第四夜 ①ー3
「…ん? ねぇちょっと。灰被りが動かなくなったんだけど」
「えー?何?もしかして泣いてんの?きっもっ!!」
「確かに!泣けばいいと思ってるとか、きもいっつー…」
穴の上にいたクラスメイト達が急に反応しなくなったエラの様子を見ようと穴の中を覗き込んだその瞬間、
ゴォ…ッ!!!
穴の中から真っ黒な風が噴き出した。
「きゃあっ!!」
ゴオオオオ…ッ!
勢い良く噴き出した黒風に穴を覗き込んでいたクラスメイト達が吹っ飛ばされる。
「ぐっ…!!」
「あ…っ!!」
勢い良く吹っ飛んだ体は木々に強く打ち付けられる。
一体、何が起きたのか。クラスメイト達が自分の体を見て驚いた。
「え、え…?」
「な、何…?なんなのよ…!!」
吹っ飛ばされたことは確かだ。だが…
「あ…あ…っ!!なんだよ、これ…」
驚愕と恐怖に染まっていく。後退りして後ろの木にぶつかる。
「なんなんだよこれはあああああああッ!!!!!」
男子生徒が絶望の悲鳴を上げた。視界に映る自身の体には無数の切り傷。そして、体の一部が黒く変色していた。見たことがない。こんな症状。それは未知への恐怖に取り込まれるのには彼らにとっては充分なものだった。全身がガクガクと震える。だが震える度に無数の切り傷が痛み、木に打ち付けた背中も鈍い痛みが襲う。
『…当然の報いよ…』
ゴォ…ッ!と、再び穴の中から黒風が噴き出し、晴れたかと思うと穴の中心に灰かぶりのエラが浮かんでいた。
エラはニッコリと笑って見せる。
『やったら…やり返されるものよ…』
宙に浮かび微笑んで見せるエラをクラスメイト達が青ざめた顔で見つめた。危険だ。これ以上、関わるべきじゃない。
「う、うわあああああああああっ」
男子生徒が悲鳴を上げてその場を逃げ出した。殺される。そう本能的に悟ったのかも知れない。女子生徒達も彼の後を追うように泣きながらその場を逃げ出す。
その後ろ姿が森の中に消えた頃、エラはゆっくりと穴の外に降り立った。
しばらくはそのままそこに突っ立っていたのだが、ハッとしたように周囲を見渡す。
…今、何をしたの?私…。
思わず自分の手を眺めた。今、無意識のうちに魔法を使った。まるで誰かに体を乗っ取られたような感覚だった。真っ黒な風。そう、それは例えば闇の魔法のようで…。
…ん?闇の魔法…?闇のって…。
何かが引っ掛かった。思考を巡らせ記憶の引き出しを片っ端から開けていく。そしてヒットした。
「あ…!!!!!」
…思い…出した…!!!エラ・エーデルワイスが黒い魔法を使うイベント…!!そう、これは“魔女の半覚醒イベント”だ…ッ!!!!
“魔女の半覚醒イベント”とはイオニコフルートのみに存在するエラ専用イベントだ。詳しく言うと、リチアがイオニコフの個人ルートに入る直前で起こるもので真・ENDへの分岐でもあったはず。ただこのイベント、本編ではもっと後半に起こるはずのものだ。今この林間学校イベントで起きることは無いはずで…。
…どうして今ここで魔女の半覚醒イベントが起きたの?エラが虐められてリチア達が巻き込まれるイベントは発生してもエラ個人のイベントは起きなかったはずでしょ?!なんでこのタイミング!?
確実にシナリオが大きく狂い始めている。その事には驚愕せざる得なかった。真・ENDどころかそこに至るまでの流れが狂い始めているということは、この先何が起こるかがわからないと言うことだ。何度も繰り返しやっていたリチアと通常攻略対象の共通ルートはさすがに覚えている。だが、それすらも何処まで順番通りに発生するかもわからなくなってきた。
しかも、この魔女の半覚醒イベント、発生したタイミングが最悪だった。この世界における「聖女」の反対側が「魔女」。光の魔法を使う聖女と違い魔女は闇の魔法を使う。そして闇の魔法は元来魔王とその眷属のみが扱うもの。それを使えるということはすなわち「魔女」は魔王側の人間である証明でもあると言える。クラスメイトにも見られてしまったし、この共通ルートの中でも序盤のシナリオ時点で半覚醒したのは致命的だ。
…イオニコフもイドラも勘が鋭い。隠し通せる気がしない…。それでもエラが魔女であることを隠し通さなければ間違いなく処刑されるはず。この世界において魔王は最大の敵。その寵愛を受ける魔女だなんてバレたら…。
考えただけでもゾッとする。基本的に光の属性である人間達は闇を嫌う。その為、根底に闇の属性を保有するエラは光の属性である人々に迫害されやすい。これがエラが虐められる決定的な理由。皆、本能的に闇を感じていたのだろう。
…どうしよう…どうしたらいい?今ならまだ半覚醒…魔法を使わなければ隠し通せたりしないかしら…。
ドッドッド…ッ!と心臓が脈を打ち、冷や汗が流れる。完全に失念していた。イオニコフルートでしか出てこないエラの出生に関する設定。どう考えたって分が悪い。元より誰もが「聖女」たる主人公の味方なのに。誰もエラの味方になんてなってくれないのに。
エラは何の解決策も見出だせないまま、宝捜し終了の合図が鳴り響くまで森の中で呆然と立ち尽くすしかなかった。




