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八重椿(転生忍者奮闘記外伝・壱)  作者: らる鳥


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 街道を東に。

 行きは汐網の国から開戸の国まで、殆どが船での移動だったから早かったが、その距離を徒歩で移動するとなると、これは中々に大変である。

 更にそこからは北に向かって進み、炭谷の国に辿り着いた頃には、春も半ばを過ぎていた。


 その間に、忍び達の争いは状況が大きく変わったらしい。

 いや、正確には、状況を大きく変えたのは、俺と八重が開戸の国で舶来衆の商館から五花を救出したあの日。


 俺と八重が便乗し、舶来衆に対する目晦ましに使った浮雲の忍び衆の襲撃は、実は彼らにとっても陽動だったというのだ。

 あの日、開戸の国にある舶来衆の砦を攻めると同時に、浮雲の忍び衆のは本隊を三猿忍軍の本拠地である里に派遣し、これを攻め落としている。

 つまり砦を攻めたのは、舶来衆の注意をそちらに引き付け、本命である三猿忍軍の攻略を邪魔されない為だったのだろう。


 これにより、舶来衆と三猿忍軍が手を結び、その他の忍びと戦っていたという構図が、三猿忍軍の滅亡によって崩れ、舶来衆は孤立した。

 けれども同時に、その里攻めで、浮雲の忍び衆は頭領や幹部を失ったらしい。

 一体何があったのか。

 勝利した戦で、軍を率いる頭領や幹部を失うというのは中々に考えにくい異常事態だ。


 尤もこの事は、浮雲の忍び衆にとっては不幸だっただろうが、八重曰く、他の忍び衆にとっては幸いだったという。

 というのも、三猿忍軍の里を攻め滅ぼし、彼らの使っていた術やら保有していたであろう宝やら、その全てを手に入れた浮雲の忍び衆は、他の忍び衆に対して圧倒的に強い立場を得るところだったのだから。

 仮にそうなっていれば、或いは次は浮雲の忍び衆と、他の全ての忍びが争うような事態になっていた可能性もあったらしい。


 もちろん術やら宝を浮雲の忍び衆が手に入れた事実は変わりないが、頭領や幹部の喪失は、それで補えない程の痛手だ。

 後を継いだ新しい頭領はまだ年若く、浮雲の忍び衆をまとめ切れるか否か、わからない。

 或いはこれをきっかけに、浮雲の忍び衆が衰退の道を進む可能性もあると、八重は言う。


 ……なるほど。

 そう言われても、俺は浮雲の忍び衆に何の思い入れもないから、特に感想も出てこない。

 ただ、浮雲の忍び衆が強くなり過ぎず、八重の属する、俗楽の花と争うような事にならずに済んで、良かったなとは思う。

 まぁ、仮に敵対して、八重を襲う忍びが来ても、俺が護衛に付いていれば斬って捨てるだけなのだけれど。


 忍びと、忍びが扱う忍術に関しては、八重のそれを見る事で、随分と理解も進んだ。

 彼らの扱う術は動作の補助から攻撃、はたまた遠くにいる相手を呼び寄せる等、非常に多彩で強力である。

 けれどもその分、発動の予兆が明確で隠せない。


 印を結んだり、地に手を突いたり、言葉を発したりもそうだけれど、何よりもまず、その術を使うのに必要な力を発生させるところから、既に。

 気の動きを極力隠して駆け引きをする武芸者とは、やってる事がまるで真逆だった。

 武を売って功名を得る武芸者が気を隠し、陰に潜む忍びが術に使う力を隠さないのは、何とも皮肉な話に思う。


 故にそれを感じ取れてしまえば、……例えば、八重が不意に俺に何かの忍術をかけようとしても、先んじて斬る事は可能である。

 迷いなく斬れるかと言われれば、ちょっと、それは幾らか迷ってしまうかもしれないけれども。


 なので仮に忍びとの戦いになっても、刀の届く場所に居る相手ならどうにかする自信は幾らでもあった。



 さて、辿り着いた炭谷の国で、俺は惣元衆の名工、弘毅に刃鉄を見て貰う。

 弘毅は俺が再び彼の元を訪れた事に驚いていたが、渡した刃鉄を詳細に観察してから、

「これはただ事じゃないな。多分……、俺も初めて見たからはっきりとは言えないが、鉄に意志が宿り始めてるよ」

 更に大きな驚きを露わにする。


 意思が宿る?

 まさか、リッターの陰気を受けて、妖刀になり始めているのかと、俺が警戒を顔に出すと、

「いや、そうじゃない。その逆だ。俺の見立てでは、この刀は神刀になりかかってる……、と、思う。お前さんが、気の通りが悪いと感じるのは、注がれた気を成長の為に食ってるんだろうさ」

 弘毅は首を横に振り、想いもかけぬ言葉を口にした。


 神刀。

 妖刀が妖怪と化した刀なら、神刀は聖獣、神獣と化した刀を言う。

 但し聖獣、神獣が妖怪に比べて少ないように、神刀もまた、妖刀に比べると非常に珍しい刀となる。

 なんでも神刀は、それ自体が気を使い、技を会得して持ち主を助けるそうだ。


 刃鉄がそう成りかかった切っ掛けは、やはりリッターの陰気を受けた事だろう。

 普段から、俺は刃鉄に自分の気を馴染ませる為に、微量の気を流し続けてる。

 恐らく俺の前の持ち主である、父もそうしていた筈だ。

 故に、長らく気を浴び続けていた刃鉄は、そうなれるだけの下地は既に備えていて、……そこに強烈な陰気を浴び、自らの存在を脅かされた事で意思を宿してその陰気に抵抗したのではないかと、弘毅は言う。


「どうにか、元の刃鉄に戻せないか?」

 俺は刃鉄が妖刀となっていた訳じゃない事に少し安堵しながらも、神刀とやらになられても困ると弘毅に頼む。

 神刀の助力なんて、俺は特に望んでいない。


 流した気を勝手に喰われてる今の状態も困るが、仮にそれがなかったとしても、気や技を振るっての助けとやらも不要だ。

 刃鉄は四木家の家宝ではあるが、同時に戦いの為の道具である。

 己の意志で勝手に動く道具なんて危なっかしくて使えたものではないし、気による援助もまた同様に危なかった。


 例えば、自分が思っているよりも強く気が作用すれば、踏み込みが本来よりも早く、深くなるかもしれない。

 それが半歩でも、小指一本分でも、思った動きとズレが生じれば、技が狂う。

 また俺が気の動きを隠しても、神刀が気の動きを隠さずに、次の動きが読まれるかもしれないのだ。

 普段から気を扱わぬ者なら、神刀の存在はありがたいのかもしれないが、俺のような武芸者にとっては、意のままにならぬ道具はむしろ邪魔である。


 しかし弘毅は、

「罰当たりな事いうもんじゃねぇよ。神刀になりかかってるんだぞ。宿った意志を殺すなんて真似、できる訳ねぇだろうが」

 顔を真っ青にして首を俺の頼みを拒絶した。


 ……まぁ、それはそうか。

 鍛冶師、刀匠にとって神刀は特別な存在だと聞く。

 いやそうでなくとも、宿る意志を取り除くという事は、刃鉄を殺すという意味だと言われてしまえば、俺も流石に、それ以上は何も言えない。


「俺はよ。お前さんはそのまま、その刀を使った方が良いと思うぜ。代わりの刀を用意してやってもいいけどよ。その刀程、お前さんの手に馴染む刀はここにゃあ置いてないだろう」

 どうすべきか悩んでいると、弘毅は俺にそう言った。

 そのまま刃鉄を使い続けろと。


「それに神刀になりかかってる今でも、以前より頑丈で、切れ味もいい筈だ。鉄が力で満ちてるぜ。気を喰われちまうってのは、もう最初からそういう刀だって織り込み済みで使えば、問題ないだろ?」

 俺には以前の刃鉄との違いは分からないけれど……、弘毅が言うならそうなんだろう。

 それに確かに、幾らかの気が喰われてしまうとわかっていれば、織り込み済みで使う事は可能だ。

 まぁ、俺はその気の通りの悪さを根拠に、刃鉄が不調なのだと考えたのだが、問題がないのであればそのまま使ってもいいのかもしれない。


「完全に神刀になったら、大人しく使われてくれって頼みこめばいいのさ。意のままにならない荒れ馬を乗りこなすのも、武人の腕のうちかもしれないけどな」

 弘毅の物言いに、俺は少し笑ってしまう。

 そのくらいの考えでもいいのか。

 まだ刃鉄に宿った意志が、どんなものなのかはわからない。

 意思の疎通ができるようになって、話が分かる相手なら、そうやって頼めばいいのだろう。

 もしも話の分からない相手なら、その時は改めて、別の刀に持ち替えればいいだけだ。 


「まぁ、俺が完成した神刀を見てみたいってのもある。だから、今回も前と同じように手入れをしといてやるから、いつかコイツが本当に神刀になったら、また見せに来てくれ」

 完全に説得された俺は、弘毅の言葉に頷いて、刃鉄の手入れを彼に任せた。




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