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転生先は灰かぶり  作者: 紗吽猫
イベント〜学園祭〜
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第二十一夜 ②


☆★☆★


時刻はもう夕暮れを指す頃、エラが向かったのは、中庭がよく見える空き教室。


そこは、原作で起きるイベントのひとつ、イオニコフルートで主人公と二人きりになるシーンの舞台だ。

そんな空き教室に呼び出された時には気がつかなかったのだが、教室に入って、そこにイオニコフひとりが立って窓の外を見ている光景を目にして、初めて気がついた。


…これ、主人公イベントじゃない!!それも、個人ルート確定の好感度MAXの時のイベントだわ!


教室に入って飛び込んできた光景に、目を見開いて驚いたエラは、ドアのところで立ち止まってしまった。それに気づいたイオニコフに声をかけられて、ハッとして我に返る。


「エラ?どうかしたのかい?」


「え、あ、いや、なんでもないですわ」


慌ててドアを閉めて、窓辺に経つイオニコフの元へと駆け寄る。


…でもなんで?呼び出されたのが私なの?リチアじゃなく?

不思議に思いつつ、イオニコフの隣に立つと、先程まで彼が見ていただろう光景が、窓の外に広がっているのに気づく。

今、中庭は、学園祭の一大イベント、魔法演舞の会場となっていて、中心にあるキャンプファイヤーを囲み、上空で魔法を使った演舞が行われることになっている。そして、この演舞の大トリを務めることになっているのが、百年ぶりに目を覚ました英雄イオニコフ。

しかし、見世物になることと、自身の魔法で多くの命を奪うことになった百年前の戦争体験と合わせ、イオニコフは演舞として魔法を披露することを躊躇い、そのことについて主人公に相談する、というのがゲームの流れだった。


「ごめんね、せっかくみんなと一緒だったのに、急に呼び出したりしてさ」


イオニコフはゲームと同じセリフを言った。

…これは、完全にあのイベントだわ。

本来、ここに立っているのはリチアだったはず、それなのに現実に、彼の隣にいるのはエラの方。つまり、イオニコフルートに入ったのは、リチアではなく、エラということ?


「キミに、聞いてみたいことがあってさ」


明かりのついていない薄暗い空き教室は、窓からの明かりだけで内装を映し出す。チカチカと変わる外の明かりに体半分だけ照らし出されるイオニコフの表情が、どこか物悲しそうに見える。この彼もまた、原作と同じように、葛藤があるのだろうか。


「ボクはね、実はこの後の魔法演舞で大トリを務めて欲しいって頼まれていてさ」


彼がシナリオ通りに言葉を紡ぐ度に、エラは、期待と不安が同時に込み上げた。

確定ルートに入ったなら、彼と結ばれるのは、きっとエラ。だけど、シナリオ通りということは、どこかで、いつ、強制力が働いて、敵対することになるかもわからないということ。だって、私は聖女じゃない、灰かぶりだから。


「でも、まだ、返事はしていないんだ。少し、迷っててさ。……どうしたらいいと思うかい?」


彼の質問に、シナリオ通りに答えるなら「あなたの魔法は、誰かを守り、幸せにする為のもの」というセリフを選択すべきだ。

けれどそれは、主人公リチアの言葉であって、私の言葉じゃないし、彼の悩みを取り除ける言葉でもないと思う、が、そんな言葉をかけられるわけでもない。けれど、


…自分の言葉で、伝えたい。


「……イオ様が、悩まれている理由はなんでしょうか?」


「理由?……そうだな……、ボクは、ボクはさ、魔法は実践で用いるものでさ、こんな演舞、とかで披露するような、そんな時代の人間じゃないから、かな。少し……」


……やっぱり、彼の悩みはそれなのね。

原作と同じ理由だ。それなら、プレイしていた時に、思っていたことがある。


エラがイオニコフの手をそっと握ると、彼は驚いたような顔をする。


「……それなら、私は無理に演舞を披露なさることはしなくてもいいと思います」


エラがそう言うと、予想外の言葉だったのか、イオニコフは目を見開く。


「イオ様のこの手は、守ると同時に、たくさんの命を奪ってしまった、イオ様はその事が気になっていらっしゃるのでしょう?でも私は、イオ様がこの手を、貴方の魔法を使って、闘っていてくれなければ、こうして出会うことはありませんでしたから、闘ってくださったこと、感謝しています」


自然とイオニコフの手を握る力が強くなる、彼の心を包んであげたかった、その代わりに。


「ですが、イオ様が望まないことをなさることも、見世物になることも、私は望みません。大体、皆、軽く考えすぎなのです。イオ様程にいくつもの属性の魔法を扱えるということは、それだけ努力なされたということですわ!それを、見世物にしたい、だなんて、失礼にも程がありますわ!」


プンプンと少しばかり頬を膨らませて口を尖らせるエラの姿を見たイオニコフは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後に、頬を綻ばせ、自身の手を握るエラの手を握り返した。

急に手を握り返されたエラは、ドクンと心臓が跳ねる。握り返されるとは思わなかったから。


「あ、あの……イオ様?」


「ああ、ごめん。だって嬉しかったからさ」


そう言って、イオニコフは握ったエラの手を引いて、さらに彼女の体を抱き締めると、甘さを含んだ声で「ありがとう」と呟いた。

抱き締められ、全身に恥ずかしさと喜びを感じながら、エラはイオニコフの声に耳を傾ける。


「キミは、いつもボクに“英雄”を求めないでくれるね。……それが、どれだけ嬉しいか、なんて知らないだろう?」


イオニコフは、より強くエラの体を抱き締め、エラは応えるようにして彼の腕の中で身を預ける。まるで、乙女ゲームのようだ、なんて、そんなことがエラの頭の中を過ぎった。


「エラは、出会った時からそうだった。ボクが英雄だと、そう呼ばれている事は知っているのに、ボクの力を頼ろうとはしなくて、むしろ遠ざけた」


「…そう、ですね。確かに遠ざけていました。…私のような者が関わるべきではないと、思っておりましたので」


本当は、死にたくないから関わらないようにしていた、が正解だ。


「うん。いつも自分で解決しようとしていたよね」


それだって、死なないためにしていただけ。


「皆、僕の力を当てにする。今だって、百年前だって変わらない。キースやイドラ達も英雄であることを通してボクを見ているからね。アイザックだってそうさ、ボクを英雄って呼んでるだろう?」


「それは…そうですね。でも、リチア様はイオ様のことを英雄として接していらっしゃるようなことは無かったと思いますが…」


「そうだね。リチアはボクを英雄として扱ってはこないね…、けど、彼女は彼女で少し特殊でね、聖女だからか、ボクの境遇には近しいものを感じるんだってさ」


聖女も英雄も、人々に崇められ、期待される存在だ。だから、周囲に集まる人々は自ずとそれぞれの期待を憧れる存在に押し付けるもので、それはイオニコフもリチアも、そういった過剰な期待を押し付けられるという立場は同じ。

原作でもその点が二人の共通点として描かれ、そこがまた、二人が心通わせるようになった理由でもある。


…それに比べ、私は灰かぶり。忌み嫌われる存在で、英雄イオニコフとの接点なんて何も無いわ。

原作のエラには、リチア以外と接する機会すらなくて、そもそも嫌われ者で、今、こうしてイオニコフに抱き締められていること自体が奇跡のようなことで。


「…イオ様は」


ポツリと呟かれる言葉に、イオニコフは耳を傾ける。


「ん?」


「イオ様は、優しいですわ」


彼の腕の中で、その温もりに包まれる安心感が、ずっと続けばいいと願う。


「優しい、かな?…誰にでも優しいわけじゃないと思うけど」


「いいえ、イオ様は優しいですわ。私みたいな嫌われ者を気にかけてくださって、不敬だと言われそうな態度にも、受け入れ、ずっと私と関わろうとしてくださった。それに、失った命のことも、ずっと気にかけていらっしゃる。…とても、暖かくて、優しいです。だから」


エラは彼の腕の中から抜け出し、一歩後ろに引いて、面と向かった。


「私、思うんです。イオ様で良かったって、英雄と謳われたのがイオ様で、こうして出会えたことも、そうやって、過去を忘れず、悩むことの出来る優しい方で良かったって。私みたいな怪しい相手でも、向き合ってくれる方で良かったって」


エラは言葉にしながら、自然と笑みが溢れていく。それは、イオニコフが見てきた中で、一番の笑顔だった。


「英雄であることを笠に着なかったのは、貴方の方です、イオ様。貴方はいつもそのままに接してくださった、それこそ私にとっては救いでした」


彼が、英雄であることに執着するような人であったなら、きっと私は今ここにいない。あの夏の日に、消されていただろう。


「だから、その…少し話が逸れてしまいましたが、やはりイオ様が望まないことはなさるべきではありません。あ、いや、何がだからなのかもよくわからなくなってきましたけども…」


自分でも何が言いたいのかわからなくなってきて、しどろもどろになるエラをじっと見つめていたイオニコフは、慌てて何か言おうと口をパクパクさせる彼女が可愛く見えて、思わず頬を綻ばせ、何か決意したような表情を浮かべる。


「ありがとう、エラ。決めたよ」


「え?」


エラが顔を上げると、そこには吹っ切れたような自信ありげなイオニコフが立っている。

イオニコフは教室の扉の方へと向かい、そのまま取っ手に手をかけ、エラの方へと振り向くと、


「行ってくるね」


そう言い残して教室を去っていった。

去り際の彼は清々しい顔をしていて、エラは特等席からイオニコフが舞う魔法演舞を鑑賞することになった。

それはまるで虹で夜空に描くかのような、イルミネーションのような、煌びやかで見ている誰もが笑顔になれるような、そんな、暖かな魔法だった。輝くその景色を、忘れないと思う。


初めて、イオニコフの魔法を見たような、そんな感覚で、それは幸せと呼ぶに相違ない感情だったことだろう。


そんな、幸せな瞬間が、彼との時間が、この夜が最後になるなんて誰も思いもしていなかったーー。


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