むべ山風を、なんとやら
小さな鈴花の成長物語。「大きくなる」と目標を決めた鈴花は、黒柴のポピーと一緒に、毎日のなかで小さな発見をしていきます。それは何気ないけれど、ずっと心に残るもの。
さて今日は、お父さん「雄一」のお話です。
「どうしたもんかね……」
思わず漏れた独り言に、自分で驚く。
日曜の昼下がり。
曇りだが、日差しは温かい。
庭に面した掃き出し窓の側にしゃがみ込んだ雄一は、2つほど並んだ観葉植物の鉢に水をやり終えて、小さなじょうろを床に置き、ため息をついた。
例の転勤話について、人事からの連絡は何も無かった。
そして新年度も、同じ企画営業部での続投が決まったのだ。
ただし、配属は「営業課連携係」。
営業部全体の調整役、といえば聞こえが良いが、担当案件を持たず、サポートに徹する。
いわゆる「何でも屋」だ。
直属の上司からは「今は若いもんを育てないといかん時代だしな、お前を見込んでだよ」などと、やんわり伝えられたが、秋の一件から人事考課に傷がついたのは明らかだった。
雄一は、窓際に陣取った黒い毛皮の先客に目をやる。
そしておもむろに、ポピーを撫で始めた。
頭から腹へ、腹からしっぽへ。ポピーは温まっていたせいか、少し荒い呼吸をしながら、されるがままになっている。
この「ぼっこマスター」は、何でもよくしゃべる。
人間の言葉は話さないけど、全部、顔に出るから分かる。
もう、顔がうるさい。
例えば、なかなか散歩に行けなかった夜は、まるで伝説の暗殺者みたいな顔をしている。
トイレも外で済ませたいポピーにとっては、確かにデッド・オア・アライブなのだろう。
なかでも一番笑えるのは、ふとした拍子に相槌のように見せる顔。
以前、決算間際で契約が取れなかったときに、ついつい愚痴ったら、
「わかる」と顔で言ったあと、ニパッっと口を開けてしっぽを振っていた。
「それは良いから散歩に行きましょう」とのお誘いだ。
思わず「俺の悩みは、どうでもええんかい!」とツッコミを入れてしまった。
そう、そもそも犬だということを、しばしば忘れてしまうのだ。
柴だけに。
雄一は毛並みに逆らって撫でてみる。
ポピーは何も言わず、もっと撫でろと言わんばかりに片足を上げ、おもむろに「ふーっ」と息を吐いた。
こいつは自分の可愛さを理解していないのか。
雄一はにやけてしまう。
自分の価値、などと考えるだけ無駄なのかもしれない。
いや、そんな暇があるのなら。
「ま、いいか」
今は。
まだ準備のときだ。
だから何も言わない。
けれどどこかで、潮時なのかもしれない。
新卒で入社した今の職場に、愛着はある。
右も左も分からないまま、たくさん失敗して、その度に改善し、乗り越えてきた。
お世話になったあの先輩は、今は、どうしているだろうか。
一度、連絡を取ってみようか。
雄一が手を離すと、ポピーは寝ころんだまま、手足をぐんと伸ばして小さく震えた。
「よっこらしょ」と独り言ちながら、雄一は立ち上がった。
あっという間に休日は過ぎていった。
夜の9時。
いよいよ新学期だというのに、ランドセルに明日の準備を詰め終わった鈴花は、テレビゲームを切りの良いところまで進めようと、粘りまくっていた。
「さあ、すずちゃん、そろそろ寝て頂戴ね。明日はちゃんと起きましょう」
「えー、もう少し!」
「こーらこら」
渋々、鈴花が電源を切る。何のかんのいいながら、明日の新しいクラス発表が楽しみなのだろう。いそいそとベッドへ向かっていった。
「おやすみなさーい!」
叫んだ鈴花の横で、ポピーはすでに寝転がっていた。
「おやすみ、明日はちゃんと起きろよ」
雄一は自分の机のパソコンの前に座ったまま、目線だけで鈴花を見送った。
表では、強い風の音。並木が揺れ、茂り始めた枝葉がこすれて唸っている。
春の嵐が、やって来た。
お読みくださり、ありがとうございます!
ご無沙汰しております!
年度末からしばらくやることが多く、手が遠のいてしまいました。
考えすぎなのか、成長しているのか。
毎日書ける人の偉大さを実感しています。
次はもう少し軽い感じで、鈴花のお話を入れようかと思います。
ぜひぜひごひいきに!




