増幅の杖(改稿版)
ランパード冒険者ギルド最上階――。
ギルドマスターから与えられた工房付きの個室は、外の喧騒がまるで幻だったかのように静まり返っていた。
窓辺から差し込む淡い朝光が、机の上に置かれた三つの素材を照らしている。
ひとつは、古竜の魔石。紫紺の光をゆらめかせ、手を近づければ皮膚の奥まで侵食するような、禍々しい気配を放っていた。
ひとつは、森の主から授かった翠の宝玉。脈打つたびに、やわらかな生命力の波が周囲に広がる。
そして最後に――父が渡してくれた月鋼。触れると、胸の奥まで静かに沈んでいくような、深い静謐を宿している。
私は一枚の羊皮紙を広げ、羽ペンの先を墨壺に浸した。
これから描き起こすのは、私の強化魔法を限界の先へと導く、増幅器の設計図。
目を閉じれば、脳裏に竜の叡智が流れ込む。
それは知識の形を取らぬ、奔流のような映像と感覚――古代魔法が世界へ作用する原理、万物を結ぶマナの法則。
私はその洪水を、学院で学んだ錬金術の体系という篩に通し、言葉と図式に変換していく。
羽ペンが羊皮紙を滑るたび、線は数式となり、曲線は魔法陣へと繋がる。
マナの流れ、素材同士の共鳴、そして私の魔力を極限まで高めるための増幅経路。
それらを一枚の図に収束させる作業は、誰の助けもない孤独な戦いだったが、不思議と苦ではなかった。
やて、羊皮紙の上にひとつの杖が姿を現す。
私の胸の内に、静かな確信が芽生えていた。
――これならば、“規格外の一撃”を生み出せる。
まず手に取ったのは、月鋼。
ひやりとした感触が、掌から腕へと滑り込んでくる。
「……相変わらず、静かでお行儀のいい素材ですね」
物質の声を聴くように、その完璧で整ったマナ構造に自分の魔力をそっと同調させていく。
静かな夜空に並ぶ星々に話しかけるような感覚だった。
「少し形を変えてみましょうか」
すると、月鋼はまるで柔らかな粘土のように姿を変え始め、私の意のままに杖のフォルムを描き出していく。
液体化した月光が、私の魔力という鋳型に流れ込み、艶やかな杖の本体が形を成す――幻想的で、息を呑む光景。
「さて……次は、少し気難しい相手ですね」
手元に残された古竜の魔石と森の主の宝玉。
性質が真逆、仲良くしてくれる見込みは薄い。
「まあ、仲良くさせるのは私の役目ですから」
二つを杖の先端に近づけた瞬間、紫電が走り、空気が悲鳴を上げた。
工房全体を揺らすほどの魔力嵐。竜の魔力は低く唸り、森の魔力は優しく、だが揺るがぬ力で応じる。
私は眉一つ動かさず、治癒と強化の複合属性を持つ白金の光を、針のように細くして二つの力の境界へ滑り込ませる。
白金の光が緩衝材となり、互いを押し潰そうとしていた力を少しずつ包み込み、調和へと導いていく――。
だが、その時。古竜の魔力が大きく脈動した。
その中にあったのは、ただの破壊衝動ではない。長い時を生きた末の孤独、怒りと悲しみの残滓だった。
杖の表面に、ピシリと微細な亀裂が走る。
「……そういうことですか。なら、押さえつけるのはやめましょう」
翠の宝玉の力――森が持つ全てを育む生命力を増幅し、竜の魔力を包み込ませる。
それは嵐を大地が抱きしめるように、森が全てを受け入れるように――。
やて反発は収まり、三つの素材は静かに融合を終えた。
工房を満たしていた魔力嵐はすっかり消え、そこに残ったのは澄み切った、神聖とも呼べる静寂。
黒い月鋼の杖の先端には森の宝玉が埋め込まれ、その中心で古竜の魔石が心臓のように脈打っている。
私は額の汗をぬぐい、ゆっくりと杖を手に取った。
ずしりとした重みが掌に伝わる。それは金属の質量ではなく――三つの魂が宿る重み。
「ふふ……頼もしいですね」
杖の名は、もう決めてあった。
古代の言葉で「理」を意味する一語。私の理を、この世界に顕現させるための杖。
「増幅の杖、《ロゴス》」
声に出さず心の中で囁くと、翠の宝玉が一度だけ優しく輝いた気がした。
「さて……あなたが本当に“規格外”を生み出せるか、試させてもらいますよ」
杖を机に立て掛けると、私は視線を窓の外へ向けた。




