい酩酊感が再びウィッテンを襲っていた。


 『フェルベルト神父』である間は何事も断らないようにしているが、さすがに酒は無理だ。ロンベルク神父などは「飲んでいるうちに多少は慣れる」などと言っていたが、いつまで経ってもそんな気配はない。


 とてもではないが、普段のように霊の相手をする余裕なんてなかった。なにか相談事があるなら、一旦エリオに話しておいて欲しい。そうすれば後からウィッテンが話を聞けるからだ。

 しかしそれを霊の少女に伝えたくても、声を出せば吐いてしまいそうでできない。

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